Technólogia Vol. 1 - Pt. 5

Technologia

06.

 恐らくこの二人の男は蚊屋野のことを自分たちが探していた人物であると確信したのであろう。最初は武器として使っていた槍も今では荒れた土地を歩くのにちょうど良い杖の代わりになっている。それに、この二人を見ているとこれまであの槍が武器として使われたことはないに違いないとも思えて来た。彼らが何かと戦うとかそんな感じであの槍を使うという事が今の二人のオットリした感じからは想像が出来なかった。
 蚊屋野は二人に言われるままに彼らについて歩きながらそんな事を思っていた。もちろん彼は何も考えずに彼らについて歩いているワケではない。ここがどこなのか?とか、その前にここで何が起きたのか?とかそういうことも聞いてみたのだが、それを知るためには全てを知っている予言者という人に会わないといけないらしい。その予言者によるとこの二人が蚊屋野の質問に答えると混乱が生じるとかで、彼らが質問に答える事は許されていないようなのだ。
 こんな状況は好ましくないというのは蚊屋野にも解っている。前を歩いている二人の格好と、それから予言者という人物。どう考えても誰もが関わりたがらないカルト教団としか思えない。
 ただ、このどこだか解らない荒野にいきなり放り出された今の状況を考えると、一人でいるよりは誰かと一緒にいる方が安心できる。それに前の二人は蚊屋野の事を特別な人物と思っているようだし。それでも黙って彼らのいいなりになっているのも良くない気がした。
 ワケが解らないで言われるままに実験台になった結果が今の状況だし、ここは少しだけ慎重になった方が良いに違いない。少しでも自分が置かれた状況を把握しておくべきだろう。蚊屋野はそう思って前を歩く二人に声をかけた。
「あの、この辺には人の住む所とかなさそうですけど。これから行く場所は遠いのかな?」
蚊屋野が聞くと前を歩いていた二人は一度顔を見合わせた。それから一人が振り返って言った。
「ああ、地上にあるものはどんどんボロボロになるから。特にこの辺りはヒドいんだがね。オレ達が子供の頃にはまだ街の痕跡があったんだが、今じゃこれだし。だが地下は大丈夫だったんだ。だからみんな地下に住んでるがな。すぐに着くからわかるさ」
前の二人は蚊屋野に比べたらかなり歳をとっていそうな見た目だったが、この話し方はどうにもぎこちない感じがした。だが、その前にこの男は何を言っているのか?ということを気にすべきだと蚊屋野は思った。
「それって街がボロボロになったってこと?そんな事が起きたら大ニュースだと思うけど…」
そう言って蚊屋野は辺りの荒野を見渡していた。かつて街だった場所がこんな事になればニュースにならないはずはない。仮に人の住まなくなった街が徐々にこういう姿になったとしても、それはそれで話題になるしマニアの間では観光スポット化するはずである。だが蚊屋野があの研究室に入ったあの時にもそんな話は一度も聞いた事がなかった。
「ニュースかあ。懐かしい響きだ…。だがアンタ気を悪くしないで欲しいが、あんまり話すなって予言者に言われているから。話はこれでオシマイだ」
さっきと違う方の男がそう言って、本当にそれ以降はなにも話さなくなってしまった。ただ、それを聞いて蚊屋野は思い出したのだが、この二人の話し方は訛りの強い人が標準語を話している時の、どことなくクセのある感じに似ていると思った。そう思ってから気付いたが、これはやっぱりどうでもイイ事だった。
 二人は何も話さなくなってしまったが、それからすぐに目的地に着いたようだった。そこはこれまでに何度か通り過ぎてきたような瓦礫の中にあったのだが、瓦礫を取り払った地面の一部に蓋のような感じで扉が設置されていた。さっき男が言っていたとおり、地下に入っていくのだろう。
 ビルの階段に付いているような大きな重たい扉なので、地面に寝かせた状態から開けるのは大変なようなので、開けやすいようにドアノブに鎖がつけられている。男の一人が横からそれを引っ張って足を踏ん張ると、その足を支点にして自分の体重を利用して扉を開けた。
 開いた扉の下に見えた光景に蚊屋野は一瞬だけ安心したが、そのあとすぐに冷静になると、謎と疑問が頭の中に湧いてくる気がした。そこにあったのはスーパーにあるようなエスカレーターだった。その見慣れた感じのスーパーに一瞬だけ安心したのだが、エスカレーターはもちろん動いてはいないし、その降りていく先は薄暗くて入るのには勇気がいる感じがした。
「さあ、着いたぞ」
言われなくてもだいたい解っていたが、男の一人が言った。蚊屋野が入るのをためらっていたから、わざわざそう言ったのかも知れない。
「ここが…その?」
「ああ、みんなここに住んでるが」
男はどうして蚊屋野が中に入ろうとしないのか不思議そうにしながら言った。蚊屋野もここまで来たのなら入らないとダメだとも思っていた。それにいつまでも外にいても何にもならなそうだ。
蚊屋野が入って動いていないエスカレーターを数段降りると、最後に入った男が扉を閉めた。あの重たい扉だからスゴい勢いで閉まりそうだし、指でも挟んだら大変な事になりそうだと思ったが、ドアをゆっくり閉めるための油圧式の装置がまだ正常に動作しているようで、閉める時は案外ソフトな感じだった。それでも、本来とは違う向きに設置されているドアなので、閉めるとバタンと大きな音がした。
 ドアが閉まって初めて気付いたが、ここは薄暗いが周りのものがハッキリ見えるぐらいには明るい。建物に元からあった照明は点いていないようだが、後から張り巡らされた電線のようなものと、その途中に電気のランプが付けられている
 ただ、そのランプが白熱電球ではなくてLEDなのが蚊屋野をどこか変な気分にさせた。外の様子からしてLEDはどうも怪しい気がする。あまりにも現代風だし。あの荒野の感じからすると電気ではなくてロウソクの炎のようなもので明かりをとっている方が自然だと思えたのだ。
 やはりこれは何かのために作られた施設なのだろうか?自分は今、怪しいカルト教団に捕まって変な場所に連れてこられたのだろうか?ここが日本のどこにある場所なのかは解らないが、ゴルフ場ぐらいの広さの土地があれば外の荒野も含めて人の手で人工的に作る事も可能に違いない。色んな手段で資金を集めたカルト教団にならそれぐらいは出来そうだ。
 だが、何のために?そう考えても理由は思い浮かばない。大体、そういう団体が理屈で行動するとは思えないし。だとすると蚊屋野がここへ連れて来られた理由を考えるのが恐ろしくなる。
 あの教授のいう事を聞いたのがいけなかったのか。或いはその前の晩にあの研究室に潜り込んだのがいけなかったのか。もしかすると、その前から周りで起きていたことは全て自分を陥れるための策略だったのではないか?とさえ思えて来る。それは本当に恐ろしいことだ。
「早く!予言者が待ってるが」
そう言われて蚊屋野はビクッとしてしまった。今は動かないエスカレーターの前と後ろに例の二人がいる。外にいる時には平気に思えたあの槍もまだ手に持っていて、この状況でみると恐ろしい武器に見えたりもする。どうやら逃げるワケにはいかないようだ。
「行きましょうか」
蚊屋野がいうと、前の男が歩き出したので、彼もついていった。