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#128 「Those Summer」 2009-09-20 (Sun)

 去っていって淋しくなるものは始めから来なければ良いのに。それでも四季というものがある以上、何かはやって来て、そして去っていくのです。そもそも四つしかないというのが問題なのかも知れません。一年のうちに季節が10ぐらいあったら、めまぐるしく季節が変わっていって、何が来て何が去っていったなんか気にしないですむのに。


 そんなことを思っても、四つしかないのだからしかたがない。特にその四つの中の夏というのが一番厄介なのです。汗臭いし、アスファルトも臭いし、gkbrは元気だし、ご飯は放っておくとすぐに酸っぱいニオイになってしまう季節だというのに、誰もが夏になると活気づいてしまって、それが去っていくと淋しげになるのである。

 ニオイの原因も、酸っぱい原因も基本的には我々と同じもので出来ているのだから、夏になると我々が活気づくのはしかたがないのかも知れないが。


 そんなこととは関係なく、これは前回の望遠耳の話の続きである。なぜか小学校では夏休みが延長され、街の人々は夏っぽい気分になってしまった秋の始まり。果たして、本当に終わらない夏がこの街に訪れるのだろうか?

 なんか、途中から間違えてBlack-holicの文体と違う感じで書いてしまいましたが、望遠耳の続きです。Black-holicは基本的に「ですます調」で書いていたことを忘れていました。

 それはどうでもいいのですが、各コーナーごとに文体を変えるのは無理な気もしています。全てはRestHouseというヤバいコーナーが原因なのかも知れませんが。

 気にしてもしかたがないので、前回の続きを始めるのです。

「まことに、申し訳ございませんでした…!…こんな感じでいいかな?」

「私に聞かれても困りますよ、社長」

「そうだけどさ。無理矢理やっている感じとか出てないか?とかそんなところはどうだった?」

「どっちにしろ報道陣の前で謝罪するのは、なんかわざとらしい感じがしてしまうものですから。普通にやったら良いじゃないですか」

「まあ、そうなんだけどねえ。私もこんなことになるとは思ってなかったから。それに『普通』って意識すればするほど普通じゃなくなるし」

「社長がそんな感じじゃ困りますよ。なんかヒラ社員の私が社長より偉いみたいじゃないですか」

「まあ、そうなんだけどねえ。こう言う時は社員が一丸となって困難を乗り越えていかなければいけない!ということだしね。それにキミみたいなその場の雰囲気でアッチに付いたりコッチに付いたりするような人の意見は貴重なんだよ」

「私はそんなふうに見られてたんですか?」

「まあ、そうだけどな。基本的に最近のヤツらはそんな感じだけど、キミはその中でも抜きん出ているんだから。私もキミには一目置いているのだよ」

「それは喜んでいいのかどうか良く解りませんけどね」

「それは、どうでもいいから。もう一度謝罪するからちゃんと見ていてくれよ」

「またですか?!」

「ウフッフ…。ウフッフッフッフー!…あーなた!…あなーたってば〜!」

「うわぁ!なんだよ、キミか」

「なんだよ、っておっしゃいました?」

「…えっ?」

「あなた、アタシに向かって、なんだよって言いましたね?」

「あ、いや。そうじゃなくて。すごく恐い夢を見たんだよ。キミがシワシワで白髪を振り乱してる老婆になっている夢だったんだけど」

「あなた!…」

「えっ…」

「…」

「…」

「そんなことはどうでもいいのよ、あなーた」

「どうでもいいのか?!」

「そんなことより、あすこをご覧になって、あーなた」

「あなーたとか、あーなたって何だ?」

「何のことかしら?あーなたー」

「…ん?!まあ、良いけど…。今度はどこを見ればいいんだ?あのベランダか、それよりもっとむこうか?」

「もうこの世界にベランダも、もっとむこうもないのよ、あなた」

「じゃあ、あすこってどこだ?」

「全てのメランコリーが夢のフィルターを介さずに現実化されていくその場所。それはアタシの見た未来。アタシの見ていない過去。そして、全てがなかったことになる虚構の果て」

「???」

「アタシはもう一度ハイレグビキニになった方が良いかしら?」

「…知らないよ」

「ちょっと、そこのお巡りさん!」

「ああ、これは××の奥さん。私はお巡りさんじゃなくてザ・ガードマンですよ!」

「なにそれ?見た目が一緒なんだからどっちでも良いのよ。ホントに。そんなことよりも大変な事になってるからちょっと来てよ」

「大変な事とは、いったい?」

「アレがアレになって這い回ってるのよ!」

「全然意味が解りませんが」

「イイからちょっと来るのよ。ホントにもう」

「ちょっと、ウチの会社ヤバいことになってるみたいだぜ」

「ええ、また!?」

「また、って。こんな事は初めてだったと思うけど」

「そうじゃなくて、去年までいた会社もヤバいことになって、私はヤバいことになる前に退職してこの会社に来たのに」

「それは大変だねえ。…というか、もしかしてキミが疫病神なんじゃないか?」

「そんな失礼な!」

「いやいや、冗談だけどね」

「だいたい、なんでそんなことになったんですか?」

「さあね。でもこのあいだ□□部長がすごく慌ててたから、それが原因じゃないかな」

「また□□かぁ」

「何がまたなんだ?」

「去年のその会社でも□□って苗字の人がヘンなことをやらかしてヤバいことになったんですよ」

「そうなのか。しかし、困ったなあ。この後始末は大変だぞ」

「いや、そんなこともないですよ」

「なんでそんなことが解るんだ?」

「私は去年の騒動で学んでますからね。こういう時にはとっとと会社を辞めれば良いんですよ。こういう時のために辞職願、ならびに辞職届はいつでも持ち歩いてますからね」

「なんて無責任な!」

「無責任と思うかどうかは価値観によりますよ。それじゃあ早速やめてきますね」

「おい、まて!オレにも辞職願と辞職届の書き方教えてくれ!」

「まあ、いいですよ」

「なあ、知ってる?」

「知らないよ!…というか、アレはなんだったんだよ?」

「そうだな。恐かったよな。やっぱりオレの怪談話は実際に起こると恐いんだよ」

「なんで、そんなに冷静なんだ?」

「オレだって最初はビックリしたけど、特に危険な目とかにはあわなかったからね」

「まあ、そうだけど。でも、あんなのあり得ないだろ?」

「あり得ないから恐いんだよ」

「そうじゃなくてさ。あり得ないことが実際に起きてることが問題じゃないのか?」

「言われてみればそうだけどね」

「今気付いたの?」

「そうだけど?」

「あら××の奥さん!」

「あら、□□の奥さんじゃない。最近、涼しくなりましたよねえ」

「ホントにねえ。涼しくなったわよねえ」

「ホントにねえ、また夏になったというのにねえ」

「ホントに。それじゃあ、アレなんでまたね」

「あら、そうなの?それじゃあ。ホントにねえ」

「ハイ!こちら現場のウッチーでーす!みなさんここがどこだか解りますかぁ?……。それは大ハズレです!現在私は全国でも、そして歴史的に見ても異例な夏休みを1ヶ月延長した小学校のすぐ近くにある公園に来ていまぁす!みなさん、見てください!夏が終わるにもかかわらず、子供達が夏休み以上のハイテンションではしゃぎまくっていますよ!それでは早速インタビューしてみたいと思いまーす!みんな、夏休みの延長はどうですか?」

やってまーす!

「とても盛り上がっているようですね。それでは、そこの女の子に話を聞いてみたいと思いまーす。夏休みが1ヶ月延びたということですが、この夏休みには何をしたいと思ってるのかな?」

「…えーっと。なんか、みんなで『やってまーす』とか言ったりするのとかが楽しいです」

「そうなんだぁ。それじゃあ、そこのキミはどうかな?この夏休みはどうですか?」

「…えーっと。なんか、みんなで『やってませーん』とか言ったりするのとかが楽しいです」

「そうなんだぁ。『やってまーす』とか『やってませーん』というのはこの辺りで流行ってるのかなあ?」

「…えーっと。カブトムシが飛んできたり、セミの鳴き声がうるさくて凄いなあ、と思いました」

「そうですかあ!以上、ハイテンションな子供達であふれかえる公園からウッチーがお伝えしました。……、っていうかお前ら、なんでさっき言ったとおりにインタビューに答えねえんだょ!え?コラ!…」

「おい、そこのお前。…お前だ!望遠耳の男よ」

「あれ?!また私ですか?」

「あれ、とは何だ!この異常な状況で緊張感のない男だ。それに、私がいきなりベランダにやって来たのに、お前は驚かないのか?」

「驚くといっても、前回に引き続きという感じですし。最近なんだかビックリしないんですよね」

「なんだそれは?つまらない男だ」

「スイマセンね。それで、あなたは何なんですか?本棚のパーツを探している人ですか?」

「なんだそれは?そんな物は探しておらん。私は秋の使い。ノグソという名の夏の使いを探している」

「ノグソ?!」

「知らないかね?望遠耳のお前なら知っているだろう」

「そんな名前の人は出てこなかったけど。もしかして、この間このベランダに来た人かな?名前を言わなかったのはヘンな名前だからかな?」

「何をブツブツ言っているのだ?私は夏の使いから夏のガッカリエナジーを引き取るためにやって来たのだが、ここにはミョーな夏の活気があふれているではないか。これではこの先何が起こるか知れたものではないぞ」

「そのノグソさんならいろんな所に現れて、そのガッカリエナジーとかいうのを探してたみたいだけど」

「ちょっと、◯◯の奥さん!」

「あら、××の奥さんじゃない」

「ちょっとさっき□□の奥さんに会っちゃったのよ!」

「あら、ホントに?!」

「そうなのよ。あの人また妙な物抱えてたのよ。ホントにねえ」

「またなの?!ホントの怪しいわよねえ」

「ねえ、ホントに」

「ホントにねえ。あらイヤだ、またアレの時間じゃない?」

「あらホント」

「ホントにねえ」

「なあ知ってる?」

「知らないよ」

「そうじゃなくてさ。夏が終わる時の物悲しさとかってあるじゃん?」

「あるのか?」

「あるのか?って。このあいだ言ってただろ。今年も夏が終わっちゃうね、みたいなこと」

「ああ、あれか。あれがどうしたんだ?」

「ああいうのって、なんだかジワジワ来るけどさ。あの物悲しさが瞬間的に味わえることってあるよな」

「あるのか?」

「あるんだよ。例えばさ、嬉しいことがあってヤッター!って飛び上がったら天井に頭をぶつけた人を見た時」

「天井が低いってことか?」

「そうじゃなくて。じゃあ、誕生日にもらったプレゼントのオモチャが、もらったその日に壊れてしまった子供を見た時」

「まあ、それは可哀想な感じだけどな。でも自分のことじゃないからな。それに、また夏っぽい雰囲気になってるのに、そんな話はしない方が良いぜ」

「まあ、そうかな。でも夏っぽい感じなのに、特にやることなかったりするよな」

「そりゃ、毎年ホントの夏でも何をしていいか解らずに夏が終わるしな」

「怪談話でもするか?」

「やだよ。ホントになっちゃうから」

「そうだよな。でもさ、さっきのアレは絶対にゴミ置き場のゴミ袋だと思ったんだけどな」

「オレも最初はそう思ったよ。でも這ってこっちに向かってきただろ」

「ゴミ袋は這ったりしないからな」

「そうだよ。だからアレはやっぱりアレだったんだよ」

「まことに申し訳ございませんでしたーっ!…これでどうかな?」

「いやいや。今のは力はいりすぎですよ。『わめいたら本気』みたいなのはアマチュア俳優の良くやる間違いです」

「キミはそんなことにも詳しいのか?」

「いや、別に。なんとなく思っただけですけどね。でも今のよりはさっきの方が真面目に謝罪してる感じでしたよ」

「そうか、それじゃあ、ちょっと弱々しい感じでやることにしようか」

「あ、そうだ。社長、これ辞職願いと辞職届。ハイ」

「ハイ、ってなんだこれ?」

「私は面倒なことが起こる前に会社を辞める所存でござりまするが」

「なんのことだか解らないが。ここにも同じことが書いてあるな。『所存でござりまする』ってなんだこれは?」

「何でも良いですけど。会社を辞めることにしたんで。サヨウナラ!」

「おい!ちょっと待ちなさいよ!」

「ということでね。私が秋を始められないと世の中は大変な事になるんだぞ」

「へえ、そうなんですか」

「なんだ、その気のない感じは。もうちょっと驚いたら良いものを。だいたいなんで我々の会話の途中が端折られているんだ?」

「だって、その話は前に夏の使いのノグソさんがしていった話とほとんど一緒だしね」

「なんだ、そうなのか。それでノグソのヤツはどこにいるんだ?」

「さあ、今日はまだ声を聞いてませんけどね。最近この望遠耳も古くなってきているからなあ。そろそろ新しいのと買い換えたいんですけどね」

「つまり、その望遠耳ではこの辺りにノグソがいるかどうか解らないと言うことか?」

「いや、そうじゃなくて、ただ新しいのが欲しいということですけど。いろいろ聞こえることは聞こえますよ」

「ならば、お前はその望遠耳でノグソを探し続けるんだ。私は街を探してみるからな」

「ちょっと、その前に聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ?」

「秋の使いさんは名前はないの?」

「私か?…まあ、ないこともないけどな」

「教えてくれないということは、ヘンな名前なんでしょ?」

「そんなこともないぞ。…私の名前は…ガブリエル」

「ビミョーだけど、それほどヘンな名前じゃないじゃないですか。なんで最初に名乗らないんですか?」

「なんていうかな。この名前は自分で決めたんだが、ちょっとカッコイイと思って天使と同じ名前にしたら、自分で名乗るのが恥ずかしくなってな」

「あなた達は自分で自分の名前を決められるんですか?」

「まあ、そうだが。でも一度決めると絶対に変えられない掟になっているんだよ。ノグソだって、あいつは始め響きがカッコイイとか言って自分の名前を汚い名前にしてしまったんだよ。なにしろそんな言葉があることに気付いたのは我々がこうして季節を変える仕事をするようになって人間の世界にやって来るずっと前のことだったからな」

「そうなんですか、ガブリエルさん」

「恥ずかしいから名前で呼ぶな!」

「解りましたよガブリエルさん」

「もういい!そんなことをしてると…。まあいいや」

「良いんですか?怒ると思ってビビって損した」

「なんていうか、秋とはそんなものだよ」

「では、また会おう。望遠耳の男よ」

「ハイ!こちら現場のウッチーでーす。みなさん、ここがどこだか解りますかぁ?…うーん、惜しいですね。ここは先程の夏休みが延長された地域にある会社のビルなんです。ここで緊急会見が開かれるということなので、ついでにウッチーが緊急リポートしてみたいと思いまぁす!……。そうなんです。どうやら、この会社で製造した実験用の機械に重大な欠陥が見付かったようなんです。人体にも多大な影響を与える可能性があるということなので、ウッチーが張り切って糾弾したいと思います!…あっ、ただ今会社の社長と思われる人物が会場に入ってきました!」

「…」

「…」

「…えー、この度は、まことに申し訳ござりませんでしたぁ…。カァァ…」

「私は人気女子アナのウッチーこと内屁端ともうしますが、今の『カァァ…』というのは一体なんなのですかぁ?」

「事の重大さを痛感しているという意味でござります」

「それよりも、一体なにが重大なのですかぁ?」

「あれ?知らないのですか?」

「上から言われてやって来ただけなので、知りませーん!」

「ええと、この度、我が社の製造しました機械に重大な欠陥が見付かりまして…」

「それは知ってまーす!」

「はあ、そうですか。それで、元社員の開発したその機械にはレバーが付いていまして、そのレバーを押すか引くかによって、何か大変な動作をすることがその元社員の検証で明らかになりまして。その機械を回収しようとまた別の元社員を納品先に向かわせたのですが、納品先の研究所とやらに行ってみても、そこはもぬけのカラ、という事態でござりまして…」

「どうして出てくる人が『元社員』ばかりなのですかぁ?」

「なんだか酷い世の中でござりまして、不況だとか就職難とか言っているわりには、会社が問題を抱えるとみんな辞めていってしまって、現在のところこの会社には私一人という状態でございまして。私もこの会見が終わったら自分に辞職願いと辞職届を提出して会社を辞めようと思っている所存にござりまする」

「何を言っているのか良く解りませーん!それよりも、その機械の大変な動作とは具体的にどのようなものなのですかぁ?」

「うっとうしいヴィのエネルギーが発生するのです」

「それは一体どのようなものなのですかぁ?」

「それは『ああ、今私は生きてるなぁ…』と万人にシミジミと言わしめる、あのうっとうしい活力のことです」

「それのどこが問題なんですかぁ?」

「あなたにはまだ解っていない。あれは元々生ゴミのような物からエネルギーを発生させる機械だったのですよ。でもそこからうっとうしい活力が生み出されるとしたら、この世界を支えている様々なもののバランスが大変な事になるのです。…ああ、もうこの辺で良いですか。私もここで辞職願いと辞職届を提出して会社を辞めますんで。サヨウナラ!」

「これは一体どういうことでしょうか?たった今、社長が会社を辞めてどこかへ行ってしまいました!どうやら、この会社にはもう誰もいないようです。これはもしかすると社長になれるチャンスかも知れませんので、これから入社してみたいと思いまーす!それではいったんスタジオにお返ししまーす!」

「あら、あなた。早いじゃないの」

「ん!?まあね。それよりも、あの研究所だけど」

「今日も行ってみたけど、誰もいなかったわよ。だいたい、家具からアレまで全部なくなってるっていうのに、人が戻ってくるワケないじゃないのよ!」

「それはそうだけどね。ところで、あの子はどこ行った?」

「夏休みが延長だから近所の公園で遊んでますよ」

「そうか。でも夏休みが延長になったのはこの辺りだけなんだろ?」

「そうよ」

「だったら、ハワイアンランドはガラガラだろうな」

「でもあなたは日曜しか休めないんじゃないの?」

「いやね。さっき会社を辞めてきたんだ」

「それ、どういうことよ!あなた」

「なんかさ、会社の若いヤツから勧められてさ。乗っている船の船底に穴を見付けたら、それを手で押さえ続けるのか、それとも船を見捨てるのか。とかそんなことを言われてね。手で押さえてたらいつまでたっても動けなくなってしまうからね。それで会社は辞めることにしたんだよ」

「船を見捨てて海に飛び込んだってことなの?」

「まあ、今の例えで言うとそうだけどな」

「あなた、私達の生活はどうなるのよ!」

「それは、まあなんとかなるだろう」

「何を呑気なこと言ってるのよ。それに、あなたが開発したっていうあの機械はどうなるのよ!アレのためにご近所様から白い目で見られてんのよ」

「あっ!しまった!会社に置きっぱなしだ!」

「あなた…。あなた…。また居眠りなの、あなた。あなた…。アタシを捕まえてみて!あなた…。あぁぁなた!」

「うわぁ!なんだ!?…なんでキミは金色ハイレグワンピース水着なんだ?!」

「もうあなたったら!そんなに詳しく驚かなくても良いじゃないの」

「いやぁ。なんか驚いたから、この驚きを望遠耳の人にも知ってもらいたくてね」

「もう、あなたったら!また夏が来たからと思って、これはあなたのためにやっていることなのよ。それなのにあなたったら!ひどい話ですこと」

「あ、いや…。そういうつもりじゃ…」

「それに望遠耳の人なんてもういませんわよ」

「え!?そうなの?…でも、いるじゃないか。ほら、あそこのベランダに」

「あの人はもう、いてもいなくても関係ないのよ、あなた。あの人は何を聞いても驚かないし、感動することもないの。心に空いた穴が増えすぎて心が無くなってしまったのよ」

「なんだか、スゴイ話だねえ」

「あなたもそうなってしまうのね?」

「何が?」

「そうなんでしょ?夏のあとにまた夏がやって来ると、終わらない夏は夜明けのミュー…」

「なんだそれは?!」

「もうハイレグ水着なんて誰も喜ばないんですのよ。あなた…」

「え!?いやぁ…それほどでも」

「どうして、研究所の引っ越しなんかしたんすか?重い機械ばっかで筋肉痛っすよ」

「まあいいじゃないか。せっかくのチャンスをリコールで潰されては困るんだよ」

「リコールってなんすか?」

「これだよ、キミ。この機械のレバーに『押す』と書いてあるけど、押してみても何も起こらなかっただろ?」

「そうっすね」

「実はこれ、メーカーが書き間違えたみたいなんだよ。こんなことを言うのもなんだがね、キミの言ってたことが正しくて、これは『引く』みたいなんだよ。だけど、あの会社はこれは重大な欠陥だからこの機械を回収するとか言ってたらしいんだよ。でも実験材料は新鮮なうちに使わないと劣化するから、ヤツらがやって来る前に逃げ出す必要があったんだよ」

「良くわかんないっす」

「…。まあ、キミが思っていたより力持ちで助かった、ということだよ。今月の給料はプラス500円にしてやるぞ」

「マジっすか?!」

「嬉しいかね?」

「チョー嬉しいっす!」

「それは良かった」

「ウワァァァ!」

「ウワァァァァ!」

「なんだよ今の?」

「知らないよ!というか、今回は人数増えてなかったか?」

「人数よりも、あんなのあり得ないだろ!?」

「まあ、そうだよな」


「おい、お前達。まだこんな所をうろついていたのか?」

「あっ、あなたは…誰だっけ?」

「私は『夏の使い』だ」

「ああ、そうだ。『夏の使い』だ。というか名前はないの?」

「私に名前などない!」

「なんで怒るんだ?」

「怒ってなどいない!」

「なら、いいか。それよりも、この先は行かない方が良いですよ」

「どうしてだ?」

「信じてくれるか解らないけど、白髪の老婆がスゴイ勢いで這い回ってるんですよ」

「そうなんですよ。しかも始めはゴミの集積所に集められたゴミの袋とかだと思っていたら、良く見たら白髪の老婆で、始めに人間じゃないと思っていたものが、実は人間だったりすると凄くビックリするから、凄くビックリするんですよ!」

「その説明じゃ解らないんじゃないか。とにかくこの先には行かない方が良いと思いますよ」

「それは興味深い話だな。その老婆の発生源が解れば私の探していたものも見付かるかも知れない。そうだ!望遠耳を使えば話は早いぞ。お前達。この辺りに望遠耳を持っている男がいるはずだが、どこにいるか解るか?私はずっとこの辺りをさまよい続けて、望遠耳の男の家を忘れてしまったんだが」

「望遠耳ってなんだ?」

「知らないのか?」

「知りませんよ」

「まったく役に立たないな、お前達は」

「いきなりやってきて『役に立たない』とか言うのは失礼じゃないか?」

「そうだぞ」

「そう言われれば、そうだな。ノグソ、ちょっと反省中。とにかくこんな所にいたら危険だから、早く秋のやって来ている場所に逃げた方が良いぞ。さらばだ!」


「行っちゃったね」

「行っちゃったな。というか、あの人『ノグソ』とか言ってたけど。なんのことだろう?」

「さあね?とにかく今日は帰ろうか。駅前の居酒屋でノグソ祭りやってただろ?」

「やってないよ!」

「そうだよねえ。ノグソ祭りはやってないよな。でも、せっかく夏っぽい雰囲気が取り戻せたから生ビール飲んで帰ろうよ」

「そうだな。ここにいても白髪の老婆に追い回されるだけだし」

「おい、望遠耳!」

「ああ、ガブリエルさん」

「その名前で呼ぶな!」

「そうですか?けっこう良い名前だと思うんですけどね。ガブリエルさん」

「ワザと言ってるだろ?恥ずかしいからやめろと言ってるのに」

「イヤならやめますけど。もしかするとガブリエール!とかにしたら良かったかも知れないですけどね」

「名前は変えられないと言っただろ。それよりもノグソの居所が全然解らないのだが、その望遠耳でなんとかならんのか?」

「それなら、さっきちょうどアッチの方で声を聞きましたよ」

「アッチって、ドッチだ?」

「アッチはアッチですけど。聞こえただけだから正確な場所までは解りませんよ。でもボクのことを探してるみたいでしたけど」

「なんか役に立たない望遠耳だな。望遠口とかで居場所を伝えることは出来ないのか?」

「それが出来たとしても、聞いた人はアッチの方から声が聞こえた、としか解らないからこの場所は特定できないですよ」

「ハァ…。もう憂鬱だなあ。この世の中というのは」

「そんなにガッカリしなくても…。それより、あなた達はいきなりこのベランダに現れたり出来るのだから、その不思議な力を使ってノグソさんのところに行ったり出来ないんですか?」

「残念ながら我々は神様ではないのでな。ハァ…。我々が神様だったらこんな面倒なことにならずに済んだのに。人間が好き勝手やるからこんな面倒なことになるんだよ」

「全部人間のせいにされると困りますが」

「ハァ…。そう思うなら思っていればいいけどな。とにかく『夏の使い』はここを探してるんだろ?だとしたら下手に動き回るよりもここにいた方が良さそうだな。悪いがしばらくここにいさせてもらうぞ」

「ええ!?…まあ、良いですけど」


「ハァ…」

「…」

「ハァ…」

「…」

「ハァ…」


「あの、やっぱりどっかに行ってくれませんか?」

「やっぱりそうか。ハァ…ァ。みんなそうやって私のことを嫌うんだよ。私が夏のあとを担当したばっかりに、これだよ。誰もが『夏が終わった…夏が終わった…』とか悲しそうに言うんだ。誰一人として『秋がキターー!』とは言ってくれないんだよ」

「そうじゃなくて。私は秋が好きですよ。それよりもその『ハァ…』っていう溜息をなんとかして欲しいんですよ!なんで人に聞こえるような感じで溜息をつくんですか?」

「だって、誰も私が憂鬱なのに気付いてくれないんだもん」

「そんなことは自分でなんとかしてくださいよ」

「そうなんだけどね。でもみんなが憂鬱になるのは全部私のせいなんでしょ?そんなことを知ってから私は自分のやってることに全然自信が持てなくてね…。ああ、解ってますよ。そんな話は聞きたくないでしょ。ハァ…ァ。『夏の使い』が来たら言ってください。私はあそこにいるからと。あそこで一人で溜息をついていますよ」

「あそこって、どこですか?」

「あそこはあそこだよ。ノグソなら解るであろう。さらばだ」

「…」

「よし、それじゃあ、今度こそ世紀の瞬間だぞ」

「ホントっすか!?マジ、ヤベェっすね」

「これが成功したら、キミ解るかね?…いや、解らないだろうけど…。この付近の住民から集めた『夏に対する壮大な期待感』をエネルギーに変換することが出来たら…。もう環境汚染も、それに石油の利権をめぐる醜い争いや戦争もなくなるんだよ!キミ!これがどういうことだか解るかねキミ!…そうだ、なんだったら最近流行りのオープンソースとかにしてみたら大変なことになるぞ!キミ」

「全然わかんないっす」

「まあ、そうだな。せっかく私が泣きそうに感動しているんだから、解ったフリぐらいはした方が良いぞ。キミもこの先長いんだから」

「そうっすね」

「…。まあいいか。とにかく、スイッチを入れるぞ。『押す』と書いてあるが『引く』だ。行くぞ!」

「どこへ?」

「もうどうでも良い!スイッチオン!」

「…」

「…」

「なんにも起きないじゃないっすか?」

「そんなはずはないぞ。おそらく反応が始まるまでに時間がかかるんだろう。今にこの機械から膨大なエネルギーが発生するはずだ」

「…」

「…」

「なんにも起きないっすよ」

「おかしいな…」

「この前、押しちゃったから壊れてんじゃないっすか?」

「何を根拠にそんなことをいうんだ?」

「いや、なんとなく」

「…でも、そう言われてみるとそんな感じもするな。やっぱりメーカーに引き取ってもらうしかないのかな。まあ時間がかかっても偉大なる発明のためにはしかたがない」

「ハイ、お電話ありがとうございまーす!私はこの度、この会社の社長になった元人気女子アナのウッチーこと内屁端でーす!……。リコールのことなんか知りませーん。なにしろウッチーはついさっき社長になったばかりなんですから。……。そんなことは知りませーん!……。それなら、こちらに郵送してくださーい!…っていうか、着払いとかあり得ねからな!わかってんな?てめぇ」

「ちょっと、そこのアンタ!」

「ああ、これは△△さんの奥さん」

「ああ、じゃありませんよ!アンタ、警察のくせになにやってんのよ!」

「私は警察じゃなくて、ザ・ガードマンだ」

「そんなのどうだって良いのよ!それよりうちの子が白髪の老婆に襲われて頭にタンコブ作って泣いて帰ってきたのよ!早くなんとかしてよね!そこら中にいるって話なのよ!ホントにもう」

「這い回る老婆ならさっき取り押さえたんですけど。でも捕まえたら煙みたいに消えちゃって」

「何いってんのよ!一人消えても、そこら中にいるんだからなんにも解決してないんだから、もうホントに」

「えぇ?そうなんですか?」

「あんた、警察なんだからなんとかしなさいよ!」

「私は警察じゃなくてザ・ガードマンだ」

「どうでも良いけど、なんとかするのよ!それじゃ」

「なんとか、とか言われてもなあ…」

「あれ?雨だ」

「雨!?…雨じゃないぞ」

「ホントだ。というか、何だこれ?」

「これって、本棚とか、カラーボックスとかの仕切りを支える金具じゃないか?」

「ああ、あの横に空いてる穴に挿して使うやつな」

「これって、挿す穴の位置を間違えると板がガタガタして気持ち悪いんだよな」

「でも、どうしても上手くいった試しがないよな。本棚のあの部分はどうにかならないものかなぁ」

「それよりも、どうしてこんなものが降ってきたんだ?」

「降ってきたんじゃなくて落ちてたんだろ?」

「いや、降ってきてるよ。ほら!そこにもまた落ちてきた」

「ホントだ!…というか、これは本降りになりそうな気配じゃないか?」

「うわぁ!ホントだ。あの部品の夕立だ!」

「ウワァァァ!」

「ウワァァァ!」

「とりあえず、あの居酒屋に逃げ込もう」

「そうしよう」

「ウプッププププップ・ウプップ・ウッププ…あなた…DJリミックスですのよあなた。ウプップ・ウプップ・ウププ・ウプププ…。あなた…、また居眠りですの?…あなたってば!」

「ウワァ!…なんかまたヘンな夢を見ていたよ」

「もう、あなたったら!ヘンな夢を見るなら居眠りなんかなさらないで空を眺めていたら良いのよ、あなた」

「でも、こうしてキミと二人で座っていると…」

「そんなことより、あなた。降ってきましたよ」

「ん!?雨か?洗濯物は大丈夫か?最近は気候がヘンだからこんな時期にも夕立があるんだな」

「降ってくるのは雨だけとは限りませんわよ、あなた。ウペペ・ウペペ…」

「今のは…笑ったのか?」

「それはどうでも良いこと。空からは何が降ってくるのか、誰にも解らないのよ、あなた」

「そうかも知れないけど。一体何が降ってきたんだ?」

「それだけでは意味のないもの。意味があっても気付かれないもの。それはあたし達の目の前にあって、決して手の届かないところにあるもの」

「それはナゾナゾか?」

「もう!なんでいつもあなたはそんなふうにしか考えられないの?」

「ナゾナゾじゃなかったら、何なんだ?」

「もう知りません!」

「なんで怒るんだ?」

「怒ったって何も解決しないのに」

「だから怒らなければ良いんだよ」

「あなたがいつまでも寝ているからそうなるのよ、あなた」

「…。というか起きてるけど」

「なら、これが現実だと誰が証明できるの?あなた…ウフォフォ…ウフォフォ…」

「それは、どういうことだ?」

「ハイ!私はキュートな新人女子アナの須樫屁端(スカシヘバタ)でーす!みなさん、ここがどこだか解りますかぁ?……。そうなんです。突如行方が解らなくなってしまった人気女子アナのウッチーこと内屁端先輩が最後にリポートを行っていた街にやって来ています。そして、私は新人女子アナらしからぬ技量を発揮して、ものすごいものを発見してしまったので、こうして緊急リポートしているのです!……。それは違います。なんと、この街には何十人、いや何百人もの白髪の老婆がどこからともなく発生して、彼女たちがスゴイ勢いで這い回っているのです。みなさんご覧いただけますでしょうか?あまりにも速く這い回るのでカメラに収めるのも困難な状態でありますが、先程から何人もの老婆が私やスタッフ達のまわりを這い回ってはどこかへ去っていくのです。有能な新人女子アナが推測するところによると、あれは映画『エクソシスト2』に登場した天井を這う老婆ではないかと思われるのですが。……。ハイ、そんなことは知りません!それでは、老婆事情に詳しい近所の方が来ているので話を聞いてみたいと思いまーす!突如現れた這い回る老婆の集団ですが、一体何が原因なのでしょうか?」

「…えー…あのう…。私の聞いたところによると…その、人間のようには見えないものが実は人間だとか…えーと、そういう怪談話をしているとですね…えーっと…出てきます」

「何を言っているのか全然解りませぇん!」

「そんなことを言われても…、歩いてたらいきなりインタビューに出てくれとかで…。それに私は老婆に詳しくなんてないですよ!」

「オメェ、なにキレてんだよ?テレビに出たいって言うから出してやってんだぞ?え?こら?」

「…別にキレてませんけど。というか、カメラに映ってますけど良いんですか?そんなこと言って」

「…。それではいったんCMでーす!」

「CMとかはスタジオに切り替わってからスタジオのアナウンサーが言うんじゃないですか?」

「うっせーんだよ!この・・・・が!」

「おい、やめるんだ!何をするんだ!…どうしてこの老婆達は私に噛み付こうとするんだ?それにこの雨は何だ?この雨は雨ではない。空から降ってくるのは人間達が本棚の仕切りを支えるのに使っているあの金属製の小さな部品ではないか!そしてその部品を老婆達が拾って食べている。なんてことだ!あの部品を食べた老婆達が凶暴化して人々を襲っているようだ。ここでは一体何が起きているというのだ!?とにかくここはこのビルの中に避難するしかなさそうだ。『夏に対する壮大な期待感』を探すのはその後だ」

「おい、望遠耳!」

「あっ、ガブリエル!」

「だから『秋の使い』って呼んでくれないかな?」

「でもガブリエルもけっこういけると思うんですけどね」

「そうか?!それよりもノグソは戻ってきたか?」

「いや、しばらくは戻ってきそうにないですね。それよりもヘンことになってるんですけど、どういうことですか?」

「それなんだがね、私も本部とやりとりして調べてみたんだが、どうやら『夏に対する壮大な期待感』が不正に利用された疑いがあるんだ」

「それなら、きっとあの研究所ですよ」

「なんだ、知ってるのか?だったらなんでさっき教えてくれなかったんだ?」

「だって、あなたがいなくなった後だったから。というか『本部』って何ですか?」

「詳しいことは言えないがな。世界中の気候を管理している機関だよ」

「それって人間が運営してるの?」

「私が階段も使わずにこのベランダにやって来るのに、私を人間だと思っているのか?」

「まあ、そこは特に考えてませんでしたけどね。それよりも、あの研究所に関しては□□さんのところが関係してるっぽいですよ」

「そうなのか?なんで最初にそれを言ってくれないんだ?」

「だって、最初はそんなこと知らなかったし」

「ハァ…ァ。どうして夏の後というのはこんな面倒なことばかり起こるんだろうかなぁ?」

「それだけやりがいがあるってことじゃないですか?」

「…。適当に言っただろ?」

「解りますか?」

「当たり前だ!私は『秋の使い』だぞ」

「そしてガブリエルでもありますしね」

「うるさい!とにかく問題がハッキリしてきそうだから、その□□とか研究所とかの場所を教えるんだ」

「教えるといっても…。研究所はアッチのほうで、□□さんの家はアッチの方ですけど」

「アッチってドッチだ?」

「だから、聞いただけだから、だいたいの方角しかわからないんですよ。それから、□□さんの家より□□さんの働いていた会社のの方が怪しいですよ。何かの機械が置きっぱなしという話しもしてましたし」

「そうか。それでその会社というのは…アッチだな。ハァ…。なんでそんな望遠耳みたないややこしい物を使っているんだ?これではなにも解決しないじゃないか」

「別にボクは何かを解決するために望遠耳を使っているワケではないですし」

「まあ、それもそうだな。それでは私はアッチの方へ行ってみるとしよう。さらばだ!」

「おい!そこの若者」

「なんすか?」

「その機械はどこから持ってきたんだ?」

「これっすか?リコールっす。ていうかチョー重いすけど」

「そりゃそうだろうな。それより、どうしてそんなものを運んでるんだ?これは私が働いていた会社で開発した機械じゃないか。まさかキミがその機械を使ったんじゃないだろうね?」

「まさか、使うわけないじゃないっすか。ボクは助手ですよ。まあバイトっすけどね。もうすぐ5万円貯まるからバイクの免許とってバイク買ってカノジョ作って海でデートっす」

「…5万円じゃ足りないと思うけどな。…そんなことよりも誰かその機械を使ったのか?」

「ええ、まあ。ていうか、使ってもなんにも起きないからリコールっすよ。もう筋肉痛がマジヤベェって感じっすけどね。500円くれるって言うから」

「なんにも起きないといっても、この街で起きている異常な現象にキミは気付いていないのか?」

「なんすかそれ?」

「夏休みが延長されたり、老婆がどこからともなく発生して這い回ったり、ヘンなものが降ってきたり、とか。そういうことだよ」

「ああ、それっすか。ていうか、さっきバアちゃんに足かじられてつま先が半分なくなってんっすけどね。血が止まんなくてマジヤベェっすけど」

「…痛くないのか?」

「ていうか、気合いっす」

「…そうなのか。それで、その機械はどうやって使ったんだ?レバーは押したのか?引いたのか?」

「えーっと最初に押して、その次は引いたっすけど」

「ああ…なんてことだ。それならこの状況も不思議ではないな。それで、その実験はどこでやったんだ?」

「押した時はアッチの研究所で、引いたのはそこの新研究所っす」

「なに?!どこだ?…ああ、あそこか。それで実験をした科学者だがまだいるのか?」

「さあ、知らないっす。大変な事になった!とか言って出かけましたけど。どこ行ったんすかね?」

「私に聞くなよ。どこに行ったのか検討はつかないのか?」

「なんかわかんないっすけど。もう行ってイイっすか?リコールっすから。なんか目眩とかもしてる感じっす」

「まあ、そうだろうな。行って良いぞ。もう意味はないがな。それにリコールってどういう意味だか解って…。あら倒れてしまったようだ。まあ、彼は放っておいても大丈夫だろうな。とにかくアレを回収しないと大変なことになるんだ。急がないと。この機械は私があの研究所に持っていくとするか」

「ハイ!こちらスカシヘバタです。先程から周辺でヘンなニオイが漂っているという噂がありますが、私が原因ではありませーん!それはともかく、大量に発生した白髪の老婆が凶暴化したことにより、街にあふれていた子供達や奥様方は自宅に避難して、あたりは不気味に静まりかえっているのですが、そんな中、またしても私は新人女子アナらしからぬ技量を発揮してウッチー先輩の居所を突き止めることが出来たのです。……。そうなんです。ウッチー先輩が最後のリポートで言っていたように、誰もいなくなった会社に入社して社長になっていたのです。それでは早速ウッチー先輩こと美人社長の内屁端社長にインタビューしてみたいと思いまーす!」

「ワァー!スカッシーじゃない。元気ぃ?」

「ハイ!ウッチー先輩。先輩の教えを守って空元気でリポートしていまーす!それよりもウッチー社長。ここでは何をしているんですかぁ?」

「良く解りませんが、すでに一件の苦情の電話を処理しました!」

「スゴイですね!それは一体どういう内容の苦情だったんですかぁ?」

「良く解りませーん」

「そうですか。それで、この会社は何をする会社なのですかぁ?」

「まだ良く解りませんが、リコールを取り扱っている会社みたいでーす」

「リコールとは一体何なんですかぁ?」

「良く解りませーん!」

「そうですか。忙しい中ありがとうございました。それではいったんスタジオに…」

「ちょっと待ってくださーい!」

「何ですか?」

「この度、人気女子アナウッチーこと内屁端は社長に就任して女子アナは引退という事になってしまいました。私の活躍を楽しみしていた方々は本当に残念に思っていると思います。そこで、考えたのですが、ここに新人女子アナとは思えない技量を発揮して私のところまでやって来た須樫屁端アナにウッチーの称号を与えたいと思いまーす!」

「ホントですか!?ウッチー先輩!」

「ホントでーす!今日からあなたは新人女子アナのスカシヘバタではなく、人気女子アナのウッチーこと内屁端アナになるのでーす!」

「みなさま!お聞きいただけたでしょうか?何と私は人気女子アナのウッチーになってしまいました!それでは現場から人気女子アナのウッチーこと内屁端がお伝えしました!」

「なあ、知ってる?」

「知らないよ!」

「そうじゃなくてさ。アレってもしかしてホントにゴミ袋だった物が白髪の老婆に変身したんじゃないのか?」

「なんでそんなこと言うんだ?それじゃあまるで妖怪じゃないか」

「まあ、妖怪かどうかはどうでも良いけどさ」

「どうでも良くはないぞ。古い道具とかが妖怪に姿を変えることがあるっていうのは学校で習っただろう?」

「なんだそれ?そんなの普通は習わないぞ。キミのいってたのは妖怪学校か?」

「普通の学校だけどさ。ただ妖怪というのはけっこう歴史のある文化なんだぜ」

「だから?」

「だから、ああいう現象を妖怪的に考察してみようということだよ」

「なんかこの前は哲学的だったのに、また夏っぽくなったらおかしなことを言い始めるんだなキミは」

「まあ、そうだな。それよりも、この『軟骨揚げ』はミョーに硬いな?」

「硬いというか、これは食べ物の硬さじゃないけどな。…ちょっと口から出してみるけど良いかな?」

「良いよ。というか、こんなもの飲み込んだらお腹こわすよ」

「…」

「…」

「これって、アレじゃないか?」

「そうだな。本棚の仕切りを支えるあの部品…」

「というか、アレはなんだ?」

「アレって?」

「天井だよ!ほら、あそこ」

「ウワァ!白髪の老婆が!」

「天井を這い回ってる!」

「ウワァァァ!」

「ウワァァァァ!」

「おい、そこのお前!そこで何をしている?」

「なんですかあなたは?もしかしてこの研究所の人かな?」

「それは違う。私は『秋の使い』だ。お前はここで何をしているのだ?」

「この異常な事態をなんとかしようと…」

「するとお前が元凶ということだな?」

「何を言っているんですか?それに『秋の使い』ってなんですか?ちゃんとした名前はないんですか?」

「ない!…というかお前こそ誰なんだ?」

「私は□□という者です」

「今ここには『夏に対する壮大な期待感』のニオイが立ちこめているのだ。ここにお前がいるということは、お前がこの辺りで起きている惨事を引き起こしたということに違いないのだが」

「それは誤解ですよ。確かにこの機械を作ったのは私ですが『押す』か『引く』かでこんなことになるとは少しも考えていなかったんで…」

「ハァ…ァ。なんでそんな間違いをするんだ?それに、そんな機械はなんの目的で作ったんだ?」

「まあ、間違いは誰にでもあることですし、それに、我々としても発注があれば、それに応じてこういった機械を作らなくてはいけないですから」

「そんなことはどうでも良いんだがね。だいたいこれだけの騒ぎを起こすだけの技術をどうしてキミのような者が持っているんだ?」

「それは、あらゆる偶然というか…。本当は別の目的で開発していた技術を応用してこの機械は作られているんです」

「それは技術とはどういうものなんだ?」

「これからの高齢化社会にむけて高齢者が元気ハツラトゥになるような機械なんですけど…でも、エネルギー資源も大切にしないといけない、ということで、なんというか生ゴミのようなものからエネルギーを生成できたら凄いなぁ!とか思って開発されたのがこの機械だったりするのですが」

「ハァ…。なんで人間はそんなふうに身勝手なことをするのかね?その結果がこれだぞ!夏は終わらないし、街中に白髪の老婆が這い回って人を襲ってるし。一体どうすればこの騒ぎを収めることが出来るか、お前は知っているのか?」

「だいたい検討はついています。これを機械の中に入れてスイッチを入れたら全てはマルく収まるでしょう」

「それは、人間が本棚の仕切りを支えるのに使う金属製の部品だな。どうしてそんなことが解るんだ?」

「この機械のせいで発生した物をこの機械に入れたらなんとなく全てが元に戻りそうじゃないですか?」

「人間の科学技術というのはそんなものなのか?」

「そんなことはないですが、今のところ何が何だかワケが解りませんし、やってみた方が良いことはやってみた方が良いと思うんですよね。それに、この金属製の小さな部品は『夏に対する壮大な期待感』とは正反対の性質を持っていると思いませんか?本棚の仕切りを支えていない時にはまったく意味がない、なにも期待させない、なくなっても気付かれない」

「何だか、その部品が可哀想になってくるが。まあ、それで良いならやってみるが良い。それに、それによって人間が滅ぶようなことになれば、私はもう面倒な仕事をする必要もなくなるしな」

「おい、そこのお前!」

「お前じゃありません!美人社長の内屁端でーす!」

「どうでも良いのだが、その機械はなんなんだ?」

「名前を名乗らないような人には答えたくありませーん」

「なんだそれは?」

「いきなりやって来て、人のことを『お前』とか呼んだり、許可も得ずに質問するような人は失礼だと思いまーす」

「そうか…。じゃあ、名乗ってみるしかないか。…私は…私の名前はノグソだ」

「それは一体どういう意味なんですかぁ?」

「何が?」

「その『ノグソ』というのは本当にあなたの名前なんですかぁ?」

「ああ、本当だとも。笑いたければ笑うがいいさ。私が人間のことなど知る前につけたこの名前が、人間にとっては不潔きわまりない名前だったとはな。そんなことは私には知る余地もなかったのだよ」

「なんのことだか解りませんが、ステキな名前だと思いまーす!」

「ホ、本当か?」

「ウソでーす!」

「なんだよ。ヘンな期待をさせるな!それよりも、お前がいじっていたその機械は一体何なんだ?どうやらその機械は私が探している『夏に対する壮大な期待感』に影響を与えるような感じなんだがな」

「それは違うと思いまーす!」

「なぜ、そのようなことが言えるのだ?」

「この説明書に書いてあるように、これは『生ゴミのような資源で元気ハツラトゥになる機械』だと思うからです!」

「それは興味深いな」

「何がですかぁ?」

「お前は夏なると人々が活気づいて、秋になるとショボンとするのはなぜだか知っているか?」

「ウッチーはいつでも元気ハツラトゥでーす!」

「お前に聞いたのが間違いだったかな。それより、生ゴミにどれだけの価値があるかお前は知っているのか?」

「生ゴミは臭いから嫌いでーす!」

「そうだろうな。人間というのは自分たちを生かしている目に見えない力をないがしろにするから、こんなヘンなことをしでかしてしまうんだ。いいかね。生ゴミというのは『夏に対する壮大な期待感』とまったく同じものなんだよ。生ゴミは人間以外の動物のエサにもなるし、微生物に分解されて大地の養分となり、それはいずれまた人間の食べ物となって戻って来るかも知れないしな」

「何がですかぁ?」

「だから、その生ゴミの養分から植物が生まれてそれをエサにする小さな生物がより大きな生物のエサになって、それが最終的に、鶏肉になったりしたら、鶏肉が食べ放題だぞ!ということだ」

「ウッチーは牛カルビが好きでーす!」

「そういうことを言ってるのではなくてな。『夏に対する壮大な期待感』というのも生ゴミと一緒だと言うことだよ。『夏に対する壮大な期待感』は夏の終わりに『夏のガッカリエナジー』に姿を変えて、そこから食欲とスポーツと読書の秋が生まれるんだよ」

「だったら、食欲の秋には牛カルビが食べたいでーす!」

「だから、そうじゃなくて…。もう面倒だから良いか。お前、この機械の動かし方は知っているのか?」

「このレバーを押したら動くのだと思いまぁす!」

「これは押すのか?何だか引くような構造になってないか?」

「でも『押す』と書いてあるから押すに違いないと思いまぁす!」

「まあ、どっちでもいいか。とにかく私は『夏に対する壮大な期待感』を取り戻したいのだよ。だからこの機械に生ゴミではない「燃えないゴミ」を大量に詰め込んでこの機械を動かせば全てはマルく収まるという算段だ。そうして『元気ハツラトゥ』ではないものが生成されたら、それを『夏のガッカリエナジー』に代用出来るかも知れないしな。ここには生ゴミ以外のゴミはあるのか?」

「良く解りませんが、社長の権限でその辺りにある良く解らない物は全部ゴミにして良いでーす!」

「おお、そうか!そうだな。こんな物はゴミに違いない。だいたい『本棚の仕切りを支える画期的な部品のサンプル』というのはなんなんだ?こんなことをしているから人間はいつまでたっても進歩しないんだよ」

「てめぇ、人間をバカにするとタダじゃおかねえぞ、ゴルァ!」

「ああ、失礼した。とにかく、この機械にこのゴミを装填して稼働させたら全てはマルく収まるという感じだからな。美人社長さん、お騒がせしました」

「解りきっていることだから『美人』は付けなくても良いでーす!」

「…あぁ、いや…まあ…。どうでもいいけど。これでこの街から夏が去るが、良いかな?」

「いいとも!」

「それじゃあ、スイッチオン!」

「ハァ…。□□さん、もうそんなことはどうでもいいですよ」

「でも、最終調整は念入りにやらないと」

「私は早くこの街を秋にしてとっとと帰りたいんですよ。ハァ…ァ」

「もう、いちいち溜息をつかれるとこっちまでやる気がなくなるじゃないですか。はい、それじゃ準備は出来ましたよ」

「そうですか!やっとですね。これでやっとこの街にも秋がやって来る!それじゃあ、早速スイッチを入れてください」

「それじゃあ…と、思ったけど。これって押したらいいのかな?引いたら良いのかな?」

「なんで私に聞くんですか?作ったのはあなたなんでしょう?」

「それはそうだけど、今の状況になるまでの経緯が複雑すぎて、どっちが正しいのか解らなくなっているんですけど」

「どっちだってイイですよ。間違った方を選択したら人間は滅びるでしょうから。そうしたら私は『秋の使い』なんて面倒な仕事はしなくて済むんですよ。どっちも良いですから、早くスイッチを入れてくださいよ」

「何だか知らないけど、この手に人類の存亡がかかっているというのか?」

「あなたは大げさに考えていますけど、私にとってはささいなことです。誰かが何かを一つ間違えただけで、それがめぐりめぐって地球が崩壊することだってあり得るんですから。押すか引くか決めたら早くやってくださいよ」

「そんなことを言われると余計にやりづらくなるけどな。まあいいか。じゃあ行くぞ!スイッチオン!」

「オホホホホッ…。ずいぶんとお久しぶりだこと、ザ・ガードマンさん」

「あっ!?あなたは…黒猫亭のマダムじゃありませんか!」

「オホホホホッ…。そんなに驚くことかしら?オホホホホッ」

「マダム…。一体これはどういうことなんですか?」

「オホホホホッ…。今、全てが始まったのよ。オホホホホッ…。ザ・ガードマンさん。それじゃあ行きましょうか。仕事ですわよ」

「はっ、はい。マダム!」

「オホホホホッ…。オホホホホッ…」

「グボボボボッ…!あなた…。グゲゲゲゲッ…。あなたってば!」

「うわぁ!…またイヤな夢を見ていたよ」

「グルゥルゥゥゥ…!」

「それって、笑い声か?」

「それはどうでも良いことよ、あなた」

「何が?!」

「新たな脅威が去っていき、また新たな脅威が訪れるの!」

「???」

「また、次回に続くとか思っていらっしゃるんでしょ?」

「良くわかんないけど」

「でも、今回はこれでおしまいなのよ、あなた。ウチの店だってそろそろ新メニューを考えないといけないわね、あなた」

「まあ、そうかも知れないけど…それよりも…」

「ほら、あなた!あすこをご覧になって!」

「あすこ!?ってどこだ?」

「全てが生み出され、全てが滅んでいく、奇跡の瞬間」

「望遠耳の人…?じゃないよな?」

「とうとうアレが目覚めてしまったんですよ、あなた」

「アレって、なんだ?」

「ウフフフフッ…。あなたったら…。グェプルップップゥ…。グェプルップップゥ…」

「それは笑ってるのか?!ダイジョブか!?」

「もう知りません!あなたって人は…!グェプルップップゥ…」

「ちょっと…!?どうしたんだ?…なあ、キミ…」

 一体何が起こったのか。あるいは、いつものように何も起きていないのか。ウフギ屋の女将が言っていたように今回の望遠耳はここでおしまい。そして次の望遠耳がこの話の続きだと思ったら大間違いかも知れません。

 とにかく、この夏と秋に関する話で、季節の移り変わりと地軸の傾きは関係がないということが明らかになってしまったかも知れません。でも、混乱を避けるために、あまり大騒ぎはしないでください。それから、たまには「秋がキターーー!」と盛り上がってみるのも良いでしょう。


 ということで、続編はミョーに時間がかかった望遠耳ですが、次回はちゃんと大特集したいですね。何だか、最近は大特集のネタを探すのがタイヘンだったりするのですが。


 それでは次回の大特集は大特集か大特集以外です。お楽しみに。