「回人」

04. 森の公園

 紀尾三の運転する車のあとについてエフ・ビー・エルの二人の乗った車は森の公園にやって来た。さっきの病院のある街の中心からは車で数分で来ることの出来る場所にあった。

 見た感じは周囲の森と何も変わらないのだが、公園というだけあって、入り口のところには名目上駐車場ということになっている空き地があったり、歩きやすく整備された道の所々に電灯が設置されていたりしていた。だがここを公園にする意味があるのだろうか?というのが、ここへ初めてやって来る人の主な感想でもある。

 車を降りたエフ・ビー・エルの二人は、この公園に何があるのだろうかと思って、入り口のところの案内をチラッと確認したのだが、この公園の正式な名前が解っただけで、あとは特に何もないようだった。

「変な場所でしょ?」

二人の様子を見て紀尾三刑事が言った。なんでこんな場所に公園があるのか?という事はここの住民にも理解しがたい事らしい。

「こんな公園があっても観光客が呼べるワケでもないし。元は私有地だったんだが、役所が買い取ってからは、放置するワケにもいかないから公園にしたって話で。まあ地元民としては、森を突っ切る近道にもなるし、少しは役に立ってるかな。でも今度またどこかの企業が買い取って開発するなんて話もあるし。森がなくなるのは寂しいが、こんなところに何を作るのか?って気もするがね」

「守山さんも行方不明になった時にここを通ったと思いますか?」

開発の話とかはどうでも良かったので、モオルダアが事件の事に話を戻した。

「そうだろうね。この公園を抜けた先にまた県道があって、その道をしばらく進むとちょっとした住宅街があって、そこに守山さんが住んでますからね」

「守山さんは以前の失踪事件については知らなかったのかしら?知っていたらこの公園を歩くような事は避けると思うのですけれど」

「彼は役場の人間だから知らないわけはないんだが。ただ役場の人間ってことで警察がここを徹底的に調べたということも知ってるからね。それだから逆に危険はないと判断したんじゃないですかね」

「そうなんですの…」

「それに、今回の件でもこの公園は警察が調べましたけどね。やっぱり何も見つからなかったんですよ」

スケアリーは、それじゃあここにいてもあまり意味がありませんわ、と思い始めていたが、モオルダアは少し違っていた。警察が捜す手掛かりと彼の探す手掛かりは別にあると彼は思っているのだ。

「それでも、ボクらがもう一度調べてみる価値はあると思うよ」

モオルダアが言うと、スケアリーはあまり乗り気ではなかったが反対も出来ないという気がした。警察が何もないと言っているからといっても、ここで何もしないのでは自分達が来た意味がないのだ。

 エフ・ビー・エルの二人は森の公園の中を調べる事にした。紀尾三刑事は他に用があるという事で二人に連絡先を伝えると車に乗って行ってしまった。実際に用などなくても、一度調べた場所をもう一度調べるのは面倒だ、ということなのかも知れないが。


 残されたエフ・ビー・エルの二人はこれまでの被害者が歩いたと思われる道を進んだ。これまで主に地元の住民が近道のために通る以外に人はあまり来なかったという。そのことから考えても、被害者達はみな県道沿いの入り口から、反対側の県道沿いの入り口へ向かう道を歩いたに違いない。

 スケアリーはこの道を歩いたところで何が見つかるのかしら?とも思っていた。闇雲に何かを探すよりは、探す物が明確な方が異常などを発見しやすいはずなのだが、そのような事について話し合うのも気がひける感じがした。モオルダアは久々に遠出での捜査ということで舞い上がっているようだし、この事件がエイリアンによる誘拐事件だと思っているらしい。彼はガウスメーターという磁力を計る機械をどこかで手に入れたらしく、それを持ってきていた。黙っていはいたがモオルダアはカバンからそれを自慢気に取り出してそこらの木や岩の周辺を計測したりしている。

 こんな状態のモオルダアと事件について話し合ってもまともな意見が出てくるわけがない。ただモオルダアのしている事を見てスケアリーには気になることもあった。

「ちょいと、その装置で何か異常な数値が出ていたりするんですの?」

「ん?…まあ、特に何もないんじゃないかな…」

とは言ったものの、モオルダアにはどういう数値が正常でどういう数値が異常なのかは良く解っていないのだ。

「あたくし、思ったんですけれど。森の中で方向感覚を失うって話があるでございましょ。歩き慣れている人でも、迷子になってしまうようなやつですわ。この辺りには霧が出ることは滅多にないってことですし、そういうことなら、人間の感覚を狂わせるような原因が他にあったりすることも考えられると思うんですの」

「青木ヶ原の樹海みたいな?」

「あの森とここでは規模が違いすぎますし、樹海に関する話のほとんどが都市伝説のようなものですのよ。でも、中には科学的に追求すべきようなものもありますし。人間の方向感覚と地磁気の関係については興味深いものがありますでしょ?」

「それはそうかも知れないけど。でも気になるのは今時こんな感じの公園で地元の人が迷うのか?ということだよね。磁場に異常があるかどうかに関わらず、スマホの電波はバッチリ届いているみたいだし」

モオルダアに言われてスケアリーは自分のスマホを確認してみたが、電波は届いているようだし、マップを開いたら正常に機能しているようだった。ここは山奥という程でもないし、公園内にも街灯が立っているくらいなので、携帯電話の基地局もそこら中にあるのかも知れない。

「あら、そうねえ…」

「磁場がダメなら、やっぱりこっちかな」

モオルダアはそう言うと、ガウスメーターをカバンにしまった。そしてそれと入れ替える感じで出したのが小型のガイガーカウンターだった。

 スケアリーはそれを見てウンザリしてしまった。UFOが着陸した場所で放射線が検出されるという話はモオルダアが良くしている話なのだ。やはりモオルダアはこの事件がエイリアンによる誘拐事件だと思い込んでいるに違いない。

 しかし、モオルダアは何もせずにガイガーカウンターをしまった。もしかしてただ見せびらかしたかっただけなのかしら?とスケアリーは思ったが、そうでもないかも知れない。

「これも違うような気がするよね。どうもここには雰囲気がないというか…」

「雰囲気なんて、その時の気分次第ですわよ」

「そうだけどね。でもスケアリー。この音が聞こえる?」

スケアリーは何かしら?と思って耳を澄ました。数秒間二人は黙っていた。

「なにも聞こえませんわよ」

「そうなんだよ。この森は静かすぎると思わない?」

そう言うモオルダアの表情が得意げに見えてきたところで、スケアリーがこれまでなるべく冷静にしていようと努めて胸に納めていた色々なことがあふれ出して来た。

「ちょいと!なんでそんな回りくどい説明なんですの?普通にこの森は静かすぎるって言えば良いんですのよ。あたくしだってそのくらい気付いて気になっていましたわよ。そんなことよりも、あたくしは他に調べたいことが出来ましたから、失礼しますわ!」

急に怒られたので、モオルダアは何も言えずにスケアリーの後ろ姿を見送っていた。そしてしばらくしてから、ここから移動する時の車がないということに気付いて、あーあ…と思っていた。