Technólogia Vol. 1 - Pt. 39

Technologia

44. 信者

 蚊屋野達三人が一緒に話し合う機会のないまま事態は急展開しようとしていた。蚊屋野は尾山と新たに現れたもう一人の男と一緒に牢屋に閉じ込められ、堂中は何か大変な事になりそうだ、と思いながらも何も出来ずに部屋にいなければならなかった。そして花屋の所には食事が運ばれてくる。もちろん花屋もすでに色々と理解しているので、このまま食事をしてまたぐっすり眠ってしまうような事はない。

 花屋の部屋に食事を運んできたのは前の夜と同じ女性だった。まだ若いので少女と言った方が良いのか。20年前の世界では中学生か高校生といった感じのあどけなさを残した少女である。この世界では中学校も高校もないので、卒業とか入学といった生活の区切りもない。そういう節目があると急に大人びたりする人もいるのだが、そうでないと人はゆっくりと成長するようにも思える。もちろんそれにも個人差はあるに違いないが、この少女はゆっくり成長している感じがあるのだ。
 山川というこの少女は花屋のことが好きなようだ。あちこち旅をして色々なものを見てきたような雰囲気とか、そういうところに山川さんのような年頃の少女は憧れるのかも知れない。自分に好意を持たれるというのは嬉しいことなので、花屋のほうも山川さんはお気に入りだった。まだここに来て一日だがこの日も山川さんが食事を運んできたのが少し嬉しかった。そしてそれはこの場所のことを知るためにも都合が良いと花屋は思っていた。
 しかし山川さんの顔色がすぐれない。部屋に入ってきた時には花屋に向かって笑顔を見せたのだが、それが精一杯という感じで、そのあとはずっとうつむいたままだ。それもそのはずで、山川さんはここに来る前に平山さんから作り話を吹き込まれていたのだ。予言者様に危機が迫っていると。
 いつもは予言者様の身の回りの世話などをしている山川さんは、その純粋さのためにたとえウワサ話のようなものでも予言者様が危険だという話を聞くと心配で息苦しくなってしまうのだった。それはこの場所では信心深いということでもある。
「ねえ、顔色悪いみたいだけど、大丈夫なの?」
花屋がうつむき加減の山川さんの顔を覗き込みながら聞いた。
「いえ、…大丈夫です」
山川さんはまたなんとかして笑顔を作って答えた。だがどうしても大丈夫には見えない笑顔だった。
 花屋は何が何だか解らないといった感じだったが、もしかすると昼間に街との交渉が失敗したのが原因かも知れないとも思った。もしそうだとすると自分にも責任があるし、なんだか気まずくなってしまう。
 まだ何も知らない花屋は山川さんを慰めたりした方が良いのか?と思って何と声をかけるか考えていたが、どうも上手い言葉が見つからない。どっちにしろ山川さんが浮かない顔をしているのは昼間のことが原因ではないので、花屋が言葉を思い付いたとしても、それは適切ではないのだが。
 花屋は困ってしまったまま黙って山川さんが食事の用意をするのを見ていた。すると突然、山川さんが顔を上げて怯えたような瞳を花屋に向けてきた。
「中野さん。お願いがあります。助けてください!」
久々に苗字で呼ばれたが、中野とは花屋のことである。(久々ついでに忘れているかも知れないので書いておくと、花屋と書いて「カヤ」と読む。「ハナヤ」ではない。)
 花屋はちょっと驚いてすぐに返事が出来なかった。
「予言者様が危険かも知れないのです」
「予言者様が?」
花屋は言いながら、これはどういう事なのか?と考えていた。堂中からのメッセージによると予言者様というのは形だけの存在で、実際にこの場所を監視して監理しているのは裏にいる何者か、ということだった。しかし、予言者様が危険ということはどういう事なのか。
 誰だか解らない黒幕にとって予言者様が邪魔になったのかも知れない。しかし、この場所において予言者様は絶対的な存在であるし、黒幕にとっても予言者様がいてくれないと都合が悪いはずである。
「危険って、どういうふうに危険なの?」
「それが…。解らないんです。私はまだ若いから、いつも詳しいことは教えてもらえないんです。でも、これは知っておいた方が良いから、って。それで少しだけ教えてもらったのですが。その人が言うにはもしも何かがあったら中野さん達に助けて貰うように、って」
山川さんの説明は良く解らなかったが、元々が平山さんの作り話で、詳しいことは曖昧なので仕方がない。しかし、助けるといっても何をすれば良いのだろうか?
「もしかして予言者様が殺されるっていうこと?」
花屋が聞くと山川さんはハッとして胸のところに手をやった。花屋は自分の言葉が具体的過ぎたのを少し反省していた。山川さんは思った以上に純粋に予言者様を慕っているようだ。
「出来るだけの事はしたいんだけど。でもただ危険ってだけじゃ何も出来ないから…」
花屋が言うと山川さんはうつむいて黙ってしまった。どこか思い詰めたような表情をしている。
 少しの間沈黙が続いたが山川さんは意を決して話し始めた。
「予言者様を助けるのはあなただと思います。ですから予言者様のことを守ってください。お願いします」
どうもこの塔の人達はスゴく難しい事を平気で頼んでくるような感じがする。もしかすると彼らはそれを難しい事だとは思ってないのかも知れない。予言者様を信じているような人達なので、予言者様の予言によって現れた蚊屋野達の事も特別な力を持った存在と思っているのだろうか。歯科医には脳手術が出来ないのに医者なら何でも治せると思いこんでいるとか、そういう感じなのだろう。
 花屋は頭の中で緊急に色々な情報をまとめて結論を出そうとしていた。親切心だけでこんな要望に応えるには、この目的はあまりにも漠然としている。何からどうやって予言者様を守れば良いのか全く解らないし、それは山川さんでさえ知らないに違いない。だが、これはこの塔の見えない部分で何が起きているのかを知る良い機会であるとも思える。
 この予言者様の危機を利用するのは、純粋に予言者様のことを信じている山川さんにウソをつくことにもなるが、最終的に予言者様が無事なら彼女が傷つくこともないはずである。花屋は予言者様を守るため、という口実で予言者様やこの塔のことを山川さんに聞くことにした。
「予言者様はいつも塔の一番上にいるの?」
「そうです。予言のためにいつも一人でいたいと言っています。瞑想をしてかのものの声を聴き、お告げがあった朝にはかのものに舞を捧げるのです」
「それじゃあ、塔の一番上には予言者様の他には誰もいないってことね」
山川さんが説明した大半は花屋にとってどうでも良い事だったようだ。せっかく予言者様の崇高な予言について説明した山川さんだったが、花屋が知りたいのは塔の一番上には誰がいるのか、ということだけである。
「はい。…でも謁見の部屋には入る事が出来ます。中野さん達が入ったあの部屋です。あと私は何度かその奥にも入ったことがありますけど。予言者様の寝室と、瞑想のための部屋と。それからスレートが置いてある部屋があります。でもそこだけは入る事が許されませんでした」
スレートというのは以前に聞いたところによると予言者様の予言が記されるという謎のアイテムらしいが。
「そうなの。それじゃあ重要なのは寝室と瞑想の部屋ね。それは実際にどの位置にあるの?」
「えーと…。この階で言うと予言者様の寝室はこの部屋の向かい側にあります。この部屋の上が瞑想の部屋です」
「じゃあ、その場所を注意してれば良いのね」
花屋はそう言ったが、そんな気はほとんど無かった。彼女が知りたかったのはスレートのある部屋だったのだが、三つあるうちの二つの部屋の場所が解ったので、スレートの部屋も大体の位置が解った。階段を上って正面が謁見の部屋で、その奥に入った左が寝室で、右が瞑想の部屋。正面の奥がスレートの部屋という事に違いない。しかし花屋はそれを知ってどうしようというのだろうか。実際のところ彼女にもまだ何をすべきか解っていない状況だった。

 その後しばらくして花屋はケロ君を連れて部屋を出ると堂中の居る部屋の扉を叩いた。堂中が扉を開けると彼は、おや?という表情をしていたのだが、花屋は彼に何も言わせずに自分の用件を伝えた。
「ねえ、今日はケロちゃんこっちで預かっててくれる?ケロちゃんがまた外に出たいって言い出しても、夜は外に行くの恐いから…」
「ああ、良いけど」
堂中は言いながら花屋がそんな事を言うのが変だと思っていた。これは何かがあると思って花屋を見ると、彼女は目をカッと見開いて堂中を見据えている。
 知らない人がこんなふうに見つめられたら驚いてしまうが、堂中にはそれが何を意味するのか大体解っている。どんなことでも器用にこなす花屋だが、誰にでも苦手なことはある。花屋はウインクが上手く出来ないのだ。だからコッソリ何かを伝えたい時に花屋はウインクの代わりに力を込めた目で相手を見るのだった。
 堂中はこれまでも何度かその目で見つめられた事があった。その度に吹き出しそうになってしまうのだが、今はこらえないといけない。堂中は笑わないようにうつむきながらケロ君を部屋に入れた。
 ケロ君は部屋の中に入ると床のニオイを嗅ぎならが落ち着く場所を探してそこに腰を下ろした。
「おい、ケロ助。カヤっぺは何を考えてるんだ?」
堂中はそう言いながらケロ君のところに来て頭を撫でた。
「(オマエ達は頭が良くてイイよな。蚊屋野なんかよりオマエ達と話が出来れば良かったのにな)」
ケロ君は頭を低くして堂中の足にくっつけてきたのだが、そうするとケロ君に首につけられたペンダントが堂中によく見えた。蚊屋野がケロ君にこのフォウチュン・バァのペンダントをつけたのを思い出した堂中だったが、良く見るとペンダントに細長く折り曲げられた紙がくくり付けられている。
 堂中は「なるほど」と思ってその紙をペンダントから外した。思ったとおり、そこには花屋からのメッセージが書かれていた。

今夜は忙しくなるかも知れないから、今のうちに休んでいてください。

 書かれていたのはそれだけだった。これだけでは何が起きているのかは解らないが、隣の部屋でも何か進展があったという事は解った。平山さんが言っていたとおりになったのだろう、と堂中は思った。
 休んでいろと言われても、この状況では落ち着いていられない。堂中はなんとなく窓を開けてそこから外を眺めた。今夜も晴れていて夜の闇に浮かび上がる山肌とその向こうに広がる平地がよく見えた。堂中はあちこち動き回って何がどうなっているのか確かめたい気分だったが、ここではそうはいかない。彼らが塔の高いところの部屋をあてがわれたのは重要な客人だから、ということだけではなくて、窓から簡単に抜け出せないようにするためでもあったのだと彼は思っていた。
 堂中は仕方なくベッドの上に寝そべって、言われたとおりに休むことにした。
「(ああ、そうだな。そうするのが良いぜ。…ところで蚊屋野のヤツはどこに行ったんだ?)」
ケロ君がなんとなく思った。

 ケロ君に忘れられそうになっていた蚊屋野だが、今のところ一番困ってしまっているのは彼だった。衛兵達に武器で脅されて何も出来なかった蚊屋野達はそのまま牢屋に押し込められた。牢屋と言っても鉄格子があったりするワケではない。一応それらしい木の囲いが作られてはいるが、この世界ではスーパーマン並みの力を持つ蚊屋野と尾山がいるのだし、その気になれば壊すこともできるだろう。ただ、この檻は建物のなかに置かれている。その建物が20年前からあるプレハブみたいな小屋なのだ。鉄塔関係の仕事に使われていたのか解らないが、こういうものは人の手だけで壁に穴を空けたりするのは無理に違いない。なので、内側の木の檻を壊したところで何にもならないので、押し込められた三人は静かに座っていた。
 静かに、と言っても三人の頭の中には色んな考えが巡っているに違いない。尾山はこれから起こるかも知れないことを考えて恐ろしくなっていた。本当に抗争が始まったりしたら怪我人だけでなくて死人も出るかも知れない。そうなったら衛兵隊長としてどんな責任をとらないといけないのだろうか。恐ろしくてシクシク泣き出してしまいそうだが、さすがにそんな事になると恥ずかしいので耐える尾山だった。
 蚊屋野はというと、まず最初にこの牢屋から逃げ出すことを考えていたのだが、外側の壁の厚さを考えると無理そうなので、それを考えるのは一度やめることにした。そうなると気になるのはもう一人の男ことだった。彼はいったい何者なのか。どうしてあのタイミングであの小屋に入ってきたのだろう?そういう事を考えると色々な疑念が湧き起こってくる。
 この騒動は元はといえば予言者の裏にいる黒幕が計画したものなのだ。その黒幕は蚊屋野達が東京にいくことを阻止したいと思っている。蚊屋野達が街で問題を起こせばその黒幕の計画は上手くいくはずだったのだが、図らずも小山がちょっとした反乱を起こして街に攻め込もうとし始めたのだ。それは黒幕にとっては一番都合の悪いことだ。それを止めようとしてこの男が入ってきたということは…。
 蚊屋野はここで真の敵はすぐ近くで座っているのではないか、と思ってゾワゾワした気分になってきた。
「困りましたね…」
その男について考えている時に、その本人がそんな事を言うので蚊屋野は思わずドキッとしてしまった。
「ああ。困った。どうすれば良いんだ、先生?」
さっきは少し男らしいところも見せた尾山だったが、今ではすっかり気の弱い普通の尾山に戻っているようだ。しかし、先生とはどういうことだろうか?蚊屋野はなんとなく男のことをボンヤリと見つめてしまったのだが、男はそれに気付いたようだ。
「ああ、失礼しました。自己紹介がまだでしたね。私は霧山と言います。尾山君には先生なんて呼ばれてますけど。ここではアレコレと雑務をやっています」
霧山はこの状況でも妙に落ち着いている。
「先生は物知りだし。ここに来る前は本当に先生だったしな」
どうやら尾山は霧山のことを尊敬しているようだ。ただ、先生というところが蚊屋野には気になる。
「それはつまり科学者ってことですか。この世界では若い人に何かを教えたりするのは科学者の仕事みたいですけど」
「お前、変な言い方をするんだな」
尾山は蚊屋野がどうやって今ここにいるのか知らない。蚊屋野はそれを説明するのも面倒なのでその辺については適当に変な顔をして誤魔化しておいた。
「科学者なんてものじゃありませんよ。実際には教師の卵だったといいますか。私は教員になるために勉強中だったのですが。世界がこんな状況になってしまいましたからね。それでも何も知らない人よりは少しはマシだということで、新しく居住地が出来るとそこで教師の代わりとして子供に勉強を教えたりしてました」
だが、そんな人がどうしてこの予言者様の支配する塔にいるのだろうか?蚊屋野の疑いは晴れない。それに平山さんから聞いた話によると、ここを裏で操っているのは中途半端な知識しかない科学者ということだった。その辺は霧山にも当てはまることである。
 ただし、この状況で蚊屋野の抱いている疑いにはあまり意味がない。ここでじっとしていれば小山たちが街に攻めていき、上手いこと街を乗っ取るか、あるいは抗争は泥沼化するか。そうなれば黒幕の計画も失敗ということになるのだが、蚊屋野達の身の安全も保証されなくなる。厳密にはこれまでもずっと身の安全は保証されていなかったのだが。それはともかく、たとえ黒幕の思うとおりになってしまうとしてもここから出ないことには何も出来ない。
 蚊屋野は木で作られた檻の格子を掴んで、その向こうにある壁と扉を見つめていた。
「尾山君。キミは兵隊長なんだし、ここの鍵とか持ってないの?」
「持ってたらこんなのところに座ってるワケないだろ」
尾山が呆れたように言うので、蚊屋野も聞かなければ良かったと思った。
「それならば開けてもらうしかないですね」
霧山が身を乗り出してきた。この怪しい男が何を考えているのだろうか?と、気付かれないように霧山の方に神経を集中させた。もしもこの男が黒幕なら、どこかでそれらしい事を言ったり、行動に現したりするはずである。
「尾山君。外にいる見張りが誰だか解りますか?」
「うーん。解らないが、あいつらこれから大変な事をしようって時だしな。多分下っ端だろうな」
「そうですか。それなら、行動を起こしましょうか」
霧山は不気味なほど落ち着いていて、最初からずっと同じ口調である。
「それから、尾山君。衛兵達には囚人の身体検査をするようにしつけないとダメですよ」
霧山はそう言ってから腰の後ろに手を回すと、ナイフを取り出した。密かに霧山のことを見張っていた蚊屋野は驚いてギャッと悲鳴を上げそうになっていた。
 霧山は何をしようというのだろうか。

 その頃、塔の上の方にある部屋で花屋は服を着替え終わったところだった。周りに気付かれないよう部屋の明かりを暗くしていたので、着替えるのには少し苦労した。今彼女は外を歩く時に着る皮っぽい黒のスーツと肘と膝だけに防具を着けていた。そして最後にリボンをカバンから取り出して彼女の長い髪を頭の後ろでまとめた。
 準備が整うと花屋は大きく深呼吸してから下を向いて気持ちを整えていた。暗い部屋の中で集中していると、外には見張り役の住人がまだいて廊下を行ったり来たりしているのが解る。その気配が遠のいた時に花屋は顔を上げた。行動する時が来たということのようだ。
 どうやら色々と始まりそうな気配がする塔の中と外であった。

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