Technólogia Vol. 1 - Pt. 60

Technologia

66. 留置所のイナバウワー

 良い事ばかりが一度に沢山起こる時もあれば、悪い事ばかりが起こる時もある。良い事が起きる時には、最初に起きた良いことの喜びに浸る間もなく次が起きてしまって、仕方ないのでその喜びに浸ろうとすると更に次が起きる、ということになる。それで全体的には嬉しさは半分以下ということになりかねない。だが、悪い事はどんなに短期間で起きても、それぞれの悪い事がそれに見合っただけのダメージを与えていく。この問題はどうにかならないものか?と思いたくなるのだが、そういう仕組みになっているのだと納得するしかない。
 牢屋の中の蚊屋野と堂中にとってもそれは同じ事だった。苦労して東京まで辿り着く直前に現れた羽江という独りよがりで迷惑な災いのおかげで、二人とも疲れ切っていた。始めはなんとかしてこの牢屋から逃げだそうと努力はしていたのだが、出来る事が何もないと解ると、会話も止まり、留置所には静寂が訪れた。
 ここは昔の世界でも警察署だった建物だが、看守がいないだけでなくて、建物の中にも誰もいないかのような静けさだった。力の抜けてしまった二人はいつの間にか牢屋の中で眠りに落ちていた。そして、しばらくの間は二人の寝息だけが建物の中に聞こえていた。
 このままでは二人とも深い眠りに落ちて、目覚めるのは明日なんてことにもなりそうなのだが、留置所の中の幽かな動きが辺りを満たしている静寂を破ろうとしていた。それは牢屋のある場所の近くにあるトイレから始まり、ロッカールームへ続き、さらにかつて警察官達が使っていたいくつもの部屋へと順に移動していった。やがて、その何かが動く気配とともに、チリチリと小さな金属の触れあうような音も聞こえてきた。
 そろそろ深い眠りに落ちようとしている蚊屋野達がこの気配に気付くことはなかったのだが、チリチリという音は二人の寝ている牢屋の方へと近づいて来た。
「(目覚めよ。目覚めるのじゃ、人間)」
蚊屋野だけが聞く事の出来る動物の声は、正確には音というワケではないので、聞く事が出来るというのは間違っていたりもするのだが、それがどういうものかに関わらず、それは寝ていても蚊屋野には聞こえるものだったようだ。
 耳元で語りかけられて蚊屋野はボンヤリとした意識のまま目を開けた。そして目の前にいた動物を見て慌てて飛び起きた。
「(すまないね。人間というのは私を間近で見ると驚くようになっているようじゃ)」
蚊屋野の顔の前にいたのはドブネズミだった。
「いや、こんな間近で見た事はなかったから…」
蚊屋野はネズミに謝られたのでそう言ったのだが、そんな説明は必要か?というとそうでもない気もした。
「(そうじゃな。じゃが助けを求めたのはそちらの方だぞ、人間)」
蚊屋野は一瞬、なんだっけ?と思ったのだが、さっきゴキブリに対して語りかけていたのをネズミも聞いていたという事に違いない。
「そうか、ここにいたのはゴキブリだけじゃなくてキミ達もいたのか」
「(そういうことじゃ。それにこの寒さじゃ、彼らは動きがとれんのじゃ。どっちにしろ我々の再興は君たちの手にかかっているのじゃ。それは遠い祖先の時代じゃったと聞く。タダの伝説に過ぎんというヤツもおるのじゃがな。暖かい住み家に、大量の食糧。我々もゴキブリ達も何不自由なく暮らせていたという時代。どこからともなく食糧が湧いてくるのは全て人間のおかげと言われておったのじゃ)」
「それは多分、伝説じゃなくて真実ですよ」
「(本当におぬしが、かつてあったといわれる世界を取り戻せるのじゃな?)」
「上手くいけばそうなるはずです。それにはまずここから出ないと」
「(上手くいけば、か…)」
ネズミは少し落胆したようにため息をついた。何事にも「絶対」なんてことはないし、失敗の可能性があるのは誰にも解っているので、こういう時には適当に答えておけば良いのだが、なぜか蚊屋野は余計な「上手くいけば」を付け加えてしまう。こういうのをバカ正直というのかも知れないが。
「(まあ、おぬしが成功しようが失敗しようが、コレまでより悪くなる事はないのじゃろう?)」
「そうだと思いますが」
蚊屋野が答えを曖昧にするのは、失敗した時の責任逃れのつもりかも知れない。ネズミに対してそんな事を気にするのも変なのだが、とにかくここでそれをやると信用を失うだけになっている感じもある。幸いにもネズミはもうその辺を気にしてはいないようだった。
「(せっかくここまで苦労して持って来たんじゃ)」
ネズミはそう言うと鉄格子の隙間から外に出て行った。今まで気付かなかったが、牢屋の外の床に鍵の沢山付いたリング状のキーホルダーが落ちていた。ネズミはそれをくわえると後ろ向きのままキーホルダーを引っ張りながら牢屋の中に戻ってきた。
「(わしももう二歳になろうというのにのう。老体にムチ打ったこの苦労が報われるんじゃろうな?)」
「ありがとうございます。出来る限りの事はやるつもりです」
蚊屋野は決して「任せてください」とか「約束します」とか、そんな感じの事は言わない。それはともかく、蚊屋野はキーホルダーに束ねられている大量の鍵を見て困っていた。
「これって、どれがここの鍵だろう?」
「(そんなこと、わしが知っとると思うのか?)」
ネズミはまたため息をついたようだった。
「(全部試してみれば良かろう。わしらからしてみれば人間達には充分時間があるからな。わしにはもう無駄にする時間はない。では達者でな。人間)」
蚊屋野が頼りないので機嫌が悪くなったのか。それとも、自分の役目が終わったのでただ帰っていっただけなのか。良く解らない去り際のネズミだったが、とにかく良い事は起きたに違いない。蚊屋野はまずこの牢屋の扉を開けることにした。
 キーホルダーには大量の鍵が付いていたのだが、良く見るとこの建物の中のあらゆるものの鍵がそこにあるようで、牢屋の鍵穴には絶対に合わないような鍵もいくつもあった。これなら楽勝だと思った蚊屋野は、牢屋の鍵っぽい大きさの鍵をいくつか選んで、それを一つずつ試していくことにした。
 予想どおり扉はすぐに開いた。こんなに上手く行って良いのか?と思ったりもしたが、蚊屋野は鍵の束を持っていると何でも出来るような気分になって、ニヤニヤしながらそれをポケットにしまった。
「マモル君、やったよ。早くここを出よう」
疲れ切っていた堂中は蚊屋野が鍵を開けるのにガチャガチャやっていても気付かずに眠っていたのだが、声を掛けられてやっと目を開けて起き上がった。しかし、牢屋の扉が開いているのを見ても、まだ夢の中にいるような半分閉じたままの目を牢屋の外に向けていた。
「なんで開いてるんすか?」
「イナバウワーが起きたんだよ!」
蚊屋野がこの世界の人達ともまた違った意味でイナバウワーと言うので堂中は更に状況を把握するのに時間がかかっていたのだが、良く考えたらそれはどうでも良い事かも知れないと気付いたようだ。牢屋の扉が開いている。今はその事だけが重要なのだ。
 やっとのことで現実世界に戻ってきた感じの堂中は立ち上がってから、両手で顔をゴシゴシ擦った。まだ目覚めていない体を強引に起こそうという感じだった。
「誰が開けてくれたんすか?」
「だから奇跡が起きたんだって」
蚊屋野が言っても堂中は信じている様子はない。
「とにかくここを出ましょう」
堂中がそう言ったところで急に何かに気付いて声をひそめた。
「まさか、ここに警官はいないっすよね?」
堂中に小声で聞かれると、蚊屋野も初めてそこに気付いた。あまりにも静かなので誰もいないと思っていたのだが、本当に誰もいないのかどうかは解らない。
 二人はしばらく黙って様子を窺っていた。シーン…としている。寝ようとしている時にこのシーン…という感じに気付いてしまうと、気になって眠れなくなるような、あの不気味な程の静けさである。
「大丈夫だと思うけど…」
「とにかく確かめてみるしかないっすね。荷物も取り返さないと」
二人は物音を立てないように牢屋を出て通路の先にある留置所の扉の方へ向かった。
 自分達以外の人がいるような気配があったらすぐに気づけるように周囲に神経を向けていた蚊屋野だったが、そうやっていると自分達の足音さえも異常に大きく聞こえるように思えてきた。大きさだけでなくて、通路の壁に反響した足音までも聞こえるようで、二人なのに四人分の足音が聞こえるような感覚があった。
 普段気づかないだけで、身の回りにはこんなにも色々な音がしているのかと、どうでも良い事を考え始めた蚊屋野は留置所の扉のところまでやって来たので、そのままノブに手をかけようとした。しかし、彼がそれをつかむより先にドアノブがグルッと回って、彼の手から遠ざかっていった。
 誰かが扉の向こうにいたのだ。さっきまで聞こえてていたのは壁に反響した足音ではなくて、本当に四人分の足音だったのかも知れない。周囲に注意を払っていても何の意味もなかったと気付いてしまったのだが、とにかく最悪の場所で人に出会う事になってしまった。ここからどんなに急いでもドアの外にいる誰かに見つからずに牢屋まで戻る事は出来ない。
 こうなったらこの世界における自分の特別な力を使おう、と蚊屋野は考えていた。外にいるのが警官だったりしたら、力尽くで牢屋に閉じ込めて逃げるしかない。蚊屋野が身構えていると扉が完全に開いて向こうにいる人の姿が明らかになった。
 思わぬところに人がいるのに気付いてビックリしていたのはディテクターさんだった。肝心な時に全く役に立たずに、さらにここでも蚊屋野達を邪魔しに来たのか。
「おぉっと、ちょっと待て…!」
蚊屋野がつかみかかってきそうなのでディテクターさんは慌てて両手を前に出して彼を止めた。
「さっきはガッカリさせちまったかも知れないがな。だが今はもっと偉いヤツの命令でオマエ達を助けにきたんだ」
ディテクターさんの言っている事は、ある意味ではまた蚊屋野をガッカリさせるような事でもあった。一匹狼とか自分で言っていたし、型破りでルールには従わないような雰囲気のディテクターさんだが、権力には弱いようだ。
 蚊屋野が脱力してダラッとしていると、ディテクターさんの後ろから、清潔感漂う二枚目の中年男性が姿を現した。
「どうしましたか?」
「ああ、こりゃどうも。鍵を探す必要はなかったようで」
ディテクターさんの態度からすると、この男が彼の言っていた「もっと偉いヤツ」ということのようだ。
「アッ、先生」
今度は蚊屋野の後ろで堂中の声がした。
「知ってる人?」
「そうっすけど。なんだ。だから出られたのか。奇跡とか、ビックリするじゃないっすか」
「いや、牢屋が開いたのは奇跡なんだけど…。まあいいか」
蚊屋野としてはもっと早くに堂中を起こすべきだったと思ったのだが、今更どうやって牢屋を開けたのかを説明するのも面倒だったので、その辺は諦める事にした。
「とにかく無事で良かったです。蚊屋野さんですね。私は中野賢人(ナカノケント)です」
「どうも」
蚊屋野は中野という男に差し出された手を握って「どうも」という万能の挨拶をした。相手がどんな人間だか解らない時には「どうも」と言っておけば気を許しているわけでもないけど、特別に警戒しているワケでもない感じが伝わるとか思っている蚊屋野だった。
 更に詳しく書くと、中野が良い人そうなので警戒していないが、気を許さないのは格好いいからだった。若者がどうやってもかなわないような、中年男性特有の格好良さがあるし、それに若い頃も相当に美形だったと思われる。しかも見た目だけじゃなくて頭も良さそうだし、完璧な感じがする。そういう人をみると自分がダメに思えてくるし、なんとなく悔しいので気を許すわけにはいかないという蚊屋野なりの理屈があったりする。
「実はスフィアの調査に関する計画を仕切っているのは私の父なんです」
蚊屋野がよそよそしい感じなので中野が更に説明を始めた。
「私は科学者というワケではないのですが、代議士のようなことをやっています」
「だから警察の方はもう心配いらないってワケさ。この先生がオマエ達が犯人じゃないって証明してくれるからな」
羽江に対して何も出来なかったディテクターさんが得意げなのはなんとなく気に入らないところもある蚊屋野だったが、実は彼らが警察に捕まったあとにいち早く中野のところへ報告に行ったのがディテクターさんなので、いちおう役には立っているということでもある。
「そういうことです。もう安心して大丈夫です」
そういうことなら、それで良い。そう思った蚊屋野はそのまま中野についていこうとしたのだが、ふと中野という苗字が花屋と一緒だなと思ってから、大事な事を思い出した。
「それよりも花屋は?」
花屋の事を思い出したら急に心配になったのか、蚊屋野は真っ青になっている。それを見て中野も少し驚いた様子だった。
「あの子なら多分…」
多分大丈夫という事なのだが、その前に異常事態が発生した。それまで話し声の他には物音がしなかった警察署内でガタガタいう音がどこからともなく聞こえて来たのだった。誰もいない建物の中だと障害物も少なくて物音が色んな場所に反響するので、それがどこから聞こえて来るのか判別するのが難しい。
 それは人なのか、それ以外の何かが動いている音なのかは解らないが、羽江の手先が来て何かをしているという事も考えられる。いったいどこで何が起きているのかと、蚊屋野達はそれぞれが音の出所を探そうと辺りを見回していた。そして、なんとなく全員の注意が天井に向けられた。音は同じ場所から聞こえていたのではなくて、移動しながらあちこちから聞こえて来ていたようだ。天井裏を何か大きな生き物が這っているような、そんな音がしていた。そして全員の目線が天井の一カ所に集中した。
「お化けネズミでもいるのか?」
ディテクターさんが言いながら彼のモデルガンを取り出した。ネズミと言ったせいで蚊屋野はさっき鍵を持って来てくれた老ネズミを思い出していた。もしも巨大なネズミだとしてもBB弾で撃ったりしたら可哀想だとも思っていた。
 蚊屋野はまたどうでも良い事を考え始めていたのだが、今は警戒しないといけない時である。幸いにも音がしているのは出口とは反対の方なので、ディテクターさんが一番後ろに立って、彼らはゆっくりと出口の方へと向かっていった。
 だが彼らが出口に辿り着く前に天井裏の何かは行動を始めたようだった。バリッという音がしたかと思うと、タイル状になっている天井の板が一枚剥がされた。タイルといっても大きめのものなので、人が一人楽に通れる大きさの穴が天井に開いている。その向こうは黒い空間で廊下からでは何があるのか見る事が出来ない。
 何が起きるのかと蚊屋野達はその穴を見守っていた。それと同時になにか危険な事が起きればすぐに逃げ出せるように先頭にいた中野は扉に手をかけたままだった。今すぐに逃げ出しても良いのだが、何から逃げているのか解らなければどのように逃げれば良いのかも解らない。まずは天井裏に何があるのかは確かめてからという事のようだ。
 天井に開いた穴を見つめていると、そこから黒い影が落ちてきたように見えた。実際には陰ではなくて黒い服を着た人間だった。まるで忍者のように音も立てずに着地した。だが出口の方に背中を向けて下りてきたので蚊屋野達がいるのには気付いていない。
 その人物はまだ振り返らずに留置所の牢屋の方を覗き込んでいた。そして、首をかしげてから振り返ってやっと蚊屋野達に気付いた。解りやすく驚いて肩をビクッとさせた侵入者が誰なのか。ここにいた全員が大体気付いていた。
 特徴的な長い髪は頭の後ろで縛ってあるので、ぱっと見では解らないが、ゴーグルとマスクを外すとそれはやはり花屋だった。
「あっ、叔父さん!?」
なんだかズッコケてしまいそうな気の抜けた声で花屋が言った。叔父さんと呼ばれたのは中野だった。ということは、やっぱり花屋と中野賢人は親戚ということのようだ。
「なんだ。せっかく助けに来たのに」
「いたのがオレ達で良かったな。あんなにガタガタやってたんじゃ救出作戦失敗だぜ」
ディテクターさんに言われると花屋はちょっとすねたような顔をしていたが、確かにそんな感じもあったので何も言い返せなかった。
 最終的には緊張感がまったくない感じになってしまったのだが、蚊屋野と堂中は助け出された事になった。中でも一番気が抜けてしまったのは蚊屋野だった。
 老ネズミに助けてもらうまでもなくディテクターさんが中野を連れてやって来たし、それがなかったとしても花屋が助けに来てくれた。ということは、蚊屋野が特殊能力を使って起こしたあの奇跡はいったい何の意味があったのか?
 ここから逃げ出せたのは蚊屋野の活躍のおかげとなるはずが、それに気付く人もいなかったりする。それにポケットに入っている鍵の束のことはどう説明すれば良いのか。だがそれも隠しているワケにはいかなくなってくる。
「今すぐに出たいんですが。実はみなさんの荷物を保管してある部屋の鍵が見つからないのです」
中野が言っている鍵というのは蚊屋野の持っているあのキーホルダーの中にあるに違いない。みんなでそれを探している間に偶然見付けたフリをするという作戦も考えられたのだが、そんなことも面倒になって来た。
「あの…。これですかね」
蚊屋野はポケットからキーホルダーを取り出した。
「ああ、それだ。だがなんでアンタが持ってるんだ?」
ディテクターさんが、蚊屋野と最初に会った時に見せたような表情で言った。殺人犯を捜していると言っていた時の疑り深いあの顔だった。
「だから、あの。奇跡が起きたんですよ」
そんな事を言っても誰も信じるはずはないのだが蚊屋野は言うだけ言ってみた。どう反応すれば良いのか解らない様子で、誰も何も言えなかった。
「まあ、アンタが悪人じゃないってことは知ってるさ」
更に言うと、蚊屋野には誰にも気付かれずにキーホルダーをすり取れるような器用さがないことも知っている、ということなのだが。そうなると、それは奇跡が起きたと考えても良いのではないか?ということでもあるが、それは屁理屈に近い。
 あまりグズグズもしていられないので全員が強引に納得して、蚊屋野と堂中の荷物を取りに向かった。荷物の中身が無事だということを確認すると外で待っていたケロ君とも合流して、最終目的地である研究所の科学者の元へと向かうことにした。しかし、その前にこの警察署に警察の使っているコンピュータがあると聞いた堂中が、確認したいことがあると言ってディテクターさんと一緒にコンピュータのところへ向かったので、二人はあとから遅れてくることになった。
 こんな感じで良いのか?と蚊屋野は少し思っていた。もう東京の中心部には辿り着いているのだし、研究所もここからすぐということだ。ということは、これはすでにゴールしているも同然なのだが。全員そろってないし、最後のピンチも誰が活躍したワケでもなく蚊屋野と堂中は牢屋から出ることが出来てしまった。
 やっとの事でゴールに辿り着いて、喜びのあまり三人で抱き合ったりする、そんな感動的な最後があると思っていたのだが、何事も理想どおりにはならないという事のようだ。
 しかし、蚊屋野にはまだ最後の仕事が残っているのだ。感動的な場面はその時にとっておけば良い。その時にはきっと自分がヒーローになったような気分を味わえるに違いない。と、そう蚊屋野は考えながら歩いていた。