Technólogia Vol. 1 - Pt. 38

Technologia

43. 反逆

 気付かれないと思ったのか、あるいは彼らが気付いていなかったのか。塔で予言者様を操っている黒幕は蚊屋野達三人を引き離しておくことに成功していたと思ったのだが、そうではなかった。もちろん三人が一緒にいる時には常に誰かの監視の目が光っていたのだが、堂中の思い付いた作戦が上手くいったのである。
 ここまでで一番の問題は花屋がこの塔で起きている事の全容を知らないということだった。ここに来るまではトラブルが起きても、その時の状況まかせでなんとなく解決する事もあったが、それはそれぞれが目指すところを知っていたから出来たことである。この先どうなるのかまだ解らないが、いずれにしても花屋にもこの塔で起きている事を知っていてもらわないといけない。
 部屋に戻ってきて何もすることがなくなった花屋が仕方なく彼女のスマートフォンを手に取ると、そこにはメッセージを受信したという通知が表示されていた。通知と一緒にメッセージの最初の部分が表示されている。

黒幕は科学者。予言者偽物。抗争阻止。

そこだけ読んでも理解するのは難しいが、これはメッセージを送信した堂中の配慮だった。今花屋のいるこの塔では通信を使う事が出来ない。そこで堂中は夜の間にメッセージの文だけを作っておいて、夜が明けて街に行った時に、街の通信網を使って花屋にメッセージを送ったのだ。管理する側が特に細工をしなければこの世界の通信は20年前のスマートフォンのように使えるので、電波が届けば通信も可能なのだ。
 ただしメッセージを送っても通信が使える場所で全文を受信しないと読めなくなる。そこを心配した堂中が文の最初に重要なキーワードだけを並べておいたのである。メッセージを受信した時の通知に内容の最初の部分だけは表示されるはずなので、そうしておけば少しだけでも伝わるはずだと考えたのだった。
 幸いなことに街にいる時にメッセージの全文が花屋のスマートフォンに受信されていたようで、通信が出来ないこの場所でも読むことが出来た。花屋は始めからこの場所は変だと思っていたし、街に行った時の蚊屋野と堂中の様子がいつもと違うのも気になっていたのだが、その辺のことがメッセージを読んで全て解決した。
「だけど、どうしたら良いんだろう?」
メッセージを読んだあとに花屋がケロ君に向かって言った。花屋はケロ君が人間の言葉をほとんど理解していることは知らないので、ほとんど独り言のようなものだが。
「(ああ、そうなんだよな)」
ケロ君も通じないとは解っていても返事をしていた。それから、さらなる問題があることもなんとかして伝えられないか?と思っていた。ケロ君と蚊屋野だけが知っている黒幕の本当の目的というヤツである。

 蚊屋野は尾山と一緒に衛兵達が寝泊まりする兵舎と呼ばれている場所に来ていた。兵舎といっても普通の小屋ではあるが、他の住民達が住んでいる塔の周りの小屋よりは大きめになっている。ただ、今のところこの小屋には尾山と蚊屋野の二人に、もう一人の少年がいるだけだった。少年はいつか自分も衛兵になりたくて良くこの小屋へ遊びに来ているということだ。
 少年によると他の衛兵達は「どっか行った」ということだ。これまで衛兵隊長の尾山にこんな口の利き方をしたことはなかったのだが、この少年も尾山が交渉に行って何も出来ずに帰ってきたのが気に入らなかったようだ。
 衛兵達は付近の見回りにでも行ったのだろう、と尾山は言っていた。隊長がこんな情報しか知らないのは問題ではないのか?と蚊屋野は思ったのだが、尾山もその辺を気にしている感じだった。交渉から帰ってきてから、彼は解りやすく信頼を失ってしまった。
 蚊屋野は予言者様から尾山と一緒にここで兵隊達をまとめる仕事を手伝うように言われていたので、兵隊達が戻ってくるまで待っていないといけない。すぐに帰ってくると尾山は言っていたのだが、そろそろ一時間が経とうというのに彼らは帰ってこない。
 たったの一時間ではあるが、今この小屋で何もしないでいるのは時間の無駄でしかなく、蚊屋野はウンザリした気分になってくる。そして尾山は兵隊達が自分の指示どおりに動いていないことにそろそろイライラし始めているところだった。
 小屋の中に良いとは言えない空気が漂ってくると、それを察知した少年は外に出て行ってしまった。蚊屋野と尾山はお互いに何かを話そうともせずに、沈黙だけが続いていた。ゆっくり沈んでいく夕日の光が壁の隙間から小屋の中に差し込んでくる。また先に進めないまま一日が過ぎてしまうのか、と蚊屋野が思っていた時だった。
 小屋の扉が開いて衛兵達がゾロゾロと入ってきた。やっと来たのか、と思って尾山も蚊屋野も意味もなく椅子から立ち上がった。しかし衛兵達の様子が少し変だ。入ってきた衛兵達は蚊屋野と尾山のいる反対側の壁の前に並んで二人に相対した。何かと思って見ていると最後の一人が入ってきた。正確には二人だが、一人は衛兵ではないので最後の一人の衛兵である。
 その衛兵というのは蚊屋野達が会った時に最初に暴力を振るってきたあの悪そうな男だった。彼の名前は小山。彼は盛山さんを抱えて入ってきた。悪そうなヤツはやはり悪いやつだったのか。小山は盛山さんの後ろから彼女の顔の辺りに包丁を突きつけて人質のようにしているのである。
 蚊屋野も尾山も「何で?」という感じだったが、小山は口より先に手が出るタイプなのでヘタなことは出来ない。
「小山、オマエいったい何してるんだ?」
「違うんです、尾山さん。違うんです」
小山ではなくて包丁を突きつけられている盛山さんが答えた。答えたと言うよりは喚いている感じだったが。
「隊長。裏切り者を捕まえましたよ。コイツがよそ者と手を組んでオレ達の邪魔をしてたんですよ」
小山はそう言って蚊屋野の方を見た。
 蚊屋野はまた「なんで?」と思ったのだが、もしかすると街から塔に戻ってきたあとに盛山さんと話しているところを見られたのだろうか?と考えてマズいと思っていた。
「違います。尾山さん。その人は関係ありません」
尾山は困惑で目の前がグルグル回っているような気がしてきた。
「お前、それ本当なのか?!」
まだ何が何だか解らないまま、尾山は蚊屋野の方を見て言った。
 本当かどうか、というと半分ぐらい本当なので蚊屋野も困ってしまうが、ここで「はい」とは言えない。といってもどうにかしないと盛山さんが危険かも知れない。
「隊長。そいつに聞いたって本当の事を言うわけないですよ。だがオレはそいつが二人でコソコソ話してるところを見たんです」
やっぱり見られていた、と思った蚊屋野は思わず天を仰ぎそうになってしまった。だが、そんな事をしたらこれまでの事がバレバレだ。ここは冷静にならないといけない。
「確かに話はしていたけどさ。それは争いを避けるためじゃないのさ。盛山さんはそこを心配してたんだからさ」
蚊屋野は自分が変な喋り方なのに自分で気付いたが、包丁を突きつけられている人を目の前にして冷静でいるのも大変なのだ。だが変な喋り方にもかかわらず尾山には伝わったようだ。
「そうだ。これはお前の早とちりだ。どうして来たばっかりの人がオレ達の邪魔をしようとするんだ。それに予言者様も言ってたじゃないか。この人達が来れば上手くいくって」
「その予言者様が間違ってるんですよ。隊長が何もしないで街から帰ってきた時にそれはハッキリした。だからオレ達はオレ達で考えて行動する事にしたんですよ」
これは面倒な事になってきた。予言者様とも黒幕とも関係ない新たな勢力が生まれたということだ。
「オマエ達、まさか街を攻撃するつもりか?」
「そうだ。出来れば隊長にも来てもらいたいと思ってますがね」
「バカを言うな」
尾山はうろたえているようだったが、小山の方は冷静だった。
「じゃあ、仕方がない。それなら盛山さんはこっちで預からしてもらいますよ。人質がいた方が何かと便利ですからね」
それを聞いた尾山が怒って小山の方へ飛びかかりそうな勢いだったので、蚊屋野は慌てて彼の前に手をだして制止しようとした。だが尾山はその手を力強く払いのけた。いざという時に頼りないのが尾山だと思っていたが、今は何かが違う。盛山さんを凝視する尾山の目を見て蚊屋野は何かを感じ取った。灰の影響で人間が弱体化してからそういう話は少なくなったということだが、尾山は健康体である。これは尾山のヤツ、盛山さんに惚れているな、と思った蚊屋野だったのだが、今はそんな事を考えている場合ではない。彼を止めないと怪我人が出そうな雰囲気なのだ。
 しかし、蚊屋野が止めるまでもなく尾山は思いとどまらざるを得なくなった。尾山が今にも小山の方に飛びかかろうかという時に、周りにいた衛兵達が一斉に武器を取り出して構えたのだった。ある者は小山同様に包丁を持っていたり、ある者は農作業に使う鎌のようなものを持っていたり。その他には廃材で手作りしたような武器を持っている者もいる。
 体力では遙かに勝っている尾山であるが、コレだけの武器を目の前にすると何も出来なくなる。
「オマエ達、いつの間にそんなものを…」
尾山が目の前の部下達を見回しながら言った。この世界で武器など必要ないと思っていた尾山だし、衛兵達にも武器を持たせたことはなかったのだが。
「素手で世界を変えようなんて、そんなことは不可能ですからね。世の中は常に武器を沢山持っている者が支配してきた。そうじゃないですか」
小山はスゴくスケールの大きな話をしているが、彼らにとっては街の支配権を握ることが世の中を支配するぐらい重要なのかも知れない。それで、小山は密かに衛兵達を裏で説得してこの時に備えていたのだろう。彼はずっと前からこの時を待っていたのだ。つまり、裏切り者は小山に違いないのだが、蚊屋野はその小山にさっき自分が裏切り者の仲間と言われたのが納得いかない気分だった。
「キミ達は武器を持って強くなったつもりかも知れないけど、むこうにだって武器は沢山あったよ。それにそんな武器じゃ太刀打ち出来ない武器だって街にはあるんだし。むこうが拳銃を使ってきたら、何も出来ないし、殺されるかも知れないんだよ」
納得いかないついでに蚊屋野が衛兵達を脅かしてみた。怖じ気づいたような表情をした衛兵も何人かいたが小山には自信があるようだった。
「よそ者の言うことに惑わされるな」
そう言って小山は次の行動に出ようと盛山さんを抱えたまま体を動かしたのだが、その時小屋の扉が開いて新たな人物が入ってきた。なんだかさらにややこしくなって来た気がする。
「オマエ達。馬鹿な真似はよしなさい」
そう言って入ってきたのは、彼らよりも一回り年上という感じの男だった。中年だが妙に若々しく見えるうえに、知的な印象を与える顔つきだった。
「そんな事をしてなんになるんだ」
男は小屋の扉のところに立って、衛兵達を外に出さないようにしているようだ。
「邪魔をするな!」
これまで冷静だった小山もここで苛立ってきた。彼のような人間が冷静なのは自分の思ったとおりに事が進んでいる時だけで、そうでない時は強引になる。
 新しい邪魔者が現れたので小山は盛山さんを揺さぶるようにしながら体の向きを変えて、彼女に突きつけていた包丁を握る手に力を込めた。その拍子に盛山さんの体に包丁の刃が当たったのか、彼女の服の胸の上の方に赤い血の染みが小さくジワジワと広がっていった。尾山はワナワナしながらも何もすることが出来ない。
「そんなことで本当に上手くいくと思っているのか?」
扉のところの男は小山を刺激しないように静かに聞いた。しかしここまで来ると小山を説得することは困難なようだ。小山が指示すると衛兵達が男を囲んで彼に武器を突きつけた。男は両手のひらを前に向けて抵抗しない意志を示した。そして、衛兵達に言われるままに部屋の奥までやって来た。ということは蚊屋野と尾山の隣に来た、ということになる。つまり彼らも武器を持った衛兵に囲まれたのだった。
「よし、そいつらは牢屋に閉じ込めておけ。時間が来るまで他のヤツらには見つかるなよ」
小山はそう言うと盛山さんを抱えたまま外へ出て行ってしまった。蚊屋野達は武器を突きつけられて何も出来ない。そして、そのまま牢屋へと連れて行かれることになった。
 牢屋に向かう途中、暗くなった空を見上げると塔の上の方に明かりが点いているのが見えた。もしかして大声を出したらあそこにいる堂中か花屋か、あるいは人間よりも耳の良いケロ君が気付くかも知れないと思ったのだが、武器を持った衛兵に囲まれている状態では不可能だった。塔の上ではそろそろ夕食の時間だろうか。

 塔の上の方の部屋に戻った堂中は何度か部屋の扉を静かに開けて外の様子をうかがった。蚊屋野がなかなか帰って来ないのを心配しているのもあったが、それと同時に外の様子に何か変化があるように感じたからでもあった。扉を開ける度に見張り役の「なんとなくそこにいる人」と目が合うのはこれまでと一緒だったが、部屋の外の廊下に人の行き来が多くなったような気もした。
 これはただの気のせいでもなさそうなのだが、ヘタに動くワケにも行かない。行動を起こす時が来るまで堂中は自分のやるべき事に集中することにした。紛争を回避してここの人々と街とのいざこざを解決する。
 そういう難しい事を考えるのは彼にとって集中するのに丁度良いことでもある。しかし、蚊屋野が戻ってこなかったりするのはやはり気がかりだし、もし蚊屋野に何かあったら彼の考えている事も意味がなくなってしまうので、彼の思考は色々な方向へ向かっていってとりとめのないものになってしまう。努力して集中しないといけないような時に、集中するのは不可能に近い。それでもなんとか集中する。これまで知ったことをつなぎ合わせて何か良い案が思い付きそうな気もするのだし。
 しばらく考えていると、またさらに外が騒がしくなったようだった。やっぱり周りが気になる堂中はまた扉を開けて外の様子をうかがおうと立ち上がったのだが、その時扉が開いて平山さんが入ってきた。どうやらそろそろ夕食の時間ということで騒がしくなっていただけだったようだ。
 堂中はここにいる数少ない味方の顔を見て「あぁ」という感じで安心したかったのだが、平山さんは堂中から目をそらすような感じで部屋に入ってきた。昨日とは何かが違うと思っていると、もう一人の女性が入ってきた。それは盛山さんではなくて堂中の知らない人だった。
 平山さんがよそよそしい理由は解ったが、これは少し困ったことになった。昨日のように平山さんと話して堂中が疑問に思っていることをいくつか質問したかったのだが、今日は無理なようだ。
「お食事の用意が出来ました。もう一人の方はまだお戻りでないようですが」
話し方もよそよそしくなった平山さんが言った。
「ええ、あの。尾山さんと一緒にいるはずですが…」
「それなら、その方の食事はそちらに運びましょう。志茂山さん?」
平山さんはもう一人の女性の方を見た。志茂山さんは言われて少し戸惑った様子だった。
「志茂山さん。ここに食事を置いておいても意味が無いですよ」
平山さんが少し語気を強めて言うと志茂山さんは黙って頷いてから食事を持って外へ出て行った。だが、どこへ食事を持って行けば良いのか解らずに廊下に出てからもおどおどしてる感じだった。
 志茂山さんが部屋から出て行っても平山さんはまだ堂中と目を合わせようとしなかった。そのまま堂中の前に食事を運んできたのだが、その時、平山さんが口を開いてささやくように話し始めた。
「盛山さんの姿が見えないんです。私達の事に気づかれたのかも知れませんが、それはまだ解りません。何か予期しなかったことが起きているような気もするのです。私には何も出来ませんが、これからは隣にいるあなた達の仲間の人と協力してください」
仲間の人とはつまり花屋のことに違いない。しかし、彼女が何かを知っているのだろうか?堂中がそんな事を思っていると平山さんが先を続けた。
「予言者様に危険が迫っていて、旅人がそれを救うという話を隣の部屋の係に吹き込んでおきました。きっと彼女はあなたの仲間に助けを求めるでしょう。上手くいけば予言者様に近づく手段が見つかるかも知れません」
堂中はなるほど、と思ったが今はあまり会話を出来る様子ではないので黙って頷いた。何か緊急事態のようだが平山さんは出来る限りのことをしてくれたようだ。
「では、ごゆっくりお召し上がりください」
最後にハッキリとした口調で平山さんが言うと、堂中と目を合わせないまま部屋を出て行った。
 堂中はしばらくの間食事に手をつけずに、平山さんの出て行った扉をじっと見つめていた。

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