「炎上」

17.

 スケアリーはすぐに戻ってきて彼女の車はタイヤを幽かに軋ませながらモオルダアの横に止まった。モオルダアも急いでいるようで、強めのブレーキでまだ車体が前につんのめっているような時にドアを開けて乗り込んできた。

「流山だ」

「なんですの?!」

流山というのは千葉県の流山市だということはスケアリーにもだいたい解ったのだが、思っていたよりもかなり遠いということでスケアリーは強めの口調で聞き返してしまった。

「このすぐ近くに新御徒町駅があるよね。小根野はそこから流山に向かったはずなんだ」

モオルダアは早く車を発進させろと言わんばかりなのだが、スケアリーはまだこの話を信じて良いのか解らなかった。

「モオルダア。流山ってそんなに近くないんですのよ。もしも小根野がそこにいなかったら、あたくし達は貴重な時間を無駄にすることになるんですのよ」

「大丈夫だよ。小根野の狙いは真知村議員なんだ」

スケアリーは大丈夫と言われて車を発車させかけていたのだが、足をブレーキの方に戻して強く踏みつけた。車がまた前のめりになった。

「真知村議員って誰ですの?」

モオルダアは面倒な事になってきたと思ったのだが、とにかく移動中に説明すると言ってスケアリーに車を発車させた。


 モオルダアは車が大通りに出てスムーズに動き出したところでこれまでの事をスケアリーに説明した。モオルダアの説明では、小根野に関する捜査の途中で真知村議員の秘書からの接触があったのは偶然であったが、その偶然によって今回起きたいくつかの出来事が一つに繋がったということだ。

 小根野が行方不明なのを警察が隠そうとしていることからも、彼女がタダの変な人ではないことが解る。猫屋敷から一連の出来事は、ペケファイル課の二人をこの事件に巻き込むために仕組まれていたとも考えられる。

 しかし真知村の妻から真知村議員を助けるようにと依頼された事から、モオルダアは事の真相に近づくことが出来たというのだ。真知村の妻を尾行すると国防省の人間と思われる人と話をしていたりしたのだが、そうなってくると真知村の周囲全体が疑わしくなってくる。

 ここで、秘書の瀬呉は結局はただの秘書というと考えて良さそうだ。動物愛護団体の一員としての彼は旨方議員がどんな形であれ失脚してくれた方が都合が良い。そこでモオルダアに旨方議員が真知村議員を狙っていると適当な情報を教えたに違いない。


 スケアリーはモオルダアの話を聞いている途中に出てきたパクンマックという名前がおかしな名前ですわ、と思ってうわの空になってしまいそうだったのだが、なんとか話についていった。

「それで、どうして小根野が真知村という議員の命を狙っているという事になるんですの?」

「正確に言えば小根野に寄生しているウイルスのせいだから、小根野の意志とは関係ないけどね。それに小根野なんて人は実在しないし、どこかの誰かが小根野になりきってるだけなんだよ。最初からヤツらの狙いはボクらだったのさ」

モオルダアが言うとスケアリーは「さ」って何なんですの!?って思ってしまうところをグッとこらえていた。

「どういう事ですの?それじゃあ、あの猫屋敷は何だったんですの?」

「全部でっち上げだよ。小根野の捜査にボクらを巻き込んで、そして関係ないところをボクらに捜査させたり、キミに猫の世話をさせたり。そしてその間に小根野が逃げ出して真知村議員を暗殺する。ボクらは役立たずだってことでペケファイル課がつぶされるかも知れないし、真知村議員の事を調べればボクとの関わりも明らかになるから、その辺でボクらを追い詰めることだって出来ると思うし。それにボクに機密情報を教えてくれたりする真知村議員が消えてくれると都合の良い人も沢山いるからね」

それだけではスケアリーには何のことだか解らない。

「だけどどうして真知村という議員が小根野に狙われていると解るんですの?」

「これも偶然なんだけどね。さっきキミに連絡した直後にスマホにメッセージが届いてね。それが秘書の瀬呉からのメッセージだったんだけど。真知村議員が隠れている場所が書いてあったんだ。小根野が消えた場所と真知村議員のいる流山という地名から、小根野が向かう場所はそこしかないと思ってね」

「でも、どうして車を使わなかったのかしら?移送に使っていた車を使えばもっと簡単だと思いますわ」

「ウイルスに操られているような状態じゃ運転は出来ないんじゃないかな。あるいは小根野が免許を持ってないとか」

スケアリーは納得したような、してないようなモヤッとした気分でモオルダアの話を聞いていた。それから、真利多からもらったメモの内容について考えていた。

 モオルダアの話を聞く限りでは旨方と真知村は政敵ということのようだ。区議と都議という立場の違いなどからその事を推測するのは難しいのだが、詳しく調べたら解るのだろう。そして、あのメモによって真利多は真知村の命が狙われているということを知らせたかったのかも知れない。

 あのメモに書かれていた「もうひとり」とは、もう一人の犯人ではなくて、もう一人狙われている人物がいるという事だったのか?

 もしそうだとすると、スケアリーは大変な勘違いをしていた事になるが、その前にあの謎めいてるだけで解りづらいメモを持って来た真利多という女性はどんな人物なのかしら?というところも気になってくる。

「ねえ、モオルダア。あの真利多って人とあなたはどんな関係なのかしら?」

「関係?!まあ、関係っていってもね。まだそう深い関係じゃないんだけどさ。まあミスター・ペケの紹介ってかんじかなあ」

そう言いながら顔が赤くなっているモオルダアを気持ち悪いですわ!と思いながら、スケアリーは余計な事は聞かなければ良かったと少し後悔していた。

 そんな感じだったので、二人はこれらの出来事が偶然にしろ上手く繋がってしまったことに疑問を持つことはなかった。見えているものの裏まで見通したつもりが、実は誰かの思いどおりに動いているだけだったという可能性もない事もない。