Technólogia Vol. 1 - Pt. 24

Technologia

28. 静かな校舎

 始めから何も無ければなんとも思わないのだが、あるはずのものがそこに無いというのは気味が悪い。特にそれが人の場合は気にしないワケにはいかなくなる。ここには数百人の住人がいて、三人と一匹を歓迎するか、あるいはイヤな顔をして追い返そうとするかするはずだったのだ。しかし、ここには誰もいない。
 それが少し前から通信が途絶えたことや、電波の中継塔が壊されていることと関係があるのかどうか。推測は出来るが、誰もいないのなら答えを知る人も誰もいないので考える意味も無さそうな気さえしてくる。とは言っても考えなければいけない。もしも、何かの危険から逃れるために住人がいなくなったのなら、ここを通ったり、泊まったりすることも危険なのだから。
 蚊屋野達は黙って歩いていたが、全員がこの誰もいない街にどうして誰もいないのかを考えていた。街の中を通る道は綺麗だし、建物もいつもどおりといった様子である。ただ人だけがいない。人の行方が解らなくなることを蒸発すると言ったりするが、まさにその言葉どおり、そこにいた人々が霧のようになって姿を消してしまったかのようだ。街自体は何事もなかったようにいつもの姿をしているように思える。
「とにかく学校の方へ行ってみるっす」
誰もいない街に誰もいないことを確かめているだけでは意味がないと思った堂中が口を開いた。
「学校って?」
蚊屋野が聞いた。
「今は学校じゃないっすけど。本当ならそこに街の代表者がいるはずなんすよ。泊まるのもそこになると思うんすけど。市庁舎みたいなもんすね」
「そこに人はいるのかな?」
蚊屋野が言ったが、言った本人もそこには誰もいないと思っている。この街には全く人の気配がない。
「人はいなくても、何かの手掛かりがあるはずっすよ。ここはそれなりに大きい街だったすから。そこから人がいなくなるのなら、何か問題が起きてたかも知れないっすし、その記録もちゃんと残ってるはずっす。…まあ、街の役人がちゃんと仕事をしていたら、の話っすけど」
この世界ではどの街でも科学者がその街の運営に関わっていた。箱根の街のように表に立って市民と接する役と裏で管理する役を分けたりしている場合もあるのだが。基本的には科学者が街を動かしている。記録を残すのは科学者の習性である。それに20年前までの世界でも役所では細かいことの記録があらゆる証書や書類といった形で残されていたのだし、科学者ならなおさら記録を残すだろう。
 しばらく歩くとその学校に着いた。校庭にはどこからか持ち込まれた資材が積み上げられていたりしているが、広い校庭の外側に沿って校舎が建っている作りは誰が見ても小学校か中学校といった感じだ。ここに着いて最初に一安心したのは堂中だった。
 もちろん人間の姿を見つけたワケではない。堂中が密かに心配していたのは電源の問題だった。今は電波が届いていないので彼らの持っているスマートフォンの便利さは半減しているのだが、地図やその他の資料などはほとんどがスマートフォンの中に保存されているのだ。なのでバッテリーが切れると、この先に進むのはさらに困難になるのである。堂中は学校の屋上に風力発電のプロペラや太陽光パネルを見つけて一安心したのだった。
 校舎内に入ったが、やはりそこには誰もいなかった。夕暮れ時の薄暗い校舎の中というのはいつでも不気味なものである。授業が終わって生徒が全員帰ったあとのあの静けさ。子供達が大勢いてザワザワしていたから余計に静けさが強調されるのだが、子供達が通わないこの学校もやはり静かだ。そこに少し前まで人がいた名残のようなものを感じると、同じように静けさが強調されるのかも知れない。
 校舎内には明かりが点いていなかった。元からある蛍光灯は消費電力が大きすぎるので、この世界では最初から使われていない。その代わりにLEDのライトがいたるところに設置されている。これは堂中達の住んでいたあの地下の居住地と同じだった。堂中は校舎内に入るとまずそのライトのスイッチを入れてみた。
「まずは電力からっすね。ちょっと屋上に行って確認してくるっす。多分ブレーカーで電気が切られてるんすよ」
「待って。それじゃあ、ここの人達は電気を切ってからどこかへ行ったってこと?」
堂中は電気のことで頭がいっぱいでもあったが、花屋は住人の行方が気になっていたので、この不自然な点に気付いたのかも知れない。ちゃんと電源を落としてどこかへ行ったのなら、緊急事態ではなかったのだろうか?あるいは急いでいても安全のために最低限のことはやったということかも知れないが。ここでそんな事を考えていても意味がなさそうだ。
「とにかく調べて見るっす。じゃあ、オレが行ってくるっす。屋上に全部あるはずっすから」
「心配だから私も一緒に行く」
花屋と堂中が屋上に行くことになったようだが、出来れば蚊屋野もついていきたい気分だった。ただ、そこに行っても何も出来ないし、突っ立って作業を見ているだけというのも邪魔なだけに思える。
「じゃあ、ボクは…その記録とかを先に調べてようかな」
「そうっすね。頼みます。あるとしたら多分校長室か教員室っすね」
解りやすいところにあると思った蚊屋野だが、事務的な作業をするにはそこ以外には考えづらい。教室にある生徒用の机は小さすぎるし。
「大丈夫ですか?」
花屋は蚊屋野を一人置いて行くのも少し心配だったようだ。
「ケロ君もいるし。どうせ誰もいないから大丈夫だよ」
まあ、確かにケロ君がいれば大丈夫かも知れないが。ただ誰もいないから大丈夫というのは変な感じだ。今は誰もいないことが問題なのだが。
「じゃあ、あとで」
花屋と堂中が屋上へ出るために階段を昇っていった。
 蚊屋野は教員室を探して廊下を歩き出した。自分の足音が静か過ぎる廊下に響いているのを聞いた蚊屋野は、土足のまま学校内を歩いていることに気付いた。この世界には上履きなんてものは無いのかも知れないが、それでもちょっとだけ悪いことをしている気分でもあった。
 そういうどうでも良い事を考えていると、夕暮れ時の校舎内の不気味さは多少和らいでいく。でもふと立ち止まったりして足音が消えると、その静けさにゾクゾクしてくる。
「ねえ、ここで何かあったのかな?」
それを調べるために今歩いているのだが、恐くなるとどうでも良い事でも話していないといたたまれない気分になる。
「(さあな。だが少し前まで人がいたニオイはあるぜ。だがそれだけだ)」
ケロ君にとっては普段の人間の行動でも理解しがたいのに、蚊屋野にも解らないような、ここの人間の行動を推測するのは無理である。しかし、やっぱり少し前まで人がここにいたのに、誰もいなくなったというのは気味が悪い。蚊屋野はなるべく穏やかな感じの理由を考えようとしていた。通信が途絶えた街から人々がこつ然と姿を消した。そのことに穏やかな理由など考えられそうにはないが。
「(おい、どこ行くんだ?)」
蚊屋野がボンヤリと考えながら歩いていると教員室の前を通り過ぎそうになっていた。
 陽が傾いて教員室の中はだいぶ暗くなっていたが、まだ資料を読むだけの明るさはある。といってもいくつもある机や棚の中からこの街のことに関する記録は見つけられるのか。蚊屋野は意外と広い教員室内を見渡してため息をついている。

 屋上では堂中が首を捻っているところだった。電気が点かない原因はブレーカーではなく他にあった。その原因はすぐに解ったのだが、そうする理由が理解出来なかったようだ。
 屋上にある風力発電機や太陽光発電のパネルは大きなバッテリーにつながっている。そうすることで夜や風の無い日でも安定した電力が供給されるということなのだが。そのバッテリーから建物の内部につながるプラグが抜かれていたのである。
「何でだろう?電源を切るだけならブレーカーを落とせば良いのに」
「直せそうなの?」
「うん。あの中継塔の時とは違って、ケーブルが切られたり燃やされたりしてないからね。仕組みさえ知ってれば簡単に直せるけど。それに発電機からバッテリーまではつながってたから、今夜は電気の心配はしなくても大丈夫そうっすね」
「そうっすか」
花屋が少し安心したのか堂中の変な敬語を真似している。花屋と話す時には普通に話していた堂中だったが、いつの間にか変な敬語がクセになっているようだ。
「でもそのケーブルのつなぎ方が解らない人だったら電気は使えないってこと?」
「まあブレーカーのスイッチを入れるのとは勝手が違うかな」
「もしかすると、ケーブルを外した人は電気を使わせたくなかったのかも」
状況からするとそうも考えられたが、電気を使わせたくない理由はまったく思い付かない。だがわざわざここに来てケーブルを抜いていった人がいることは確かである。二人とも言いしれぬ不安を感じていた。
「早く直して戻った方がいいわね」
「そうっすね」
今度はこの変な敬語をからかう気になれなかった。

 教員室では蚊屋野が住人の名簿のようなものを見つけてそれをパラパラめくっていた。
「スゴいな。こんなに人が住んでたんだ。これだけの人間が別の街に移動するとなると移動先も大混乱だしなあ。箱根ではそういう事を何も聞かなかったんだし、少なくとも移動したとしたら反対方面だよね」
「(ああ、そうだな。だがオマエのしてることは今やるべき事じゃないと思うんだが。これはイヌの考え方がおかしいのか?)」
ケロ君に言われて蚊屋野も自分のしていることに意味がないのに気がついた。この状況は部屋の整理をしているときに懐かしいアルバムとかが出てきて、それを見るのに夢中になってしまうアレに似ている。蚊屋野は名簿をしまうとまた別の書類棚を調べ始めた。
「ねえ、もしかして、ここの誰かのニオイを追跡したらどこに行ったか解るんじゃないの?」
「(それをオレがやれって言うのか?オマエ達はイヌをなんだと思ってんだ?山の中でいなくなったヤツを探すのとはワケが違うんだよ。ここには同じ臭いがあちこちにあって、追跡のしようがないんだよ)」
「まあ、そうか」
言われてみるとそんな気もするので、蚊屋野も余計な期待はせずにここで起きた事の手掛かりを探すことにした。ケロ君は特にやる事も無いし、思うところもなかったようで、うずくまって体を休めている。
 しばらくは蚊屋野が棚の引き出しを開けたり、そこにある書類をめくったりする音だけが聞こえていたのだが、突然ケロ君がすくっと立ち上がった。そして耳を立てて遠くの様子を窺っているようだった。
「(なあ、こういうことはあまり言いたかないんだがな)」
ケロ君に言われて蚊屋野が振り返ると、ケロ君は緊張して何も無い場所を凝視していた。
「(イヌが何も無いのに吠えてたり、ネコが何も無い場所をじっと見てたりすることがあるだろ?そういうのを見て人間達は動物にしか見えない何かを見ているんだと思ったりしてるんだろ?実はそんなことはないんだよ。オレ達にだって解らない事があったりするんだよ。だがそこには絶対に何かがある。それがどうしようもなく恐いんだよ。だけど恐いだけで何も出来ないから、吠えたり見つめたりしてるんだよ)」
「それって、もしかして…。今がそうってこと?」
蚊屋野はなんとなく恐くなって辺りを見回している。
「(いや。そういうこともあるってことを言っただけだ)」
そう言いながらもケロ君はまだ緊張した様子で一点を見つめていたのだが、そこに何も無いと確認したのか、あるいはそこには何も無いと自分に言い聞かせたのか、顔を下に向けてからおすわりをした。
 ケロ君の言ったことのせいでなんとなくソワソワした気分になってきた蚊屋野は目では書類を見ていたが、その他の感覚は周囲に向けていた。
 その他の感覚と言っても人間の場合は聴覚ぐらいしか役には立たない。それだけではやっぱり不安なので書類を見ながらチラチラ辺りの様子を窺ったりもしていた。しかし、今はケロ君もリラックスした様子なので、蚊屋野も次第に落ち着いてきてまた書類探しに没頭し始めた。
 さらにいくつかの書類棚を調べたあと、蚊屋野はだんだんこの部屋に住民達が消えたことの記録などないのでは?という気分になってきた。他に調べるべき場所を考えるために蚊屋野は一度手を止めた。そして教員室内を眺めたときにギョッとなって固まった。
 今、教員室を見回したときに扉の向こうに人がいたような気が…。そう思って蚊屋野は入るときに開けっ放しにしていた扉の方をもう一度確認した。そして今度はハッとして息をのんだ。
 扉の外の廊下に女の子が立っていてこちらを見ていたのだ。ビックリはしたが、それが普通の女の子だったので蚊屋野は変な悲鳴をあげたりはしなかった。
「なんだ、人いるじゃん」
蚊屋野が立ち上がると、女の子は廊下を歩いて行ってしまった。
「ねえ、ちょっと待って」
「(おい、どこ行くんだよ)」
フラフラと教員室を出て行く蚊屋野の後ろからケロ君が声をかけたが、彼にはそれが聞こえていないかのようにそのまま歩いて行った。
「(おい、たのむぜ。そっちには行きたくねえんだよ。何しに行くんだよ)」
ケロ君は扉のところまで蚊屋野を追いかけたのだが、そこで尻込みしていた。
「(おい、戻ってこいよ)」
蚊屋野は廊下の突き当たりを曲がって行った。

 女の子は蚊屋野がついてきているのを確認するように何度か振り返りながら廊下を進んでいった。廊下の片側には窓があってそこから外の薄明かりが入ってきていたのだが、廊下を何度か曲がると両側に部屋のある場所に来て外の明かりは届かなくなった。その廊下の突き当たりで女の子は振り返って蚊屋野の方を見ている。蚊屋野はそのまま暗い廊下を歩いて行ったが、周りがフッと明るくなったのに気付いて天井を見上げた。電源が復活して廊下に設置されているライトが点いたようだ。
 蚊屋野はまた廊下の先に視線を戻したが、そこに女の子はいなかった。蚊屋野はさっき女の子が立っていた場所まで来て辺りを見回したが、どこにも姿が見えない。後ろの方ではケロ君が吠える声が聞こえている。それから騒々しい足音が近づいて来る。
「蚊屋野さん!」
大声で呼ばれて蚊屋野はビックリして振り返った。花屋のあとに堂中も走ってくる。
「どうしたんですか?」
花屋に聞かれたのだが、蚊屋野はどう答えるべきか少し迷った。女の子のあとを追ってきたのだが、天井を見上げたちょっとの隙にいなくなってしまった。そんなことは有り得ないのだから、ここで起きたことをそのまま説明する気にはなれなかった。
「なんか人がいたような気がしたんだけど。気のせいだったみたい」
自分でそう言ってから蚊屋野は背筋がゾクゾクしてくるのを感じていた。気のせいじゃなくて確かに女の子を見たのだから。それがなんだったのか?ということを考えるとゾクゾクしないワケにはいかない。
「なんかケロ助もすごい恐がってるっすけど」
「そうだね。戻ってあげないと」
言いながら蚊屋野は辺りを見回している。そこにはさっきの女の子が隠れられそうな場所も見当たらない。
「大丈夫ですか?顔色が良くないみたい」
「今日はちょっと疲れたからね。そのせいじゃないかな」
そうだ、そのせいに違いない。自分は疲れていてそれでありもしないものが見えたりしたんだ、と蚊屋野は自分に言い聞かせた。
 彼らは教員室に戻って記録探しを続けた。

 結局、教員室では手掛かりを見つける事が出来なかった。さらに校長室も調べた。開けることが出来ない大きな金庫の中以外は全て調べたがやはり何も見つからなかった。もしかするとその金庫の中に何かがあるのかも知れないとも思ったが、鍵を探したりこじ開けたりするのに時間を費やすのは無駄にも思えた。なんとなくその金庫が記録を保管する場所としてはふさわしくないと三人とも思ったようである。街の記録というのは金庫にしまうようなものではないし、もしも人には見られたくないような事が書かれた記録だとしても、そういうものを隠すのに金庫は一番向いていない場所である。大事なものをしまうのが金庫だが、ヤバいものを隠すのは別の場所に決まっている。
 やがてすっかり日が暮れて、彼らは体育館へ移動した。他の街でもそこに学校がある場合は、外部の人間の宿代わりに体育館を使う事が多いので、その慣習に従ったということのようだ。この街でもそれは同じだったようで、体育館に入るとそこは体育の授業に使う広い体育館ではなくて、ついたてを使って細かくスペースが区切られた場所に変えられていた。そのついたての外から区切られたスペースの中を覗くと毛布などもちゃんと用意されている。
 必要最低限の薄暗い明かりの中で例の味のしない食糧を食べた三人と一匹。体は疲れていたので、このまま眠りたいのだが、そう簡単に寝付けそうにない。手掛かりのない状態ではこの街に誰もいない理由をこれ以上考えても意味がない。彼らは時々これからの予定などを話したりはしたものの、それ以上話す事が無くなると黙ったままになっていた。ただケロ君だけは別なようだった。ずっと外で暮らしていたというのもあるが、イヌというのは寝ていてもいろんなことに反応できる。今ではケロ君の寝息だけが聞こえて来る。それ以外は永遠に続くような夜の静けさ。
 そんな感じがしてきたのだが、ここで外から物音が聞こえてくると全員が身構えるようにして体を起こした。
「何かしら?」
聞いて解る人がいるワケないのだが、こういう時にはそう聞かずにはいられない。
「外っすね」
それも解っている。問題は、なんとなくここから動きたくない気がするということだ。外を確認すべきなのだが、そこに見たくないものを見てしまったらどうすれば良いのか。なんとなくすぐに体を動かすことが出来ない。しかしそうしているとまた外から音が聞こえてくる。何かを叩いているような音だ。こうなると外を確認しないワケにはいかなくなる。
 堂中が懐中電灯を持って立ち上がると、ゆっくりと校庭に面した扉の方へ進んで行った。その少し後を蚊屋野と花屋がついていく。
「(おい、なんかイヤな予感がするんだが)」
そう感じていたのはケロ君だけではない。
 堂中は扉を少しだけ開けてそこから外を覗いた。
「人だ…」
いったいどこからやって来て、そこで何をしているのか解らないが、堂中が校庭の向こうの方に見たのは人影だったようだ。堂中は詳しく見るために扉をさらに開けた。後ろにいる蚊屋野達にも外の様子が少し見えたが、その人影までは確認できなかった。
「(なあ、それってホントに人なのか?このニオイなんか変だぜ)」
ケロ君がそうつぶやいたと同時だった。外から獣の咆哮のような叫び声が聞こえてきた。そして、校庭の向こうにいた人影がこちらに向かって走ってくる。
「(おい、まずいぞ。あれは人じゃねえ。早く閉めろ)」
そう言った後にケロ君がけたたましく吠え始めた。
 堂中は走ってくる影を見ながら呆然として動けないでいる。両腕を振り回して走る姿は人間ではない別の生き物にも思える。そんなものが自分に向かって走ってきているので、恐怖で一瞬体が固まった状態になっているようだ。
 後ろにいる蚊屋野と花屋は何が起きているのか解らなかったが、蚊屋野にはケロ君の言ったことが聞こえてるし、花屋もなにかマズい事が起きているのに気付いたようで、二人で慌てて扉を閉めた。
 扉が閉まったあと、扉を叩く音が体育館に響いた。音がする度に体育館の重たい扉が動いているのが解る。そしてそれと同時に蚊屋野の肩がビクッと震える。それが何度も続いたあとに、またあの恐ろしい叫び声が聞こえてきた。蚊屋野達はただ扉の方を凝視しているしかなかった。