「サマータイム(第一話)・C'est la Vie」

06.

 スケアリーは遺体にかぶせられたシートをさらにめくっていった。腹部には内臓を取り出すために空けられた大きな穴があった。内臓をくり抜かれたその穴の中にはまだ固まりきっていない血が溜まっていた。スケアリーはこれだけ悲惨な状態の遺体を前にしても冷静である。見方によっては、彼女はその様子を楽しんでいるようにさえ見える。

「モオルダア。これはどうやら肉食動物の仕業じゃなさそうですわ」

「そのようだね。それから以前のミイラ事件とも違うものだね」

モオルダアは何とか平常心を取り戻してはいたが、死体の方には背を向けている。もちろん死体が怖いから、なんて思われては優秀な捜査官のプライドに関わるので、死体に背を向けていても周囲の様子を調べているようなふりをしている。ただし、死体を怖がっているということはもうバレています。

「スケアリー。どうやらボクらがやってくるまでもなかったようだね。きっと犯人はすぐに捕まるよ」

「あら、どうしてそんなことをおっしゃるんですの?少なくともこの遺体の状態はとってもエキサイティングですわ。それに事件の捜査のために何日間かこの辺りに泊まっていかないと温泉にも入れませんわ」

スケアリーは温泉目当てなので、どうしてもこの事件を捜査したいらしい。

「仕方ないよ。文句があるなら犯人に言ってくれよ。でもおかしいなあ。だいたいこういう殺人をやらかす人間は繊細で綿密な計画を立てるはずなんだけどな」

モオルダアはこう言いながら辺りをうろつき始めた。もちろん死体が目に入らないように。

「きっと犯人は全く計画を立てなかったか、計画が欠点だらけだったということだな。この地面についた跡は遺体を引きずってきた跡だな。こんな跡は残すべきじゃないけど、きっと犯人は死体を持ち上げるのが生きている人間を持ち上げるよりも困難だということを知らなかったんだろうねえ。まあ、この斜面を引きずってきたんだから、けっこうな体力はあったんだろうね。それから、この引きずった跡に血は付いていないから、死因は絞殺か何かだね。それからここで犯人は内蔵を取り出した。きっと切れないナイフかなんかを使ったんだろうね。遺体がグタグタになってるのはそのためだよ。きっと、犯人は血液も抜き取ろうとしたはずだよ。でも途中で諦めたのか、或いは自分のしていることが恐ろしくなったのか、途中でやめたみたいだ。猟奇殺人鬼としての才能には恵まれていない犯人ってことだね」

何を根拠にしているのか解らないが、モオルダアがもっともらしいことを言っている。彼の言うことを聞いて、スケアリーがもう一度遺体を見てみると、彼女はあることに気付いた。

「モオルダア。これを見て」

モオルダアは怖いから見ない。遺体の手首には刃物で切った跡がある。

「これで血が抜けると思ったのかしら。死んだ人間の手首を切ったって血が出てくるはずありませんのに。そんなことも知らずに殺人だなんて、身の程知らずな犯人ですわ。なんだかあなたの言うことがあっているような気がしてきましたわ」

「そうだろ。きっとこの辺りを探せば色々な物証が出てくるはずだよ」

そういって、モオルダアは犯人がここで使った刃物や抜き取った内臓などを捨てにいきそうなところを探してゆっくりと首を右から左へと回していく。

「たとえば、あの下草が茂っているところの向こうとか」

モオルダアが人の背丈ほどの草が密生している辺りを指したと同時に、その草がざわざわと揺れ始めた。モオルダアはびっくりして差した指を引っ込めた。引っ込めてもざわざわは止まらない。何があるのだろうか?モオルダアとスケアリーは目を合わせてから、黙ってざわざわに近づいていく。彼らが近づくにつれて、ざわざわも大きくなっていった。二人は一度立ち止まってその様子を見ていた。

「ちょいとモオルダア・・・」

二人には茂みの奥から何かが近づいてきているのが解った。スケアリーは腰の銃に手を当てて構えている。モオルダアは怖くて自慢のモデルガンを取り出すことさえ忘れている。

 茂みの奥からは草を踏みつける足音が聞こえてきた。その足音が大きくなると同時に茂みの揺れも大きくなる。そして足音が彼らの目の前まで近づくと、ガバッと茂みが左右に分かれてその間から人が飛び出てきた。

「ふーっ。暑い暑い」

それはセラビ刑事の命令で付近を捜索していた警官だった。モオルダアは驚いて危うく失神するところだった。

「刑事!ありやしたぜ。血の付いた包丁が。ほら、指紋もバッチリ付いていまさあ!」

なぜか盗賊みたいな喋り方。とりあえずモオルダアの説が正しかったようだ。モオルダアはスケアリーの方を見て得意げである。

「キミ。内蔵はなかったか?」

「誰ですかい?あんたは。ああ、エフ・ビー・エルのお方ですな。ありやしたよ。でもねえ、虫がたかっちゃってて、ひどい有様でしたよ。早く片付けねえと全部食われちまいやすよ」

いったいこの警官は何なんだ?

07.

 セラビ刑事が変な警官と話しているモオルダアとスケアリーの方へ近づいてきた。それに気付いたモオルダアが先にセラビ刑事に話しかけた。

「刑事さん。もうほとんど事件は解決みたいですよ。せっかくここまで来たのにボクらの出る幕はないみたいだ」

「そうかもしれないな」

セラビ刑事は穏やかに返した。さっきまでのように二人を邪魔者扱いした感じはなくなっている。

「キミはどうしてこの事件の犯人がこれまでのミイラ事件の犯人と違うと思うのかね?」

セラビ刑事はこれまでのモオルダアとスケアリーのやりとりをずっと見ていて、モオルダアがこの現場の状況に関して自分と同じような考えを持っていることを知ったのだ。セラビ刑事はモオルダアに多少の興味を持ったに違いない。ただし、モオルダアの推理に根拠などありません。モオルダアはあの血まみれのおぞましい遺体を見てしまってから、この恐ろしい事件からは一刻も早く手を引きたいと思っていたのである。そこで自分たちが事件を担当する必要がなくなって欲しい一心で「こうあって欲しい」ということを口にしていっただけなのである。しかし、それがほとんど現実となってしまってモオルダアも内心では驚いている。これも少女的第六感がなせる業なのだろうか。

「まあ、ボクは優秀な捜査官ですしねえ。この現場を見た時からおかしなことにはすぐに気付きましたよ」

モオルダアが適当な嘘をセラビ刑事に返した。

「それじゃあ、あとは警察にお任せしてボクらはこのへんで失礼しますよ」

モオルダアは早く帰りたくて仕方がない。

「ちょっと待っちたまえ」

立ち去ろうとするモオルダアをセラビ刑事が呼び止める。

「もし、この事件の犯人がこれまでの事件の犯人と違う人物だとしたら、この先また別のミイラ事件が起こるとは思わないかね。いや、私の考えでは必ず起こるはずだ。しかもこの数日中にね。新しい被害者を出さないために、私と一緒に犯人を探してくれないかな」

 モオルダアはあまり乗り気ではない。ドロドロ死体のせいでかなり弱気になっている。それを見ていたスケアリーが横から口を挟んだ。

「あら、いい考えじゃございませんこと?出来れば一週間ほど滞在できればあたくしはかなり癒されると思いますわよ」

癒される?ああ、温泉のことですね。彼女は温泉が目当てなのでした。セラビ刑事はスケアリーの言っている意味が良く解らなかったがとにかく協力してもらえそうなので一安心のようだ。

 コビテ刑事は遠くから彼らの様子をじっと見つめていた。なんだか彼は怪しい感じ。

08. 宿屋

 モオルダアとスケアリーはセラビ刑事に紹介された「宿屋」という旅館にやって来た。正式名称は「温泉旅館・宿屋」という。旅館で宿屋とは妙な名前だが、どうやら宿屋というのはこの旅館の経営者の名字らしい。二人が旅館の入り口から入ると奥から若い娘が飛び跳ねるようにして出てきた。

「ようこそおいでくださいました。エフ・ビー・エル御一行様でございますね。私はこの旅館の若女将であると同時におてんばな女子高生でもある宿屋亜依(ヤドヤ・アイ)ともうします。よろしくね!キラッ」

キラッっと言ったわけではないが、この娘はキラキラした若さを振りまいている。モオルダアはこんなのが嫌いではないので思わずニヤニヤしてしまう。しかし、スケアリーを見ると彼女は握りしめた拳をプルプルと震わせているので、慌ててゆるんでしまった顔面に力を入れた。

「すぐにお部屋の用意が出来ますから、しばらくお待ちくださいね」

そういうと若女将は奥へと消えていった。

「ねえモオルダア。この旅館はやめにしてほかにいたしせんか」

スケアリーはこの旅館が気に入らない。彼女は今出てきた若女将であると同時におてんばな女子高生でもある娘の若さに嫉妬しているのである。過ぎてしまった時間は誰にも取り戻すことは出来ない。

「せっかくセラビ刑事が紹介してくれたんだから、ほかの旅館に変えたりしたら失礼じゃないか。あの人始めはなんかイヤな感じがしたけど、こんな旅館まで手配してくれて、結構いい人かも知れないよ」

モオルダアの言うことはもっともなので、スケアリーは諦めることにした。

 しばらくすると、こんどは女将が奥から奥から出てきた。すっ、すっ、と上品な歩き方で二人の方へ近づいてくる。

「私はこの旅館の女将であると同時に魅力的な大人の女でもある宿屋瞳(ヤドヤ・ヒトミ)でございます。先ほどは娘が失礼しました。あの子は刑事ドラマなんかが好きなもので、お客様のような方が泊まりにいらっしゃると、勝手に出てきてしまうんですよ。普段は旅館の仕事なんか少しもしたことないのに。ホントに困った子ですこと。オホホホホ。さあ、お部屋の用意が出来ましたのでどうぞこちらへ」

オホホホだって。何ともお上品でございます。

 二人は女将の後について奥へと入っていった。このヤドヤ親子の名前を聞いて、モオルダアは部屋に向かう間ずっとある疑問を抱いていた。私も気になっています。そしてなんだかイヤな予感が。モオルダアが前を歩く女将に聞いた。

「あのすいませんが、ご主人の名前を教えてもらえないでしょうか?」

「主人ですか?いいですけど。主人の名前は宿屋眼陀真(ヤドヤ・メダマ)と申します」

やっぱりそう来たか!

09. 警察署・署長室

 署長とコビテ刑事が向き合って座っている。署長はかなり高齢のようで薄ら笑いを浮かべながらゆっくりとコビテ刑事に話しかけた。

「どうだねコビテ君。事件の方は」

「はい署長。全て順調にいっています」

「うん、うん、それはよかった。それで、あのエフ・ビー・エルはどうだね」

「はい署長。予定どおり捜査に協力することになりました」

「うん、うん、それはよかった。うん、うん。それじゃあ、次の計画に移らなくてはいけないねえ、コビテ君」

「はい署長。もうすでに準備は出来ています。でも署長。あのエフ・ビー・エルですが意外と手強そうですよ」

「なに、心配いらないよ。彼らならきっとやってくれるさ。うん、うん。キミはよけいな心配はしないで私の言うとおりにやればいいのだよ。うん、うん。ところで今そのエフ・ビー・エルはどこにいるのかね」

「はい署長。予想どおり宿屋に」

「うん、うん、それはよかった。それじゃあ、予定どおり頼んだよ。うん、うん」

「はい署長。でもどうしてこんなことをするんですか?」

「うん、うん。よけいな詮索はせんでもよい。キミも早く権力の座に着きたいんだろ?うん、うん。だったらな、今は言われたとおり動いておればいいのだ。うん、うん、うん」

「はい署長、それでは失礼いたします」

 怪しいです。この二人の会話も、署長の喋り方も、いろいろ怪しい。

10. 宿屋・モオルダアの泊まっている部屋

 部屋に通されたモオルダアはポケットから例のボイスレコーダーを取り出して、録音ボタンを押した。スケアリーは別の部屋にいるから今度は思う存分話せる。

「ダイアン。この事件はボクが思っていたよりも難解なようだ。セラビという刑事が言うにはこれから、本物のミイラ殺人事件が起きると言うことだが、本当だろうか。もしそうなら、もう一度これまでの事件についてよく調べなくてはいけないが、それはこれからセラビ刑事と会う予定だからそこでいろいろ調べられるだろう。それにしてもあの刑事は始めあんなにボクらを追い出したがっていたのに、どうして急に協力を求めてきたのだろう。もしかして気分によって態度ががらりと変わる『お天気デカ』だったらちょっとイヤだなあ。そんなことよりも、不可解なのは今日の事件だ。いったいあのお粗末な殺人事件は誰の仕業だろう。まあ、それは今日発見された証拠品よって明らかにされると思うけど。どういう動機であんなことをしたのだろうか。ただの出来心による模倣犯『軽い気分 de コピーキャット』なのだろうか。しかし、少しも模倣できていない。これはちょっと気になるところだ。それにしても、あの死体は怖かった。今でも目をつぶると、あの血だらけの顔が思い出されるよ。だからさっきからずっとまばたきはしていないんだ。ボクは優秀な捜査官だからまばたきぐらいしなくても大丈夫なんだ」

ここで、モオルダアはボイスレコーダーを机の上に置いてから窓を開けて外を眺めた。窓の外には崖の斜面が見えている。崖の上にある旅館だったら眺めもよかっただろうけど、崖の下にあっては窓から見えるのはごつごつした岩ばかり。特に何も見るものがないのでモオルダアは窓を閉めた。それからおもむろに机の上のボイスレコーダーを手に取るとまた録音を始めた。

「ダイアン。一つ言い忘れたよ。明日の朝食には目玉焼きが出てくるような気がしてならないんだ」

何のことだか、まったく。