今回は前回の続きです。
鳥居をくぐって神社の中に入ると、不気味な静けさの中に異様な存在感を持った小さな本殿が目に入ってきた。私は吸い込まれるようにしてその本殿へと近づいていった。近くで見てみると、始めの印象とは裏腹にそれは古びた廃屋のようだった。
きっと長い間誰もここの管理をしてこなかったに違いない。人間なんてそんなもの。必要がないとなると、神様なんてものの存在をまったく忘れてしまうのだ。まあ、ここに祭られているのが以前私の部屋に居座っていたあの太った神様だったら、この神社の状態にも納得がいくのだけれど。
私がそんなことを考えていると、本殿の扉がギイと音を立てて静かに開いた。私は驚いて、本殿の中を覗き込んだ。昼間でも薄暗いこの神社で、本殿の中はさらに暗くて中はほとんど見ることができない。私は中に誰かいるのかどうかを確かめようとしていると、中から聞き覚えのある生ぬるい感じの声がした。
「気取ったことを考えて楽しんでないで、早く入ってきなさいよ!」
やっぱりあの変な太った神様だ。
中にはいると神様はフカフカの座布団の上にだるそうに座っていた。ここには変な神様がいるだけ。三畳ほどの小さな本殿の中にはただ神様が座っているだけで、他には何もないようだった。神社に本物の神様がいるのなら他に何も無くてもそれだけで充分なのだが、いろいろな神様的小道具が無いとなんだか神社に来た感じがしない。まあ、それはどうでもいい。
神様は私を見ると黙ったまま目で何か合図をした。多分、座れということなのだろう。座ると言っても、そこには変な神様が座っているような座布団があるわけでもない。私は薄い板の張られた床に直接腰をおろした。私が座ると開けっ放しだった扉がまたギイと音を立てながらゆっくりと閉まった。私はその扉の立てるギイという音を聴く度に背筋がゾクッとして軽く身震いをせずにはいられなかった。
「神様。今回はのっけからパワー全開ですね」
勝手に空いたり閉まったりする扉を見て、私は何かを言わないといけないと思ってこう言ってみたのだが、変な神様は黙ったままただニヤニヤしているだけである。しばらく妙な沈黙が続くことがもう私には解っていた。この変な神様は自分のペースでしか物事を進めてくれないのである。ここは我慢して「妙な沈黙」がとぎれるのを待つしかないようだ。
この変な神様の前に時間の流れは意味をなさない。私は何分待ったのだろうか、或いはほんの数十秒だったか。神様はおもむろに口を開いて言った。
「我が輩は神様である。名前はまだない」
「???。神様、それってどこかで聞いたフレーズなんですけど・・・」
「いいから黙って聞きなさいよ。わしが神様の目を通して見た人間の世界を面白可笑しく聞かせようっていうんだから」
「なんだかそれは、いろんな意味でビミョーなパクリですね」
「おいおい、キミはそんなことを言うのかね。キミがオカマっぽいコンビニ店員にならずにすんでいるのも、このわしが・・・」
「あっ、すいません。・・・なかなかいいですよねえ、その企画。『我が輩は神様である』聞かせてくださいよ」
「聞かせるといってもなあ、まだ話はできてないんだけどな。でもここにいればいろいろ面白いことが起きるから。まあ、見てなさいよ。運が悪いとなんにも起きないけどね」
「神様のくせに運ですか?まあいいか。それにしても、こんな薄暗い中でいったい何が起きるっていうんですか?やっぱり神様パワーですか?」
「キミは神様パワーをなんだと思っているんだ?神様は人間に天罰を与える時しか神様パワーを使わないんじゃ。あんまり使うと疲れるしな。さっきの扉もモーターで動かしてるんだぞ。どうだ凄いだろ」
「凄いだろ、と言われてもどの部分に驚いていいのか迷ってしまいますよ」
「まあまあ、細かいことは気にせずにいこうじゃないの。ここでは結構いろいろ起こるんじゃよ」
そういって神様は私が入ってきた扉のほうを指さした。扉は格子戸になっていて、隙間からは外の様子が見えた。外が見えたといっても、そこには誰もいない。「いろいろ起こる」って、いったい何が起きるのだろうか?私は少し不安になっていた。私が恐ろしい目に遭わされるのだけはゴメンだ。でも神様はさっき言ってたなあ。「神様パワーは人間に天罰を与える時しか使わない」って。もしかして、私に天罰を与えるために私をここへ呼んだのだろうか?そうだとしたら、私は最近悪いことをしたのだろうか?
考えてみたが何も思い当たるところはない。いや、待てよ。もしかしたら自分で気付いていないだけで、重大な罪を犯しているのかも知れない。これは大変なことになってきたぞ・・・。
私が余計な心配をして盛り上がっていると、神様がそれを遮った。
「ほら、やって来たぞ。いろいろ起こることの其の一が」
そう言うのとほぼ同時に私たちのいる本殿の中が暗くなった。扉の外に誰かが立っているので、格子戸から入ってくるわずかな日の光が半分遮られたようだ。
私はこれから何が起こるのかを考えて、期待と不安が入り交じった妙な興奮を覚えていた。外にいる人間に気付かれないよう、そっと神様に話しかけようとしたが神様はそんなことをもうとっくに知っていたらしく、私が声を出す前に人差し指を口にあてた顔を私のほうへ向けた。私は黙って外の様子をうかがった。
外にいたのは若い男のようであった。Tシャツのしたからのびた白い腕といい、無造作にのばした髪といい、あまりパッとしない感じである。それにその男は常に何かに不満を抱いているような、薄暗い表情をしている。何が不満なのかは知らないが、こういう男はどんなことでも否定しがちになるに決まっている。きっとそのうち危険な思想を持ち始めるのだろう。
こんなことを考えながらふと神様のほうをみると神様は私の考えを解っているのか、ニヤニヤしながら私のほうを見ていた。完全に私をバカにした目つきではあるのだが、ここで怒っても仕方がない。何しろ相手は神様なのだから。
外にいる男はズボンのポケットから財布を取り出すと中から小銭を一枚出して賽銭箱に投げ入れた。音から判断すればそれは五円玉に違いない。私もいつも五円玉だからそれだけは解るのである。
それから、男はパンと勢いよく手を叩いた。私がその男に持っていた印象からは想像もできないくらいの威勢のいい音がした。いったいこの男は何をお願いしに来たのだろうか?
私は手を合わせている男のほうをじっと見守った。すると男は驚くべきことを口にしたのである。
「神様。一生のお願いです。どうか私に、春風のいたずらを・・・」
私は思わず神様のほうへ振り返りました。
「なんなんですか、これは!?」
神様はまだニヤニヤしたままじっとしている。また喋らないのか?いや、喋るのか?・・・喋るみたいだ。
「どうやら、今日は運がいいようですねえ。いろいろ面白いことが起こりそうですよ。これだから神様はやめられないのよねえ。我が輩は神様である。名前はまだない。そんな神様が人間の世界を面白可笑しく話して聞かせるって言うんだから、もうワクワク、ドキドキでしょ?」
「ワクワク、ドキドキって何ですか!そんなことより、春風のいたずらとか、全然意味が解らないし・・・」
「まあまあ、そんなに興奮せんでもよい。いくらワクワク、ドキドキだからって、そう焦ってしまうとおもしろさが半減だぞ。というわけで続きはまた次回だな」
「えっ、本当に?でも今回だって2回目なんですよ。いいんですか。それだとこのコーナーの趣旨が変わってしまうような気が・・・」
「いいの、いいの。このコーナーはBlack-holic改めシークレット。毎回、ワクワク、ドキドキじゃよ。我が輩は神様である。名前はもう無い」
「なんなんだよ、いったい?!」
ということで神様が暴走しているのでまた次回に続くようです。