夏の終わりは謎である。夏の終わりは悲惨でもある。後悔とため息と焦燥とセミの死骸。夏の始まりにあったエネルギーが消費されて排出された老廃物。そんな無用なエネルギーさえなければ、この夏の終わりの妙な寂しさなどは生まれないのだが。
そんなことはどうでも良いが、なぜか誰でも何度夏を過ごそうとこの夏の終わりにはワケの解らない虚しい気持ちを心のどこかに抱えなくてはいけない。それは四季の移り変わりなどとは無関係な望遠耳の男にとっても同じである。
ということで、私は久々に望遠耳を使ってベランダから街で交わされる会話を立ち聞きしてみることにしたのです。なぜそんなことをするのか?というと、他に書くことがないからという解りやすい理由からです。しかし、望遠耳を使って立ち聞きしたら、夏という厄介な季節がもう少し解りやすくなる可能性もあります。
とにかく、望遠耳を持ってベランダに出るのです。
登場人物(といっても誰が誰だか解りませんが)の何人かはCASTに詳しいことが書かれています。
「ウフッ…。ウフフッ…」
「…ん?!なんだ?」
「あらいやだ。あなたったらあたしが呼ぶ前に目を覚ましたりして」
「いや、そうじゃなくてね。今日はやけに蒸し暑いから、眠くても居眠り出来ないんだよ」
「まあ、あなたったら!」
「何が?」
「何がじゃありませんわよ!もう夏が終わるというのにそれはないですわよ!ひどい話ですこと」
「何を言ってるのか良く解らないけどね。それはそうと、さっきはなんで笑っていたんだ?」
「ウフッ…。あなたったら。…あれですわよ。あすこをご覧になって」
「あすこ?!…ああ、あのベランダの人か。久しぶりだな。また立ち聞きか?」
「そうじゃありませんわよ。あたしが言っているのはもっとむこうのことですわよ。郷愁の積乱雲の彼方から虚無と創造の足音が聞こえてくるのよ」
「なんだそれ?!」
「…」
「怒ってるのか?」
「笑っているのよ、あなた」
「笑っているようには見えないんだけど…」
「あーぁ。今年もボクらは夏っぽくならないまま夏が終わるよな」
「まあ、そんな感じかな。夏っぽいといえば暑くて汗をかいたぐらいだしな」
「だいたい、なんで夏には夏っぽいことをしないといけないのか?という気もするけどな」
「そりゃ、夏には夏っぽいことをしたくならないと、夏っぽいことをさせようとしてる人に失礼だろ」
「なんだよそれ?」
「だから、夏祭りを企画する人とか、観光地の人達とか、花火職人とか」
「プールの監視員とかもか?」
「まあ、そうかも知れないね。夏っぽいことで稼いだりする人が生活に困ったりしないようにボクらは夏になると夏っぽいことをしたくなるように出来てるのさ」
「それはすごい話だな。それじゃあなんでボクらは夏っぽいことが出来なかったんだ?」
「なんていうか、いつもこんな何もない住宅街をうろついてるからじゃないか?」
「それは一理あるな」
「あら、○○の奥さん!暑いですわねえ」
「ああ、□□の奥さん。ホントに暑いですねえ」
「ホントに暑いですよ」
「そうねえ。ホントに暑いですねえ」
「もうホントに」
「ねえホントに」
「ホントに。ねえ」
「ホントに。あっ!そうだアレを忘れてたわ。ホントに大変ねえ。それじゃあね」
「ああ、そうなの。それじゃ。ホントにねえ」
「時に人間は独り言の応酬のような会話をするものだな。それはそうとこの辺りの異様な空気は何なのだ?暑いといえば暑い。しかし、これは夏の暑さではない。何かが足りないのだ。そう、何かが。きっとこの辺りに私の探し求めていたものがあるかも知れない。急がなければ。手遅れになる前に」
「みなさん。今日から二学期が始まりますよ。ちゃんと宿題はやってきましたか?」
「やってませーん!」
「や、やってないんですか?宿題はやらないと成績がつけられないのですよ。小4で留年はヤバイですよ。もしかして、家族で旅行に行ったりして、その時に宿題を持っていくのを忘れたんじゃないのかな。それだったら、今月中に宿題を提出すれば大丈夫ということにしてあげるぞ」
「行ってませーん!」
「行ってない、って?夏休みはどこにも行かなかったのですか?」
「行ってませーん!」
「それじゃあ、みんなで集まって遊んだり、プールに行ったりして…」
「遊んでませーん!」
「一体キミ達はこの長い夏休みに何をしていたというんだ?」
「やってませーん!」
「なんだか調子がでないなあ。いつものようにこうやってガードマンのコスプレをしているのに、なぜだか滅入るマン。この制服の色を変えたら郵便配達人にもなれるかなあ?…いや、だめだ。私はザ・ガードマン。例え警察官に間違えられようともガードマンになりきって世の中をガードしなければ。とは言っても、今年はなんだか違うんだ。暑い夏が始まる時だって、ザ・ガードウーマンとのステキな出会いを妄想することもなかったし。いったいどうしたというのだ」
「おい、そこのオマエ。何を一人でブツブツ言っているのだ?」
「何ですかあなたは?」
「私か?…そうだな、私はオマエがなくしたものを求める者、とでも言っておこうか」
「…!?良く解りませんが、あなたも本棚の仕切りを支えるあの小さな金属製の部品を探してるんですか?」
「なんだそれは?そんな物は探しておらん!それよりもオマエ。オマエを含め、この辺りにはまったく活気がみなぎっていないのだが、どういうことだ?」
「それは、そうでしょ。夏の終わりだからみんななんかシュンとしてるんですよ」
「そうではない。これは夏の終わりのシュン…ではなくて、異常なやる気のなさだ。あるいは倦怠感だ。この辺り一帯だけは他とは違う、ドンヨリとたちこめる悪意に満ちた偽りの秋の始まりが充満しているのだよ。まるで、ここには始めから夏などなかったかのように。」
「何を言っているのか全然解りませんが、確かに今年は夏の初めからずっと夏っぽい気分にならなかったんですけどね」
「解らないのはオマエが解ろうとしないからだがな。それはともかく、オマエは警察官のようだから聞いてみるが、この辺りに何か怪しいことをやっている人間はいないか?何かを集めたり、無断で持っていったり」
「私は警察官ではなくてザ・ガードマンですよ!」
「そんなのは見た目が一緒だからどうでも良いのだよ。いずれにしても、そういう輩がいればオマエは気付くのだろう?」
「まあ、そうですねえ。ザ・ガードマンですから。でもそんなのはいると言えばいる、という感じですかね。なにしろそんな人は沢山いますし、何かを集めるだけなら特に問題はありませんしね。私が気にするのは人の道に反した…」
「解らないのならオマエに用はない。さらばだ!」
「…なんだ、あの人は?それにしてもヘンな感じだなあ」
「ウププッ…。ウププププッ…。あなた…!あなた!あなたってば!」
「ウワァ!…なんだキミか」
「また居眠りですの?それに、あたしのことを見て『なんだ』っていうのはどういうこと?」
「いや、別にいまの『なんだ』はそういう意味の『なんだ』じゃなくて、もっと大変な事が起きたのではないか?ということに関しての『なんだ』だから、別に…」
「それはどうでも良いんですよ。あなた」
「そうなの?」
「それよりも、大変なのよあなた」
「何が?」
「近所にウチと同じようなウフギ屋が出来たっていうんですのよ、あなた!」
「そうなのか?でもウチだってこんなにヒマなんだから、この近所に同じような店を出したってそれほど…」
「あなたは何を言っているの?!そんなことだからいつまで経ってもウチの店はこんな感じなんですよ!その新しい店っていうのは、ウフギ重を一つ頼むと天丼とカツ丼とうな重がオマケで付いてくるんですのよ!」
「まさか、そんな!?」
「でもホントなんですから。そんなことをされたら、ウチの店には誰も来なくなるのよ、あなた」
「それじゃあ、ウチも思い切った戦略で対抗しないといけないな」
「…ウププッ!…ウププププッ!」
「なんで笑うんだ?」
「あなたっていつでもそうなのね」
「何が?」
「話は最後まで聞かないといけませんよ。そのウフギ屋はオマケを出すたびに赤字がかさんでいって、すぐにつぶれてしまったのよ!おかしな話でしょ。ウププププッ…」
「…つまり、これは笑い話ってことか?」
「ウピピピピッ!」
「なんか、さっきからキミの笑い声がヘンになっているような気がするんだが…」
「オポポポポッ…!」
「これはいけませんよ。いったいみなさんは宿題もせずに、しかもどこにも遊びに行かずに、何をしていたというんですか?夏なんですよ!子供が夏休みの間中ずっと寝て過ごしていたなんて、そんなことではいけませんよ」
「じゃあ、先生は夏休みに何をやっていたんですか?」
「先生か?先生は妻と子供と旅行に行ったぞ」
「それは楽しかったんですか?」
「なんでそんなことを聞くんだ?楽しかったに決まっているじゃないか。先生の子供だって楽しそうに虫を捕まえて遊んでいたんだぞ」
「はたしてそれは本当に楽しいといえるのでしょうか?」
「なんだその口の利き方は?誰がそんなことをキミに吹き込んだんだ?」
「ボク達!」
「ワタシ達は!」
「無限に広がる」
「宇宙の中で」
「宇宙の中で!」
「あまりにもちっぽけな」
「人間という存在を」
「憂いて!」
「哀れんで!」
「夏休みの喜びを忘れ」
「遊ぶことも」
「勉強することも」
「やってませーん!」
「キミ達…。始業式なんだから、卒業式みたいにやるのはやめなさい!」
「キミ!すごいぞ。これで我々の研究の努力がようやく実を結ぶということだよ!」
「そうなんすか、博士?それよりも、前にやっていた『レゴで宇宙エレベーターを作る』っていうのはどうなったんですか?」
「あれは、どう考えてもレゴを買う予算が足りなくてな。予算で買えるレゴだとレゴの積み上げ世界記録にもおよばないということが判明したんで、あきらめたんだよ」
「なんか夢がないっすね」
「何を言っているんだね。今やっている研究こそ夢の大発明につながるかも知れないんだからな」
「そうかもしんないすけど。一体何をやってるんすか?」
「…キミもか!?なんで私の助手はいつも私のやっている研究を解らないで助手が出来るんだかな?」
「そんなのどうでもいいっす。バイト代もらったらカノジョができるからバイク買って海に行くから」
「バイト代とカノジョは関係ないんじゃないか?それにキミはもう夏が終わるって知ってるのか?」
「知らないっす」
「キミみたいなのは初めてだが、これも研究のためには良いサンプルになるかも知れないな。とにかく今は私の作った装置に影響されないキミみたいな助手が必要なんだから、最後までしっかり頼むぞ」
「良くわかんないっす」
「ちょっと、△△の奥さん!」
「あら○○の奥さんじゃない」
「ちょっと知ってる?最近ゴミの日じゃないのにゴミを出す人がいたり、ゴミの集積所じゃないのにゴミを置いてったり」
「そうですよねえ。ホントに困るわよねえ」
「それなんだけどね。アレって□□さんのところが関係してるって噂なのよ!」
「あら!ホントに!?」
「そうなのよ!あの人のところって、最近新しいこと始めたらしいじゃなのよ。それがアレとなんか関係してるって話なのよ」
「どおりで、最近□□さんの奥さんは様子がヘンだと思っていたのよ」
「ホント、困るわよねえ!」
「ホントにねえ!」
「あらいやだ、アレを出しにいかないと!それじゃあ失礼するわね、ホントにねえ」
「もう、ホントにねえ」
「…エー!っていうかチョーかわいいんだけどぉ!…うん、うん…っていうかチョーすごくない?…エー!っていうかチョー格好いいんだけどぉ!…エー!っていうか…」
「あの人は電話でどんな会話してんだろうね?」
「何が?」
「何が?って。さっきすれ違った人だよ」
「ああ、あれね。あれはきっと何も話してないんだよ」
「何言ってんだよ。電話を持ってただけで独り言を言ってただけって言うことか?」
「そうじゃなくてね。ああいう人達はどんな会話をするかよりも、喋っていること自体に意味を見いだすんだよ」
「なんか意味がわかんないけど」
「意味はなくても喋っていることで自己が存在していることを確認しているんだよ」
「なんでそんなに哲学的な感じなんだ?」
「良くわかんないけど、ここにいるとそんな気分になってくるんだよ」
「確かにそうだな。なんかこの辺りの雰囲気は、なんていうか…」
「目の前で起きていることでも、テレビの画面を通して見ているような感じだろ?」
「…キミ頭良くなってない?」
「頭の良さは関係ないんだよ。オレは世間から離れた場所に自己の存在を置くことによって人間とは何か?存在するとはどういうことか?という問いに答えを見付けようとしているんだよ」
「ちょっと…、ダイジョブか?」
「ごめんくださーい!」
「ああ、これは○○の奥さん。今日も持ってきてくれましたか」
「こんなものを持ってくるだけで科学の研究に協力出来るなんてねえ。いくらでも持ってきますよ。ホントにねえ」
「それじゃあ、これ。謝礼の50円玉」
「ホントに、最近は不況でアレですから。こうやって助け合わないとねえ。あらやだ!アレを忘れてたわ。それじゃ、またお願いしますね」
「…。50円玉でこれだけのものが集まるとは。やはりここに研究所を作って正解だったな」
「あら、○○の奥さんじゃない!」
「あらやだ。××の奥さん。おたくも知ってらしたの?」
「そりゃ50円玉をもらえるんだったら、なんでもしないとねえ。だって最近アレでしょ?」
「そうよねえ。でも××の奥さん、知ってる?もうそろそろ50円もらえなくなるらしいわよ」
「あら、そうなの!?」
「そうなのよ。もうホントにねえ。もうすぐ必要な分がそろうから、そうなったら50円玉はくれなくなるって話なのよ」
「もう、ホントにねえ」
「とにかく、この話は□□さんの奥さんには内緒にしておかないとねえ。あの人まだこの50円玉のことに気付いてないみたいだから」
「ホントにねえ。□□さんの奥さんって、あれでしょう?なんていうか、がめついのよねえ」
「ホント、ホント!自分だけ得したいみたいな感じでしょ?あの人の家庭もアレだから仕方ないのかも知れませんけどねえ」
「ホントにねえ」
「もう、ホントに」
「あらやだ。もうすぐアレじゃない?」
「ホントだ。もうこんな時間」
「それじゃあ、行かないと」
「もうホントにねえ」
「おい、そこのオマエ!そこのニヤニヤしてるオマエ!…オマエだ!、そこの望遠耳のオマエ!」
「あ、ボクですか?」
「ボクですか?って。いきなりベランダにヘンなヤツがやって来たんだからもう少し驚いたらどうなんだ?」
「驚いて欲しい人に対して気を使って驚いてみても、驚いて欲しい人は喜ばないでしょ?というか、このシリーズの本編ではボクは登場してはいけないことになっているのに、前回に引き続き登場じゃないですか」
「シリーズとか本編とか、何のことだか解らないがな。とにかく大変な事になりそうだから手を貸してくれないか?」
「このシリーズでボクの役目は望遠耳でいろんな会話を聞くことだから、あまりそういうことは出来ないですけど。というか、あなたは誰ですか?またナントカの魔法使いとかじゃないですよね?」
「私か?…私はなんていうか、妖精みたいなもんだ」
「妖精ですか?どう見ても普通の人にしか見えないけど。でもいきなりベランダに現れたりするから妖精っぽい感じもするかな。名前とかないんですか?」
「名前か?まあ、強いて言えば『キミが求めていないものを求める者』ということかな」
「ああ、解った!なぜか余ってしまう本棚の仕切りを支える小さな金属製のあの部品を探してるんでしょ?いっぱい余ってるから持っていっても良いよ」
「そうじゃないよ!どうしてこの辺りの人間はみんな本棚にこだわるんだ?」
「こだわってるワケじゃないけど、あの部品は余っても捨てて良いのか良くわかんないし。とにかく厄介なんですよ」
「そんなことはどうでもいいのだよ!私が知りたいのは、この辺りに『夏の始まりの良く解らない壮大な期待感』を勝手に集めている人間がいないか?ということだ。望遠耳を使っているオマエなら解るだろう?」
「そんな話は聞こえてこなかったけど。もしかするとアレのことかな?」
「アレとはなんだ?」
「アレは…、アレだから、アレだと思うけど」
「オマエの言っていることは理解できないぞ」
「でもアレとしか言ってなかったから。でもその夏の始まりのナントカってなんなんですか?」
「オマエは人間には珍しく夏に何も求めないようだから解らないかも知れないがな」
「夏に何かを求めたって、夏になったら頭の中は『アチ〜ィ…アジ〜ィ…』だらけだし、意味がないし」
「だったら冬になったら『サミ〜ィ…サビ〜ィ』だらけになるんじゃないのか?」
「冬はダウンジャケットでオッケーです」
「ああ、そうなのか。まあ、私は夏専門だからその辺は解らないがな」
「それはイイですけど、誰を探してるんですか?」
「私が探しているのは『夏に対する壮大な期待感』だよ」
「さっきも似たようなことを言ってましたけど」
「そうなんだがね。見付からないと大変なことになるんだよ」
「それも、さっき言ってましたけど」
「そうなんだが、とにかく私は『夏に対する壮大な期待感』の残骸を集めているんだよ。毎年、夏の終わりにこうやって『夏に対する壮大な期待感』の残骸を集めてまわるのが私の仕事。そうやって私が仕事をするから夏が終わって秋がやって来るはずなのだが、なぜか今年は『夏に対する壮大な期待感』の残骸が足りないんだ。」
「ないんだったら集めなくても良いんじゃないですか?」
「これだから夏嫌いは困る」
「スイマセンね」
「良いかね。私が今年の『夏に対する壮大な期待感』を全て回収できないとどうなると思う?私が回収した『夏に対する壮大な期待感』は次の夏へのパワーの源なんだよ。それが少しでも足りなくなったら大変な事になるんだぞ」
「でもなんとなく夏が涼しくなりそうで良さそうだけど」
「ダメだなあ、キミは。なんにも解ってない。『夏に対する壮大な期待感』と『秋の物悲しさ』は互いにバランスを取り合っているんだよ。私が『夏に対する壮大な期待感』を集めて南半球へ旅立つ。そして南半球からは秋のメランコリーと『冬に対するちょっとした期待感』がやって来ることになっているんだ。そのバランスが崩れたら氷河期が訪れたり、大干ばつとか、大洪水とか、ありとあらゆる天変地異なんだぞ!」
「それは大変な事ですけど。このやりとりはミョーに長いですよね?」
「なにがだ?」
「ボクらは喋り過ぎじゃないですか?ここに一番言いたかったことが書かれているとしか思えない長さですよ」
「それは、オマエが途中でヘンなネタとかを思いつくからいけないんだ」
「そんなことを言うとややこしくなるから。とにかくアレというのはアッチの方から聞こえてきましたよ」
「そうかアッチの方か。アッチの方に行けば私の探しているものが見付かるのだな。といっても、アッチって、どっちだ?」
「アッチはアッチですけど」
「まあいい。とにかく大変なことにならないように祈っていることだ」
「ウピピピピ…!あなた…。あなた…!今時もう誰もハイレグ水着なんて着てませんわよ。…あなたってば!」
「ウワァ!…なんか、イヤな夢を見たな…。夏が終わるとまた夏が来て。いつまで経ってもソワソワした期待感で…。ウワァ!」
「どうしたの?あなた」
「なんでキミはハイレグビキニなんだ?」
「ウププププッ…!そんなに驚くことかしら?あなた」
「驚くとか、そんなことよりも、畳の部屋でハイレグビキニはヘンだ!」
「まあ、あなたったら!?また夏が来たのにそんなことを言って」
「また夏!?もうほとんど秋だろ?」
「夏はいつ始まっても良いんですよ。あなた…!」
「いや…、じゃなくて、ハイレグビキニの意味が…」
「もう、あなたったら!怒りますよ!」
「そうじゃなくて…、なんだかキミが…」
「アタシが美しく見えるのは夏の魔法なのよ、あなた…!オポポポポッ…!ウポポポポッ…!」
「…なんなんだ、これは?」
「ええ、みなさん。良いですか?ただ今校長先生から大切なお知らせがありましたので良く聞いてくださいね」
「やってまーす!」
「いや、やるとかやらないじゃないですけどね。我が校では、今年の夏休みに夏らしいことをした生徒が一人もいないということが解ったので、特別にあと1ヶ月夏休みを延ばしてくれることになりました」
「やってまーす!」
「だから、やるとかやらないとかは関係ありませんよ。夏休みが延びたということはどういうことだか解りますか?」
「やってまーす!」
「そうですよ。夏休みなんだから夏っぽいことをしないといけないのです」
「やって来まーす!」
「非常によろしい!それじゃあ長い夏休みですが事故などにはくれぐれも気を付けるのですよ!」
「やって来まーす!」
「良し!それじゃあ、今日はここまで!」
「なんかさあ、また夏っぽい事したくない?」
「なんだよ?さっきまでヘンな哲学みたいなこと言ってたじゃんか?」
「そうなんだけどさ。なんか急に気分が入れ替わったみたいなことってあるじゃん」
「そう言われると、なんだかあれだよね。なんか楽しいことが起きるんじゃないか?っていう」
「夏っぽい感じだろ?」
「まさに、それだね!」
「□□部長。どうしたんですか?真っ青ですよ」
「これが真っ青にならずにいられるか」
「どうしたんですか?」
「このあいだ納品した機械あっただろ?」
「ああ、ナントカ研究所とかに。あれはヘンな機械でしたよねえ」
「ねえ、とか言うな!今すぐなんとかしないと大変な事になるぞ」
「でも納品前の検査ではちゃんと動いてたじゃないですか」
「そうなんだよ。動くことは動いていたんだがな。でも、本来なら『引く』と書かれているはずのレバーに『押す』と書かれていることが解ったんだよ」
「それは問題ですねえ。でもそんなに慌てることはないんじゃないですか?押してダメなら引くでしょ?まあ、クレームは来るかも知れませんけど、そこはいつものようにカスタマーサポートで上手いこと煙に巻いておけば…」
「そんな簡単なことじゃないんだよキミ!あの機械はレバーを押しても動くんだよ」
「じゃあ、まったく問題ないじゃないですか」
「動けば問題ないということではないだろ。あのレバーは押すか引くかによってまったく違う動作をするんだ。もしもレバーを押してしまうとだな…」
「あれ?」
「なんだ?どうした?」
「そこの本棚…」
「アァア!これは大変だ!」
「夏っぽいって言うとなんだろうなあ?」
「そうだよねえ。カレンダー的にはもう秋だし、夏っぽいことが思い浮かばないなあ」
「オレ達って、毎年7月の辺りにどんなこと考えてたっけ?」
「ウーン、なんだろうなあ?なんとなく『今年の夏はいろいろやろうな!』みたいな感じじゃなかったか?」
「そうだよな。『いろいろやる』といっても具体的な計画はなんにも考えたことなかったしな」
「よし、解った!夏といったらこれだ」
「なんだ?」
「このあいだ教えてもらった怪談話をしてやるよ」
「おお、それは夏っぽいな」
「そうだろ?」
「…でもさ、それってなんか違うんじゃない?」
「なにが?」
「そういうのってさ、いつも一緒にいるオレ達二人だけでするものじゃなくてさ。大勢で集まってワイワイして遊んだ後で怪談話するのが夏っぽいんじゃないか?」
「まあ、そんな気もするね」
「そうだろ?」
「でも、せっかく話したくなったんだからちょっと聞いてよ」
「ヤダよ」
「おい、お前達。こんな季節になってどうして夏っぽいことをしようとしているのだ。これ以上私の仕事を邪魔するのはやめるんだ!」
「なんですか、あなたは?」
「私は夏の使者だ。『夏に対する壮大な期待感』の残骸を集めている者だ」
「何のことだかわかんないけど?」
「そうだね。せっかく夏っぽい気分になってきたのに。それよりも、一人増えたからここで怪談話したら盛り上がるかもよ」
「やめないか!今さら怪談話など、あまりにも不自然だとは思わないか。そうだ!そうなんだ。これはあまりにも不自然だ。先程からこの辺りに湧いて出てくるような不純な夏への期待感はあまりにも不自然なんだ。冬にスイカが食べられるのは人間が人工的に自然をねじ曲げているから出来ることだ。だとすると、やはりこれは誰かが故意に夏を作り出しているとしか考えられないな。お前達。この辺りで『アレ』というものを集めている者がいるらしいんだが、知らないか?」
「アレじゃわかんないですよ」
「私のいっているアレは、曖昧な事柄を指している『アレ』ではなくて明確な『アレ』なのだが」
「アレって言うのは、聞く人には曖昧ですがしゃべる人にとっては明確ですよ」
「おっ、オマエ頭良いな」
「だろ?」
「もういい。お前達に聞いたのが間違いだった。さらばだ!」
「行っちゃったね。せっかく怪談話しようと思ったのに」
「だから怪談話はもういいよ」
「おかしいな。全ての計算は間違っていないはずなのに。スイッチを入れても何も起きない」
「ホントっすね。メーターが動いたりしないと見ててもつまんないっす。一体何をする機械なんすか?」
「キミに言っても理解できるか解らないけどね。この実験が上手くいったらエコでクリーンなエネルギーが膨大に生み出せるんだよ。もう原子力発電所付近の住民が不安な気持ちで生活することもなくなるんだ」
「原子力ってなんすか?」
「…。まあ解らないなら気にすることはないよ。それにしてもどうして何も起きないんだ?」
「そのレバーを押したからいけないんじゃないんすか?」
「何を言っているんだ。『押す』と書いているんだから押さないとだめだろ」
「まあ、そうっすけどね。なんとなく引っぱるような形じゃないですか、それって」
「そんな考えは改めた方がいいぞ。機械の誤作動が原因になっている事故の大半は使い方の間違いから起きているんだからな」
「使い方が間違ってたら誤作動じゃないっすよね?」
「…なんでそんなところには気付くんだ?」
「まあ、別にどうでもいいっすけど」
「何がいいのか良く解らないぞ」
「もしもし、□□でございますけど。…あら、なんだ、あなた。どうしたのよ、まだ帰ってくる時間でもないのに。…えぇ?あの研究所?どうして?…そんなことはそっちから直接電話して伝えたらいいじゃないの。…そんなことは知らないわよ。それにねえ、あの研究所って最近○○の奥さんとか××の奥さんとかが出入りしているから行きたくないのよ。…そうかも知れないけど。もう仕方ないわねえ。『押さないで引け』って伝えればいいのね?その代わり、今度こそハワイアンランドに連れて行ってもらいますからね。…当たり前じゃないの!あの子の学校はまた夏休みになったんですからね。あの子ったら今年の夏休みには誰とも遊べなくて一人でつまらなそうだったでしょ?…はいはい、解りましたよ。行けばいいでしょ。はいはい」
「へえ、そうなのかあ。それはけっこう恐い話だよね」
「あれ、そんな感想?今のはけっこう自信あったんだけどなあ」
「まあ、怪談話としては良くある感じだったからな。それじゃあこういうのはどうかな?」
「まだあるの?もしかして、キミの方が怪談話したかったんじゃないのか?」
「まあ、そう言うなよ。それでさ、ゴミの集積所ってあるだろ?ああいうところってホントは朝にゴミを出すべきなんだけど、そうできない人は夜のうちに出したりするよね。そんな感じで、夜にも街のあちこちにゴミの山ができてるワケだ。オレも夜歩いているとそう言うのをよく見かけるんだけど、そういうゴミの山だと思っていたものが、実はうずくまった白髪の老婆だったんだよ」
「それは、見間違いってこと?」
「あれ?今のは上手く伝わらなかったかな?」
「まあ、人じゃない物が人に見えたり、人じゃないと思っていた物が実は人だったりしたら恐いかも知れないけど」
「じゃあ、こうしよう。その老婆に気付いたとたん、老婆がうずくまった姿勢のまま自分の方に猛スピードで突進してくる!とか。そうしたらけっこう恐くないかな」
「まあね。高速のお婆ちゃんというのはありがちな話だけどね。四つんばいで這って突進してくる!とかの方がいいかもね」
「ああ、そうだね。それじゃあさ。例えば、今あそこの集積所にゴミが出されてるじゃん。あのゴミが…」
「どうしたんだよ?」
「…」
「…」
「ウワァァァァア!」
「ピピピッ…。ピピピピッ…。あなた!…あなたってば!」
「ん!?朝か?」
「また居眠りなのね、あなた」
「アァ…うん、まあね。なんか恐い夢みちゃったよ。それよりも、どっかで目覚まし鳴ってなかったか?」
「そんなもの鳴ってませんでしたわよ、あなたったら。ピピピッ…。ピピピピピッ!」
「…!?」
「それよりもあなた。あすこをご覧になって」
「あすこ?また積乱雲がどうのこうのか?」
「何を言っているの?あなたったら。アタシの言っているのはあすこのベランダのことですよ、あなた」
「ああ、あの望遠耳の人か。まだいたんだな」
「そうなの。そしてあの人は今とても困っているのよ、あなた」
「どうしてそんなことが解るんだ?」
「アタシにはなんでも解るのよ、あなた。あなたがあなたについて知っていることよりも、アタシが知っていることは、あなたがあなたについて知っていることの何倍も、アタシはあなたの知っていることを知らないとでも思っているの?」
「何を言ってるのか全然わかんないよ!」
「もう、あなたったら!それだからこの話はまた二回に分けられてしまうのですよ」
「そうなのか?」
「あらいやだ!あなた、アレが降ってきましたわよ」
「ん?!雨か?」
「こんな青空なのに雨が降るわけないじゃありませんか、あなた」
「まあ、そうだけどな。何が降ってきたんだ」
「ほら、そこ。本棚の仕切りを支える小さな金属製の部品が降ってきましたわよ。あなた」
「降ってきたんじゃなくて、落ちてたんだろ?」
「もう!あなたってどうしていつもそんな感じなの?」
「怒ることはないだろう」
「怒ってなんかいませんわよ。もう!」
「怒ってるし…」
ということで、夏の終わりに書きたかったのに、もしかすると書き終わる頃にはすっかり秋になりそうな気配になってきたので、とりあえず夏の終わりに前半を公開してなんとかしようという作戦で、今回はここまで。(というか、もうすっかり秋っぽい感じですけどね。)
そんな感じなので、まだ後半に何が起こるのか解らないままですが、この話はどうなるのでしょうか?夏がいつまで経っても終わらなかったり、夏休みがいつまでも続くというのはなんか悪夢でもありますが。
次回は明らかに今回の続きですが、一回別の特集をやってその後に続きを書く、というのはややこしいのでやりません。お楽しみに。