「監視」

16. ビル

 小さなビルのフロアは壁を壊したあとの粉塵で、うっかりするとむせ返ってしまいそうなほどに埃が舞って白っぽくなっていた。何だコレは?とか何なんだまったく!とかそんなことをさっきから例のベテラン刑事であるヤダナが言っていた。そんなことにいちいち反応するのは面倒なので他の警官や刑事達は黙々と作業を進めていた。

 梅木が仕事場に使っていたのはビルの一階と地下だった。犬が吠えるとうるさいので地下室のあるビルが良いというのはもちろん表向きの理由である。その地下室は梅木の異常な欲望の餌食となった女性達を監禁する場所であり、そしてその後に何があったのか知らないが、梅木は地下室を完全に封鎖してしまったようだ。その時に女性達は生きていたのか、死んでいたのか、今となっては調べるのは困難だが、ここにいた警官達は誰もそんな事を知りたいとは思わなかった。

 面倒な手続きのためすでに日は暮れていた。それでもなるべく早く真相を知りたいということで、暗くなっているのにも関わらず作業が始まり、壁が壊されたのである。

 壁を壊して現れた地下室への入り口を入っていくとそこには彼らが想像したとおりにいくつもの動物用の檻が置いてあった。それぞれに白骨化した遺体が見つかったのだが、あるものには犬用の首輪がはめられ、そしてあるものには手錠がかけられその手錠がボロボロに錆びていたりする。梅木はこの被害者達をここに放置したまま入り口を塞いだのだろうか。その時彼女たちが生きていたのかどうか、やはり考える気にはなれない。

 警官達はしばらく言葉を失っていたが、やがて一人が一階で埃を吸い込んで渋い顔をしているヤダナ刑事のところへ報告に行った。報告を聞くと刑事は「ほれ見ろ」と言わんばかりの表情を隠しきれない様子だった。「あんな狭い家では何も見つからんよ」そうつぶやきながら、FBLが間違っていて自分が正しかった、と勝利の余韻に浸っているようだった。

 しかし、地下へ下りていった刑事はその部屋の光景を見て、こんなビルには来なければ良かった、と思ってしまった。ベテランではあったが、ここまで異常な事件というのはコレまで捜査したことがなかったのだ。刑事は地下室に並べられたいくつもの檻の中の白骨死体を見て言葉を失うと気分が悪くなって一度一階に戻っていった。

 一階に戻ると、気持ちを落ち着かせようと刑事は何度も深呼吸をして、やっとのことでまともに考えることが出来るようになった。そして、まともに考えた末に、やっと言葉を発することが出来た。

「なんなんだ、一体?!」

彼が今言える一番まともな意見がそれだったようだ。

17. モオルダアのボロアパート

 モオルダアは梅木の家から持ち出してきた人形を部屋の真ん中にあるちゃぶ台のようなテーブルの上に置いて、先ほどからボンヤリとそれを眺めていた。果たしてこの人形が今回の事件に関係あるのかどうか。モオルダアにも確信があったワケではない。ただ何となく気になる、というだけでこの人形を持ち出してきたのだ。

 先ほどから見ていると、昔ながらの日本人形にある独特の存在感とか、そういうところはあるのだが、これが呪われている物だとか、そういう雰囲気は特にない。現代の小さい子供達が可愛がるようなカワイイだけの人形の見た目ではないのだが、コレはコレで良くできた人形なのではないかと思っていた。細かい作りなので機械による大量生産ではなくて手作りに違いない。職人が一つずつ丁寧に作ったもに宿る独特の風合いというのか。じっと見ているとこの人形独自の味わいのような物が感じられる。

 呪われた人形が出てくる映画なんかでも、恐怖の人形は最初はカワイイものなのだが。ただ、モオルダアとしてはこれがそういう恐ろしい人形とは思っていなかった。いくらネタ切れだからといって、人形が人殺しをするとか、そういう展開は作者も自重するだろう、とモオルダアは高をくくっていたとか、いないとか。

 よく見るとケースの中にはコレを作った人形メーカーの名前等が書いてあったりする。メーカーといっても日本人形で有名なのは数えるほどしかないはずなので、コレは小さな会社の名前なのだろう。

 それにしても、この人形に関する情報は全て正しいのだろうか?とモオルダアは考えた。最初にスキヤナーの元に届けられた手紙ではそれは恐怖の人形という事になっていたし、梅木が言うには彼が引っ越して来た時からこの人形があの家にあったという事だった。

 しかし、今となっては梅木の言うことに信憑性はない。もしかするとFBLの二人があの家に話を聞きに行った時に、彼はスケアリーをおびき寄せるためにこの人形を利用する事を思いついたのかも知れない。モオルダアはそうも考えたが、それは少し変だとも思った。人形の事でFBLに連絡すれば確かに捜査官が何かをしにいくはずなのだが、スケアリーだけがあの家に行くとは梅木も思っていなかったはずである。

 梅木がいつスケアリーに対してあの異常な感情を抱き始めたのかは解らないが、スケアリーが一人であの家に行くことは計算していなかったはずである。だが成り行き上ああなってしまって、梅木は突発的に犯行に及んだということだろう。ただロープなどを用意していた所からするといつでも何かを出来る用意はしていたということになるのだが。

 そんな感じで人形を眺めながら事件と人形の関係を考えていたモオルダアだが、さすがに飽きてきたようだ。

 だいたい、どうしてモオルダアがこの人形を持ってきたのか?そして、どうしてさっきから人形のそばにいるのか?モオルダアも自分で考えるのが少しバカバカしいと思っていたのだが、しかし可能性が少しでもあれば確認しないワケにはいかないのである。

 モオルダアは何をしているのか。彼は勝手に梅木の家に戻っていくというこの人形を持ち出せば何かが起きるのではないか?と思っていたのである。モオルダアとしても、人形が歩いて梅木の家まで帰って行くとか、そういう事は考えていなかったが、何かが起こる可能性はあるかも知れないのだ。

 ただし、ずっと見つめていても何も起こりそうにないので、モオルダアはまずテレビを見てヒマを潰しながら時々人形の方をチラチラ。テレビに飽きたら今度はパソコンで何かをしながら人形の方をチラチラ。

 けっこう夜遅くまでチラチラしていたのだが、人形には何の変化もなかった。そしてチラチラするのにも疲れてしまったモオルダアはいつしか眠りに落ちてしまい、次に起きたのは彼の携帯電話が鳴った時だった。

 モオルダアは目覚めると「しまった!」と思ったのだが、机の上を見るとまだ人形はそこにあった。結局何も起きなかったようだ。コレが良い結果なのか悪い結果なのかいまいち解らないが、モオルダアはそんなことを考えながら電話に出た。

「もしもし、モオルダア捜査官?」

あの若い刑事からだった。

「もしかして、寝てました?」

刑事に言われてモオルダアは時計を見た。午前七時。寝てて文句をいわれる時間としてはギリギリアウトかセーフか?という時間ではあったが、思っていたよりも長く寝てしまったようだ。

「いや、大丈夫だが。何かあったの?」

「まあ、そんな感じですが。昨日梅木の家で見つかった白骨死体の事なんですが。それに関して主任が詳しいことを教えるって言ってるんですけど、どうします?」

どうします?と言われても、モオルダアとしても見つかった遺体のことについては知っておきたいので断る理由はない。

「そりゃもちろん聞こうと思うけど。何か問題でもあるの?」

「いや。あの人のことだから、多分あなたが嫌な思いをするんじゃないか、って」

若い刑事はあのヤダナ刑事がいまいち好きでないので、警察の人間としては珍しくモオルダアに味方してくれるようである。

「それなら大丈夫だよ。昨日の遺体発見についてはこっちにも少しは情報が入っているし、こっちも少し聞きたいことがあるからね。逆に嫌な気分になるのはあの刑事さんかも知れないしね」

「そうですか。まあそれなら良いですけど。刑事は今日もあのビルに行ってるんで、そこで待ってますね」

モオルダアは梅木が仕事場として使っていたビルに向かうことにしたが、その前にFBLの技術者のところに電話をかけた。何か知りたいことがあるのだろう。