「拡散」

10. ローンガマンのアジト

「ウワァ、気持ち悪いなあ」というモオルダアの声が先程から何度も聞こえてくる。彼はあの新聞の切り抜きを読んだ後にここへやって来た。

 初めての人に説明すると、ローンガマンとは「オタクっぽいテクノロジー」を駆使して世の中の様々な陰謀などを暴くために活動する三人組で、モオルダアとは大きなくくりでは同類なので時々こうしてモオルダアが協力を求めてやって来たりするのだ。(詳しくはthe Peke-FilesのCASTのコーナー参照。)

 それはそうと、モオルダアはさっきからメンバーの一人である元部長からパソコンの画面でいろんな寄生虫の画像を見せられていた。寄生虫の画像ならFBLの技術者のところで散々見てきたのだが、今度はそれとは別のタイプだった。

 今彼らが盛り上がっているのは、寄生してその宿主の養分を吸収するだけではなく、新たな宿主を見つけるために宿主の脳をコントロールして意のままに動かしてしまうタイプの寄生虫や菌類の話題だった。

 例えばトリに寄生するロイコクロリディウムは、まず始めにカタツムリに寄生する。寄生したロイコクロリディウムはカタツムリの触角の突起した部分に入り込み、そこでイモムシのような模様に擬態する。そして、その状態でカタツムリを操り目立つ場所まで誘導すると、その触覚をイモムシと勘違いしたトリが食べて、そのトリが感染する。

 このロイコクロリディウムが一番気持ち悪かったので、モオルダアも元部長も盛り上がっていたのだが。その他にもトキソプラズマのような例もある。ネコの糞からネズミに感染して、最終的にはネズミを食べたネコの体内で個体を増やす。このトキソプラズマに感染したネズミというのはネコを恐れなくなり、食べられる確率が増すということなのだ。これも寄生生物が宿主を操っているという事になるかも知れない。

 そんな話で盛り上がっているうちに、モオルダアはなんとなく不安な気持ちになってくるのだった。それはただ、自分がこんな生物に寄生されたらどうしよう?とか、そういう類の恐怖から来るものではなくて、自分が何か重要なことを見落としているような気がするという不安であった。それがなんだか解らないまま寄生虫に関する元部長の講釈は続いていたのだが、そこへ別のことを調べていたヌリカベ君がやって来た。彼はモオルダアが持ってきた新聞の切り抜きに関して詳しく調べていたのだった。

「これは決して信頼の出来る新聞社の記事ではないですが、事実ではあるみたいです」

無口なヌリカベ君にしては長く喋ったのだが、これだけ言うといつものように黙っている。

「他には?」

いつものようにたまりかねた様子でモオルダアが聞いた。

「事実ですが、発表の前に研究者は死んだようです」

モオルダアは色々と疑問に思って元部長の方を見た。しかし、彼もさっきまでモオルダアと寄生虫で盛り上がっていたので、そのことについてはよく解らない。すると、無口なヌリカベ君に変わってフロシキ君が説明した。

「このゾンビ化生物に関してはちょっと前にオレらの間でも話題になったんだよ。人間を自在に操る寄生生物なんて、これは生物兵器かゾンビ兵士計画に違いない、ってことでね。ただ、その後に何の発表もなく、ただのウワサで終わったんだが、そこへあんたがこの切り抜きを持ってやって来た、ってことなんだ」

相変わらず横柄な喋り方だが、そこが気にならない可愛いキャラでもあるフロシキ君である。

「それで、何だったの?」

「何だったかは解らないままさ。研究者達は別の研究中に偶然この生物を発見したらしいんだが、詳しいことを調べて発表する前に研究所が火事になったらしくて、全員死亡したらしいぜ」

「ホントに?!」

「なんで嘘を言う必要があるんだ?」

確かにそうだが、何でも陰謀に結びつけたがる人というのは、嘘っぽい話でも現実であると信じてしまう傾向にあるので、モオルダアとしても彼らの言うこと全てを真に受けるのは危険だと思っているのだ。(自分のことは棚に上げる、とはこういうことか。)

 しかしこれが本当で人間を操る寄生生物がいるのなら、これまでの多くの謎を上手く説明出来るのではないだろうか?真面目な警官であった氷室兵蔵がコンビニの冷凍庫に入ったこと。病院で彼の遺体の所にいた謎の虫のこと。さらに、遺体が勝手に動いたかもしれない、ということの説明にもなるかも知れない。

 モオルダアは頭の奥の方で色んなことが騒がしくなってきている、そんな感じになってきた。すぐに何かをしないといけないのだが、一体何をすれば良いのか?少なくとも、ここで気持ち悪い画像を見て盛り上がっている場合ではなさそうだ。

 モオルダアは立ち上がって出ていこうとしたのだが、一度振り返って聞いた。

「もしも人間を操る寄生生物がいるとしたら、それは脳に寄生するかな?」

「オレ達は医者じゃないんだぜ」

フロシキ君が言ったが、モオルダアも確かにそうだとも思った。

「常識で考えたらそうなりますかね」

しかし最後に無口なヌリカベ君が言ったので、それは正しいような気がした。

 モオルダアはローンガマンのアジトを出るとスケアリーに電話してみたが、まだ電話はつながらないままだった。