「拡散」

2. 都内のコンビニ

 警察からFBLの、しかもペケファイル課の二人に協力の依頼が来るなんてことは滅多にないことなのだが、それでも依頼が来るというのは、それが誰もが関わりたくないような面倒な感じの事件だったりするに違いないのだ。モオルダアもスケアリーも結構長くペケファイル課にいるので、その辺もようやく解って来ていた。

 しかし、事件現場へ向かう二人はあまりやる気がなさそうだった。コンビニで警官がトラブルを起こして、どうして彼らが協力しなければいけないのだろうか。警察の人間と一般市民の間の問題だからFBLが間に入るということかも知れない。FBLがそんなことをするとは私も知らなかったが、何しろ架空の組織なのでその辺の細かい設定はその都度違ったりするのだ。


 それはどうでも良いが、スケアリーの車に乗って二人がコンビニの近くまでやってくると、そこには予想とは違う光景があった。

「どういう事ですの?救急車が来ていますわよ。しかも、こんなに警察の方達もいて」

「そのようだけど。コンビニで警官がトラブル、ってホントにそう言ってたの?」

「少なくともあの電話ではそう言っていましたわよ」

「じゃあ、やっぱりボクらに協力を求めてくるぐらいだし、尋常な感じじゃないんだろうな」

スケアリーはモオルダアが言うのを聞いて彼の顔をチラッと見てみたが、彼が冗談で言っている様子はなかった。彼女は何かイヤなものを胸の奥に感じながらコンビニの近くの道に駐車してあるパトカーの後ろに自分の車を止めた。

 車から降りた二人はFBLの身分証をコンビニの前にいる警官に見せながら中へと入って行った。警官達は彼らが何者なのかよく解っていないのだが、なんかそれらしい身分証を見せられると止めるワケにもいかず黙って彼らを通すしかなかった。

 二人がコンビニに入ると一人の刑事風の男が彼らの所へやって来た。

「ああ、あんた達があの…。とにかく来てくれて感謝していますよ。私は刑事の遠條(エンジョウ)です」

そう言うと、どこかのどかな感じのする中年の男は二人についてくるように、という感じで目で合図すると店の奥へと歩いて行った。

 スケアリーは「何なのかしら、あの方?」という目をしてモオルダアの方を見たのだが、モオルダアもなんだか解らないような表情だった。なんというか、刑事らしい緊張感というものがない男であった。ともかく、二人は何も言わずに遠條刑事の後についていった。

 そのすぐ後スケアリーの先を歩いていたモオルダアが「ドゥヤッ!」とヘンな悲鳴をあげたので、スケアリーはモオルダアの視線の先に何があるのか解ってしまった。

 コンビニの店内にある冷凍庫の横に立った遠條はモオルダアのヘンな悲鳴にちょっと驚いた様子だったが、そこは気にせずに二人の方を見ると冷凍庫の中を指さした。モオルダアはすでに気付いていたようだが、そのアイスクリームの冷凍庫の中には男の遺体が入っていた。警察の制服を着ているし、この男がトラブルを起こしていた警官ということだろう。

「あらイヤだ。なんなんですのこれは?こんなことをしなくても、遺体はすぐに腐ったりいたしませんわよ。それに、一体どうしてこの方は亡くなったんですの?まさかトラブルというのは殺人事件じゃございませんわよね?」

この異様な光景にスケアリーが少し興奮気味に言っていた。何よりも、甘党の彼女にとってはアイスクリームの上に遺体があるという状態が気に入らないに違いない。

「いや、どう説明すればいいのか解りませんが。まず第一に、これは殺人事件ではないんですよ」

遠條刑事が少し戸惑いながら説明を始めた。

「最初にこの店から通報があった時には、その中の彼が冷凍庫に入り込んでイタズラをしている、ということだったんです」

それを聞いてモオルダアとスケアリーは思わず目を合わせてしまったが、そんなことは偶然に違いないので話の続きを聞くことにした。

「それで付近にいる警察をここへ向かわせたんですが、その時にはすでに彼の意識は無くなっていたようで、それで救急車を呼んだのですが、手遅れというワケでして」

「つまり、これはイタズラではなくて、彼はあまりにも暑かった、ってことですね」

説明を聞いたモオルダアが言ったが、それは冗談なのかよく解らなかった。

「いや、暑いぐらいで冷凍庫に入るなんて…。まあそんなイタズラは最近話題になってるようですが。少なくとも彼が携帯電話で自分の写真を撮った形跡はありませんよ。ヘヘへ…」

笑って誤魔化そうとする遠條刑事。本当にイタズラで警察官が冷凍庫に入って、それで間違って死亡したということなら警察としても大問題なので、彼もあまり変なことになって欲しくないという事なのだろう。しかしモオルダアは結構真面目な顔のままである。

「しかし、もしも人体発火の兆候があって、本人がそれに気付いていたとしたら。或いは体の内側から燃焼が始まってその熱さに耐えきれなくなったとしたら。冷凍庫の中に入るという行動には説明がつきますよ。外側は普通に見えても内蔵は真っ黒焦げだったりするかも知れませんし…」

モオルダアが人体発火現象の話を始めてしまったので、スケアリーはヤバいと思って話に割って入った。

「モオルダア。仮説を立てる前にまずは周囲の状況をよく調べる必要がありますわよ」

そう言いながらスケアリーはモオルダアのスーツの袖を強く握ると彼を一度コンビニの外に連れ出した。


「ちょいと、モオルダア。なんなんですの?最近は少しまともになってきて、人前で超常現象の話をしなくなったと思っていたのに。ホントに恥ずかしくなるからやめていただきたいですわ」

「そうは言ってもね。イタズラでスーパーとかコンビニの冷蔵庫に入るのが流行っている、って時点でおかしな話だし。ボクの話なんてまだまともに思えないか?」

「そういう問題ではありませんわよ。いずれにしても検視によってあなたの話が出鱈目だということは解ると思いますけれど」

「まあ、そうかも知れないけど。だけどそれじゃあボクらは何でここにいるんだろう?」

モオルダアに言われるとスケアリーもそんな気分になってくる。あの警官が心臓発作か何かで亡くなっただけなら、自分たちが来た意味はあまりない。かといって最近の冷蔵庫に入って悪ふざけする者達の行動について分析するつもりもない。

「来た意味が無いのなら、それはそれで良いことじゃございませんこと?」

スケアリーは自分が何に怒っているのか解らない感じだったが、ミョーに腹が立ったのでプリプリしながらまたコンビニの中へ戻って行った。

 モオルダアはちょっと彼女が恐かったので、追いかけずに付近の様子を調べる事にした。調べるといっても何を調べたら良いのだろうか?他の警官に「亡くなった警官に人体発火の兆候はあったか?」と聞いてみようかとも思ったのだが、さっきスケアリーに怒られたばかりだし、彼女が言ったとおり、解剖したら解る事なのでやめておいた。ただ、このまままたコンビニの中に戻ってもやることがないので、辺りをぶらぶらしてから頃合いを見計らってコンビニに戻って行った。

 暑い中を歩き回ってモオルダアはかなり汗をかいていたが、それで逆にエアコンの効いたコンビニの中は寒いぐらいに感じた。モオルダアがコンビニの中に戻ってくると、すでに遺体は片付けられていて、スケアリーの姿もなかった。彼がスケアリーを見付けようとキョロキョロしていると、遠條刑事が一休みといった感じでアイスキャンディを食べながら近づいて来た。

「ああ、あなた。まだいたんですか」

遠條刑事が言ったのだが、モオルダアには色々と気になってしまうことがある。まずこんな状況でアイスキャンディを食べながら現場をうろついていて良いものなのだろうか?しかし遠條刑事は少しも悪びれることはなく、当たり前のように食べているし、モオルダアとしても「そういうものなのだろう」と納得するしかなかった。

「あの、遺体はもう搬送されたんですか?」

「そうだが。あのスケアリーさんという人が解剖するから、って。なんかスゴく怒ってましたけど。何かあったんですかね?」

「いや、まあ。ああいう人なんです」

モオルダアは汗を拭きながら答えていた。さっきまで炎天下をうろついていたので、なかなか汗がひかないようだ。

「あんたもどうですか?」

モオルダアの汗を見て、遠條刑事がアイスキャンディを勧めたのだが、今は寒いと思っているぐらいなので食べる気にはならない。これだけ店の中が涼しいとイタズラで冷凍庫などに入る人達も本当に「暑いから」という理由で入るのだとはとうてい思えなかった。モオルダアは自分が余計な事を考えていると思った。だが目の前にいる刑事が呑気な感じでアイスキャンディなんか食べているので、彼としても調子が出ないのかも知れない。

「ああ、そうですか。なんか全部捨てちゃうっていうし、もったいないよねえ」

遠條刑事が言うので、モオルダアはさっき気になっていた事を思い出してしまった。ここはただのコンビニではなくて、冷凍庫に遺体が入っていたコンビニなのだし気にならないワケはない。

「あの、それってもしかして、あそこに入っていたアイスですか?」

「そうだが?」

モオルダアは驚いていたが、遠條刑事はどうしてそんなことを聞くのか?という感じだった。

「いや…。なんて言うか、気にしないんですか?」

「何を?」

「その上で人が死んでたんですよ」

「でもちょっと下の方から出してきたんだし、大丈夫だよ」

そういう事ではないと思うが、彼が大丈夫というのなら大丈夫なのだろう。これは呑気というのか、鈍感というのか、よく解らないが。モオルダアはさらに調子が狂いそうになるので他の場所へ行くことにした。もっと優秀な捜査官らしいことが出来る場所へ。