Technólogia Vol. 1 - Pt. 19

Technologia

22. 炎の狛犬の神殿

 蚊屋野の視線の先には犬がいる。
「キミがさっきから喋っているのか?」
蚊屋野はもう一度、今度は落ち着いた声で聞いた。犬は黙って蚊屋野の方を見て首をかしげているだけだ。いくらおかしな世界だからといっても犬が喋るワケはない。蚊屋野は頭の中で聞こえた声がやはり頭の中で作り出される幻聴なのだと思って虚しくなりそうだった。
「なんだ、ビックリするじゃねえか。人間に動物の声が解るワケないからな」
蚊屋野が犬から目をそらしてうつむいていると、また声が聞こえて蚊屋野は犬の方に視線を戻した。
「な、なんだよ…」
これまで「おすわり」の体勢だった犬が少し頭を低くして身構えた。
「ボクはキミが喋っている声を聞いているのか?それとも、目の前にキミがいるから、頭の中の声がキミが喋りそうなことを喋っているだけか?」
蚊屋野が犬に向かって話している。犬の方はまたクビをかしげた。
「どうしたんだ?コイツは頭がおかしくなってんのか?犬に向かってそんな事言うヤツは初めてだ」
これはどう考えれば良いのだろうか。聞こえてくる声は目の前の犬が喋っている事にしか思えないのだが。しかし、脳が頭の中で勝手に作り出した声だと思えばそうとも思える。あの転送装置で20年以上かけて転送されている間に脳に何かの異常が発生したとか、そんなことかも知れないのだし。
「おい、犬君。ボクにはキミの声が聞こえているのか?もしそうだとしたら、何か良い方法でそれが本当の事だってことを証明できないかな?」
蚊屋野が言うと犬が腰を上げた。足が短めでどっしりした体格はこの神殿と呼ばれている神社の跡地にある狛犬に似たところもある。
「どうやら本当に頭がおかしいみたいだな。だが、オレの声が聞こえてるってのは本当かも知れないぜ。だから試しにやってみるんだがな。こういうのはどうだ?オマエがそこで三べん回ってワン!って言うんだ。そうしたらオレも回って吠えてやるから」
「もうちょっとまともな方法はないの?」
「良いだろ、それで。誰でもやりそうな事をやってみても偶然かも知れないと思うしな。イカれた感じの方が解りやすいんだよ」
犬にそんなふうに説得されるのは変な感じだったが、蚊屋野は周りに誰もいないことを確かめてから、その場でグルグル回り始めた。一回、二回と回る度に犬の顔が前を通り過ぎていくのだが、口を開けて息をしているその顔が笑っているように思えるのは気のせいだろうか?
 とにかく、蚊屋野は三べん回ってから言った。
「ワン!」
これで何も起きなかったら、と思うと蚊屋野は少し恐ろしい気もした。頭の中で言われる声に従って恥ずかしい事をして、これでは幻聴に遊ばれているだけだ。蚊屋野は半分祈るようにして犬の方を見ていた。
 すると犬が前足を踏ん張って勢いをつけたかと思うと、そのまま飛び跳ねるようにして回転し始めた。そして最後に蚊屋野の方を向いて「ワン!」と大きく吠えた。
 思ったよりも鳴き声が大きかったので、蚊屋野は驚いてビクッとなってしまったのだが、この際そんなことはどうでも良いのかも知れない。
 何かもの凄いことが起きている。厳密に言うとかなり前からもの凄いことが起きていたのだが、今やっとそれに気付いたようだ。蚊屋野の頭の中に聞こえていた声は全て動物の声だったに違いないのだ。
「コイツはたまげたな。話のできる人間がいるなんてな」
犬は短めの尻尾をゆっくり振りながら蚊屋野に近づいて来た。
「ああ。本当に驚くべき事だよ」
驚きと安堵と、その他のワケの解らない感情がこみ上げてきて蚊屋野は放心状態といった様子だった。だがここはひとまず喜んでおけば良いのだろう。少なくとも脳の病気とかで命が危険とか、そういう事ではないと解ったのだし。フォウチュン・バァに言われたとおりにここへやって来たら一つの問題が解決した。それと占いは関係ないことだが、偶然ここに犬がいたので何か奇跡的なことが起きたようでもある。
「キミはもしかして炎の狛犬か?」
もしそうだとするとフォウチュン・バァは石像の狛犬のことではなくてこの犬の事を言っていたという事になるので、彼女はすごい能力の持ち主ということにもなる。
「何言ってんだ?オマエ、やっぱり頭はどうかしてるのかも知れねえな。狛犬って言うのはオマエの後ろに並んでる石の犬のことだぜ」
やっぱりフォウチュン・バァの占いは偶然上手くいっただけだったようだ。
「だがその狛犬のおかげでオレはここで良い暮らしができてんだけどな。オレがそこの狛犬に似てるから、ここに来る観光客が喜んでな。それで食べ物をくれたりするから、ここで呑気に暮らしていられるワケなんだがな」
蚊屋野としてはこの出会いをもっと神がかったものだと思いたかったのだが、そんな事を言われるとなんとなくシラケてしまう。
 そんな事よりも、蚊屋野はさっきから犬と話していて違和感を感じているところもあった。蚊屋野は声を出して喋っているのに、犬は喋る時に口を動かさない。
「それよりも、どうしてキミの声は耳からじゃなくてボクの頭の中で聞こえてるんだ?」
「そんなことも知らないのか?まあ人間じゃしょうがないよな。簡単に説明するとな、犬同士では犬の言葉を使って喋るんだけどな。他の種だと音による意思の疎通っていうのは難しいよな。喋る言葉が違うからな。だからこうやって人間が忘れた方法を使って話をするってワケなんだよ。ああ、なんなら言葉の最後にワンとかつけてやろうか?その方が人間は喜ぶんじゃないかワン?」
「いや、それはやらなくても良いと思うけど」
声を出して喋っているワケではないが、頭の中に聞こえて来る犬の声はオッサンの声なので、最後に「ワン」がつくと違和感がある。そんなことはどうでもイイが。
「でも、それって昔は人間も他の動物と話ができたってことなの?」
「さあ、そうじゃないか。まだ人間も動物みたいな生活をしていたころの話だからな」
「じゃあ、なんで喋れなくなったんだろう?」
「オマエ達は自分たちが一番偉いとか思ってるしな。確かに道具を作ったり、器用なことはするんだけどな。だけど、そういう便利なものを作ったおかげで動物としてはどんどん鈍感になっていったしな。動物と会話ができない理由を神様のせいとか、色々とこじつけたかったみたいだが、結局は鈍感だからダメだってことだな。空から降ってくるあのクソみたいなやつが危険な事にもなかなか気付かないから、今じゃ悲惨な事になってるしな」
「あの灰のこと?」
「ああ。オレ達は言われなくても最初からあれはクソみたいなものだって解ってたぜ。人間にも教えてやろうとしたヤツらがいたらしいんだが。こっちは人間の言ってる事を大体理解していても、向こうはこっちが何を言ってもエサか散歩だと思っていやがる。だから悪いとは思いながらも人間は放っておいて、動物たちはあのクソみたいなものが降ってくる間は物陰に隠れることにしてたんだよ」
「そうか。じゃあ、動物たちは動物たちで話が通じて、色んな情報を持ってるってことか」
「まあ、そうだな。情報はあらゆる動物から入ってくるから、大体のことは解ってるぜ。人間がなにか良からぬ事を企んでるって話も聞いてるしな」
「良からぬ事?!」
「ああ、そうだ。どうやらあの球体に関する事みたいなんだが。どうもとんでもない間抜けをあの球体に向かわせようとしてるって話だぜ。アレの正体をつかむのが目的みたいなんだがな。だがそれをなんとか阻止したいヤツらもいるって話だからな」
それって、もしかすると蚊屋野達の事ではないだろうか?それに「なんとか阻止したいヤツら」っていうのは何のことだろう?
 この犬君に聞けば色んな情報が聞き出せるのかも知れない。蚊屋野はなにやら希望のようなものをこの犬君に見いだしていた。
「だが、そのとんでもない間抜けって言うのは動物と会話ができる人間だって話だよ」
口を開けてハァハァいっていた犬君はそれを聞くと口を閉じて蚊屋野の方を見た。
「なんだって?!それじゃあ、オマエがそうなのか?確かに間抜けそうな顔はしてるよな」
蚊屋野は犬君が自分を間抜けと言ったことを謝ってくれたりするのかと思っていたが、そこは間抜けのままだったようだ。
 いや、確かに間抜けなのかも知れない。その間抜けは自分が何のために、何をしにスフィアに向かっているのかまだ解っていないのだ。
「それじゃあ犬君は、…いや犬君だけじゃなくて動物はみんなボクらが何をしに東京に向かっているか知ってるってことか」
「ああ、そうだな。けっこう細かいところまでな。それがなんか都合悪いのか?知っててもオレ達は止めたりはしないぜ」
少しも悪いことなどない。そしてそれは蚊屋野にとってウレシイ話でもある。
「犬君。ものは相談なんだが。キミの知っているスフィアについての情報をボクに教えてくれないかな?」
蚊屋野が大まじめな顔で言うので犬君はあの犬特有のワケが解らなくて混乱している時の顔をしながら首をかしげた。
「どうもオマエの言う事はいちいち理解出来ないんだが。そんな事はオレ達よりも人間の方が良く調べてるんじゃないのか?」
「それはそうかも知れないけどね。でも良く知ってるのは一部の科学者だけだからね。ボクには詳しいことを何も教えずに危険なことをさせようとしているんだ。犬君だったらこういう気持ちは解ってくれるんじゃない?」
「さあ、どうかな」
蚊屋野は人間にしつけられて狩りとか危険な場所での人命救助とか犯罪者の追跡とか、さらには爆弾探しとか、そういうことをさせられる犬のことを言ったつもりだったが、この時代の犬はそういう犬がいたという事は良く知らないらしい。
「オレの聞いた話じゃ。東京に向かっているのはあそこに住んでた中でも特に頭の良いヤツと、もう一人の特別な教育を受けてきたヤツってことだぜ。まあ、あともう一人は間抜けだけどな」
頭の良いヤツっていうのが堂中で、特別な教育を受けてきたっていうのが花屋の事に違いない。
「じゃあ、その間抜けだけには何も教えてくれなかったってことだよ」
本当は説明を受けている間に蚊屋野が全く話を聞いていなかっただけだが。
「おかしな話だな。でも大して難しい事でもないから、詳しく話さなかったんじゃないか?」
「そうなの?ボクらは何しにスフィアに行くんだ?」
このまま話をしていれば、蚊屋野がずっと知りたかった事が解るかも知れないのだが、そうはいかないようだ。
「おっと、危うく全部話しちまうところだった。この続きを知りたかったら、オレの言う事も聞いてもらわないとな」
「交換条件?といっても、今は食べ物も持ってないし…」
「いや、今じゃなくてイイんだよ。この先の長い時間の話だ」
「どういうこと?」
「オレはそろそろ別の場所に行くべきだと思ってたところなんだよ。なんていうか、最近じゃここにくる観光客も減ってきてるし。そこへきて、道路が閉鎖されたって話じゃないか。いつまでもここにいたら食べ物にありつけなくなりそうなんだよな」
「つまり、ボクにキミの世話をしろと?」
「そんな感じかな」
「でも、ボクらは東京に行くんだよ」
「東京に行けば美味いもんがたらふく食えるだろ」
「そういうことか…。でも、二人がどう思うかな」
「そこはオマエが上手くやらないとな。とにかく、情報が知りたいのならオレを連れて行くしかないぜ」
「解った。なんとかするよ」
「そう難しく考えることはないさ。東京に着くまでの間、オマエの食糧を半分オレによこすだけでも十分だしな」
そんなに食べるのか?と蚊屋野は思ったが、そこは口に出さないでおいた。
「じゃあ、スフィアについて教えてよ」
「ああ、そうだな。オマエの役目っていうのはそう難しいことじゃないはずだぜ。東京に着いたら観測用の機械を受け取る。そうしたら特殊なスーツを着てスフィアに向かえば良いんだよ。スフィアってのはなんだか変なものを出してるよな。頭が痛くなるような忌々しいやつだ」
「そういえば、電波みたいなのが出てるって聞いたけど」
「そうだ。それが人体に影響を与えるかも知れないんだが、オマエがスーツを着てれば問題ないらしいぜ。なんでも、オマエはそのスーツを着たまま長いこと眠ってたんだろ?だから体も丈夫で影響はナシってことだ」
「眠ってた、ってのとはちょっと違うけど」
「どっちでも良いけどよ。科学者が調べたところじゃ、その電波ってやつの向こうに行けばもう危険はないらしいからな。そこに何があるのかオマエが観測装置を使って調べたら良いんだよ」
「それだけで良いの?!」
意外だとは思ったが、それはそれで良いことである。しかも、それだけでも自分は英雄扱いになれるかも知れないのだし。
「だが、気をつけろよ。簡単に思えることが実は難しい事だってあるんだぜ」
「まあまあ、そう物事を複雑に考えるのは良くないよ」
「なんだよ。オマエ急に元気になってんじゃないか?さっき見た時は泣いてなかったか?」
「それはきっと遠い昔のボクだよ」
蚊屋野には実際にさっきまでのことが遠い昔のことに思えていた。コレまでの心配事が一気に解決したようなものだし、喜ぶのも無理はない。蚊屋野は嬉しくなったついでに、しゃがんで犬君の頭をなで始めた。
「おい、何しやがんだ!」
犬君は言ったが、特に嫌がる様子も見せない。
「チクショウ。なんでそうされると良い気分になるんだかな。まあ、気が済むまでそうしてれば良いさ」
そう言われると蚊屋野もどうすれば良いのか解らなくなるのだが、頭をなでるのをやめるのも悪い気がしてそのまま犬君の頭をなでることにした。
「ところで、オレはどうなるんだ?情報を教えたんだから、オレの世話をしてくれるんだろう?」
「ああ、そうだったね。だけど、今キミを連れて帰ったら良い顔はされないと思うんだよね。だから、ボクらがここを出発する時に一緒についてくるってのはどうかな。ついて来ちゃったから仕方なく連れて行くとか。ボクがなんとかそういう方向に話を持って行くからさ」
「そんなんで上手くいくのか?まあ、良いか。じゃあ、オマエ達が出発する時にオレは偶然街の出口にいたりして、ついて行っちゃえば良いんだな。特に連絡はいらないぜ。オマエ達の行動はみんな動物の情報網を使えば解るからな」
「じゃあ、そういうことで」
「そうだな…。あ、ヤバい。誰か来るぜ」
犬君がそう言うので蚊屋野が振り返って石段の方を見たが誰もやって来ない。その代わり視線とは反対側にある茂みに生えた背の高い草がザワザワと揺れ始めた。蚊屋野は腰を少し浮かせて身構えた。道じゃないところから誰かがやって来る気配がするというのは、なんとなく恐ろしい。
 ザワザワと草が揺れ動いているその動きが次第に大きくなってきて、最後には草の間から黒い革手袋をはめた手が出てきた。その次にはその手が草をかき分けて人の姿が現れる。
「やっぱりここにいた」
茂みの中から現れた花屋が着けていたゴーグルを外しながら言った。出てきたのが知っている人間で蚊屋野は安心したのだが、どうしてそんなところから出てくるのかは解らない。
「近道があるんですよ」
花屋はニコニコしながらそう言ったが、その笑顔の中に言葉にしていない意味があるという事だろう。つまり、下のゲートで入場料を払いたくなかったということだ。
 花屋にはそんな事をする一面もあるのか、と蚊屋野は思ったのだが、よく考えると市長とは昔からの知り合いのようだし、蚊屋野の占い代も市長が出してくれた。そういうことを考えると、逆にそうするように市長に言われているのかも知れないが。
 蚊屋野がまたどうでも良い事を考えていると、花屋が蚊屋野の隣に来て犬君の頭をなでた。
「チクショウ、またかよ」
そう言いながら犬君は気持ちよさそうに目を半分閉じている。
「動物が好きなんですか?」
花屋が蚊屋野に聞いた。ホントはそんなことはなかったが、よく考えてみるとサービスエリアにいた黒猫とか、この世界で目覚めてから以前より動物を近くに感じている気もする。それは蚊屋野に起きた変化のせいなのかも知れないが。大体どうして蚊屋野は動物の言葉が解るのか?というところからおかしな話でもあるのだが、蚊屋野はまだその辺まで考えが及んでいないようだ。
「まあ、なんていうか動物とは不思議な縁があるのかな」
「(ああ、そうだよな。だが余計なことは言うなよ。オレとの約束は守ってもらうぜ)」
蚊屋野は犬君の背中をポンと軽く叩いた。犬君は一瞬イヤそうな顔をしていた。
「ところで、ここには何しに?」
「ちょっと、散歩に…」
散歩にしては随分と荒っぽく茂みの中を登ってきたとうい感じだが。さすがに花屋もそれは嘘っぽいと思ったのが、少し間を開けて言い直した。
「本当は、蚊屋野さんが心配だったから。今日は朝から顔色も悪かったし。具合が悪いんじゃないかと思って」
こんな風に心配されたことはほとんど無かった蚊屋野なので、嬉しいと思う反面、どういう反応をすれば良いのかちょっと迷ってしまう。蚊屋野はいつだってつまらなそうな顔をしている人間だし、そういう人間は気分とか体調が悪くても見た目ではあんまり解らなかったりもする。だから周りにいる人は蚊屋野の事を、快活でないことを除けばいつでも問題ナシの人と思っているに違いない。だが、それでも花屋が心配したということは、相当に顔色が悪かったのか。あるいは蚊屋野を無事に東京まで連れて行くという義務感からなのか。
「それならもう心配いらないよ。ちょっと一人で考えたいことがあったというか。ここまで理解出来ないことの連続だったりしたからね。でもそういうことは全部解決したよ」
「(オレのおかげだって事は忘れるなよ)」
蚊屋野がまた犬君の背中を叩くとまた犬君はイヤそうな顔をする。
 花屋は何かを言う代わりに、ニコニコしながら犬君の頭をなでていた。そしてちょっと間をおいてから蚊屋野を見た。
「でも、これからは私達にも相談して欲しいんです。まだここに慣れないかも知れませんけど。一人で悩んだりしないで。そのために私達がいるんですから」
20年前(蚊屋野にとっては数日前)の蚊屋野の鬱屈した生活の中でこういうことを言われても、彼はそんな話を信じないに違いないが、今この場所での花屋の言葉には少し救われた気がした。
「なんだか、余計な心配をかけちゃったかな。でも、これからはもう大丈夫。みんなで力を合わせて東京まで行こうじゃないか!」
「(なんだよそれは。適当な…)」
犬君が最後まで言う前に蚊屋野はまた犬君の背中を叩いた。実際に蚊屋野のコレまでの心配事が解決して、彼としては全く問題がないような気分でもあったし、さらには何でも出来るような自信がみなぎってもいた。ただし、そういう自信の方はちょっとした事で消えてなくなってしまうことも多いが。とにかく、蚊屋野の顔色は朝とは比べものにならないほど良いので花屋も安心している。
「良かった。あの、そろそろ私行きますね。あんまり長くいるとここの人に見つかるかも知れませんから。あとでこれからの事を話し合いましょう」
花屋はまたさっき来た茂みの中に分け入っていった。細身で色白な彼女がそういう場所へ平気で入っていく後ろ姿には不思議な力強さを感じたりもする。
「あれは良い子だな。あんな子がオマエみたいなのを世話しないといけない、ってのは可哀想なことだぜ」
蚊屋野はまた犬君の背中を軽く叩いた。

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