Technólogia Vol. 1 - Pt. 44

Technologia

49. 好機

 ここは予言者様の塔。それなのにこれまであまり予言者様は登場していない。いつも塔の一番上の階の奥の部屋に閉じこもっているし、瞑想と睡眠によって予言を行うのが彼の仕事なのであまり姿を見せないのは仕方がない。それにずっと夜の話が続いているので、予言者様が現れないのはなおさらのころである。
 だが、静けさの中でどこかザワザワしている夜なので予言者様もゆっくり寝ていられない。恐ろしい夢を見たり、塔の外で物音がしたような気がして目が覚めたり。さらに部屋のすぐ外の廊下を人が歩いているような気配を感じることもあった。こんなに寝苦しい夜は滅多にないし、きっと何か大きな事が起きるに違いないと予言者様は思っていたのだ。しかし、予言者様は寝ないと予言が出来ない。何かが起きるとしてもそれを知るには寝ていないといけない。少なくとも彼はそう思っている。
 なので予言者様は頭まで掛け布団に潜り込んで、なんとか気を静めるとまた眠りについたのであった。寝てしまったのでまた登場の機会は減ってしまった。

 蚊屋野は塔の近くまで戻ってきていたが、急に疲れて体が重くなったような感じがしていた。尾山が衛兵達の潜んでいた横穴から盛山さんを救出して森の中に逃げていったので、塔の周りを警備していた衛兵達も尾山を探すのにかり出されたようだった。それで蚊屋野も見つからないようにする必要もなくなって、気が抜けてしまったのだ。朝起きてから何時間が経ったのだろうか?と思うと疲れていることを思い出さずにはいられなくなる。
 だいたいどうして自分がこんな事をしないといけないのか?と蚊屋野は思い始めていた。自分が元気な時には人助けも喜んでするものだが、疲れてくるとそんな事をしたのを後悔し始める。もう面倒だから自分の部屋に戻って朝までゆっくり眠りたいとも思っていたのだが、塔の入り口が見えるところまで来るとやはりそんな事をしている場合ではないことを思い出した。
 警備は少なくなっていたのだが、塔の入り口の警備だけはしているようだ。この場合、衛兵は誰を守っているのか?という感じもするのだが。この塔というのはここの住民達の心のよりどころでもあるのだし、最終的には小山も住民達に支持されないと何も出来ないので、塔は守らないといけないという事なのだろう。
 それはともかく、蚊屋野は一度塔から離れて裏に回ると、壁の穴から縁の下に忍び込んだ。前と同じように縁の下を這って平山さんの部屋の方へと向かったのだが、ここでまた蚊屋野が余計な事を考え始めた。
 もしかすると平山さんはもう寝ていて、今部屋に行って彼女を起こすのは迷惑ではないか?とか。さらに、この暗い中をコッソリ女性の部屋へやって来るなんて何だか悪いことをしている気がするとか。
 だが変に気が抜けてしまった蚊屋野とは違って、平山さんは緊急時だということを解っているので、寝てもいないし、蚊屋野がコッソリやって来てもなんとも思うこともない。何が起きても大丈夫なように準備していた平山さんは床下で物音がするとそれが蚊屋野か尾山であるとすぐに気付いた。そして蚊屋野が下から声をかけると床板を外して蚊屋野を部屋に入れた。
 蚊屋野は余計な事を考えていたので、動きが妙にぎこちなかった。蚊屋野にとっては女性に気を遣った紳士的な振る舞いということなのだが、それがかえって平山さんにとっては不気味だった。その前に今は紳士的に振る舞っているような場合でもない。
「尾山君の部屋に行かなくては」
自然にしようとすればするほど不自然になるのだが、蚊屋野がそう言うと平山さんもなんとなく緊張した様子で頷いてから廊下の様子を窺った。
 塔の中には許可を得た人間しか入る事が出来ない。その決まりはまだ守られているので衛兵達も塔の中にはいないようだった。平山さんはそれを確認すると一度扉を閉めて振り返った。そして上着を脱ぎならが蚊屋野の方へと近づいて来た。上着の下には薄手で体の線が解るようなあの着物を着ている。
 蚊屋野は慌てて平山さんを止めようとしている。平山さんはまた蚊屋野の様子が変なのでさらに不審に思っていた。
「大丈夫ですか?」
平山さんに聞かれた蚊屋野だったが、大丈夫かどうか解らない。蚊屋野は平山さんが上着を脱いだ理由を全く勘違いしていたのだから仕方がない。「大丈夫」だと言えば平山さんがさらに服を脱ぎ始めるとか思っていたりするのだ。
「お、尾山君の部屋に行かなくては」
蚊屋野の声は裏返りそうに不自然なのだが、なるべく自然にしようと頑張っていた。
「それはさっき聞きました。だからこれを着てください」
そう言いながら平山さんは脱いだ上着を蚊屋野に渡した。
「それを着ていればここから出るのを誰かに見られても怪しまれないはずです」
「あぁ、そういうことか…」
今度は恥ずかしくて顔が真っ赤になる蚊屋野。
「大丈夫ですよ。廊下には誰もいないはずですから。念のためです」
平山さんは蚊屋野が女性の服を着るのを恥ずかしがっているのだと思っているようだ。それが解ると自分の変な想像がさらに恥ずかしく思えてくる。蚊屋野はなんとも形容しがたい悲しげな何かを胸に平山さんの部屋を出た。
 平山さんから借りた女性用の上着はローブのようでもあり羽織のようもあるが、蚊屋野にとっては小さすぎるので、体と足をくの字に曲げて無理矢理上着の中に収まるように歩いていた。ほとんど明かりのない廊下なのでそこまでする必要もないかも知れないが、今は色んな意味で自分の存在を消したい気分の蚊屋野だった。

 いっぽうで尾山はというと、横穴から飛び出したあとそのまま盛山さんを抱えたまま森の斜面をひた走って、所々に舗装された道の残る平野のそばまで降りてきていた。そして、そこに点在している建物の瓦礫を見て回っていた。
 この世界では灰から逃れるための場所は重要なので、地下室のあった建物は出来るだけ活用するようになっている。建物は崩れても地下室の入り口の周辺は瓦礫が取り除かれて、そこに扉をつけて誰もが使える避難所にしてあるのだ。夜明けが近づいて心持ち明るくなってきた中で尾山が地下室の扉を見付けると盛山さんを連れてそこに入った。
 盛山さんは憔悴しきった様子で地下室に座り込んだ。
「すまない。オレがだらしなかったから、こんなことになったんだ」
尾山がそう言いながら盛山さんの手を縛っている縄をほどいた。縄が解かれた盛山さんは何と言えば良いのか解らなかったが、そのまま尾山に抱きついた。この場合は何かを言うよりもそれが一番自然なような気がしたのである。
 盛山さんは尾山の背中に回した自分の手が濡れているのが解った。それは尾山の汗ではない。何かと思って尾山の肩越しに自分の手を見ると血がべっとり付いていた。
「尾山さん、血が。早く手当てしないと」
盛山さんが言って尾山を見た。横穴から逃げる時に衛兵の持っていた槍で突かれた傷は意外と深かったようだ。しかし尾山は微笑んで言った。
「なに、これくらい大したことないさ」 
なんだか尾山は急に格好良くなった感じがする。

 そして常にイマイチな蚊屋野はというと、なんとか誰にも見られずに尾山の部屋に入る事が出来た。もうすぐ夜が明けようかという時間なので見られる方がおかしいかも知れないが。そこはベッドと机やタンスが置かれた質素な部屋だった。急いで作ったこの塔で凝った内装の部屋などないのかも知れない。
 蚊屋野は早速ベッドの下を覗き込んでみた。そこには布で作った巾着袋が見えた。他には何もないので尾山の言っていた、小山から没収した武器というのはそこに入っているはずだが、蚊屋野の想像していたのとはちょっと違った。蚊屋野は鍵が付いたケースとかそういうものに入っているのだと思ったのだが、恐らく普段のこの塔は泥棒などの心配もいらないほど平和だったに違いない。
 巾着袋の中を調べると中には電気カミソリのようなものが入っていた。これはどこかで見た事がある、と思いながら蚊屋野がそれを取り出した。実物を見るのは初めてだったが、それはスタンガンに違いなかった。
 相手の体に押しつけてスイッチを入れると電気ショックで動きを封じたり、気絶させたり出来るものだ。小山はこんなものをどこで手に入れたのだろうか?それは今考えても意味がないが、とにかくこれは小山らしい武器ではあった。護身用で持つのならまだしも、これを攻撃に使うのは卑怯な感じがする武器である。
 蚊屋野はスタンガンの構造などは知らなかったが、ちゃんとした向きで手に持つと自然とスイッチが親指のところに来るようになっているようだった。そして親指にスイッチが当たるとなんとなく押してみたくもなる。今それをやるべきなのか、どうなのか?と思ったが、いざという時に使えなかったら問題なのでテストもかねて蚊屋野はスイッチを入れてみた。
 暗い中でパチッという音と共に放電による閃光が起こって光が蚊屋野の目に焼き付いた。ちょっとした音と小さな光なのだが、なんだかスゴい衝撃だったような気分になる。恐らくこのスタンガンの攻撃を受けたらかなり痛いだろう。こういう武器はなるべくなら使いたくないとも思った蚊屋野だった。
 スタンガンを慎重にポケットにしまった蚊屋野だが、この次にやることがまだ決まっていないのに気付いた。さて、どうするのか?と思って床に座ったのだが、特に何もない。そう思うとまた一気に体の力が抜けるような気分になってきた。窓を開けなくても解るが、外はもう少しずつ明るくなっているはずである。
 この明け方のソワソワした感じは蚊屋野の良く知っているものである。どうでも良い事に夢中になって終電を逃すのだが、カプセルホテルに泊まるにもタクシーで帰るのにもお金がない。どこかでなんとか時間をつぶして、始発の時間が近づくとフラフラと駅に向かっていく。こういうことは何回も大学四年生をやった彼には慣れっこなのだが、そういった朝が近づいている時の空気を今感じているのである。それは街中でも山の上の塔でも同じ、ということには初めて気付いたのだが。
 これからどうすれば良いのか。こういう時間にこういう事を考えると漠然とした不安と無力感に襲われることがある。これまで無駄な事ばかりやっていた人生なのに、今また時間を無駄にしてしまったような感覚になっている。この明け方の空気を吸うといつもそんな気分になってしまう。これまでやって来た事も考えたことも意味がないし、意味がなければ価値もない。また力が抜けていく。無力だ。…。
 蚊屋野はいつの間にか平山さんの上着を掛け布団代わりにして眠っていた。それは惨めな眠りだったのかも知れないが、疲れ切っていたので蚊屋野にはそんな事を気にする余裕はなかった。

 蚊屋野にとってはその直後、だが実際には一時間以上経った時。突然カンカンというけたたましい半鐘のような音が塔内に響き渡った。飛び起きた蚊屋野は、まず自分がどこにいるのか解らずに慌てていた。真っ暗な中でさまよっているような恐い夢を見ていたと思ったのだが、いきなり踏切の前に立っていて、アレ?っと思ったら今なのだ。目を開けて辺りを見回しても、暗い中でしか見た事のない尾山の部屋なのでしばらく考えないと自分がどこにいるのか思い出せなかった。
 そして、ようやく自分の居場所を思い出すと、さっきから聞こえているカンカンという音が気になってくる。どこかで聞いたような音だとも思っていたのだが、それは昨日の朝、塔の外で聞いた音だった。予言者様がかのものに捧げる舞を踊る時にリズムをとるように鳴らされていた、鉄の棒を叩く音と同じだった。しかし、今朝は昨日よりも小刻みでやかましい鳴らし方になっている。
 蚊屋野は立ち上がると、背中に重たい痛みを感じた。寝るつもりがないのにいつの間にか寝ていたのでベッドではなく床の上で寝ていたのだ。しかも疲労のためにほとんど寝返りをうつこともなく、背中がガチガチになっている。
 腰の悪い老人のように背中を曲げたままゆっくり扉の方へ近づいて何が起きているのか確認しようとした蚊屋野だが、外で人が行き来している気配を感じると足を止めた。わざわざ人目に付かないように変装までしてここに忍び込んだのに、人が行き来している中を出て行くワケにはいかない。
 蚊屋野はドアの横の壁に背中をつけて廊下の様子を探っていた。鉄を叩く音が鳴り響く中、廊下を何人もの人が歩いて行くようだったが、やがて足音はしなくなった。
 そろそろ扉を開けても大丈夫だろうか。そう思って蚊屋野は扉を開けて顔だけ外に出して辺りを見回してみた。廊下の先には誰もいない。と思ったのだが、見ているのと反対の方から声がして慌てて頭を引っ込めた。
「蚊屋野さん」
頭を引っ込めたところで意味がないとは解っていた蚊屋野だが、知っている声だったので少し安心した。もう一度廊下を覗いてみると平山さんが歩いて来たところだった。
「まだここにいたんですか?」
「いや…、少し手間取ってね」
いったい何を手間取ったのか?という感じだが、蚊屋野の咄嗟の言い訳としては精一杯だった。手間取ったことがあるとすれば、すぐに起きるつもりで目をつむったのに、そのまま寝てしまい目覚めるのに手間取った、ということかも知れないが。
「ヘタに動き回るよりもここにいた方が良いと思ったからね」
次に思い付いた言い訳の方がまだまともだったのだが、さっき言ったことと関連がないし、言うだけ無駄な言い訳になっている。
「それより、この音は?」
最初からこの事を聞けば良かった、と蚊屋野はやっと気がついた。寝起きでハッキリしなかった頭がようやく動き出したようだ。
「これは予言者様から特別な通達があるという合図です。塔の中にいる者達は謁見の部屋に行かないといけないのです」
そういうことなのか、と思った蚊屋野は緊急の警報とかではなかったので少し安心していた。ところで平山さんはどうして少し遅れてやって来たのか?とも思っていた。良く見ると平山さんはまた薄手の着物だけで少し寒そうにしている。ということは、上に着るものを探していたけど、丁度良いのがなかったので、仕方なくそのまま出てきた、ということだろう。
 蚊屋野は部屋に戻って床にグシャッとした感じで置かれていた平山さんの上着を持ってきた。そのまま渡すのもなんとなく気が引けると思って、蚊屋野は上着を両手で持って上から下に振ってホコリを払い落とすようにした。
 そんな事をしても、床の上に置かれていた時点で平山さんはあまり気分が良くなかったが、蚊屋野から上着を返してもらうと仕方なくそれを着た。
「急ぎましょう。鐘の音がやみました」
急ぎ足で塔の上へと向かう平山さんを蚊屋野が慌てて追いかけて行った。

 謁見の部屋には塔に住む住人達がほぼ全員集まっていた。それは昨日の朝、食堂にいたのと同じ人達であったが、誰もが緊張していてあの食堂とは別の空間という感じがした。平山さんの後に続いて蚊屋野も謁見の部屋に入った。入るとすぐに花屋と堂中の姿が目に入ってきた。彼らはすぐ下の階にいたので早めにここにやって来たのか、蚊屋野からは遠くの方に立っていた。たった一晩会わなかっただけなのだが、蚊屋野は彼らの顔を見て不思議なくらい安心した気分になっていた。花屋と堂中も蚊屋野が無事なのを確認してホッとしていたのは間違いない。ついでに、ケロ君の姿も目に入ってきた。ケロ君は花屋達に呼ばれたワケではないのだが、今回はそれなりに活躍しているのでその権利があるとでも思ったのか、自分から部屋に入ってきたようだ。
 さらに見回すと霧山の姿も確認できた。昨日の食事の時には気付かなかったが、今の蚊屋野にとって彼ほど怪しい人物はいないので、その存在にはすぐに気付く。霧山は自分のことを雑用係だと言っていたが、この塔に入ることが出来る地位でもあるようだ。そんな雑用係はさらに怪しいと思えてくる。
 霧山は比較的部屋の出入り口に近い場所にいたので、蚊屋野はなるべく霧山に近づくように部屋の中を進んだ。霧山の怪しい行動をいくつか目撃してきた蚊屋野は近くから彼を観察することにしたようだ。「気付かれていないつもりかも知れないが、自分にはちゃんと解っている」と、蚊屋野はそんな事を思っていた。
 それからすぐに部屋の奥にある扉が開いて予言者様が入ってきた。予言者様は一段高いところに立っているのだが、今はここにいる全員が立っているので、あまり背の高くない予言者様の姿はあまり見えない。だが、頭から上の方に伸びている鳥の羽の飾りが予言者様の動きに合わせてユラユラしているのは見えた。
「悲しい事だ。そして恐ろしい事だ」
予言者様が話し始めた。
「これは重大な反逆行為だ。今日の予言を前にみなに集まってもらったのはそのためなのだ。霧山よ。みなに説明するのだ」
霧山という名前を聞いて蚊屋野は背筋に変な力が入った。なぜ彼が指名されるのか。もしかすると彼は予言者様にかなり近いところにいる人間ということなのだろうか。しかし、良く考えると昨日の出来事を一番良く知っているのは霧山なのだ。霧山が予言者様に報告したから、彼が説明をするということかも知れない。いずれにしても霧山から目を離すワケにはいかない気がする。
 霧山は昨日の出来事を集まった人々に説明し始めた。盛山さんが人質に取られたことや、蚊屋野と尾山と一緒に捕まって牢屋に入れられたことなど。もちろん、なぜか捕らえた衛兵を逃がしたり、河野君と暗闇の中で話し込んでいたことは話すワケがない。
 いったい霧山は何を企んでいるのか。蚊屋野は眉間にしわを寄せて深刻な顔をして聞いていたのだが、ふと視線を感じて辺りを見回した。すると鋭い視線をこちらに向けている花屋と目が合った。どうしてそんなに自分のことを見ているのか。蚊屋野はその視線にうろたえそうになりながらその意味を考えていた。
 力のこもったその視線が訴えているもの。それは花屋にとってはウインクの代わりにしている事だった。前に堂中に対してやったように、ウインクの苦手な花屋はそうやって相手を凝視することで自分の意志を伝えようとする。
 全ては計画どおりだから安心して。花屋の視線にはそういう意味が込められていた。
 しかし、その花屋の視線は疑念でいっぱいになっている蚊屋野の頭のフィルターを通すと違う意味になってしまう。チャンスは今しかない。この場で黒幕の陰謀を暴くのだ。そうしなければ自分達の目的が達成できないばかりか、命までも危うくなってしまう。
 そのとおりだ。このまま霧山のやることを黙って見ていたら、彼の思いどおりに事が進んでしまうに違いない。蚊屋野は一度霧山のほうへ意識を戻した。彼は昨晩起きたことの説明を終えたところだった。そして、最後に付け加えた。
「予言者様。ここで予言を。スレートを見てそこに書かれた予言をここのみなにお伝えください。我々のとるべき行動はその予言に記されているはずです」
霧山がそう言う理由は蚊屋野には推測できた。塔の床下で見付けた機械のことや、その機械を扱えると思われる河野君と話していたこと。その辺から霧山が予言の内容を操作しているとしか考えられないのだ。そして、予言者様の今日の予言とはなにか?きっとそこには自分達に不利な内容が書かれているに違いない。
 そう考えた時に蚊屋野の緊張が頂点に達した。予言者様が予言のスレートを見る前になんとかしなければ。チャンスは今しかない。
 蚊屋野は後ろから霧山の首に腕を巻き付けた。そして、もう片方の手でポケットから出したスタンガンを持って霧山の顔の近くに押しつけていた。
「みんな、騙されちゃダメだ。この人はウソを言ってる」
蚊屋野が興奮気味に言った。霧山はこの展開は全く予想できなかったようで、さすがに少し落ち着きを失った様子だった。
「これは、いったいどういうことですか」
「あなたが予言者様を裏で操っている事は解ってるんですよ。そしてボクらを殺そうとしていることも」
蚊屋野の言うことを聞いて周りにいる塔の住民達が動揺してざわついてきている。
「蚊屋野君。キミはなにか勘違いをしている…」
蚊屋野の腕が首に巻かれている霧山は苦しそうに言った。しかし蚊屋野は腕の力を緩めようとはしない。ここらで堂中か花屋か、あるいは平山さんのような人からも黒幕である霧山を非難する言葉が聞けるだろう。
 そんな事を思った蚊屋野が周りを見回したのだが、花屋も堂中も驚いて口が半分開いたままのような表情になっている。どういうことだろう?と思ってさらに辺りを見回していると、だんだん周囲からの視線が痛く感じられてくる。
「蚊屋野さん。その人は…。霧山さんは違います」
絞り出すような声で言ったのは平山さんだった。
 違うって、どういう事だろう?と蚊屋野は思った。黒幕が誰なのか解らないのなら違うかどうかも解らないはずだが。しかし、霧山が元から平山さん達の仲間だったとすると…。なんとなく嫌な予感がしてくる。
 そして、最後に蚊屋野の頭の中にケロ君の声が聞こえてきた。
「(おい。オマエ大丈夫か?オレは黒幕の姿は見てないけど声は聞いたって言ったよな?その声は、今オマエが捕まえた犯人だと思ってる人とは全く違う声だったぜ)」
ケロ君が言うのを聞いて蚊屋野はケロ君の方を見たのだが、ケロ君は少し悲しげにうつむいてしまった。
 これはマズい事になった。蚊屋野は霧山の首に回していた腕をゆっくり離した。これは勘違いだ。大いなる勘違いだ。最後の最後まで自分が正しいという希望は持ちたかったのだが、ケロ君の言ったことによって全てが間違っていたと気付いてしまった。
 こういう気まずい時間はいつまでも終わらないと思えるほどゆっくり流れる。霧山から手を離して、彼がこちらに振り返るまでのわずかな時間だが、何時間も周囲からの侮蔑の目を向けられているような気分だった。
「あの…。すいません」
蚊屋野に言えるのはこれが精一杯だった。そして持っていたスタンガンを霧山の方へ差し出した。持っていてはいけないものは先生に没収される。そういうことのようだ。
 霧山も良く状況が飲み込めていないような様子でもあった。蚊屋野からスタンガンを受け取ってからもちょっと戸惑っている様子だったが、それまで自分がしていた事を思い出して予言者様の方へ向き直った。
 ちょっとした混乱があったが、さっきの話の続きを始めようということのようだ。謁見の部屋に居たほぼ全員がまた予言者様の方を向いたのだが、花屋だけはむくれた様子で蚊屋野の方を見ていた。苦労して立てた計画が蚊屋野のせいで台無しにされるところだったので無理もない。
 蚊屋野は花屋に睨まれているのにも気付かずに下を向いて顔を赤くしていた。すると、彼の頭の向こうに上の方だけが見えている扉が開いたのに花屋が気付いた。誰が来たのか?と思って花屋は少し顔を横にずらして確認した。そこにいたのは初めて見る中年の男だった。この塔に来てまだ三日目でもあるし、初めて見る人がいてもおかしくはない。しかし彼の持っているものを見た花屋の顔は真っ青になった。
「蚊屋野君、危ない!」
花屋が叫ぶのを聞いて蚊屋野が顔を上げたが、その後ろからはさっきの男が包丁を持って蚊屋野に迫って来ていた。