Technólogia Vol. 1 - Pt. 13

Technologia

14. 闇夜のサービスエリア

 こんなに一日が長く感じたことがこれまであっただろうか?何が何だか解らない状態でアッという間に時間が経ったような気がしていたのだが、あの転送装置の中で目覚めてからまだ一日も経っていない。それはもしかすると、作者がここまでの話に時間をかけすぎたためかも知れないが、蚊屋野はこの世界で何日も過ごしたような気さえしていたし、時間の感じ方も妙に思えた。朝あの装置の中で目覚めて、一度地下の居住地に連れて行かれて、それから一人で居住地を飛び出してから、花屋に連れられて一度このサービスエリアに来たのだった。それからまた居住地に帰って能内教授と話をしてから、今度は花屋と堂中と一緒に出発して、またこのサービスエリアに来ている。
 こう考えてみると、一日に起きる出来事としては多いか少ないか良く解らない。ただ蚊屋野のこれまでの日常とは全く違うことが起きているので、いつもどおりの感覚でいられるわけもない。そういう事で変な時間に三人を出発させてしまった言い訳になるだろうか、と思っている作者であるが。とにかく一日目は行ったり来たりな感じでサービスエリアに到着して終わりになった。東京に着くまでになんとかして旅の目的を聞き出したい蚊屋野にとっては、このゆっくり進んでいる感じはありがたい事でもあった。
 三人が歩いてきたトンネルからサービスエリアの地下室に入って、そこから一階に上がると外はすでに日が暮れて真っ暗だった。感覚的には昨日まで元の世界にいた蚊屋野だったので、トンネルの中に明かりが灯っていた事に何の疑問も抱かなかったが、外に広がる夜の闇を見て自分がどこにいるのかという事を実感した。
「うわぁ…。真っ暗…」
目に見えた事をそのまま口にするのは驚いた時とか、動揺している時とか、そういう時だ。
「今日は月が出てるし、まだ明るい方っすよ」
堂中が言うと蚊屋野は「そうなのか」と思って安心しかけたが、月が出てなければこれより暗いという事に気づいて、少し恐ろしい気分になった。都会の夜は明るすぎると思っていた蚊屋野ではあったのだが、真の闇みたいなのは苦手なのである。
「明日からはきっと街に泊まれるからそんなに心配しないでも大丈夫ですよ」
蚊屋野の不安な表情に気付いたのか花屋が言った。でも、街ってどういうことか?とも思った。あの居住地みたいなものなのか、或いはもっと賑やかな場所がこの荒野の中に点在していたりするのだろうか。
「ああ、街は明るいけどな。でも人が多いと余計な心配も必要だし、ボクは暗い方が好きなんすよ」
蚊屋野と花屋の二人に話す時の堂中は普通の話し方と変な敬語が混ざるので余計に変な気分になる。そんなことはどうでもイイが、全体的な明るさが落ちた事を除けば、この時代も昔も街と郊外の違いは一緒という感じなのかも知れない。確かに都会の夜には都会ならではの余計な心配が必要になってくるし。
 それからどうして地下には明かりが灯っていたのに、このサービスエリアを含めた地上には人工の明かりがないのか?ということだが。すでに見てきたように、この世界でも電気は使う事ができるのだ。大がかりな発電所はなくても、色んなタイプの発電装置を寄せ集めてなんとかやっている。そういう事をしたのも能内教授のようなこの世界に残された物知り達だ。彼らのおかげで必要最低限の電力は確保できているので、なぜかこの世界でもちゃんと使えるスマホやタブレットの充電のことも心配する必要はない。
 以前は地上の主要な道路にも明かりを灯そうという事になっていたのだが、そっちの方は例の灰が人体に影響を与えていることが解ると、誰も外で作業をしたがらなくなって立ち消えになったということだ。どっちにしろ灰の影響で道路自体がボロボロになってしまったので、やらないで良かったという事かも知れないが。
 そういう感じで20年前からやって来た昔人の蚊屋野にとっては恐ろしい、夜の闇に包まれているこの世界なのである。堂中は彼の持っているカバンから LED の懐中電灯を取り出して足下を照らしながら先頭を歩いた。何も無いサービスエリアで、そこにいる人間も三人だけなのでこの場所は無駄に広く感じる。彼らは元々食堂だったと思われる場所に適当な机と椅子を見つけてそこに座った。
 ランタン代わりの懐中電灯を囲んで暗闇の中にいるのはキャンプ場に来たような気がしたが、ここがサービスエリアで普通の机と椅子を使っているというところに蚊屋野は不思議な気分になっていた。蚊屋野のそんな気分には気付くワケもない花屋と堂中は自分のカバンから食料を取り出して食べる準備をしていた。
 蚊屋野もそれを見て彼らがどうしてここに座ったのか理解した。ランタンを囲んで楽しい話や怪談話をするのでなければ今は食事の時間に違いない。蚊屋野も自分のバックパックから、居住地で渡された食料の袋を出した。

 バックパックから食料を取り出しながら「これって大学でやっていた事とあまり変わらないな」と思っていた蚊屋野であったが、袋の中にある食べ物を見て「食べるものは別として」と頭の中で自分の考えを訂正していた。これは一度居住地に戻った時にも食べたのだが、何とも言えない食べ物なのだ。こういう場所ではやはり食糧の問題をどうするのか?ということが重要になってくるのだが、たいていの場合その解決策には色んな妥協が必要になる。
 味よりも栄養。この世界に人が住めるようにしてきた頭の良い人達ならそう考えるのが当たり前である。そして、そのとおりの「何とも言えない食べ物」が作られた。何から作られているのかは誰も教えてくれなかったし、蚊屋野も知らない方が良いような気がしてそれ以上聞かなかったのだが、きっとそのうち解るに違いない。
 食べた感じは、乾燥した餅を焼かずに食べているようでもあるし、消しゴムとか、アブラ粘土を連想させるようなところもある。子供の頃に遊んだカラフルなアブラ粘土を少しでも美味しそうだと思った事があるのなら、これを食べてみたら本当にアブラ粘土を食べて後悔しなくて良かったと思うかも知れない味。
 もしも、これからずっとこんなものを食べないといけないというのなら、蚊屋野は絶望的な気持ちになっていたかも知れないのだが、街にはちゃんとした味の食べ物があるという事なので、一安心ではあった。
 彼らは不味い食事を無言のままさっさと終わらせると、翌日に備えるためにすぐに寝る事にした。蚊屋野にとっては何ヶ月も経ったようにさえ思える長い一日。サービスエリアの奥にある壁の向こうで寝袋にくるまった蚊屋野はすぐに眠りに落ちるはずだった。
 しかし、意外とデリケートな蚊屋野は自分で思っている以上に神経が高ぶっていることに気付いた。懐中電灯の明かりを消して真っ暗になった中で目を閉じていると、耳鳴りが聞こえて来るような気がした。それでも気にしないようにして目を閉じていたのだが、しばらくすると隣で寝ている堂中の寝息が聞こえて来た。その音がなぜか建物中にこだます大音量に思えてくる。
 蚊屋野は耐え切れなくなって目を開けた。これで眠れるとは全く思えない。世界に人だらけだった20年前からやって来た蚊屋野にとって、ここの夜は静かすぎるのだ。蚊屋野は堂中を起こさないようにゆっくりと体を起こした。そんなところに気を遣わなくても堂中はぐっすり眠っている。堂中の寝顔をみながら何となく恨めしい気分になった蚊屋野だったが、どうすれば良いのかしばらく考えてから懐中電灯を手に持って立ち上がった。
 眠ろうとして眠れないのなら、眠れないような事をすれば眠くなる。これはどうしても眠れない人間がやけを起こして考える「少しおかしくなった」と思われそうな理屈だが、眠ろうと思いながら眠れないでイライラするよりはマシな行動かも知れない。そんな馬鹿げた事をしなくても、いつもならトイレに行って用を足せば気分が落ち着いて眠れたりするのだが、今日はあの不味い食事を無理して飲み込むために飲んだちょっとの水しか飲んでいないので、トイレに行っても何も出そうにない。
 それでも蚊屋野は立ち上がって最初にトイレに向かった。サービスエリアというのは言ってみればトイレ休憩の場所でもある。少なくとも20年前はそうだった。そこに行けば、もしかすると尿意を催して、出してホッとして眠くなるかも知れないという考えも少しはあった。しかし、使われなくなってから何年も経った今、そこにはトイレという感じが少しもなかった。何かを作る材料にされたのか解らないが、そこに並んでいるはずのアサガオは全てなくなっていた。個室の方も同じように便器がなくなっていたりしたのだが、一つだけは元の状態で残されている。恐らく最低限のものを残して、残りは何かに利用されたのだろう。確かに、一日に数え切れないほどの人間が行き来していた高速道路はもうないので、個室が一つあれば充分に違いない。驚いた事に、一つ残された個室の便器のタンクにはちゃんと水が入っていて、普通の水洗トイレとして使えるようになっている。
 蚊屋野はレバーを引いて本当に水が流れるのか確かめようとしたのだが、そこである事を思い出して伸ばした手を元に戻した。蚊屋野が今日歩いてきたトンネルは主に下水道を改修したものだった。もしレバーを引くと、このタンクから流れる水はどこへ流れるのだろうか?そう考えると、蚊屋野は悪い事をしているような気分になって、レバーを引けなかったのである。トイレの謎については明日聞いてみる事にしよう。そう思った蚊屋野は眠るためのさらなる行動に出た。
 トイレが一つだけ残されていたり、蚊屋野の知っている20年前と比べて色々と興味深いところがある。それにちゃんとトイレが使えるようになっているところから、地上は廃墟だらけだがそれなりに秩序が保たれていて、危険も少ないに違いないという考えもあった。それで蚊屋野はこのサービスエリア内を探検する事にしたのだ。
 サービスエリアを探検するのなら、20年前に普通の利用者が入る事の出来た場所に行っても意味が無い。トイレから出た蚊屋野は職員用の扉だったと思われるものを見つけて中へと入っていった。中に入ると廊下があって、幾つかの部屋が並んでいた。部屋の扉はトイレの便器の時と同じように付いているものもあれば外されているものもある。そうなっている理由もトイレの時と同じに違いない。ということは、何か面白いものがあるとすれば扉のついた部屋だろう。蚊屋野はそう思って、歩きながら扉のついた部屋の扉を開けて中を覗きながら進んでいった。
 最初の扉を開けると、そこは事務所のような場所だった。事務所といっても今では誰も使っていないのだし、面白そうなものは何もなさそうだ。これじゃあ、探検の意味がない。一体何のためにこのサービスエリアを歩きまわっているのか?そう思った蚊屋野はふと新しい目的を思いついた。もしかして、ここの警備員とかが使っていた制服がどこかにあったりするのではないか。
 蚊屋野のあまりにも私服な感じの服装はこの荒廃した世界には不釣り合いなのだ。それに、この服には苦い思い出もつきまとっている。それはココに来る途中から気になっていたのだが、何かの制服みたいな少し違う服装にしたら、この世界にも馴染めるかも知れない。
 そんな感じで、蚊屋野は更衣室とかロッカールームのような部屋を中心に探索し始めた。サービスエリアの裏側というのは狭いようで広かったり、広いようで狭かったりもする。どのくらいの広さを想像していたかによって感じ方は違うのかも知れないが、ロッカーを探すということだけで考えると意外と狭く感じたりもする。
 部屋の入口から中を覗きながら進んでいくとすぐに最後の部屋に来てしまった。結局何も見つからないのか?と思ったのだが、その部屋を覗くと見るからに更衣室のような室内にロッカーが並んでいるのが解った。これはかなり理想的な更衣室である。
 蚊屋野は新しい服へのちょっとした期待を胸に部屋の中へと入っていった。この部屋が更衣室っぽいのはロッカーが並んでいる以外にも、窓がないからというのがあったが、そのために中は本当に真っ暗だった。そんな中を懐中電灯の明かりをあちこちに向けながら蚊屋野は進んで行き、最初のロッカーを開けてみた。
 ロッカーを開けると、懐中電灯に照らされた中に長い時間をかけてロッカーの扉の周辺に溜まったホコリが舞い上がるのが解った。これはなんとなくお宝が見つかりそうな雰囲気である。開けたロッカーの中には服こそ入っていなかったが、20年前に使われていたであろうタオルやヘアブラシのようなちょっとした小物が入っていた。この部屋はもしかするとほとんど手を付けられていないのかも知れない。
 一つめのロッカーを調べた蚊屋野はさらなる期待を込めて二つめを開けてみた。懐中電灯に照らされたロッカーの中に、今度は革のベルトがあった。タオルにベルト。これはこの世界でも使い道のあるものである。それがそのまま残されているという事は、やはりこれまで誰もここには来ていないのだろうか。
 開けてないロッカーはまだ10以上ある。もしも理想の服が見つからなくても何か面白いものが見つかるような気がする。蚊屋野は眠れずにサービスエリア内をウロウロしていたとか、そういうことはすっかり忘れて、ロッカー室の探検に盛り上がっている。
 そして、三つめのロッカーの扉に手をかけた時だった。
「オレが一緒に冒険の旅に出るとか、そんな都合の良い事は考えるなよ」
背後でした声に驚きすぎて悲鳴も上がらなかったが、蚊屋野はギョッとして振り返った。振り返っても反対側に並ぶロッカーがあるだけである。「誰だ?」と言おうとしたのだが、突然の事に驚いてしまって上手く声が出ない。蚊屋野は並んだロッカーをじっと見ているしかなかった。

 そのころ、蚊屋野がいなくなっていることに気付いた堂中が慌てて花屋を起こそうとしてた。
「おい、カヤっぺ。起きてくれ。大変な事になったぞ。おい、カヤっぺ!」
蚊屋野と堂中から少し離れた部屋の仕切りの向こうに寝ていた花屋はゆっくりと状態を起こして、まだ開ききらない目を堂中に向けた。
「蚊屋野さんがいないんだ。アイツやっぱり信用できないと思ってたんだが。やっぱりな。この任務が恐くなって逃げ出したんだ」
それを聞いた花屋はまだ半分寝ていたような状態から一瞬で目を覚ましたようだった。
「そんな。あの人が逃げるなんて…」
花屋がそう言った時だった。建物の中のどこかから「ギャーッ!」という悲鳴のような雄叫びのような声が聞こえてきた。花屋と堂中はビクッとして肩をすくめるとお互いを見合っていたが、すぐに立ち上がって声の聞こえてきた方へと向かった。