「祈祷」

10. FBLビルディング、スキヤナーのオフィス

 スケアリーからの電話を切ると、スキヤナーは自分の机の前にいる男の方に向き直った。その視線の先にはウィスキーをラッパ飲みする男が座っていた。先程からこのウィスキー男はスキヤナーにメモリーカードはどこにあるのか?とかスケアリーがメモリーカードを持っているのではないか?とかスキヤナーに色々と質問していたのだ。

 スキヤナーは部屋に充満するウィスキーの臭いに耐えかねたような表情で「ちょっと外の空気を吸ってくる」といって部屋から出ていった。スキヤナーが出ていったあともウィスキー男は無表情でウィスキーを飲み続けていた。

 いつでも冷静で、完璧に自分のなすべきことをしてきたウィスキー男であったが、今回は彼も窮地に陥ったという気がしていた。そういう状況でも自分の内面は少しも表に現さないところは、彼が長年暮らしてきた裏の世界で培ってきた能力でもあった。おそらく誰もその冷たい眼差しから彼の考えていることを見抜くことは出来ない、そんな彼の瞳の奥には冷酷な計画が練られ始めていた。

 ウィスキー男が扱っている「何か壮大なもの」は大抵の場合、人の命よりも価値のあるものなのだ。これまで何人もの命が彼の指図で奪われていった。そして、これからまた誰かの命が彼の指示によって奪われるのかも知れない。

11. 深夜、スケアリーの実家

 なかなか寝付けなかったスケアリーだったが、やっとのことで眠りにつくことができた。モオルダアがいなくなったことや、現在のFBLにおける彼女の立場、それからスキヤナーの不可解な行動などで今の彼女はゆっくりと寝ていられるような状況ではなかったのだ。しかし、どんな状況にあっても眠りは誰にでも訪れる。もちろん、今のスケアリーにとって、それは安らかな眠りではないに違いない。

 はっきりとした形にならない悪夢を見ながらスケアリーは苦しそうに何度も寝返りをうっていたのだが、その曖昧な悪夢のトンネルを抜けると彼女の頭の中には明瞭なイメージが現れた。余りにもはっきりとしたその光景に、それが夢なのかどうか解らなかったが、スケアリーの前にモオルダアが現れたのだ。


 スケアリーの前に現れたモオルダアはニヤニヤしながらあぐらをかいてエロ本を見ていた。

「モオルダア?」

スケアリーが目の前に現れたモオルダアに話しかけるとモオルダアは驚いて見ていたエロ本を自分の後ろに隠した。

「なんだ、キミか」

「なんだ、じゃありませんわよ!」

スケアリーは怒ってみたが、モオルダアはいつものように怯えたりはしなかった。その代わりに、スケアリーに向かって変なことを話し始めた。それは彼がエイリアンや超常現象について話す時のように得意げな話し方だったが、スケアリーはその話し方にいつもとは違う何かを感じていた。

「そういえば、ボクは現実世界から離れて凄い場所を見てきたんだよね。それで、場合によってはボクも降板なんじゃないかって感じだったんだけど、ボクには色々とやることが残ってるしね。だから、ボクはもうすぐそっちに戻って、また優秀な捜査官として活躍すると思うんだけど、一つ気になることがあるんだよ。なんだか、キミに危険が迫っているような気がするんだ。これはけっこうヤバイからね。危機的な状況だよ」

「ちょいと、モオルダア。危険って何なんですの?」

スケアリーは聞いたが、モオルダアは何も答えずに自分の後ろに隠したエロ本を再び見始めた。もうモオルダアにスケアリーの姿は見えていないらしい。


 ここでスケアリーはハッとして目を覚ました。余りにも明確で現実的な夢が本当に夢だったのか、ということが気になってしかたがなかった。そしてスケアリーは天井を眺めながら「せっかく眠れたのにモオルダアのせいで目が覚めてしまいましたわ!」と思っていた。しかし、夢の中でモオルダアの言った言葉はいつまでも頭の中で繰り返され、彼女を不安にさせていた。「危機的な状況って、いったい何なのかしら?」再び眠りにつくまでに、そればかりを考えていたスケアリーはまた曖昧な悪夢を見ながら朝を迎えることになるのだった。

12. 土井那珂村

 モオルダアを助けるために行われた儀式の掟に従い、四日間暇な時間を土井那珂村で過ごしたモオルダアだったが、やっと帰れることになった時にある問題に直面していることに気付いた。モオルダアにはこの土井那珂村がどこにあるのか解らないし、どうやって東京に帰ればいいのかも解らなかった。

 途方に暮れるモオルダアを見かねてゴンノショウが孫のゴンタにインターネットで東京までの順路を調べさせた。それで、東京までの帰り方は解ったのだが、問題はそれだけではなかった。自分のボロアパートの前での騒動の後に気を失ったままここに連れてこられたモオルダアだったが、こんなことになるとは思っているはずもないので、財布には千円札が一枚といろんな種類の小銭をあわせて五百円ぐらいしか入っていなかったのだ。

 土井那珂村から東京まではどう考えても1,500円では帰れない距離があるのだが、落胆するモオルダアにゴンノショウは東京までの交通費を貸すことにした。まったくもって優秀な捜査官らしからぬこの状況にモオルダアは自信をなくしていたのだが、ゴンノショウから理解できない方言で激励されると、なんだか元気になったような気がした。

 そして、優秀な捜査官として東京へと向かったモオルダアだったが、なかなか東京へ近づかない退屈な電車の中ではゴンノショウからもらったエロ本をこっそり見ていた。