1.
電話が鳴っている。この電話の音がそれまで何も動かなかった薄暗い部屋に多少の変化をもたらすかと思われが、この部屋にある全てが動こうとしない。ゴミ箱からあふれだしたゴミも、その近くに山積みになっているビールの空き缶も、部屋の至る所に散乱している書類や本の全て。どれも電話の音には反応しない。それに、この部屋には人間だっているのである。毛布にくるまって横になっている男である。この男ははたして生きているのであろうか。もし生きていないのであれば、この部屋の電話機は全く無駄な働きをしていることになる。しかし、そんな心配はいらない。電話が鳴るまで、この何もおこらない部屋には男の寝息と、心臓が動くかすかな鼓動が静かにこだましていたのである。
一分ほどたって電話の音は鳴りやんだ。すると、今になってようやく電話の音に反応するものがあった。部屋の片隅でガチャッという音がした。どうやら、ビールの空き缶の山が崩れたようだ。不安定に積み上げられたものというのは、電話の音のようなちょっとした振動であっても、崩れてしまうことがある。電話の音には全く反応しなかった男は、缶が崩れる音には驚いたのか、目を半分だけ開けて音のした方を見たが、それが缶の音だと解るとまた目を閉じて眠ろうとした。
いったいこの男はいつまで寝ようというのだろうか。昨晩、この男が眠りについてからもうすぐ二十時間が経とうとしている。もう今日の陽は沈もうとしている。この男は太陽の光を浴びることなど全く興味がないらしい。男が一瞬の覚醒から再び眠りに落ちようとした時、二度目の電話が鳴った。先ほどの電話が鳴りやんでからさほど時間が経っていない。電話をかけているのは多分さっきと同じ人物であろう。男は観念したという感じで、のそのそと起き上がると、電話のありかを探した。
男は脱ぎ捨てられたTシャツの下に電話機を見つけた。
「もしもし」
「おい、モルダア。何やってるんだ!」
いきなり何やってるんだ、といわれても返す言葉がない。実際には何もしていなかったのだし。それにしても、電話の向こうにいるのは誰なのか。どうして男の名前を知っているのか。眠り過ぎたモルダアにはそんなことはどうでも良かった。ただ、電話に出たことをすこし後悔しているような感じがした。寝ぼけていても彼の「少女のような勘」だけは働くようだ。
「おい、きみ。寝てたのか?今何時だと思ってるんだ?」
「いや、寝てませんよ。起きてましたよ。本当に。大丈夫ですから」
何が大丈夫なのかは解らないが、その声で嘘をついていることは電話の相手も十分に気付いているはずである。
「モルダア。いい加減に出勤したらどうなんだ。キミを雇ってからもう一年以上は経ってるんだぞ。いったい今まで何をやっていたんだ?」
モルダアはやっと電話の相手が誰なのかが解った。彼がF.B.l.(エフ・ビー・エル)の面接を受けた時の面接官だ。名前も顔も覚えていないが、こいつはきっと極端に甘いものと極端に辛いものが好きな男だ。モルダアの、「少女的第六勘」は彼にこう伝えた。
「ボク採用だったんですか?なんだ、呼んでくれたら、いつでも行ったんですけどねえ。なにせ呼ばれなかったもんだから。でも心配はいりませんよ。これまでずっと遊んで暮らしてきたわけじゃないですから。ちゃんと色々やってましたよ」
「私はキミのことを呼ばれなくても来る人間だと思っていたが、どうやら誤解だったらしいなあ。本当だったら、とっくの昔にクビなんだが、キミのお兄さんの件もあるしなあ。明日の朝必ず来るように。初出勤だけど、歓迎会はナシだぞ」
はたしてこの二人の会話は会話になっているのだろうか。まあ、それを気にしてもしょうがない。この先ずっとこんな感じなのだから。それにしても、モルダアが色々やっていたというのはどういうことなのであろうか。彼の兄、モルダー・ムスタファは「花の精リトル・ムスタファ」の調査中に失踪した。モルダアがF.B.l.のペケ・ファイルを担当しようとしたのも兄の意志を継ぐためであったのだが、彼がこれまでしてきた色々なこと、とはリトル・ムスタファの調査に関することなのだろうか。
受話器を置いたモルダアは床に目をやると一面に散乱している書類をかき集めた。彼がしてきた色々なことの成果がその書類なのかもしれない。書類の一番はじめにはこう書いてある。「骨盤矯正で腰痛を治そう」
「結局、役に立たなかったなあ」そうつぶやくとモルダアは書類をゴミ箱に投げ入れた。もちろんあふれるほどゴミの入っているゴミ箱にその書類が入るわけもなく、それらは再び床に散乱することになった。そしてモルダアは、明日に備えて寝ることにした。
2.
翌朝、モルダアはいつもなら熟睡している時間に無理矢理起きた。目覚めてから起き上がって顔を洗い、身支度を調えてドアの外に出るまでほとんど夢遊病者のようだった彼は、これからどこに行くのかさえ解っていないような状態だった。ところが彼が電車の窓から外を眺めている時だった。突然ある疑問が彼の頭の中を支配しはじめた。
「少女的第六感」が働いたのであろうか。「F.B.l.とはいったいどのようなものなんだ?どうして一年以上無断欠勤していたボクに今頃になって電話をしてきたんだ?ボクは今までF.B.lを警察のような特別な団体、いわゆる国家権力だ、と言い張って銃を乱射しているようなかっこいいものだと思っていたが、そういうボクの想像ははたして合っているのであろうか?それに、ボクの兄貴はどうしてLittle Mustaphaの捜査なんかしていたんだ?F.B.l.っていったい何をしているところなんだ?」
モルダア君、心配することはないよ。キミがF.B.l.のビルに一歩足を踏み入れればそんなことはすぐに解ること。きっとキミの「少女的第六感」がきみに教えてくれるだろう。とは言ったもののどうしたらいいのでしょうか。F.B.l.にはどういう組織に属していて、どれだけの権限があって、どんなことが出来るのか。そういったことを決めておかないと、話は先に進まなくなるか、あるいは全く意味不明なものになっていくでしょう。まあ、そんなことはどうでもいいや。リアリティーはあってもなくても同じこと。結局はフィクションの中の出来事ですから。
3. 都内某所 : F.B.l.のビルディング
これって舞台は日本なのかあ。まあ、日本語で書いてるわけだし、それに舞台を外国にしてしまうと色々解らないことだらけなのでしばらくは日本にしましょう。そのうちF.B.l.海外進出もあるでしょう。
モルダアは汗だくになって13階のオフィスへたどり着いた。なぜかこのビルにはエレベーターがないのだ。モルダアがF.B.l.のオフィスへ足を踏み入れると広いフロアには誰の姿もないように思われた。今日は休日?モルダアがオフィスの入り口で ぼーっとしていると、奥の方から声が聞こえた。
「おい、モルダア、何やってるんだ!」
声のする方を見ると、あの男が座っている。昨日モルダアの家に電話をかけてきた男。以前よりも多少白髪が増えたようだが、彼を面接した男に違いない。よかった、今日は休日じゃなさそうだ。それにしてもこの男の名前がまだ思い出せない。このまま名前も解らずにいるのはさすがに失礼な感じがする。どうしたものか?
「いやー、すいません。少し遅刻しちゃいました」
そういいながら、モルダアはその男が座っている机に向かって歩き出した。机に近付くと、やっぱりあった。男の机には名前の書かれたプレートがついていた。----副長官スキヤナー。かなり偉い人----そうだったのか。この人は副長官だったんだ。
「今何時だか知ってるか?モルダア。午後の一時だぞ」
「ええ、知ってますよ」
「私は今日の朝こい、と言ったはずだ」
「ボクにとって一時は朝ですよ。一時の一は朝一番の一ですからね」
全く意味の解らない言い訳である。スキヤナーもこの発言には返す言葉が見つからないようだ。
「それにしても、あれですねえ。みんなはどこへ行ったんですか?」
スキヤナーは眉毛を上げ、口を半分開けて「はっ?」という表情をした。相手の言っていることが理解できない時のこういう顔は、どうにも面白い。スキヤナーは今何かを考えようとしているけど何を考えていいのかすら解らなくて、頭の中が一瞬真っ白になっているはずである。
「ここの人たちですよ。ボクはここにスーツを着た捜査官たちがたくさんいてざわざわしてると思ってたんですけど」
「なんだ、そういうことか。そんな人たちはここにはいないよ。捜査官が何人もいたら面倒だろ。まあ話の展開によっては何人か別の捜査官が登場するかもしれないけどな」
今度はモルダアの頭の中が真っ白だ。
「そうだ、モルダア。スケアリーにはもうあったのか?」
「何アリー?誰それ?」
「キミのパートナーだよ。後でキミの部屋に行くように言ってある。しばらく待っていればやってくるだろう」
「ボクの部屋ってどこですか。このフロアにはこんなにスペースがあるのに、部屋が別にあるの?捜査官が誰もいないのに、いったいこの広いフロアは何のためにあるんですか?」
「ここは私の部屋だ。ちょっと広すぎるけどな。キミの部屋は地下にある。お兄さんの使っていた部屋だよ。太陽嫌いのキミに地下室はもってこいだろ?」
「ゲッ、地下ですか。面倒だなあ。それじゃあ、何か用事がある時は地下からこの13階まで上がって来なくちゃいけないんですよね。それにどうしてこのビルにはエレベーターがないんですか?ボクはここまでくるのに三回も休憩しちゃいましたよ」
「それはまあいいじゃないか。どんな建築家もうっかりミスをすることもあるんだよ」
全然良くない。それはどう考えても許されないミスである。モルダアはそのうっかりミスのうっかり建築家を取っ捕まえて八つ裂きに、いや火あぶりに、いやいやもっとモノスゴイことをしてやりたい気分になったのだが、それはどうにもならないこと。こういう時には笑うしかない。モルダアは「へへっ」っと笑ってみせた。スキヤナーはそれを見てちょっと気味が悪い感じがしたが、そういうモルダアの態度は兄とそっくりであることに気付いた。まったく遺伝とは奇妙なものである。
「それじゃあ、ボクは部屋にいればいいんですね?」
「そうしてくれたまえ。部屋にいればそのうち事件も起きるだろう」
そのうちって、どういうこと?ここはそんなに暇なところなの?モルダアはいいしれぬ不安を感じはじめていた。[少女的第六感]がモルダアに何かを伝えようとしているのであろうか。
モルダアはスキヤナーのデスクに背を向け13階から地下室までの長い道のりを歩み始めた。広いフロアにモルダアの足音だけが響き渡っていた。ペタッ、ペタッ、ペタッ、ペタッ・・・・。
4.
モルダアが地下の自分の部屋へ入ると、そこはひどい有り様だった。どうやらこの部屋は兄モルダーが失踪する前のそのままの状態で放置されていたようだ。花の精リトル・ムスタファに関する書類、新聞の切り抜き、たばこの吸い殻。それからまだある。一度解けてドロドロになってからまた固まった食べかけのチョコレート。一見、悪臭を放ちそうだが、それらはあまりに長い間放置されていたせいか、臭いを出し切ってしまった感じである。モルダアはそれらを見ても少しも驚く様子はなかった。こんな光景は毎日彼の部屋で見ているのだから。モルダアは椅子に腰掛けると両手を首の後ろに持っていき、のけぞってみた。
ちょうどその時、ドアをノックする音が聞こえた。モルダアはのけぞらした上半身をさらにのけぞらしてドアの方に目をやった。モルダアは危うくひっくり返りそうになった。ドアのところに立っていたのは、モルダアがこれまで見たこのないような、美女!
こんな時こそ冷静にならなければいけない。こういう美女の前で不自然な行動をしたらすぐに嫌われるんだ。何気なく、ごく自然に振舞って相手の警戒心を解く。それが一流のやり方。優秀な捜査官は一目惚れなどしないものさ。でも、最後にはキミのハートをいただきさ。
そんなことを考えているモルダアは自分の振る舞いがどう見ても怪しくなっていくことに気付いていない。モルダアはこの美女を迎え入れるのに、立ち上がるべきか座っているべきか決めかねて、椅子から尻を半分だけ浮かせて、中腰の状態になっていた。
不思議そうな顔をしていた美女が口を開く
「あのう・・・」
「まあ入りたまえ。キミが来ることは解っていたんだ」
モルダアが遮った。多少落ち着きを取り戻したのか、今はちゃんと椅子に座っている。ただいつまでもつのかが問題である。モルダアは部屋に入ってきた美女を目で追った。後から香水の甘い香りが続いた。普通のスーツを着ているにもかかわらず、妙に艶かしい感じがする。それが美女の美女たるゆえんなのかなあ。そんなことを思いながらモルダアは視線を美女のつま先から徐々に上げていく。モルダアの頭の中は今や蝶々の舞う花畑。何がなんだか解らない状態になってきていた。しかし、次の瞬間モルダアと美女の目と目が合う。「しまった!」モルダアは自分の緩みきった表情をとっさに引き締めた。しかし相手はこんなふうにスケベな目つきで見られることにはなれているのか、少しも気にしていないようだった。さすがは美女である。
「まあ掛けたまえ」
モルダアが椅子を指差すと、美女は微笑んでから椅子に腰掛けた。「ちょっと、今の見た?微笑んだよ。営業用のニコニコじゃなくて、多少の色気を含んだ微笑みだよ」モルダアは勝手に盛り上がっている。美女はバッグの中から書類を何枚か取り出した。取り出す間に、美女は二度も足を組み替えた。太股。ふともも。フトモモ!モルダアは視界の下の方で、その光景をしっかりと脳裏に焼きつけた。
「わたしが今日来たのは、あなたに新しい・・・」
「いや、説明はいいよ。その書類にサインすればいいんだろ。ダーリン・・・いや、パートナー」
モルダアは美女の取り出した書類が、F.B.l.の正式な捜査官になるために必要な契約書か何かに違いないと決めつけていた。それに、書類というものは大抵サインをするものと決まっている。頭の切れる男はそんなことは当たり前のように知っているものさ。
「あら、さすがは優秀な捜査官ですね。わたしが説明する前に全部理解してしまったのね」
美女の目が輝いている。ああ、よかった。F.B.l.に入って本当によかったよ。こんな美女がパートナーで、さらにかなりの確率でこの美女はこの優秀な捜査官に惹かれている。モルダアはまた顔中の筋肉が緩みそうになるのを必死にこらえた。
「捜査官ならこんなことは朝飯前さ。じゃあ書類をこちらに」
美女はモルダアの横まで近付いてきてから、机の上に書類を広げた。座っているモルダアの肩に美女の腰がほとんどくっつきそうなくらいに近づいている。それから腰をかがめてモルダアの耳元に口を近付けた。
「ここと、ここと、ここにサインをするのよ」
美女のささやくままに、モルダアはサインをした。書類に何が書かれているのかなど少しも確かめることはしなかった。モルダアの頭の中は、この美女とこれから繰り広げられるロマンスのことで一杯になっている。
「ねえダーリ・・・じゃなくてパートナー。今夜は少しタフな捜査をキミと一緒にすることに・・・」
モルダアが言い終わる前に美女は、さっと書類を片付けて部屋から出ていってしまった。
「ねえ、ちょっと!どこ行くの?」
5.
モルダアの部屋からでていく美女はドアのところでもう一人の女とすれ違った。この女、不細工というほどではないが、さっきの美女と比べたらかなりくたびれた感じがする。女はしばらく、小走りで遠ざかっていく美女の方を眺めていたが、美女が非常階段の扉の向こうに見えなくなると、部屋の中であっけにとられているモルダアのほうを見た。
「あのかた、どなたですの?」
全く変なタイミングで夢からたたき起こされた感じのモルダアは質問にまともに答えられるはずがない。
「美女のフトモモ・・・」
女は眉間にしわを寄せて明らかな嫌悪の表情をしめした。これでモルダアもやっと我に返った。それにしても驚くほど恐ろしい表情をする女である。
「あっ、失礼。ところでキミは?」
「あらいやだ。聞いていませんでしたの?あたくし、あなたのパートナーのスケアリーですのよ」
「えっ、キミが?じゃあさっきの女はだれなんだ?」
「だからあたくしも聞いたんじゃありませんか」
そいつは困ったことになった。いったい何の書類にサインなんかしたのだろうか。なんだかいやな予感がする。例の「少女的第六感」である。いや、待てよ。書類にサインをもらいにくるのはパートナーでなくてもいいはず。あれきっと事務の女の子かなんかに違いない。もしかするとあのスキヤナーの美人秘書かも知れない。なかなかやるな、あのおっさん。
「スケアリー、ここには事務の人とか秘書とかいるんだろ?」
「いるわけありませんわよ。ここにいるのはあたくしと副長官とあなただけですのよ」
モルダアの「少女的第六感」はますます活発に働き始めていた。
6.
「おい、またあの女来てなかったか?」
モルダアの部屋に入ってきたのはスキヤナーだった。妙に涼しい表情だ。13階から階段で下りてきたにしては汗一つかいていない。
「副長官、今降りてきたんですか?」
スキヤナーの表情に違和感を感じたモルダアが聞いた。
「そうだが、それがどうした?」
「13階から階段で下りてきたなら、もっと息を切らしててもいいと思って」
「階段なんかでくるもんか。私は窓拭き用のゴンドラを使ってるんだ。キミも早く操作を覚えた方がいいぞ」
なんてことだ。つまりスーツ姿の人間が窓から出入りをしているということなのか。想像してみると何とも気の滅入る光景である。
「そうだ、キミにこの書類にサインしてもらわなくちゃいけないんだ。これでキミも正式にF.B.l.の捜査官として認められることになるぞ」
スキヤナーは持っていた書類をモルダアに手渡した。
「ところで、あの女って何のことですの?」
二人のやりとりを見ていたスケアリーがしびれを切らして割って入った。話が途中で終わってしまうことが許せない性格らしい。
「ああ、そうだったな。あれはひどい女だよ。保険会社から来たとかいってこのビルに入り込むんだがねえ、あれは詐欺師だぞ」
モルダアは今日二度目のサインをしながら、しっかりとこの話に耳を傾けていた。
「新しい捜査官が入ると必ずやってきてな、色仕掛けで生命保険に入るように勧めるんだ。まあ、ふつうはそんなことに引っかかるようなことはないんだが、一度断っても何度もくるらしいんだ。それだけならまだいいんだが、くるたびに無効の行動が過激になっていくらしい。私が聞いた話じゃ・・・うへへっ。私が聞いた話だとその女が四回目にやってきたときにな・・・うへへっ」
完全なスケベオヤジになった スキヤナーをスケアリーがもの凄い形相で睨みつけている。
「おっと、失礼。レディーの前でする話ではなかったな。まあくるたびにスカートの丈が短くなった、としておこう」
なんだ、どうせだまされるんだったらもっと粘ればよかった。それにしても四回目には何が起きるんだ?気になって仕方がない。
「そこまでして、生命保険を勧めてどうしようっていうんですの?」
「それが、ただの生命保険じゃないんだな。ある時、契約してしまったやつがいてな。確か、五回目にその女が来たときだったかな」
五回目には何が起きるんだ?四回目よりももっとすごいのか?しかし、もうすでにだまされてしまったモルダアには知るよしもない。
「そのかた、どうなってしまったの?」
「契約した次の日にトレーラーにひかれて死んじまったんだ」
「まあひどい」
「ひどいのはそれだけじゃないんだ。その保険金の受取人は誰だったと思う?」
「ご家族のかたかしら?」
「なんと、事故の前日に入籍していた謎の女だったんだ。つまりその女がここにやってきていた女ということだな。保険のサインと一緒に婚姻届にもサインをさせていたらしいんだ」
「そういえばさっきこの部屋から女のかたが出ていくのを見ましたわよ、あたくし」
「本当か?モルダア。まさか騙されなかっただろうね」
下を向いたまま話を聞いていたモルダアの顔は真っ赤になっていた。
「まさか。ボクがそんな手に引っかかる訳ないじゃないですか」
「声が震えてますわよ。モルダア」
モルダアはそれには何も答えずにすっと立ち上がった。
「それじゃあ、ムッシューにマドモアゼル。ボクはそろそろ帰宅することにするよ」
「なんだ、もう帰るのか?それにムッシューってなんだ?」
「知りませんか?ジェームス・ボンド。優秀なエージェントっていうのはフランス人なんですよ」
「何言ってるんだ。ジェームスボンドはイ・・・まあいいか」
モルダアはすでに部屋を飛び出していた。
「どうしたんだ?変なやつだなあ。ところでスケアリー、今日は焼き肉でも食べにいかないか?息子がバイトしている店に行けば安く食べられるぞ」
「まあ、ステキ!」
7.
モルダアは大急ぎで帰宅した。優秀な捜査官としてやるべきことはただ一つ。何とかして明日までに契約を解消しないといけない。もしできなかった場合、モルダアはどんな方法で殺害されるのだろうか。以前の被害者のように事故を装って殺されるのだろうか。それとも殺し屋がやってくるのだろうか。あるいは朝飲むコーヒーに毒が入っているのか。モルダアの「少女的第六感」は彼に余計なことばかりを考えさせた。モルダアは電話帳を調べて、消費者相談センターに電話をかけてみた。
「もしもし、保険の契約を解消したいんです。それって同僚や上司にばれないようにできるんですかねえ?ボクは優秀な捜査官だから秘密厳守でお願いしますよ」
はたしてモルダアは助かるのだろうか。