Technólogia Vol. 1 - Pt. 34

Technologia

39. 予言者様の塔

 次の街はもう目の前というところなのだが、どうしても思いどおりには進めないようだ。最初に蚊屋野達を暴力で追い返そうとした悪そうな男達は、今度は頭を下げて予言者様と呼ばれる人物に会ってくれと、彼らに頼んでいる。予言者とかいう言葉を聞くとなんとなく関わり合いになりたくない。その前に彼らは早く東京に着きたいので、この男達にかまっている暇はあまりない。
「私達はどうしても東京に向かわないといけないのです。時間は無駄に出来ません」
花屋がキッパリと言った。断ると男達はまた手荒い真似をするのではないか?と蚊屋野はちょっと心配になったが、彼らの態度は変わらなかった。
「そういうことならここを通してやれるが。しかし、この先の街には入れないぜ」
先頭の大男が言った。
「どうしてっすか?」
「この先の街にこの道から入る事は出来ないんだ。あんた達は強いから強引に入ろうとするかも知れないがな。でも向こうは公式なやり方で道を封鎖してるんだ。だから上手く通れたとしても、そのうち逮捕だぜ」
公式なやり方、ってなんだろう?という感じだが、法に基づいたやり方という感じに違いない。だが、この世界ではまだ絶対的な法律というのが未完成なので、大体は20年前の法律を元にこの世界に合わせたものを一般的なルールにしている。それでこういう場合に、そのルールを何と呼ぶのか?というところがややこしい事にもなるのだが、とにかく公式なやり方でやっている事には逆らうのは難しいのだ。
「予言者様に会ってくれれば、オレ達の問題も解決するし、オマエ達もこの先に進めるに違いないんだ。食事も部屋も用意してある。とにかく来て欲しい」
そう言うとまた大男が頭を下げた。それにつられるように後ろの悪そうな男達も頭を下げる。
 蚊屋野達はお互いを見合っていたが、その予言者様に会う以外に方法はないような気がしていた。仕方ないので彼らは予言者様に会う事にしたようだ。
 しかし、もしもこの男達が土下座をしていたら蚊屋野は断っていただろう。ということで、土下座でなくて良かったのがどういうことなのか?ということをここで書いておくが。あれは謝っているように見えるが、あまりに攻撃的なのだ。土下座をしたのだから許さないワケはないはずだし、土下座をしたのだからオマエはこっちの言う事を受け入れなければいけない。そんな感じがするのだ。それに、もしも土下座されても許さないなんてことになると、周りからは酷い人間だとも思われる事になる。
 それなのに、時々誰かが間違った事をして謝るような場面になると逆に「土下座しろ」とか言う人もいるのだが。そう言う人は土下座という行為に惑わされて物事の本質を見失っているに違いない。土下座されたら謝ってもらえた気分になるのだが、実際には上手く誤魔化されているようなものである。そんなふうに蚊屋野は思っているのだ。
 そういう人間もいるのだから土下座すれば何でも解決すると思ったら大間違い、ということだ。蚊屋野みたいな人は滅多にいないとは思うが。
 とにかく、あの男達は土下座をしなかったので、蚊屋野からの予期せぬ抵抗もされずに予言者様に会ってもらうことを聞き入れてもらった。
 彼らのあとについていくと、これまで道がなかったところに新しい道が出来ていた。道は山の頂上から放射状に近い形で何本も延びている。山頂からなら目的の場所には最短距離で着くことが出来そうな作りである。傾斜が急なところは登れないのだが、そういう場所は横向きに道が曲がっている。それでも大体は放射状という感じだ。登る時には坂が急だが、上からならさっき蚊屋野達が歩いた崩れた道よりは早く進める。それで男達は先回り出来たのだろう。
 道の先には、ここに来る途中に蚊屋野達が見て「何だろう?」と思っていた建物がある。近くに来てみると思っていたよりも大きいし、どうやって作ったのかと思えるような建物だった。ここが予言者様がいる場所であり、同時に彼らの住む場所でもあるようだ。
 彼らと言っても、実際には悪そうな男達だけではなくて、他にも大勢の人がいて建物とその周辺に住んでいるという事だが。
 最後の急な坂を登り切って建物の下まで来ると、それはさらに大きく見える。そして、その大きな建物を支えているのが、かつて送電線の鉄塔だった事に気づいた。ただ、鉄塔だとすると、下の部分の大きさにしては背が低い感じがする。今はそこを気にしている場合ではないのだが、蚊屋野はなんとなく気になる。気になっても誰かに聞けるような感じでもないので、しばらくモヤモヤすることになりそうだ。
 予言者様というのはこの建物の最上階にいるということだ。七階建てという事になっているが、各階の天井が低いので、実際の高さは五階建てぐらいだろうか。とはいっても、山の上にあるので最上階にいればそれなりに偉くなった気分になれるだろう。
 蚊屋野はこの世界で目覚めた直後にも「予言者」という言葉を聞いていた。あの地下の居住区からやって来た男達に見つかった時だ。その時も「予言者に会ってくれ」と言われたのだが、実際に会ってみたらそれは予言者ではなくて能内教授だった。
 能内教授は、その能力の割には人にものを教える事が苦手で、ややこしい科学的な事を理屈で教えないで、全てが予言であると言って住民達を納得させることがあったのだ。それで、あそこの住民の半分ぐらいは能内教授を予言者だと思っていたのだが。ここにいる予言者様というのはどういう人物なのか。あの時と同じで、実は科学者だということなら良いのだが。本格的な予言者様だとしたら厄介なことになるに違いない。
 複雑な建物内のハシゴのような階段をいくつか上がってやっと最上階に辿り着いた蚊屋野達は、ある部屋の前で待たされた。そして、少し経って目の前の扉が開いた。そこに現れた神々しい装飾のなされた部屋が蚊屋野達を多少落胆させた。これは本格的な予言者様に違いない。
 予言者様は部屋の奥の一段高くなったところの真ん中にある大きな椅子に座っている。着ている服はガウンのようにも見えるし、日本の着物のようにも見えるが、それなりの予言者っぽい雰囲気がある。そして頭には鳥の羽をくっつけた帽子をかぶっていて、大きめの鳥の羽が二本、頭の上のほうに高く伸びている。しわだらけの顔から相当な歳だというのも解るが、妙に血色が良いのも怪しい感じだ。
 これはどう考えても科学者ではなさそうだ。そして、箱根にいた占い師のフォウチュン・バァみたいな人とも違う。フォウチュン・バァの場合、あれはある種の余興として成り立っていたのだが、この予言者様は完全に予言者様だ。話を聴くたびにお金を払う必要がない代わりに、その他の色んなものを吸い取られるような、そんな危険な感じがある。
「良く来たな、旅の者。衛兵達の無礼な振る舞いは許して欲しい。今この近辺は非常に危機的な状態にあるのだ」
ユックリ喋る予言者様からはあまり危機的な感じはしないが、それは予言者様の威厳を保つためだろうか。
「いったいここで何が起きてるのですか?ここにはこんな場所はなかったはずですし。それに隣の街に入れないとは」
堂中が変な敬語ではない話し方で聞いた。
「まさにそれをキミ達に聴いてもらいたいのだ」
予言者様は自分達がここに新しい居住地を作ることになった顛末を話し始めた。
 元々彼らはすぐ近くにある蚊屋野達が目指していた街の住民だったのだ。海側にある街との違いは人の行き来が少ないだけで、他はどの街も一緒だというのはその街でも同じ事だった。食糧などは自分達でなんとかやりくりしていたし、足りないものは付近の街から取り寄せたりしていた。それも他の街と同様である。だが近年になって少しずつそういう生活が難しくなってきた。他の街から手に入る物資が少なくなって来たのだった。原因は良く解らないのだが、ちょうどそういう事態が問題になってきた時に東京から連絡があったというのだ。
 食糧やその他の物資について、これからは東京から配給するので、その代わりに街を東京の管理下に置く、という提案だった。
 街ではその話を良く思った人と、そう思わなかった人とで意見が分かれた。だが市長を含めた街の管理者の中に賛成派が多かったこともあって、次第に反対派は肩身が狭くなってきた。そして、そのまま反対派の意見は黙殺され、街は東京の管理下になりつつあったのだ。
 だが、そんなある日のこと、一人の男が山道を歩いていると彼の頭上に大きな鷹が飛んできて、そこで三度旋回してからまた遠くへ飛んで行った。その夜、男は夢を見た。夢の中で男は昼間の鷹と話をした。今、世界は大きな危機に直面していると鷹は言った。そして、鷹は男に予言の能力を授けてから、その力で人々を救うようにと命じたのである。
 目を覚ました男は自分に不思議な力が備わっているのに気がついた。そして、それが予言の能力であり、その予言によりこの先に待ち受けている危機を感じ取った。男は反対派の住民達をまとめて街を離れ、ここに新しい居住地を作ったのだった。
 蚊屋野は途中までは真面目に聞いていたのだが、予言者様の鷹の話が出てくる頃からちゃんと聞くのは面倒になっていた。ただ予言者様の頭に羽が付いている理由は解った気がしたが。
 だが良く考えると、今自分達はややこしい場所にいるということになる。この世界で目覚めてから能内教授に会うまでに感じていたあの不安が蘇ってくる。今の予言者様の話が本当だとすると、ここにいる人達はみんな予言者様の不思議な力を信じているに違いない。そして、そういう人達というのは大抵が狂信的で危険なのだ。
 これは少しでも早くこの場所を抜け出したい。きっと隣の街に入れないというのはここの人達が危険だからだろう。
「そこでキミ達に頼みがあるのだ」
これまでの経過を話し終えた予言者様だが、そろそろ本題に入ろうということのようだ。
「我々の代表者である尾山(おやま)君と一緒に街まで行って交渉をしてきて欲しいのだ。東京の提案を拒否して我々に街を明け渡すように、彼らを説得するのだ」
蚊屋野はどうしてそんな事を自分達がしないといけないのか?とも思っていた。そんな事をしても自分達は何の得もしないのだが。
「もし失敗したら?というよりも、どうしてボクらが交渉なんてしないといけないんですか?」
この世界に疎い蚊屋野なのでこういう状況ではおとなしくして花屋や堂中にまかせるべきだなのだが、ここでは思わず言葉が先に出てきてしまった。ただ、花屋も堂中も同じようなことを思っていたようで、特にイヤな顔はしていないし、予言者様がなんと答えるのかの方が気になっているようだ。
「失敗したら、我々は今のままで、キミ達はこの先に進めないということだ。しかし、心配する事はない。私にはちゃんと解っている。尾山君がキミ達を連れて交渉に行けば、向こうもこちらの戦力を恐れるだろう」
戦力ってどういうことだろう?と思った蚊屋野だった。まるで戦争でも始めるかのような話し方だが。だが、良く考えると山道で彼らを追い返そうとした時の男達の態度もどことなく兵隊っぽかった。あの大男がもしかすると尾山という人なのかも知れないが、彼の命令には絶対に従うような感じがしたし。彼らが兵隊だとすると、これはますます戦争でも始めるような感じだ。
「まさか戦争でも始める気じゃないですか?」
蚊屋野が頭の中で考えていた事を花屋が言ったので、蚊屋野は驚いて彼女の方を見た。予言者様は頷くような仕草を見せたが、それが質問に対する答えなのか、話し始める前に頭を動かしただけなのか。頭の上の羽のせいで、ちょっと頭を動かしただけでも動きが大きく見えてしまう。
「交渉が成功するかどうかはキミ達次第だ」
それだけ言って予言者様は立ち上がって部屋を出て行ってしまった。半ば強制的に蚊屋野達は交渉に参加させられるという事のようだが。
「お部屋に案内いたします。どうぞこちらへ」
蚊屋野達が呆然としていると、後ろから声をかけられた。
「(これは面倒なことになったな)」
ケロ君は蚊屋野以外に聞こえないのを知っているので、こういう時には好きな事を言う。もちろん蚊屋野達三人も同様に「面倒な事になった」と思っているのだが。
「(だが今はとりあえず部屋で休んだ方が良いんじゃないか?)」
確かにケロ君の言うとおりかも知れない。蚊屋野は同じ事を言おうとしたのだが、その前に花屋が口を開いた。
「とにかく、今は部屋に行って休みましょう」
蚊屋野は自分が気の利いた事を言えるチャンスと思っていたのだが、言わなくても花屋は解っていたようだ。
 彼らを案内しに来た女性に付いていくと、彼らの部屋は今いた階のすぐ下に用意されていた。つまり六階ということだが。予言者様のすぐ下の階ということで、これは彼らが重要な客であるということを示しているのかも知れない。
 彼らは女性について行き部屋に入ろうとしたのだが、その時に後ろから呼び止められた。
「女性の方にはこちらに別の部屋を用意してあります」
もう一人の女性がそう言って、少し離れたところにある隣の部屋の扉を開けた。これは女性である花屋に気を遣ったのか、それとも何か別の意味があるのか。この場所の怪しさに色々と勘ぐってしまう。
 そして、言われたとおりにその部屋へ向かった花屋だったが、蚊屋野はその表情にコレまでにない不安を感じていた。ここに来るまで何度も予期せぬ出来事は起きていたが、その度に冷静に対処していた花屋だった。しかし、ここの様子は少し違うということのようだ。
 蚊屋野は心配になってケロ君の方を見て声をかけたが、ケロ君はだいたい解っていたようだった。
「(言われなくても解ってるぜ)」
そう言うとケロ君は丸っこいお尻を振りながら小走りに花屋の方へ向かうと、彼女よりさきに開けられた扉の中へ入っていった。それを見た花屋が蚊屋野達の方に笑顔を向けたので、蚊屋野も少しは落ち着く事ができた。実際には落ち着いている場合ではないのかも知れないが。
 部屋に入るとすぐに日が暮れたようで、外は暗くなっていった。鉄塔を利用して作られた建物なので、鉄骨の建物という事になるのだろうが、壁や柱など後から作られたものは木で作られている。こういう部屋には火を灯すタイプのランプが似合いそうだが、ここでもやはり明かりはLEDのランプのようだ。日が暮れるとランプが点いたのだが、光量が少ないのであまり明るくはならない。

 蚊屋野と堂中はしばらくの間、予言者様に言われた事について話していた。しかし結論が出るような会話にはならなかった。堂中にしては珍しくイラついた様子だったが、自分でもそこに気がついたのか、しばらく黙って考え事をしてからおもむろに壁の方へ向かった。そして、壁を押すとそこが開いて外が見えるようになった。
 蚊屋野は一瞬何が起きたのか?と思ってしまったが、それが窓だと気付いて納得した。ガラス張りでなくても窓は窓である。堂中が開けた窓からは外の冷気が入ってきたが、二人とも少し興奮気味でもあったので、それが心地よくもあった。
「ここの人達は本当にこれで良いと思ってるんすかね?」
堂中が外を眺めながら言った。蚊屋野もなんとなく窓のところへやって来た。大きめの窓なので少し離れていても外はよく見える。
 日は沈んでいたが、月明かりに照らされた山とその先に見える平野が海の方まで続いているのが解る。蚊屋野は思わず「ウワァ!」と声を上げて盛り上がりそうになったが、そんな雰囲気ではないので自重した。
 しかし、外に見える景色は蚊屋野にとっては珍しいものだったのだ。灰が降って木が枯れて荒れ果てている場所と、元のままの緑が残っている場所が綺麗に別れている。砂漠に風が吹いて、砂に不思議な縞模様を付けたり砂漠全体を複雑な形にするが、そういうものに似ているだろうか。荒れ地とそうでない場所が絶妙なカーブを描きながら交互に現れている。風がどういうふうに灰を運んでくるのか、地形を見るとすぐに解る。その緑の部分を遠くから辿ってくると、今自分のいる建物のある場所に繋がっている。こういう景色を見ると、この世界の人達が灰の降る場所や時間を予知できるというのも納得できる。
「ここだって本当は安全じゃないんすけどね」
堂中はまだ外を眺めている。
「でも、見た限りではここには灰が降ってこないみたいだけど」
「今のところ降ってないだけっすよ。前に聞いた事があるんすけど。灰が降りそうな場所では優先的に資源の回収が行われるんすよ。ここは鉄塔があった場所に作られてるっすよね。でも塔は上の方が解体されてるんすよ」
「そうみたいだけど」
「そうなってるのは、ここもいずれ灰によって荒廃することが予測されているから、その前に資源として鉄を持っていった、ってことなんすよ」
蚊屋野は思わぬところで、さっき疑問に思っていた塔の低さの理由を知ってスッキリしてしまいそうになったが、それよりも重要なことがありそうだ。
「じゃあ、こんな建物を作ったりしても、いずれは壊れるってこと?」
「そうなんすよ。だけどここの人達は誰もそれに気がついていないんす。多分、あの予言者様っていうのが適当なことを言って、ここの人達を騙してるに違いないっす。いや、予言者様だけじゃなくて、他にも解っていながら間違った事をしようとしている人がいるかも知れないっすけど」
ということは、どういうことだろう?と蚊屋野は思った。普通に考えれば鷹のお告げを聞いて、予言者になった人を信じるということはあまりないが、いつだってそういうものに惑わされる人はいるものだ。世の中が物騒になったりして、不安な要素が増えれば増えるほど、そういう怪しいものに頼る人も増えてくる。ここの人達にとっては街でのいざこざなどがあって不安な時だったに違いないし。
 ただ、それだけではない。いつの時代にもそういう怪しい集団には陰で組織を操る狡賢い人間もあるものである。あの予言者様は表向きには彼らを先導しているように見えるが、実際には別の人間がここを管理しているのかも知れない。
「ということは、もっと複雑な事情があったりするのかな?」
「どうっすかね。でも怪しいと思うんすよ。ここには電波が来てるのに通信はできないんす」
堂中はいつでもそういうところを気にしているようで、早くも通信に関しての異変に気付いていたようだった。
「それって、どういうこと?」
「多分、限られた人間だけが電波を使ってる、ってことっすね。それで、限られた人達だけはあらゆる情報を入手して、普通の人が解らない事を知っていたりするんです。自分達が知らないことを何でも知っているって。それはまるで予言みたいだと思わないっすか」
「そういうことか。…でも、どうしてそんなことをするんだろう?」
「さあ、どうっすかね。残念ながら知るには時間が少なすぎる気がするんすけど」
確かにそんな気がする。さっきの予言者様の感じからすると、明日には交渉のために街に行くことになるだろう。

 同じ頃、隣の部屋では花屋が途方に暮れていた。隣の部屋といっても、鉄塔を利用して作られているからなのか、少し離れているのだが。
 それはともかく、花屋はベッドの横に座って窓の隙間から差し込む月の光の中でこれからの事を考えていた。考えたところで答えは出ないのだが、他にすることがないので考えないワケにはいかない。しかしやはり考えても答えは出ない。
 そこに気付く度に不安になる花屋は隣に座っているケロ君の頭をなで始めた。
「私達、ちゃんと東京に行けるのかな?」
花屋の声があまりにもか弱い感じなのでケロ君も心配になってしまう。花屋にとっては独り言だし、今の彼女の状況がそのまま語気に現れたのだが。彼女はリーダーとして人に弱みを見せることはないが、だからといって何が起きても平気なワケでもない。以前、彼女の祖父はそれを母親譲りの心配性と言って笑うことがあったが、彼女はいつでも何かを心配していたり、恐れていたり。だからこそ、そういう事に先回りして問題に対処できるようにしてきたのだ。ただし、今はそうも行かない状況である。そんな時にはイヌを相手に弱音を吐いてもみたくなる。
「(アンタは良くやってるぜ。今回だってきっと上手く行くはずだ)」
ケロ君は言いながら花屋の足に自分の頭を押しつけた。花屋にはケロ君の言うことは解らないのだが、それでもケロ君の反応がなんとなく嬉しかった。頭を押しつけられて、花屋はケロ君の頭を撫でられなくなったので、その手をケロ君の首の方へ回した。首を撫でていると花屋の手に何かが当たるのが解って、確認すると、それがケロ君の首に巻かれたフォウチュン・バァのペンダントだということが解った。
 これは確か箱根の街を出発したあとに蚊屋野がケロ君の首に巻いたものだ。花屋もこのペンダントを持っているのだが、元々アクセサリーを付けるような習慣もないし、それにフォウチュン・バァのペンダントのようなものだとさらに興味がなかったりして、彼女はそれをポケットにしまったままだった。
 花屋はなんとなく、ポケットからフォウチュン・バァのペンダントを取り出した。そして、それを自分の首にかけた。これで運が良くなるとか、そんな事を思っていたワケではない。ケロ君も付けているこのペンダントは蚊屋野も堂中も持っている。すぐ隣の部屋にいるのは知っているが、一人で部屋にいると心細くなって、仲間とのつながりを確認したくなる。そんな事もあって彼女はペンダントを付けたのかも知れない。
 ちょうどその時、扉をノックする音して「食事の用意ができました」という声が聞こえてきた。花屋は立ち上がって扉の方へ向かった。