「うわーっ!」
「なんだよ、急に!?」
「どう?驚いた?」
「やめてくれよ。町中でいきなり大声出して。恥ずかしいじゃないか」
「そうじゃなくて、ボクの考察に関してキミの意見が聞きたいんだよ」
「なにそれ?」
「つまり、人を驚かす時にわざわざ物影から飛び出す必要はないのではないか、ということなんだけどね」
「何を言ってるのか理解できないけど」
「だから、驚いたか、驚かなかったか、どっちなんだ?」
「まあ、キミの頭がアレしてしまったのかと思ってビックリしたけどね。まあ、それより前にキミの頭はちょっとアレしてるけどね」
「なんだよ、アレしてるって?でも結局驚いたんだね。やっぱりボクは正しかったんだなあ」
「どうでもいいけど、今度から町中で大声出すのやめてくれよな。恥ずかしいんだから」
「そんなことないだろう。誰も聞いてないんだし」
「そんなことないぜ。この辺には望遠耳とかいうのを使っていろんな会話を聞いているヤツがいるらしいんだよ」
「ホントに!?」
というわけで、今回は久々に町中で交わされている会話が聞こえてまいりました。というより前回の続きはどうなった?と思われるかも知れませんが、今回は前回の話とつながっていたり、いなかったり。どうなるかは知りません。
「あなた」
「なんだい?」
「あらいやだ。あなた今日はずいぶんと反応が早いのね」
「そうか?そんなこともないだろう」
「もしかして、インテルに変えたんですの?」
「なんだよそれ?!」
「もう、あなたったら!そうやって、いつまでもアナログライクに生きていくおつもりなんですの?」
「アナログライク!?ってなんだそれ?」
「どうでもいいですわ。それよりあなた。今年の夏は何かが違うと思いませんこと?」
「どうだろう?まあなかなか梅雨が明けなかったりしたからなあ。ちょっと夏らしい感じになるのが遅かったんじゃないか?」
「もう、おバカさんねえ。そういうことじゃありませんわよ。今年はセミの声がしないと思いませんか?」
「ああ、そういうことか。そう言われるとそうだなあ。この辺りはめっきり緑が減ったからねえ」
「ウフッ。あなたっていつもそうなのね。ウフッ。笑ってしまいますわ。子供みたい」
「どこが子供なんだ?」
「デジタルライクじゃないからですわよ」
「???」
「それよりも、セミがいないのは緑が少ないからじゃありませんのよ。セミ泥棒がこの辺りのセミを全部盗んでいったからなのよ」
「セミ泥棒!?」
「おいキミ。とうとう完成だよ!」
「博士!とうとうやりましたね!」
「キミにも苦労をかけたねえ。でも、これでとうとう私もノーベル賞かも知れないなあ。我々の苦労がやっと報われるんだ」
「そうですね、博士。ところで何が出来たんですか?」
「おいキミ。まさか何も知らずにこれまでやってきたのか?!」
「そうですよ。だってボクは経済学部卒ですから。博士のやってることはさっぱりです」
「そうだったのか。まあ仕方ない。それじゃあ特別に説明しよう。私がこれまでの研究の成果を全てつぎ込んで作ったこの一枚のディスク。これこそ世界に一つしかない100%アナログのコンパクト・ディスクだよ!」
「博士。まさかそれレコードじゃないでしょうね?」
「まさか。そんなバカなことを私がすると思うのかね?そういうことではないんだよ。100%アナログといっても中のデータはデジタルだったりするんだがね」
「それじゃあ、どうしてアナログなんですか?」
「このデータは私が全部自分の手でレーザーをミンミンとあてて書き込んだんだよ。つまり100%アナログなデジタル・ディスクが今ここに完成したということだ。書き込みを始めて30年。思えば長い道のりだったなあ。これまで何百人と助手を雇ってきたが、完成に立ち会えたキミは幸運だぞ!」
「博士!…それは、なんというか…凄い、ですね」
「そうだろう?キミも感動で声を詰まらせているようじゃないか。さあ、こんなことはしていられない。早速記者会見だ。もちろんキミも参加するんだぞ。私の優秀な助手として」
「あの博士。…ボクやめても良いですか?」
「やめるって、何を?」
「博士の助手をやめるんです。というか、もうやめることにしました。さようなら!」
「やっぱりガッシリした、じゃないのか?」
「それは違いますよ。あの人たちは全然ガッシリしてない。というより、やっぱりブヨブヨしてるでしょ」
「まあ、それはそうだけど。ブヨブヨじゃ全然格好良くないだろ?」
「おやおや。どうしたんですか?二人とも」
「いやねえ。太っている人の格好いい呼び方は何か?ということを議論していたんだけど。どうも良いのが出てこなくてねえ」
「ああ、そんなことですか。それなら簡単ですよ。太ってる人の格好いい呼び方は、セルライトです」
「それは、太っている人じゃなくて、太ってる人の一部のことだろ?」
「えっ!?そうなんですか?じゃあ、メタボリックはどうですか?カタカナだし、格好いいでしょ?」
「メタボリックは病気だよ!しかもカタカナだから格好いい、ってどういうことだよ!」
「そうだぞ。それだったらブヨブヨも格好いいことになってしまいますよ」
「でも『ブヨブヨ』はひらがなでも『ぶよぶよ』ですよ」
「ぜんぜん意味が解らなくなってるよ!」
「じゃあ仕方ない。オレが一番格好いい太った人の呼び方を教えてやるよ」
「ほう。それはなんですか?」
「琴欧州!」
「あの人はガッシリしてるからちがうよ!」
「やっぱりガッシリで良いんじゃないか」
「おい!そこの無気力な若者」
「なんだよオッサン?」
「あれ!?キミは□□さんのところの息子か?」
「どうでもいいけど」
「私が聞いたことをどうでもいいことにするなよ。まあ良いか…。ところでキミ。この辺の怪しい研究所から怪しい生物が逃げ出したということなんだが、何か知らないか?」
「知らねー。っていうかキョーミないし」
「ああ、そうなの。そんなことじゃキミも謎の生物に食べられてしまうぞ。それより、キミが座り込んでるその場所だけどねえ、昨日○○さんのところの猛犬が巨大なフンをしてたぞ。あの人イヌのフンを始末しないから、もしかしてキミはそのフンの上に座ってるんじゃないのか?」
「何いってんのか知らないけど、全然気にしてねーし。フンとかカンケーねーし。だいたい、フンってなんのことだよ?」
「なんのことだよ、って。それは便のことだよ。つまりウンチだな」
「マジっすか?!それヤバいっすね。さっきここに座ったら、なんか柔らかくてイイ感じ、とか思ってたんすけど。これウンコっすか?マジっすか?」
「気付いたら慌てて家に帰って洗ってきなさいよ!」
「っていうか、もう面倒だからいいっすよ。ここ柔らかくて気持ちいいし」
「ねえ、あなた。…あなた!?……あなたったら!」
「うわー!…なんだキミか」
「もう。なんだじゃありませんわよ」
「いやあ、ちょっと居眠りをしてまったようだよ」
「結局インテルでも居眠りですの?」
「だから、インテルってなんだよ?」
「どうでもいいですわ。それよりあなた。なんだかイヤなニオイがいたしませんこと?」
「ん!?ああ、そういえばそうだなあ。またうちの前にフンをさせていったな!ちょっとあのイヌの飼い主に説教してくる!」
「止めなさいな!うちがあんなニオイにまいるようではウフギ屋のメンツが丸潰れですわよ!」
「なんで!?」
「それよりも、問題はあなたにあるんですのよ!」
「ボクに!?」
「そうですわよ。あなた、最近どんどんブヨブヨしてきていますでしょ。だからうちの前に猛犬がフンをしていくんですのよ」
「なんでボクが太るとイヌがうちの前にフンをしていくんだ?」
「だって、あたくしはどうなるんですの?」
「なんか意味が解らないぞ」
「あなたがブヨブヨしてるのに、あたくしはどうかって聞いてるんですのよ」
「キミはいつまでも変わらないよねえ。相変わらず美しいよ」
「…あらいやだ、ウフフッ。あなたったら…」
「なあ、知ってる?」
「知らないよ」
「そうじゃなくてさ。オレ、凄いこと聞いちゃった」
「凄いって言っても、どうせ大したことじゃないだろ」
「いやいや、これは凄いことだよ」
「もったいぶってないで、教えろよ」
「じゃあ言うけど、ビックリするなよ」
「多分、ビックリしないから平気だよ」
「これは、信頼できる情報源から得たものなんだけどねえ。ニオイのデジタル化が法律で決まるらしいよ」
「なんだそれ?」
「これだからなあ。キミはこのことに関して何とも思わないのか?」
「そんなのあり得ないだろ」
「キミはもっと最新技術に敏感になったらどうなんだ?最新技術ならニオイだってデジタル化だぜ!」
「どうでも良いけど。デジタル化だと何が凄いんだよ?」
「キミはホントにダメだなあ。デジタルの情報は劣化しないんだよ。だからもの凄い臭いものとかもずっと臭いままなんだよ」
「えっ!?ホントに?それじゃあイヌの糞とかカラカラに乾燥してもずっと臭いのか?」
「まあ、無いことも無いねえ」
「それは大変だ!なんだかボクの中の反抗的精神が久々に燃え上がってくるのを感じるぞ」
「おっ、なんだかいいねえ」
「そうだな。なんだか久々に青春を取り戻した感じだよ」
「そうか?!じゃあそろそろボクらのフォークソングでプロテストしようぜ!」
「それはやめとくよ」
「えっ!?なんで?」
「ダサいから…」
「ねえ、なんかカサカサ言ってねえ?」
「何が?」
「さっきから、もの凄く大きいのにもの凄く軽いダンボールがいくつもあっただろう」
「ああ、あれね。でも軽いから積み込みやすくて、オレ達の仕事は楽でいいじゃないか」
「そうだけどさあ。オレは何が入ってるのか気になったからニオイ嗅いでみたり、耳をあててみたりしたんだよ。そしたら中でカサカサ言ってるんだよ」
「そんなことあるかよ。だって品名はリンゴってなってるぜ」
「おいおい。キミは何年ここでバイトしてるんだ?こんな軽いリンゴはこれまで一度もなかっただろ!」
「まあ、そうだけど。ドライフルーツってこともあるかもよ」
「そうだけど、ドライフルーツは何もしないのにカサカサ言ったりはしないよ」
「生きてるドライフルーツなら言うかもよ」
「言わないよ!」
「そうだよねえ」
「そうだよねえじゃなくてさあ。なんかこの荷物のダンボール箱の中には恐ろしいものが入っているような気がするんだよね」
「ちょっとあなたっ!」
「うわーっ!なんだよ急に。ビックリするじゃないか」
「それは、あなたがボサッとしていらっしゃるからですわよ」
「それよりもあなた。知っていらした?デジタルとアナログをセミにたとえると、ミンミンゼミはデジタルでアブラゼミはアナログなんですのよ」
「なんだそれ?」
「もう。なんでそんな反応しかできないんですの?あたくしはあなたがビックリなさると思って言ったのに。あなたって人はダメなんですから」
「いやあ。でもビックリしたことはしたけどね。だいたいそんなこと、どこで聞いてきたんだよ」
「あなたには教えるだけ無駄でございますから、教えませんわ」
「そんなこと言わずに教えてくれよ。もしかしたらそれを聞いたらもっと驚くかも知れないだろ?」
「あたくしは、何もあなたを驚かすためだけに言ったワケではないんですのよ。あたくしの言ったのは宇宙の心理。デジタルなミンミンとアナログなアブラなんですのよ」
「何言ってるのか全然わかんないよ!」
「まあ!怒っていらっしゃるの?」
「えっ!?」
「ひどいお方!もう知りませんわ!」
「ん!?」
「○○さ〜ん。宅急便で〜す!」
「あら、宅急便さん。ご苦労様」
「宅急便さんじゃないけど。まあいいか」
「あれが届いたんでしょ?」
「ええ、まあ。巨大なくせに妙に軽い荷物が沢山届いてますよ」
「宅急便さん、悪いんだけど部屋に入れるの手伝ってくれるかしら?あいにく主人がいないもんで」
「いいですよ、奥さん。それにしてもこの荷物の中身って何なんですかねえ?なんか時々カサカサ言うんですよ」
「何言ってるのよ?リンゴって書いてあるんだからリンゴに決まってるじゃない」
「えっ?本当ですか。それじゃあドライフルーツとかですか?」
「ドライフルーツなわけないでしょ。リンゴと書いてあるんだから、これはどう考えてもリンゴという意味でリンゴなんですよ!」
「へえ、そうですか…。奥さんこれで全部ですね。それじゃここにハンコかサインをお願いします」
「あら、もう終わっちゃったの?ずいぶんと早いのねえ」
「軽いですからねえ」
「はいハンコ」
「どうも奥さん。毎度あり〜」
「…アレェェ〜!!お助け〜!」
「奥さん!?…。奥さん!?どうしましたか?奥さん!」
「というわけでねえ、その逃げ出した謎の生物というがこの辺のセミを全部食べてしまった、ということなんだよ」
「なんだそれ!?そんな話、誰に聞いたんだよ?」
「さっき、あそこのそば屋で隣に座ってた変なおじさんから」
「キミはその話を信じてるのか?」
「だって、信じないわけにはいかないだろ?もし、それが本当だとしたら助かるのはボクだけだぜ」
「助かるって言っても、その謎の生物は人間は襲わないんだろ?セミを食べるんだから」
「それは解らないよ。セミを食べ尽くしたら、今度は人間を襲い始めるかも知れないし」
「なんでセミの次が人間なんだよ!セミの次は他の虫になるのが普通だろ」
「キミはそんなことを言うのか。残念だねえ。せっかくボクがキミのことも助けてあげようと思ったのになあ。信じないものは助からないよ」
「なんだそれは?怪しい宗教みたいだぞ。だいたいキミは謎の生物の存在は知っていても、その生物に襲われた時の対処方法は知ってるのか?」
「知らないけど。キミは知ってるだろ?」
「知ってるわけないだろ!」
「ちょっと、そこのお巡りさん!大変よ!」
「なんですか奥さん。私はお巡りさんではなくてザ・ガードマンだ。こんな恰好だからよく間違えられるけど、警備員です」
「そんなことはどうでもいいのよ。○○の奥さんが大変なのよ!」
「大変といいますと?」
「大量のアブラゼミに襲われてるのよ!あんたちょっと行って助けてきなさいよ」
「そういわれても、私はザ・ガードマンだからセミを退治したりはしないんだが」
「なによそれ。情けないわねえ。もしこのまま○○の奥さんが助からなかったらあんたは殺人罪ですよ。ちょっと、解ってるの?」
「良く解りませんが、そんなに大変なら警察を呼べばいいじゃないですか」
「あんた、カッコが警察みたいなんだからアンタだって同じことよ!…ちょっと、待ちなさいよ!逃げるつもりなの?この卑怯者!」
「いよいよこのディスクを学会に発表というとこまで来て私はある問題に気付いた。世界に一枚のこの100%アナログのディスク。もし何かの拍子にディスクに傷が付いてしまったり、割れてしまったり。そんなことが起きれば私のこれまでの研究の成果が無になってしまう。ここは100%アナログのバックアップを作らなくてはいけない。それにはもっとミンミンが必要なのだが…。もうセミ捕り名人の助手はいなくなってしまった。しかし、どうしてもバックアップディスクは必要だ。しかも100%アナログでなければ意味がない。ここは最後の手段として闇の組織の手を借りるしかないのか?それによってもし私の身に何かがあったとしても、背に腹はかえられない、ということだ」
「うわーっ!」
「あら、どうなさいましたの?あなた」
「なんかイヤな夢を見たよ」
「あら、そうなんですの?最近お疲れになっているんじゃありませんの?」
「そうかなあ?それにしてもあんな夢はもうイヤだなあ」
「またセミの夢でございましょう?」
「そうだけど。キミにその話はしたっけ?」
「ウフフッ。あなたったら、なんにも解っていらっしゃらない。あたくし、あなたの頭の中のことはなんでもお見通しなんですのよ。ウフッ」
「ええ?まさか…」
「それよりもあなた。あたくし悲しくなってしまいますわ」
「何がだい?」
「世界がこんなに危険な状況なのにみんなは知らんぷり。○○の奥さんのことだってそうですわ」
「何のことだか良く解らないけど」
「…」
「キミ、泣いてるのか?」
「…泣いてなんかいませんわよ」
「でもキミの頬を涙がつたって床にポタポタ…」
「これは涙じゃありませんのよ。これはセミさんたちの魂の泉」
「???」
「火にアブラゼミを注ぐようなものですのよ」
「???」
というわけで、町では何かが起ころうとしている。そんな気配がしてまいりました。そんな感じでこれは次回につながるんでしょうかねえ?