「サマータイム(第一話)・C'est la Vie」

11. 警察署

 モオルダアがセラビ刑事を捜して警察署の廊下をうろうろしていると後ろから呼び止められた。

「おい、エフ・ビー・エル。こっちだ。こっち」

見るとモオルダアが一度前を通り過ぎた部屋からセラビ刑事が顔を出して手を振っている。

「エフ・ビー・エルって呼ぶのやめてくれませんか」

言いながらモオルダアが部屋へ入ってくる。部屋にはセラビ刑事がこれまでに集めたミイラ事件の資料が大量に積まれてあった。

「どうも最近人の名前が覚えられなくてね。思い出すまではエフ・ビー・エルでいいだろ」

「モオルダアですよ。でも、ボクの名前は話の途中で変えられちゃったりするから、覚えても無駄かも知れませんがねえ」

モオルダアは前回の話の途中で突然名前を変えられたことを根に持っているようだ。でもまあ許してくださいよ。

「なんだか良く解らないが、モオルダア君か。何とか忘れないようにはがんばってみるがね」

「それよりも、これがミイラ死体の捜査ファイルですか?凄い量ですねえ。エフ・ビー・エルにあった資料とは雲泥の差だ」

「そりゃそうだ。これは私のライフワークみたいなもんだからな。三十年以上もこの事件を追ってるんだ」

セラビ刑事はモオルダアが生まれた頃か、或いはそれ以前からずっと謎のミイラ事件を捜査している。モオルダアは何とも言えない畏敬のようなものを彼に感じていた。

「それで、セラビ刑事の考えはどうなんですか。あなたはさっきこの先にミイラ事件が起きると言ってましたよねえ。それは前の事件が起きて今年が7年目だと言うことと関係があるんですか」

「なんだ、キミもそれには気付いていたのか」

「まあ、一応ペケファイルの資料で調べていますから。ペケファイルには変な事件がいっぱいなんですよ。でもそれ以外にこれから事件が起きるということの根拠はあるんですか。それに、この事件が殺人だという根拠は。殺人だとすれば、少なくと犯人は一人ではありませんね。カルト教壇か黒魔術とかでしょうねえ、血と内臓を抜くなんてのは。でも、まあそれだけ資料があればきっと目星はついてるんでしょうけど」

セラビ警部がムッとした目つきになった。

「それがないんだよ」

「ないって、それじゃあその資料の山は何の役にも立たないってこと?」

「なに言ってるんだ。それでもキミは優秀な捜査官なのか?この資料の山が我々に教えてくれる事実。それは犯人を捕まえるのが容易ではないということだよ」

「はあ、そのようですねえ」

モオルダアはセラビ刑事の言っていることがよく理解できていなかった。

「事件は7年おきに起こるということ。被害者は全て若い女性だと言うこと。遺体の発見は今日の遺体発見現場のある地域に集中していると言うこと。それはこれだけ大量の資料がなくても解る共通点ってことだな。それではこの大量の捜査ファイルが語っている事実とはだね、つまりこれらの事件で共通点がそれしかないということなんだよ」

モオルダアは唖然としている。それではまるでこの事件が殺人事件ではなくて、警察が発表したように事故死や病死だったということを証明するための捜査を長年続けていたようなものだ。それでも、セラビ刑事は殺人事件として今でも捜査を続けているのだ。どうしてだかは良く解らないが、きっと何かそう確信するところがあるのかも知れない。もしかしてそれはモオルダアみたいな「少女的第六感」なのでしょうか?

 モオルダアが黙ってセラビ刑事を見つめているとセラビ刑事が先を続けた。

「それでも気になるところは沢山あるんだ。これらの事件の遺体は発見されるまでにかなり日にちが経ってる。大抵の被害者はまず行方不明になって家族や知人から捜査願いが出されてたんだが、いくら捜索しても見つからなかったんだ。それもそのはずで、遺体が見つかった場所は被害者とは何の関係もない場所だったんだ。私はこのことをずっと気にしていたんだが、七年前はそれが役に立ったんだ。例の行方不明から二日で発見された件だ。私は捜索願が出されると、半信半疑だがあの現場付近へ行ってみるとやっぱりあったんだよ。ミイラが。家族の話では友人の家に行くのにそんなところを通るはずがないし、被害者は今まで一度もあの辺りに行ったことはないと言うんだ」

モオルダアは神妙な面もちでセラビ刑事の話を聞いていた。

「ふうん、確かに興味深いですねえ。現場には足跡も何もなかったんですか?それから付近に車を止めた後とかは?」

「なかった。キミが気付きそうなことは全部調べてみたよ」

「そうかあ」

モオルダアが大きく息をついた。

「それじゃあ、どうすればいいんだろう。試しにその現場一帯に警備をつけてみたら?」

セラビ刑事はモオルダアの案をきいて軽くほほえんだ。

「そんなことしても、犯行が延期されるだけだよ。それに起こるかどうか解らない犯罪のために警官を手配するほど警察は暇じゃないんだぜ。なんならキミが警備をしてみるか?」

「いやあ、それはちょっと遠慮しておきますよ」

モオルダアもヘヘッっと笑って見せた。そこへ警官が一人やって来た。警官はドアのところに立ってセラビ刑事を呼んだ。

「刑事、あのグタグタ遺体事件のことなんですけど」

「なんだ、そのことか。それならコビテに任せてあるって言ったろうが」

「いやあ、それがコビテ刑事がどうしてもセラビ刑事の力を借りたいとおっしゃるもので」

「まったく仕方がないなあ。一人じゃ何にも出来ないのか、あの男は」

セラビ刑事は立ち上がっから、モオルダアの方に向き直った。

「エフ・ビー・エルさん、ちょっと失礼するよ。さっきの犯人が解ったのかも知れない」

颯爽と部屋を出ていくセラビ刑事をモオルダアが後ろから呼び止めた。

「セラビさん。犯人は人間以外だということは考えたことはありませんか?あの地域だけで起こる自然現象とか、或いは我々がまだ出会ったことのない生命体とか」

セラビ刑事は一瞬驚いたようにして振り返った。それから大声で笑った。

「キミ、面白いことを言うねえ。アッハッハ。さすがは噂どおりの『優秀な捜査官』だ。残念だがね、この辺にUFOがやって来たことはないよ。アッハッハ。それじゃあまた後でな、エフ・ビー・エルさん」

モオルダアは本気で言ったのに、セラビ刑事は冗談だと思っている。それにしてもセラビ刑事は全くモオルダアの名前を覚えようとしない。

12. 宿屋

 モオルダアが自分の部屋へ向かって廊下を歩いていると、向こうからお風呂セットをもったスケアリーが歩いてくる。

「あれスケアリー。何やってるんだ?検死解剖に立ち会うんじゃなかったのか?」

「それが、ひどいんですのよ。あたくしが病院へ行ったらあたくし達が今調査しているミイラ事件とこのグタグタ遺体事件は別のものだから、あたくしは立ち会ってはいけない、なんておっしゃるのよ」

「おっしゃるって、誰が?」

「コビテとか言う若い刑事ですのよ。でもあたくしが立ち会うぐらいはいいじゃありませんかって言ったら、署長からの命令で関係者以外はダメだなんておっしゃるのよ。それであたくし腹が立ったものですから、署長のところに異議を申し立てに言ったら、署長さんて、なんだかとってもいやらしい目つきで、うん、うんって言ってばかりで、あたくし気味が悪いからそのまま帰ってきてしまいましたわ」

「へえ、それはどうにも怪しい話だねえ。何か隠したいことでもあるのかなあ。でもあのグタグタ遺体事件はもうすぐ解決しそうだったぜ。今頃はセラビ刑事が犯人を捕まえてるかも知れないなあ」

「あら、そうですの。それで、ミイラの方はどうなったんですの?」

「そうそう、そのことでキミに聞きたいことがあったんだけど。ある特定の地域だけで人間がミイラになるような気象状況が発生することはあり得るかな。たとえば今日の事件現場の辺りで」

「あり得ませんわ」

「そうか、そうだよねえ」

モオルダアは始めから自信がなかったが、簡単に返されてさらに自信がなくなってしまった。やっぱり宇宙人の仕業かなあ。でもモオルダアはそれは口に出さないようにした。また簡単に否定されてしまいそうだったから。

「あらゆる方面から時間をかけてゆっくり捜査すべきだと思いますわ。そうすればあたくしも沢山温泉に入れますし。それじゃあ、あたくしは失礼いたしますわ」

スケアリーはすたすたと大浴場の方へ歩いていってしまった。

 モオルダアは自分の部屋に入るとしばらくぼーっと立ったまま何かを考えていた。不可解なことだらけで、何も考えがまとまらない。いつものように宇宙人の仕業にすればこんな不可解な事件でも彼の想像は際限なくふくらんでいき、今のように考え込むこともなかったのだが。いくら考えても解決の糸口はどこにも見あたらない。考えても答えが出ないなら、考えても意味がないや。と思ったのかは知りませんがモオルダアは考えるのをやめて畳の上に横になろうとしていた。

 その時、誰かがモオルダアの部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「お茶をお持ちしました」

ドアの外で声がする。

「どうぞ」

とモオルダアが返事をすると、ドアが開いて若女将であると同時におてんばな女子高生でもあるヤドヤ・アイが入ってきた。彼女はニコニコしながら手に持っていた缶入りのお茶をトンと机の上に置いた。

 モオルダアはこの自販機でも買える缶入りのお茶を見て何とも言えない感じがしたが、この旅館ではこれがふつうなんだろうと思って納得することにした。モオルダアは缶のフタを開けてお茶を飲んだ。若女将はモオルダアがお茶を飲む様子をジロジロ見ている。いったいなんだというのだろうか。モオルダアはこんな風に見られているとゆっくりお茶を飲むことが出来ない。しかし、モオルダアには少し気になることがあった。こういう光景はどこかで見たことがある。女将がいて隣で料理を食べる客がいる。そうか、これは旅番組だ!ということはモオルダアもここでお茶を一口飲んだら何かコメントを言わなくてはいけないのだろうか。しかし、自販機で売ってるお茶を飲んでどんなコメントをすればいいというのだ?

「あー、旨い!ん〜、旨い!」

旨いを連発するのはダメなコメントだ。

13.

「おいしいですか。私のお小遣いで買ったんですよ。手ぶらで遊びに来るのもよくないと思って。でもそんなに喜んでもらえて感激!」

「なんだ、キミは仕事でお茶を持ってきたんじゃなくて、ここに遊びに来たのか。キミはいつでも客おところに遊びに来るのか?」

「それはどんなお客様かによってです。こんな温泉旅館に来るのはくたびれた人ばかりですから」

「ああ、そうか。キミは刑事ドラマが好きなんだってねえ。でもボクはエフ・ビー・エルだから警察とは違うんだよ」

「警察じゃなくてもいいんです。私はこんな旅館で歳をとっていくのまっぴらだと思ってるの。だから私は高校を出たら優秀な女スパイになるの。そしてどこかの優秀な捜査官と暑い恋に落ちるの。きゃ、恥ずかしい」

そう言っておてんばな女子高生はモオルダアの眼を見つめた。こんな風に無邪気な眼で見つめられると、なんだか嬉しくなってしまう。しかし、モオルダアは優秀な捜査官。こんなところで女子高生と妙な関係を持ったりはしてはいけないのだ。

「だったら、こんなところで油を売ってないでもっと勉強しなさいよ」

「もー、いじわるねえ。これでも私、いろんなこと知ってるんだから。警察の捜査のことなんかセラビ刑事に沢山教わったんですよ」

ここでセラビ刑事が出てくるとは意外でした。思えばこの旅館を紹介してくれたのもセラビ刑事。ここの家族と知り合いでもおかしくはありません。

「キミ、セラビ刑事と知り合いなのか。それは驚きだなあ。セラビ刑事もこんな風にキミに部屋に入ってこられて迷惑な思いをしたんだろうねえ」

「またあ、少しも迷惑だなんて思ってないくせに。セラビ刑事は私が生まれる前からこの旅館の常連なんですよ。だから私にとっては親戚みたいな感じなんです。あなたも今セラビ刑事と一緒に捜査をしてるんでしょ。あの人ちょっと変わってるから時々警察の方からも相手にされないこともあんだって」

「そりゃあ、そうだろうねえ。三十年もミイラ事件を捜査し続けてたら、周囲からは変な目で見られもするよ。でもボクはあそこまで捜査に情熱を燃やせる人は尊敬に値すると思うけどね」

「その情熱だけど、ちょっと面白い話があるんですよ。聞きたい?」

おてんばな女子高生は噂好きのおばさんみたいになってきた。どうせつまらない噂だとは思ったが、モオルダアもちょっと聞いてみたいので、うんとうなずいた。

「これは人に言っちゃダメって言われてるけど、特別に教えてあげる。セラビ刑事ねえ、あんまり捜査に夢中になってたから、自分の結婚式すっぽかしちゃったんだって。花嫁さんはかわいそうよねえ。ウェディングドレスを着て待っていても相手はミイラ事件の捜査中なんて。ホントにひどい話よね。それで、今ままでずっと独身なの。これ絶対に内緒だからね」

やっぱりそんなに面白くなかった。でも本当ならモオルダアに劣らぬ変わり者だ。モオルダアは自分もそんなことにならないように気をつけようなどと、どうでもいいことを考えていた。すると部屋のドアが開いた。二人が振り返ると女将が立っていた。

「こらっ、あなたこんなところで遊んでたらお客様に迷惑じゃないの」

女将が若女将を叱りつけた。

「お客様にお茶をお運びしたところです。遊んでたんじゃないもん」

若女将はぷりぷりしながら部屋を出ていった。

「本当に申し訳ございません。あの子、何か失礼なことなどいたしませんでしたか?本当にしつけが行き届いておりませんで、申し訳ございません」

「いやいや、大丈夫ですよ。とくにすることもありませんでしたし。ところで何か用でしたか」

「あっ、そうでした。これが届いておりましたからお持ちしました。本当にすいませんでした」

女将はモオルダアに封筒を手渡した。宛名は「エフ・ビー・エル御一行様」となっている。差出人は書かれていない。

「これは誰が持ってきたの?」

「先ほど旅館の入り口に置かれていました。もう少し早く気付いたらきっと届けてくれた方も誰だか解ったんでしょうけど。本当に申し訳ございません」

この女将はさっきから謝ってばかりだ。これだけ平謝りされるとなんだかモオルダアの調子も狂ってきそうだ。

「いやいや、大丈夫ですよ。中を見ればきっと差出人も解るでしょうから」

「そうでございますね。本当にすいませんでした」

女将は謝りながらドアを閉じかけたが、とちゅうで思い出したようにドアを元のところまで開けた。

「お客様はあの子に失礼なことをしてないでしょうね?」

そう言ってギロリとモオルダアを睨んだ。モオルダアはドキッとした。

「してませんよ、何にも。しようと思ってもいないんだから。ホントに。ボクは優秀な捜査官なんですから」

妙に取り乱しているところが何とも怪しい。モオルダアはいつでもスケベなことを考えているから、そんな質問をされるとなんとなく慌ててしまうのだ。

「そうですか、それでは失礼いたします」

「何にもしてないからね」

ドアが閉められた後も念を押すようにモオルダアがわめいていた。

 しばらくして、モオルダアはやっと平常心を取り戻していた。彼は机の上のボイスレコーダのことを思い出した。そしてそれを手に取るとまた録音を始めた。

「ダイアン、大変なことになってきたよ。事件の手掛かりは何もなし。いったい何から初めていいのか見当もつかないよ。ああ、そうだ。さっきの封筒は何だったんだろう。中には紙が二枚。これはどうやらミュージカルか何かのチケットのようだ。『下田歌劇団』公演と書いてある。なんだかイヤな予感がするねえ、この劇団名は。しかし、これをボクらに送ったのは誰だろう。また謎が一つ増えてしまった。公演は明日になっている。これを見たら事件の手掛かりが得られるのだろうか?そんなことになるはずはないが、良い気分転換にはなるだろう。それから、ダイアン。ここのブリッコ若女将と謝ってばかりだが妖しい魅力を振りまいている女将にはちょっと手を焼きそうだ。気をつけないと」

14.

とある高校のグランド


 セラビ刑事とコビテ刑事を先頭に何人かの警官達が校舎の中からグランドの方へ急ぎ足でやって来た。コビテ刑事はグランドで陸上部の練習を眺めていた体育教師風の男にこえをかけた。

「肥遠佐志太(ヒトオ・サシタ)というのはこの学校の生徒ですね?」

聞かれた男は不安そうに応える。

「そうですが、あいつ、やっぱり何かやりましたか?なんだか今日は様子が変なんですよ。あいつ」

「いやご心配なく。ある事件に関して少し話を聞きたいだけですから。今どこにいるか解りますか?」

「いるにはいますけど、まともに話が出来るかどうか。あそこにいるのがそうです」

そういって教師風の男はグランドの隅を指さした。校舎の影になって薄暗くなっている中に少年が一人うずくまっていた。

「彼はいつもあんな感じなんですか?」

少年の様子を不審に思ったセラビ刑事が聞いた。

「そんなことはありませんよ。彼は陸上部のキャプテンでいつもなら大声を出してここを走り回ってるんですけどねえ。今日は朝から顔色が悪くて。ずっとあそこでああしてるんです」

セラビ刑事とコビテ刑事がヒトオ少年のところへ近寄っていった。近づいてみるとヒトオ少年はうずくまっているだけではなく、かたかたと小刻みに震えているようだった。

「おいキミ大丈夫か?」

セラビ刑事が心配になって少年の方に手を差し出した。少年は丸めていた肩をさらに丸めてその手をよけた。

「間違えた・・・間違えた・・・大丈夫・・・大丈夫・・・へへへっ」

少年は独り言を言っている。

「おい、ヒトオ・サシタ。キミに話があるからちょっと署まで一緒に来てもらうぞ」

コビテが声をかけた。

「へへへっ、間違えた・・・間違えた・・・」

少年は反応しない。

「来たくなくたって、そうはいかないぞ。おいヒトオ。おまえは殺人事件の容疑者なんだ」

そういうとコビテ刑事は強引にヒトオ少年の腕をつかんで立たせると、学校の外へと引っ張っていった。

 グランドで練習をしていた陸上部員達は全員立ち止まってこの騒動を眺めていた。それに気付いたセラビ刑事が彼らに向かって言った。

「何でもないよ。大丈夫だから、キミ達は練習に戻りなさい」

だれも大丈夫だとは思わなかったが、彼らは練習に戻った。しかし、このあと彼らによってこの騒動の噂が町中に広められることになった。