「後門の狼」

01. エフ・ビー・エル、ペケファイルの部屋

 モオルダアは椅子の背もたれに寄りかかって憂鬱な表情をして座っている。いったい何が気に入らないのか解らないが、彼は先程からずっとこんな感じなのである。

 モオルダアは思っていた。「どうしていつもこんな風なんだろう?いったい、いつになったらボクはハッとするような美女と冒険に満ちた捜査を繰り広げることが出来るのだろうか。それに今回の事件だって・・・」モオルダアの自問はここで妨げられた。スケアリーがドアを勢いよく開けて部屋に入ってきたのだ。

「モオルダア。事件ですのよ」

いきなりドアが開いたことにモオルダアはちょっと驚いていたが、それがスケアリーであると解ると彼はまた憂鬱な感じに戻った。

「ああ、知ってるよ。これのことでしょ」

モオルダアは自分の前にあった書類をスケアリーに見せた。

「そうですわ。でもあたくしには解りませんわ。どうしてこんな事件をあたくし達が捜査しなくちゃいけないんですの?事件と言うよりは事故ですわ。男性が野犬に襲われて亡くなったんでございましょう?それなら、その野犬を捕まえてしまえばすぐに解決ですわ」

スケアリーはモオルダアの予想どおりの反応を示している。ここでスケアリーに事件の異常さを説明するのがモオルダアの楽しみでもあるのだが、今回はそうでもない。

「これは野犬の仕業ではないよ。以前にも似たような事件があったんだけど、まさかボクらが捜査するとは。まったく悪夢だね。以前の事件で殺された被害者の検視結果によると、遺体に残っていた歯形は犬のものではなかったんだよ」

「あら、それじゃあ、クマか何かですの?」

「それなら、まだ良いけどね。歯形の特徴からそれがオオカミのものであると解ったんだよ」

モオルダアはまだ浮かない顔をしている。スケアリーはモオルダアのこの様子になんだか調子が狂ってしまいそうだ。

「犬もオオカミも似たようなもんですわ。それに日本のオオカミはもう絶滅しているんですのよ。これは絶対に野犬の仕業ですわ。・・・モオルダア。もしかして狼男だなんて言うんじゃないでしょうね」

スケアリーはここでモオルダアが嬉しそうに狼男の話を始めるものだと思っていたが、モオルダアは静かにクビを振っただけだった。

「狼男ならまだ良いんだよ。スケアリー。キミはコウモンの狼、というのを知ってる?」

「知っていますわよ。前門の虎、後門の狼。あたくしぐらいのインテリならそのくらいは知っていて当然ですわ。一難去ってまた一難って意味ですわね。でもそれがこの事件とどんな関係があるって言うんですの?」

「まったく関係がないよ。ボクが言ってるのはその後門じゃないんだ」

ここでモオルダアは少し間を取った。なんだか話を続けるのがイヤなようだ。

「ボクがい言っているコウモンって言うのは、人間の肛門のことなんだよ」

こう言ってモオルダアはため息をついた。なるほど、こんな事件では美女が登場するはずはない。モオルダアの憂鬱の理由が解ってきました。

「人間の肛門と狼にどんな関係があるっておっしゃるの?」

スケアリーはモオルダアの言っていることがまったく理解できていない。

「関係があるとか無いとか、そういうことじゃないんだよ。コウモンの狼が人を襲ったんだよ。ここにコウモンの狼に襲われて一命を取り留めた人の証言があるんだ。それによると、犯人がズボンを脱いでそれから後ろを向いて下着を降ろしてお尻の肉を左右に広げると、そこには恐ろしい狼の顔があって、それが牙をむいて被害者に襲いかかってきた、ということなんだ」

 モオルダアがこの話をしていると、部屋中に嗅ぎたくない臭いが充満しているような気分になってくる。スケアリーは無意識に鼻をつまんでいた。鼻をつまんだまま喋っているスケアリーが変にこもった声で言った。

「あたくし、そんな話は信じませんけど、その人を襲ったのが動物じゃなくって人間だと言うことは確かなようね。狼がどうのって言うところは、多分恐怖のあまり記憶が間違っているんですわ」

「キミはボクらがこの事件の捜査をするべきだと思う?ボクとしてはなんとなくイヤなんだけど」

モオルダアは、どう考えても美女の登場しないこの事件の捜査はしたくないようだ。

「捜査はすべきですわ。この犯人を捕まえて、コウモンの狼がいないということを証明すればいいというだけなんですから」

モオルダアはこの答えにガッカリしていた。こんな汚い話にスケアリーがのってくるとは思っていなかったのだ。それにこういう場合「コウモンの狼」に遭遇するのはモオルダアだけで、後からスケアリーにいくら説明しても信じてもらえない、ということになるに決まっている。

「モオルダア。ぐずぐずしている暇はありませんわよ」

スケアリーがモオルダアを引っ張って部屋を出ていく。

「ホントに行くの?」

モオルダアはこれから起こることを想像して思わず鼻をつまんだ。

02. 結末

 この先はあまりに下品な話が続くため公開できません。一応、結末だけを書いておきましょう。モオルダアの少女的第六感によって何とかコウモンの狼を捕獲することに成功。捕まえてみるとコウモンがオオカミなのではなくて、人間に寄生するオオカミがコウモンから顔を出していたのだということが解った。

 この後しばらくモオルダアはもの凄い悪臭を放っていたため、彼に近づく者は誰もいなかった。

 スケアリーがコウモンの狼を調べたところ、生物学上それは犬に分類されるということだった。幻のニホンオオカミの発見とはいかなかった。しかし、ニホンオオカミが人間の肛門から発見されて誰が喜ぶというのだろうか?

2004-09-21
the Peke Files #009
「後門の狼」