「祈祷」

まえがき

 Season2の最終回がそうだったようにSeason3の初回であるこの話も本物の「the X-Files」とそっくりの内容で、大いにネタバレしているので、これから「the X-Filses」を見る予定でネタバレが嫌な人は、一刻も早く本物の方を見てからこの話を読んでください。

1.

 電話が鳴っている。この電話に出るべき人間は長い間この部屋に戻ってきていない。この部屋の割れたガラス窓から吹き込む強風によって机の上にあった書類は部屋中に散らばっていた。電話はしばらくの間鳴り続けていたが、一度鳴り止むとそれからずっと鳴ることはなかった。おそらく大した用事ではなかったのだろう。

 誰もいないこの部屋はまた静寂に包まれたが、ガラスの割れた窓から強い風が吹き込んでくると、机の上にあった書類の四、五枚の紙がまた吹き上がって、それは部屋の真ん中辺りに静かに落ちてきた。そしてまたしばらくの間静寂が続いた。このまま一週間も経てばここは人の住む部屋とは思えない場所になるであろう。荒野に一人放置された者が憔悴していき、やがて息絶えるように、この部屋もいずれ朽ち果てていくのかも知れない。

2. 土井那珂村

 スケアリーはイライラしながら土井那珂村(ドイナカムラ)へと続く道を引き返していた。途中に舗装されていない箇所があったり、舗装されていたとしてもデコボコのアスファルトの道は車をガタガタと不快に揺らして、さらにスケアリーをイラつかせていた。「死体が見つかったとか、人間でなくてカッパだとか、いったいなんだと言うんですの?」スケアリーはそんなことを思いながら、どうしてそんなことを気にかけて自分が土井那珂村へと戻っているのかは特に意識していなかった。

 本来ならモオルダアの良く解らない話には付き合わないのだし、スケアリーは家に帰って自分の部屋の掃除をしなければ、彼女の部屋はモオルダアが吐いてそのままにしてあるゲロの悪臭で大変な事になるのだ。それでも、モオルダアからかかってきた電話が話の途中で途絶えてしまったことが気にかかっているらしい。

 土井那珂村へ付く頃にはスケアリーの乗った車は薄茶色の砂埃で覆われていた。そんなことは気にせずに荒っぽい運転で土井那珂村に入るとスケアリーは那場保(ナバホ)家に向かった。ナバホ家の前に車を止めると、前に来た時とはどこか違う静まりかえった雰囲気にスケアリーはイヤな気分がしたのだが、イライラしているので、そんなことはどうでも良かった。とにかくモオルダアにあって何がどうなったのか詳しく聞いてみるべきだと思っていた。


 スケアリーはナバホの家のドアを開けると、那場保権之小(ナバホゴンノショウ)とその孫、権多(ゴンタ)とゴンタの父が驚いてスケアリーの方を見つめた。

「ちょいと、なんなんですの…?」

突然やってきてナバホ家の三人を驚かせたスケアリーだったのだが、彼らを見たスケアリーも驚いていた。彼らは三人とも口に細い棒をくわえてスケアリーの方を見つめていたのだ。スケアリーがやってきたのを見てゴンノショウが口にくわえていたものを取り出したので、それが何なのか明らかになった。口から取り出した棒の先には丸いアメ玉が付いていた。

「やっぱりきなはりもうした」

ゴンノショウがナバホ家代々伝わるヘンな方言で言った。

「あのあんちゃとおめさはぐされではれなばよ!」

スケアリーはゴンノショウが何を言ったのか解らなかったので黙ってしまった。するとゴンノショウの息子、つまりゴンタの父が口からアメを出して言った。

「アンタも何がおごったかも知れね、と思ってやってきたんだべ?さっきやってきたウィスキーの人もどえりゃーこってな。ちゅっぱちゃっぷすやるがらあの男のいどごろ教えろ!って。だげども、いなくなっちまったもんは知らねえちゅうことだがらよ。いくらちゅっぱちゃっぷす貰ったところでわがるわげね」

スケアリーは言われたことを頭の中で整理するのに時間がかかっていたが、だいたいの意味を理解すると聞き返した。

「するとモオルダアはまだ戻ってないということですの?それにあなた達にチュッパチャップスを渡してモオルダアの居所を知ろうとした人って誰なんですの?」

「やつらはよぐねえ人間だっちゃ」

ゴンノショウはそういってからまたアメ玉を口の中に入れて満足そうにしていた。

「それで、モオルダアはどうしたというの?」

スケアリーはゴンタの方を見て聞いた。聞かれたゴンタは何かを言おうとしたのだが、口に入れたアメ玉の他に両手にも棒に付いたアメ玉を持っているので、口の中のアメが取り出せずに何も言えなかった。その代わり、三人は残念そうに首を横に振った。スケアリーは思いもしなかった最悪の事態が起きているのではないかと思い、言葉を失っていた。


 スケアリーはモオルダアが姿を消した採石場の跡地までやってきた。辺りには何かが焼けこげたニオイがいまだに充満していた。天井のハッチだけが地上に見えている冷凍車の中からは幽かに煙が立ち上っていた。モオルダアはそのハッチから冷凍車の中に入って何かを発見したはずだが、ウィスキー男が現れた時に彼はそこから姿を消していたということなのだ。

 いったいモオルダアはどこへ行ったのか。もしかして、一度激しく炎上したこの冷凍車の中にいたままで、もうだめなのだろうか?ハッチから静かに吐き出される煙の向こうに見える冷凍車の中の暗闇がスケアリーを不安な気持ちにさせていた。

「ちょいと、モオルダア!出てこないと承知しませんわよ!」

スケアリーは大きな声で言ってみたが、それは近くの山に虚しくこだましただけだった。

3. 帰路

 夜になり、辺りには灯りもほとんど見えない寂しい田舎道をスケアリーの乗った車が走っていた。スケアリーはまだ事態を飲み込めていないのか、或いは認めたくない事実をかたくなに否定しようとしているのか、彼女の頭の中では様々な思考が空回りしていた。とにかく今、彼女は東京に向かっていた。自分の家に帰ってやることはあったのだが、それは今ではすっかり忘れている。ただ、いつまでも土井那珂村に残っていてもしかたがない、という理由で帰ることにした。

 モオルダアはあの採石場跡のどこかにいるのかも知れない。しかし、スケアリーよりも先にナバホ家にやってきて、彼らにアメ玉を渡してモオルダアの居所を知ろうとした何者かは、すでに採石場の周辺をくまなく探していたに違いない。モオルダアは跡形もなく消えたのだ。そうでなければ、あの真っ黒に焼けこげた冷凍車の中で…。そこまで考えると、スケアリーは不安とも恐怖とも思える嫌なものを胸の奥に感じてまた考えを元に戻した。モオルダアはあの採石場のどこかにいるのかも知れない…。

 そんなことを何度か繰り返しているうちに、スケアリーは遠くの上空から光が近づいてくるのに気付いた。最初に気付いた時にはまだかなり遠くにあった光は、すぐにスケアリーの車のすぐ上にやってきた。そして、車を追い越すと飛んできたものはサーチライトを車の方へ向けた。

 サーチライトの強い光で一瞬目がくらんだスケアリーだったが、そこにヘリコプターが飛んでいることに気付いた。そしてヘリコプターはスケアリーの車の進路を塞ぐようにして道路のすぐ上を飛んでいる。スケアリーが車を停止させると、ヘリコプターは道路に着陸して、中から軍服のようなものを着た特殊部隊みたいな人達が数人、手にライフルを構えて降りてくると機敏な動きでスケアリーの車を取り囲んだ。突然の出来事に珍しく慌てていたスケアリーは両手を挙げて彼らが発砲してこないのを願うしかなかった。

 車を取り囲んだ特殊部隊のような人たちの中の一人は、運転席のすぐ横に立ってスケアリーに車から出てくるように指示している。スケアリーは指示されるまま車から降りた。

「ちょいと、なんなんですの?あたくしはエフ・ビー・エルの…」

特殊部隊のような人はスケアリーの言うことはほとんど聞かずに、乱暴にスケアリーの肩を掴むと彼女を後ろ向きにして、車の方に押しつけた。ボンネットに手をついて体を支えた状態のスケアリーの腰の周りや足などを特殊部隊のような人が手で触って武器を持っていないか調べている。

「ちょいと、ヘンなところを触ったら承知しませんわよ!」

こんな状態でもとりあえず言うことだけは言うスケアリーであるが、多分本人は意識していない。特殊部隊のような人はスケアリが腰のホルスターに装備していた銃を見付けると、それを取りあげてから聞いた。

「ファイルはどこにある?」

ファイルとは、今回の騒動の発端になったモオルダアが持ってきたファイルに違いない。

「トランクに入っていますわよ!」

それを聞いていた別の特殊部隊のような人が車のトランクを開けると、スケアリーのカバンの中から印刷されたファイルを取り出した。

「メモリーカードはどこだ」

特殊部隊のような人がスケアリーの耳元で大きな声で言うのでスケアリーはうるさくて腹が立ってきた。

「知りませんわよ!モオルダアが持っているんじゃなくって?それに、あなた方はモオルダアに何をしたんですの?もしもモオルダアに何かあったらあなた方は大変な間違いを…」

冷静な特殊部隊のような人達はスケアリーの言うことは何も聞かずに、メモリーカードがないと解るとすぐにヘリコプターへ乗り込み、そのまま飛び立っていった。

 ヘリコプターが飛び去って、静かな闇の中に残されたスケアリーだったが、しばらくヘリコプターが飛んでいった方を呆然として眺めていた。「なんなんですの、まったく」とつぶやいた自分の声に驚き、やっと辺りの静けさに気付いて、スケアリーは我に返った。しかし、全てを理解するまでにはまだ時間がかかりそうだとも思っていた。とにかく、モオルダアが持っていたメモリーカードはそうとう重要な物らしいということが解ってきた。

4. なんなんですの!?

 長い道のりを運転している間「なんなんですの!?」しか考えていなかったスケアリーの車が東京に着いた時にはすでに夜は明けていた。そしてスケアリーが家に帰って念願の部屋の掃除をする前に彼女はエフ・ビー・エルから呼び出されてそのままFBLビルディングに向かわなければならなかった。

 FBLビルディングについた彼女はFBLの「上の人」が待つ部屋に入った。部屋に入るとスキヤナー副長官の姿も目に入ってきたが、彼は「上の人」達の中ではそれほど偉い人間ではないようで、普段よりも小さくなっていた。スケアリーは「上の人」の中の一人からここ数日の行動やモオルダアの行方についていくつかの質問を受けたが、「上の人」にとってそれはどうでも良いことのようで、特に注意深く聞くような感じではなかった。スケアリーが「モオルダアは死んだのよ!」と言っても彼らは表情一つ変えずに彼女に冷たい視線を向けるだけだった。その後また別の「上の人」がすでに決められていたスケアリーへの処分を言い渡した。

 上官の命令に背いた身勝手な捜査を行ったためにスケアリーは停職処分となった。スケアリーもモオルダアもこれまでさんざんやりたい放題だったのに、今になって上官の命令も何もないじゃありませんこと?と思ってスケアリーはスキヤナー副長官を睨んだが、彼はすまなそうにスケアリーの視線をそらした。スケアリーは「なんなんですの!?」と思いながらも、停職処分を言い渡されると黙って頷いてから部屋を出ていった。

 部屋を出たスケアリーの後からスキヤナーが出てきてスケアリーを呼び止めた。振り向いたスケアリーは恐ろしい形相でスキヤナーを睨んだので一瞬スキヤナーは言葉を詰まらせた。その隙にスケアリーが先に話し始めた。

「ちょいと、なんなんですの!?これじゃあ何にも解決しないじゃありませんか。暴かれなければならない陰謀や、それからモオルダアに変なアルコールみたいなものを飲ませた犯人だって…。これじゃあ何にも解決しませんわよ!」

「いやねえ、それはまた別の捜査官にまかせれば良いことであってねえ、彼らにまかせておけば…」

「ホントにそんなことを思っていらっしゃるの?そんなことをしていたらきっと全てが闇に葬り去られてしまうんですからね。もう知りませんわ!プンッ!」

「プンッて…」

去っていくスケアリーのカリカリした様子をスキヤナーはすまなそうに見つめていた。


 スケアリーは無意識のうちにペケファイルの部屋へと向かうためにエレベーターに乗っていた。FBLビルディングの上の方にあったさっきの部屋からペケファイルの部屋のある地下まで降りるにはしばらく時間がかかった。その間にスケアリーはどうして自分がペケファイルの部屋に向かっているのかを考えていた。直感よりも理性や科学を信じるスケアリーであっても、時には思考よりも行動が先になってしまうことがあるようだ。

 ペケファイルの部屋に向かうのは、モオルダアが手に入れたメモリカードを取りに行くためである。そのメモリーカードの中の情報によって、今のような状況になったのである。そのメモリーカードをそのままにしておけば、やがて先ほどの「上の人」達のような人間達はそれを見付けて全てを闇に葬り去るに違いない。今のところメモリーカードのありかを知っているのはモオルダアとスケアリーだけである。とにかく唯一の証拠であるメモリーカードだけは確保しておく必要があるのである。

 ペケファイルの部屋に入ったスケアリーはいつもはモオルダアがダラッとした感じで座っている机のところに行き引き出しを開けた。メモリーカードはその引き出しの中に入っているワケではない。いくらモオルダアと言えども、いやモオルダアだからこそ必要以上に凝った隠し方をするのである。机の天版の下にある引き出しの中には特に意味のないメモ書き用の紙が沢山入っている。その下にはおそらくエロ本があるのだが、スケアリーはそんなことを確認しているヒマはなかった。引き出しを開けてその奥の方へ手を入れると下から天版のある上の方を探ってみた。するとテープで天版に貼り付けられた小さなケースが手に触れた。メモリーカードはそこに隠されているのだ。

 スケアリーはケースを天版の下から剥がして取り出した。そのケースの中にメモリーカードがあるはずだったのだが、スケアリーはそれを見て思わず「何なんですの!?」とつぶやいた。ケースの中には何も入っていなかったのである。念のために引き出しの中の紙をどかして見たが、予想どおりエロ本はあったもののメモリーカードはどこかへ消えてしまっていた。


 スケアリーはどこへ行くかも解らないままFBLビルディングの外へと出てきた。

「何なんですの!?いったいなんだというんですの!?これでは何も解決しないまま終わってしまうじゃありませんこと。そんなことになったら、これまであたくし達がしてきたことはなんだというの?もしかして作者様はこれまでの話をやめにしてあたくしが主人公のもっとステキな話を始めようというつもりなのかしら?それだったら納得がいきますわね?そうでございましょう?」

そんなことを私に言われてもそんな予定はありませんが。

 スケアリーが良く解らないことを考えて歩いていると空から大粒の雨が落ちてきた。「何なんですの!?」とつぶやくスケアリーの声にはほとんど力が入っていなかった。雨に濡れながらスケアリーはどこへ行くのかも解らずに歩き続けていた。「降り続く雨が〜あふれる涙、隠してくれるの〜」というオリジナルソングを口ずさみながら歩き続けたスケアリーはいつしか彼女の実家の前へと辿り着いていた。玄関の呼び鈴を押すとスケアリーの母親が出てきた。

「ちょいと、どうなさったの?」

突然現れたずぶ濡れのスケアリーに母親は驚いている。ほとんど泣きそうなスケアリーはオリジナルソングの続きを歌おうかと思ったのだが、母親を前にして一人の娘に戻ってしまったスケアリーは強がっている余裕などはなかった。スケアリーは泣きながら母親に抱きついた。

「あたくしはこんなふうにして主役の座を手に入れようなんて思っていなかったんですからね。ホントですのよ」

スケアリーの母は突然現れて、良く解らないことを言っているスケアリーに戸惑っていたが、初めて見る弱々しい娘の姿を気遣って優しくスケアリーを抱き寄せた。ただ、頭の中では「何なんですの!?」と思っていたことは確かである。