「祈祷」

14. もう一つのモオルダア家

 モオルダアの両親が別居中だったということは誰も想像しなかったかも知れないが、本物の設定に従うのなら彼らは別居中だったのである。(本物ってなんだ?と思った人は、そこを気にしても意味がないので、このまま読むべきである。)モオルダアの両親は、モオルダアの兄に関することで何か問題を抱えていたのかも知れない。モオルダアの父は、その兄の存在を知らないし、母はその兄というのがモオルダアの空想の産物だと思っていた。その良く解らない兄の存在によって二人はたびたび口論し、お互いの存在を疎ましく思うようになっていったのだろう。

 ホントかどうかは知らないが、とにかく二人は別居していたのだ。そして、今モオルダアの母親が帰ってきたこの家こそ、モオルダアが少年時代を過ごした家なのだ。モオルダアの少年時代にこの家にモオルダアの兄はいたのかどうか知らないが、モオルダア一家の記憶の大半はこの家のどこかにしまわれているのである。


 降板記念パーティーから帰ってきたモオルダアの母は玄関に飾ってる写真を見つめていた。そこには若き日の自分と、モオルダアの父と、少年時代のモオルダアが映っていた。その他にボンヤリとした影のようなものも写っていたが、それはおそらくシャッターがおりた瞬間にカメラの前を通り過ぎた何かの影か、現像時の問題によるものだろう。

 モオルダアの母は「降板してしまうと意外と寂しいものだわね」と思いながら、写真を見ていた。予期せず訪れた感慨に、昔の記憶を甦らせていたスケアリーの母だったが、背後から聞こえた声にた必要以上に慌てて振り返らなければいけなかった。

「母さん…。ボクです…。オックスです…」

聞き慣れないしわがれた声に驚いたモオルダアの母だったが、そこにいたのはモオルダアだった。モオルダアの母は振り返った視線の先にモオルダアを見付けると、少し安心すると同時に苛立った様子で話し始めた。

「何やってるのよ、オックス!降板記念パーティーはどうしたの?!」

降板記念パーティーと言われても、何のことだか解らなかったがモオルダアはせっかくスケキヨに変装した復員兵のものまねをしたのに全然気付かれなかったことでガッカリしていた。

「そんなパーティーはボクが行かなくたって…、どうせ行っても知らない人ばっかりなんでしょ。というか、ボクは今まで大変な目にあってきたんだから、そんなパーティーに行けるはずないよ。それよりも、大事な話があるんだけどね」

そう言って、モオルダアは物置代わりになっている小さな部屋に母親と一緒に向かった。部屋にはいると棚の一部を指さして「ここにあったボクのダンボール箱はどうなった?」と聞いた。モオルダアの母はしばらく考えたが、そこに何があったのか良く思い出せなかった。

「何だか知らないけど、必要ないものはどんどん処分していかないと、人の住む場所がなくなるでしょ。だから多分捨てたのよ」

モオルダアが大事にしまっていた何かが入っていたダンボールがあった場所には、モオルダアの母が着なくなった洋服を入れた箱が置かれていた。母親が子供の物を勝手に捨てて、自分の物は大事するというのは多くの家で行われることである。

「だいたい、そのダンボールには何が入ってたのよ?」

「ん?…まあ、別に捨てちゃったんならそれで良いんだけどね」

本当は全然良くないのだが、そのダンボール箱にはモオルダアが「芸術品」と呼んでいたエロ本が入っていたのだ。

「それで、大事な話って何なの?」

モオルダアは自分の宝物を捨てられてしまったショックで忘れていたが、もっと大事なことがあるのをお思い出した。モオルダアは別の棚からアルバムを取り出して、中の写真を母親に見せた。

「この写真なんだけど、ここに写っている人達のこと何か知らない?」

暗い部屋で見るとほとんど白黒写真に見えるほど色褪せた写真には若き日のモオルダアの父親とその仕事仲間と思われる人物が写っていた。

「さあねえ。あの人が何をしていたのか良く解らないのよね。それに仕事の話はあんまりしない人だったしねえ」

「でも、何か覚えてない?多分防衛庁にいた頃の写真だよね?この人達がなにかもの凄いことをしでかしたかも知れないんだよ」

モオルダアの母は、モオルダアがまた変な空想によって話を初めているのではないかと心配になった。

「あんた、最近疲れてんじゃないの?ちょっとはゆっくりしたらどうなの?」

「そんなことをしている場合じゃないんだよ」

そう言うと、モオルダアは別の箱を開けるとそこから父親のモデルガンを取りだした。なぜかモオルダアの父親もモデルガンを持っていたらしい。モオルダアはそのモデルガンにBB弾を装填すると、心配そうに見つめる母親の脇を通りすぎて出ていった。

 モオルダアの母親は「いくつになってもあの子の考えてることは良く解らないわ!」と思いながら居間にやって来ると、いつものようにお茶を飲みながらテレビでドラマの再放送を見ていた。