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#088 「シカダマン」 2006-09-24 (Sun)

 全てはあらかじめ決められたことなのか。それとも偶然が重なってそうなったのか。運命を人の力で変えたとしても、その結果は最終的に運命となる。運命とは「今ある状態」のことをいうのではないのではないだろうか。

 そんなことはどうでもいいのだ。第2部でも終わらずに第3部を書かなくてはこれまで書いてきた話は終わらない。このどうにもならない状況をどうしてくれようか。運命に身をまかせれば、この話はいつまでも終わらない。しかし、終わるとしてもそれが運命だ。なんだか意味が解らない。

 それでは第3部の始まり、始まり。

 マイクロ・ムスタファは目の前で酒を飲んで盛り上がっているLittle Mustaphaたちをボンヤリと眺めながら、自分の持っていたグラスを口へ運び中身を一口ゴクリと飲んだ。グラスの中身がストレートのウィスキーだったことを忘れていた彼は、ノドから食道の辺りまでウィスキーがジリジリとその通り道を燃やしながら進んでいくのを感じた。しかし、彼はそんなことが気にならないぐらいの酒をもうすでに飲んでいた。Little Mustaphaたちとは酔いかたが違うが、彼も同じくこの部屋の酔っぱらいの一人だ。それに、彼にはほかに考えることが沢山あるように思えてならなかったのだ。


 おかしい。何かが違う。これまでだって、ここではいろんな変な事件が起きてきた。そして私は、その全ての原因と結果の理由を説明できたのだ。Little Mustaphaたちには上手く説明できなかったかも知れないが、それは私の理論が複雑すぎたためかも知れない。でも少なくとも私の頭の中では全てに納得のいく説明がなされていたのだ。

 しかし、今回だけはどうしても謎の答えが見えてこない。この事件は私たちに何を伝えようとしているのか。それとも、ただ単にあらゆる偶然の産物として私たちがこの変な状況下に置かれているのだろうか。いや、そう考えるのは簡単だ。これは、もしかすると悪意を持った人間が私たちを陥れるために計画したことの一部なのかも知れない。そうだとすると、私はどうしてもこの変な事件の裏にある意志とか理由とか、そういうものを知っておかないといけないのだ。

 まずLittle Mustaphaが謎の原稿を見つけた。それはLittle Mustaphaが書いたということになっていたが、彼にはそれを書いた記憶がないという。そして、その原稿に書かれていた二人の人物、野原健作と補佐田助手は実在し、遺体で発見された。そして、ここへやって来たセミ男さん。これらは間違いなく私たちと関連があるのだ。誰かが意図したことなのかは解らないが、謎の原稿とセミ男さんの登場、そして科学者の死には決定的な根拠を欠いた必然性とでもいうような何かがある。

 それから、謎のウィルス。科学者とその助手の命を奪った可能性のあるウィルス。あのテレビのリポーターもウィルスに感染したのだろうか。それともあれは別の何かなのか。

 さらには、この周辺で起きているアブラゼミが人を襲う事件。そこにあったアブラゼミの入っていたダンボール箱とこの部屋に届けられた謎のダンボール。その中にはミンミンゼミが入っているということだが、果たして本当なのか。

 全ての問題があちこちに散らばっていて収集がつかない。しかし、一つの謎はここにある。あの積み上げられたダンボールの中に。考えてみればLittle Mustaphaが箱を開けないのが不思議だ。箱があればなんでも開けてみるLittle Mustaphaが少しも興味を示さない。もしかすると彼でも多少の不安があるのかも知れない。あの中に人を襲うアブラゼミが入っているとか、箱を開けたらあのウィルスに感染するんじゃないかとか。でも今はあの箱の中に何が入っているのかを知るべきである。少しでも真実に近づこうとするのなら、あの箱は開けなくてはならないものなのである。


 このようにマイクロ・ムスタファは考えていた。最近のマイクロ・ムスタファにしては長すぎる文章であるが、本当はいつでも頭の中で話はちゃんと終わりまで書かれているのである。

Dr.ムスタファ-----というわけでねえ、このエックス線コンタクトを使うと失明してしまう可能性があるんだよ。

ニコラス刑事-----ほう、そうなんですか。それじゃあ「エックス線コンタクトで女性の服を…」というのは夢の話なんだなあ。

ニヒル・ムスタファ-----先生はなんでいつもそんなエロいものばっかり研究してるんだ?

Dr.ムスタファ-----何を言ってるんだ。全てのテクノロジーはエロ根性によって生まれたんだぞ!

ミドル・ムスタファ-----そんなことを言われるとガッカリですよ。

Little Mustapha-----そうだね。たとえそうであっても、表向きにはカッコイイことを言っておかないとねえ。

セミ男-----でも、それが本能というものだから仕方ないんじゃないですか?

Little Mustapha-----さすが野生のセミ男さん。言うことが違うねえ。

Dr.ムスタファ-----野生といってもセミ男君はけっこうインテリだけどな。ガハハハハ!

ミドル・ムスタファ-----何で笑うんですか?

Dr.ムスタファ-----だって面白かっただろ?

一同(Dr.ムスタファ除く)-----別に。

Little Mustapha-----ところでマイクロ・ムスタファはさっきから一点を見つめてチビチビ飲んでるけど、大丈夫なの?何か様子が変だよ。

ミドル・ムスタファ-----ホントですね。また変身とかするのやめてくださいよ。

マイクロ・ムスタファ----- …ああ、失礼しました。考え事をしていたもので。

Dr.ムスタファ-----こんな時に考え事もないだろう。

マイクロ・ムスタファ-----そんなことはありません。みなさんはおかしいと思いませんか?

Little Mustapha-----何を?

マイクロ・ムスタファ-----何をって、この状況をですよ。

ニコラス刑事-----酔っ払って楽しいんだから、別にこの状況はおかしくないぞ。

マイクロ・ムスタファ-----ニコラス刑事さんまでそんなことを言って。私が言いたいのは今日起きた事件のことですよ。全ての事件が私たちに何らかの形で関係しているのを気付かないんですか?

Little Mustapha-----気付いてることは気付いてたけどねえ。なんだか考えるの面倒じゃん。

ニヒル・ムスタファ-----そうだぜ。こういう状況は難しく考えるよりも楽しんだ方が楽なのさ。

マイクロ・ムスタファ-----そんなことを言ってると、また恐ろしい目にあいますよ。想像を絶する恐怖に。

ミドル・ムスタファ-----それはちょっと嫌ですねえ。

Dr.ムスタファ-----じゃあ、どうすれば良いんだ?何かいい方法があるとでもいうのかね?

マイクロ・ムスタファ-----あのダンボールを開けてください。

セミ男-----それはまずいんじゃないですか?ミンミンゼミだからって大丈夫という保証はないんですよ。

マイクロ・ムスタファ-----でも、あれを開けないと何の手掛かりもつかめないんです。それに、もしこれが我々に敵意を持っている人の仕業だとすると、あのダンボールを開けないでいるということは、むこうの思うつぼなんです。

Dr.ムスタファ-----なんで?

ニヒル・ムスタファ-----つまり、こういうことか?その敵意をもった誰かがわざとアブラゼミ事件とかを起こして恐怖心を煽ってオレ達がダンボールを開けないように仕向けている、ということか?

マイクロ・ムスタファ-----その可能性もなくはありません。

ミドル・ムスタファ-----でも開けてセミが襲って来たらどうするんですか?

マイクロ・ムスタファ-----一箱だけなら問題ないんじゃないでしょうか。ここにはこれだけの人数がいますし。

Little Mustapha-----なんか、それはすごく楽天的な発想だなあ。

ミドル・ムスタファ-----まるでLittle Mustaphaのようですよ。

ニヒル・ムスタファ-----まあ、そういうことなら開けても良いんじゃないか。だいたいオレはセミなんかにやられるとは始めから思ってないけどな。

「ちょいとあなた!…あなた!…あなたってば!」

「…ん?なんだ?」

「なんだ、じゃありませんわよ。そんなスイカの種の白いやつみたいな顔して」

「…白いやつ?」

「そんなことより、あなた。外をご覧になってくださいな。ほら、警察のかたがあんなに!」

「あっ。すごいな。何であんなに警察がいっぱいいるんだ?でも、あれだろ。あれは警察じゃなくて秋の始まり、とか言うんだろ」

「まあ、あなた!何でそんなことをおっしゃるの?」

「何で、って。キミはいつも…」

「本気でそんなことをおっしゃるの?ねえあなた!本気でそんなこと…」

「何で、そんなに怒るんだ?」

「あたくし、あなたのことが全然解りませんわ。あなたって人は…。あなたって人は…」

「おいおい、泣かないでくれよ」

「泣いてなんかいませんわよ」

「だって、そんなに涙を流して。泣いてるじゃないか」

「これは涙じゃございませんのよ。これは宇宙に生まれては消えていく星たちの輝き」

「ここで来たか!」

「夜空に寂しく瞬くんですのよ」

「へえ…」

ミドル・ムスタファ-----それじゃあ、みなさん。用意はいいですか?もしもセミが飛び出してきたら一斉に殺虫剤をかけてくださいね。でもくれぐれも人にはかけないように。体に付いたセミは左手に持ったスリッパで叩き潰してください。

ニヒル・ムスタファ-----解ってるよ。そんなことより早く開けちまおうぜ。

ニコラス刑事-----でも、なんで私がダンボールを開ける役目なんだ?

Little Mustapha-----だって、こういうことは警察のかたにやってもらわないとねえ。そのために税金を払ってるようなもんだし。

ニコラス刑事-----こういう時だけ税金とか持ち出して。ずるいなあ。

ミドル・ムスタファ-----じゃあ、いいですね。いきますよ。ニコラス刑事さん、お願いします!

ニコラス刑事-----じゃあ、いくぞ!開けるぞ!それ!

一同----- …。

Dr.ムスタファ-----なんだ?何が入ってた?

ニコラス刑事-----セミが一匹。もう死んでる。ミンミンゼミだな。

ミドル・ムスタファ-----一匹だけ?

ニコラス刑事-----一匹だけだ。後は梱包用のプチプチがいっぱい。

Little Mustapha-----なんだかガッカリしちゃうなあ。

ニコラス刑事-----あっ、ちょっと待って。プチプチの下に手紙が入ってた。ほら。

Little Mustapha-----ほんとだ。じゃあボクが声に出して読んでみるから、みんなはよく聞くように。「博士へ。注文のミンミンゼミですが、今年は数が少なく、おまけにアブラゼミの大量発注もあったためにほとんど入手することが出来ませんでした。しかし、CDライティングに必要な分だけは確保できたので、一箱に一匹ずつ大量のプチプチと一緒に梱包しました。またのご利用お待ちしております。闇組織より」だって。

ニコラス刑事-----これはもしかすると、私が捜査した科学者にあてられた手紙じゃないのか?

ミドル・ムスタファ-----ミンミンゼミでCDを焼くという科学者ですか?

Dr.ムスタファ-----つまり、このダンボールは間違ってここへ配送されたということか?

Little Mustapha-----そういうことだといいんだけど、宛名はボクのところなんだよね。いったいどういうことだ?

マイクロ・ムスタファ-----この闇組織さんはこのダンボールと同時に別の荷物を送った可能性があるということじゃないでしょうか?

ニコラス刑事-----というと?

マイクロ・ムスタファ-----二つの荷物の送り先を間違えたということですよ。

ニヒル・ムスタファ-----じゃあ闇組織はここへ殺人アブラゼミを送るつもりだったということか?

ミドル・ムスタファ-----でも何のために?

マイクロ・ムスタファ-----それは解りません。

Little Mustapha-----なんだ、わかんないのか。

マイクロ・ムスタファ-----今のところは…。

セミ男-----そんなことより、私はずっと気になってるんですけど。どうしてミンミンゼミでCDが作れるんですか?

Little Mustapha-----さすがセミ男さん。良いところに気が付くねえ。

ニヒル・ムスタファ-----先生なら知ってるんじゃないか?

Dr.ムスタファ-----そんなことは私の専門外だから知らないよ。

Little Mustapha-----先生が知らなくてもボクはちゃんと知ってるよ。CD-Rドライブの中にはミンミンゼミが棲んでるんだよ。

ミドル・ムスタファ-----ホントですか?!

Little Mustapha-----そんなに驚くことじゃないだろ?じゃあためしにここにあるCD-RドライブでCD-Rにデータを焼いてみようか。…。こうやってCD-Rをセットして、書き込みボタンをクリックすると…。ほら!いるでしょ?

ミドル・ムスタファ-----ホントだ。ミンミンいってますね。

Little Mustapha-----そうでしょ?書き込み速度を上げるともっとミンミン言うよ。

Dr.ムスタファ-----ほう、そうなのかあ。ミンミンゼミだとはしらなかった。

ニヒル・ムスタファ-----何言ってるんだよ。ミンミンゼミじゃねえよ。

セミ男-----そうですね。私には解りますが、その中にミンミンゼミはいませんよ。

Little Mustapha-----でもミンミンゼミで代用することは出来るんじゃないの?

セミ男-----さあ?

マイクロ・ムスタファ-----(また話が変な方へ進んでる!)

「なあ、知ってる?」

「知らないよ」

「そうかあ。何か最近キミは冷たいなあ」

「そうか?そんなこともないけどね」

「岩盤浴でもしたらどうだ?」

「なんで岩盤浴なんかしなきゃいけないんだよ」

「いろんな事がデジタル化されるとみんな冷たい感じになっちゃうからね」

「全然意味がわかんないよ」

「デジタルっていうのは、キミみたいに知ってれば知ってる。知らなければ知らない。って感じなんだよ」

「まだわかんないけど」

「そうなのかあ。キミには半身浴も必要だなあ。デジタル化されすぎてるよ」

「そうか?それならキミには専門医の治療が必要だな」

「なんで?」

「それは専門医に聞けよ」

「冷たいなあキミは。まるでデジタルだ」

 Little Mustaphaは全てのダンボールに入っていたミンミンゼミの死骸を縦に並べてミンミンゼミの大渋滞を作って遊んでいる。ほかの人たち(マイクロ・ムスタファ除く)はダンボールに入っていた梱包用のプチプチを潰してプチプチいわせて遊んでいる。


Little Mustapha-----こうやって見るとミンミンゼミにもそれぞれ個性があるんだねえ。

セミ男-----そうですよ。全部同じように見えても、我々セミにもいろいろいるんです。みなさんと同じように、何も考えないセミや考えすぎるセミ。芸術家や科学者やビジネスマンのセミ。セミとはいってもみんなそれぞれ違うセミなんです。

Little Mustapha-----ということは、もしボクがセミに生まれていたとしてもけっこう面白い人生、というかセミ生を送れたということかな。

セミ男-----そうかも知れませんねえ。私だってセミ男に生まれながら、こうして遠い異国の地でみなさんに出会って、けっこうエキサイティングな感じですから。

ニヒル・ムスタファ-----どうでもいいけど、このプチプチはこんなに沢山あるとイライラしてくるな。

Dr.ムスタファ-----そういう時には雑巾みたいにしてしぼってブチブチブチ!ってすれば一気にイライラはなくなるぞ。

ニコラス刑事-----でも、気になりますよ。そうやってプチプチを潰すと必ず潰し損ねたプチプチがあるはずだから。それを気にし出すときりがない感じでイライラしてくるからねえ。

ミドル・ムスタファ-----一つずつ地道にやっていくのが一番ですよ。

マイクロ・ムスタファ-----ちょっとみなさん。聞いてください!

Little Mustapha-----なんだよ急に。

マイクロ・ムスタファ-----みなさんは気付きませんか?

Dr.ムスタファ-----何をだ?

マイクロ・ムスタファ-----我々は今、危険な状況にあるのです。

Little Mustapha-----また、そうやって深刻な感じにしようとする。

マイクロ・ムスタファ-----そうじゃないんです。この状況は明らかに誰かが意図して作り上げられたものなのです。

Dr.ムスタファ-----キミが意図したのか?

マイクロ・ムスタファ-----そうじゃなくて、みなさんはまだ気付きませんか?

ミドル・ムスタファ-----気付きませんよ。

マイクロ・ムスタファ-----ここにセミを送った何者かは送り先を間違えたことに気付いているはずですよ。あれだけテレビでやっていたのですから。

Dr.ムスタファ-----そうだが、それでどうなるんだ?

マイクロ・ムスタファ-----犯人は間違いに気付いて、新たにセミを送ってくるんじゃないでしょうか。

ニヒル・ムスタファ-----セミっていっても、もうこんなに涼しくちゃ捕まえられないぜ。

ミドル・ムスタファ-----そうですね。もうセミに怯える季節は終わったということですよ。それに、関係があるのかどうかは知りませんが、あのウィルスだってもうすぐなくなるんでしょ。

Little Mustapha-----ということで、問題解決じゃないか。

マイクロ・ムスタファ-----私はそうは思わないのですが。

ニコラス刑事-----ところで、あのウィルス騒ぎはどうなった?私は出来れば今日中には帰りたいんだ。もしも、もう安全だということになってたら、明日は休まずに仕事が出来るからな。

Little Mustapha-----ニコラス刑事さんはホントに仕事なんてするんですか?ここに来るといつも仕事なんてしてないじゃないですか。

ニコラス刑事-----それはキミ達が酒なんか飲ませるからだ。

Dr.ムスタファ-----まあ、いいじゃないか。ニコラス刑事さんが勤務中に酒を飲んでるなんてことを警察にチクったりはしないから。

ミドル・ムスタファ-----それよりも、テレビを見てみましょうよ。

Little Mustapha-----そうだね。

スタジオのキャスター-----いやあ、恐ろしい事件でした。スタジオには緊急入院、そして奇跡の緊急退院をしたウッチーが来ています。ウッチー。今日は大変な一日でしたね。

内屁端-----はい。私の死亡説が流れる前に何とか復帰しようと頑張りました。

スタジオのキャスター-----実際にはどのような治療をされたのですか。

内屁端-----ウィルス対策の特別チームの研究によって、あのウィルスは30度以下で死滅することが解ったのです。ガーって感じで病院へ運ばれた私たちは、氷水の中にザーってつけられてギリギリのところまで体温を下げることによって助かったのです。

スタジオのキャスター-----そうですか。気象情報によると、今夜から明日にかけて気温が下がり、明日からは30度を超えない日が続くだろう、ということですので、これでウィルス騒ぎは一段落しそうですね。さて続いては人気のコーナー…

Little Mustapha-----なんだ、もう大丈夫みたいだよ。

ニコラス刑事-----これじゃあ仕事が休めんなあ。

ミドル・ムスタファ-----ホントは仕事する気なかったんじゃないですか。

ニコラス刑事-----まあね。一応カッコだけはつけておかないと。でも今日はここでゆっくりしていくかなあ。

セミ男-----あの…。ボクそろそろ帰ります。

Little Mustapha-----えっ、なんで?もう帰るの?

ミドル・ムスタファ-----だってまだ外は安全かどうか解らないんですよ。

セミ男-----それは大丈夫ですよ。セミ男には感染しないから。

ミドル・ムスタファ-----ああ、そうでした。でもどうしてこんな時間に帰るんですか?

セミ男-----実はボク、もうそろそろ寿命がつきるんで。

Dr.ムスタファ-----なんだそりゃ?

Little Mustapha-----もしかして、セミ男さんは寿命もセミと一緒なの?

セミ男-----まあ、だいたいそうです。ここで死んでしまうとみなさんにも迷惑でしょうし。それに後少しの間でも外で鳴いていれば、運良くセミ女と出会えるかも知れないし。

ニコラス刑事-----諦めないことはいいことだ。

ニヒル・ムスタファ-----でも、なんだか悲しい話だぜ。

セミ男-----いいんですよ。気にしないでください。それじゃあ、みなさん今日はありがとう。さようなら!

一同-----(沈黙)

ミドル・ムスタファ-----行っちゃいましたねえ。

Little Mustapha-----行っちゃったねえ。いったい何なんだ、このビミョーな空気は?

ニコラス刑事-----どうしたもんだかねえ?

ニヒル・ムスタファ-----マイクロ・ムスタファが何か説明してくれるんじゃないのか?

マイクロ・ムスタファ----- …。

ミドル・ムスタファ-----あれ、もしかして泣いてるんじゃないですか?

マイクロ・ムスタファ-----儚いです。あまりにも儚すぎます…。

Little Mustapha-----ちょっと、そんなところで泣かれたらますますビミョーな感じになって…。

スタジオのキャスター-----ここで緊急ニュースが入ってまいりました。退院後いきなり現場復帰の新人女子アナが再び浴衣姿で中継です。

浴衣女子アナ-----はーい。私は今、厳戒態勢のひかれている児童公園にやって来ています。みなさんご覧になれますでしょうか?先程からライフルを手にした警察の特殊部隊がこの児童公園の周りをスタスタして取り囲んでいます。

スタジオのキャスター-----それよりも、そこでは何が起ころうとしてるのですか?

浴衣女子アナ-----はい、そのとおりです。今日この周辺で起きた全ての事件の容疑者が特定されたのです。その容疑者がどんな名前か解りますかあ?

スタジオのキャスター-----解りませんよ!

浴衣女子アナ-----そうなんです。セミ男容疑者なんです。あっ、ちょっと待ってください。たった今、向こうからセミ男容疑者らしき人が歩いてくるのが確認されました。現場が多少バタバタしてまいりましたが、セミ男容疑者に気付かれないよう、最低限のバタバタに押さえているといった感じです。

スタジオのキャスター-----そのセミ男容疑者はどうなるんですか?

浴衣女子アナ-----そんなことは知りません。セミ男容疑者の姿が次第にはっきりと見えるようになりました。酒によったようにフラフラとしていますが、足取りはしっかりと、テクテクと、そしてヨチヨチとしてトボトボやって来ます。今、セミ男容疑者が公園に入ってきました。あっ、こちらに気付いたのでしょうか?セミ男容疑者が大きな木の陰に隠れてしまいました。異様な静けさが辺りをユラユラさせて…。あっ!たった今警察の特殊部隊がセミ男容疑者の隠れた大木の周りを囲みました。そして、あー!キャー!…ドタドタして…ドロドロ…

スタジオのキャスター-----落ち着いてください!いったい何が起きたのですか?

浴衣女子アナ----- …おい、どけよ!この…。…モタモタしてんなよ!…。

スタジオのキャスター-----ここでいったんCMです。


ミドル・ムスタファ-----なんかすごいことになってますよ。

ニコラス刑事-----あれは狙撃班だぞ。もしかしてセミ男君は射殺されたのか?

Little Mustapha-----なんでそんなこと。そんな事しないでももうすぐ死んじゃうのに。

ニヒル・ムスタファ-----それを知ってるのはオレ達だけだぜ。

Dr.ムスタファ-----最後の一鳴きも出来なかったということか。


スタジオのキャスター-----それでは、もう一度現場を呼んでみましょう。現場では何が起こったのですか?

浴衣女子アナ-----はーい。現場です。先程は大変現場が混乱した状況でガタガタしていたのですが、どうやらセミ男容疑者は射殺されたそうです。ここに警察の偉い人がいるので詳しいことを聞いてみたいと思います。


ニコラス刑事-----なんだあの人?警察にあんな人はいないぞ。

ミドル・ムスタファ-----それ、どういうことですか?


浴衣女子アナ-----それでは、まず始めにセミ男容疑者を射殺した理由を聞かせてください。

警察の偉い人-----我々はセミ男容疑者を取り囲み、こちらの指示に従うように言ったのですが、セミ男容疑者は銃で武装しており警官に向かって発砲しようとしたので、射殺されました。こちらの判断に間違いはないはずです。

浴衣女子アナ-----そうですか。それは非常にバクバクする状況だったということですね。

警察の偉い人-----そうです。セミ男容疑者は非常に危険な人物であり、三件の殺人容疑とウィルスによるテロの実行犯である可能性もあるのです。しかし、これでもう安心です。全てが解決しました。

浴衣女子アナ-----これで、住民は不安を抱えてモンモンすることもなくなったのですね。

警察の偉い人-----そういうことです。

浴衣女子アナ-----以上、現場からでした。

スタジオのキャスター-----セミ男容疑者の射殺、という衝撃的な結末となりましたが。ウッチーはこの件に関してどう思いますか?

内屁端-----ユラユラとかモンモンとかいう表現が印象に残って良いレポートだったと思います。それから浴衣もきれいで良かったです。

スタジオのキャスター-----そういうことは聞いてないんですが…。CMの後はスポーツです。


ミドル・ムスタファ-----おかしいですね。

Little Mustapha-----おかしいね。

ニコラス刑事-----おかしいよ。

マイクロ・ムスタファ-----おかしいです。これは絶対におかしいです。これはつまりミステリーですよ。ボクらはまた新しい、どうしようもないミステリーを抱え込んでしまったのですよ。

Dr.ムスタファ-----キミの言ってることもミステリーだけどな。

ニヒル・ムスタファ-----それよりも、これは黙ってて良いのか?セミ男さんは殺されたんだろ?銃なんか持ってなかっただろ?

マイクロ・ムスタファ-----そのとおりです。しかし、今は黙っているべきなんです。これは私の書いた「陰謀の季節」という小説ととてもよく似ています。その話の中で主人公の闇屁端は…

Little Mustapha-----その話はまた後でゆっくりしようよ。今はちょっと混乱した感じだし、酒でも飲んで落ち着こうよ。

ニヒル・ムスタファ-----まだ飲むの?

Dr.ムスタファ-----まあ、いいんじゃないのか。

ミドル・ムスタファ-----そうですね。

ニコラス刑事-----そうしましょうか。

マイクロ・ムスタファ-----(本当にいいのかなあ?)

 いったい、なにがどうなって、どうミステリーなのか。もう私には解らなくなってくる。でも警察の偉い人はいっていた。全てが解決した、と。それを信じるのなら、この話はここでおしまい。これがこの話の運命ということだ。しかし、ここでは何事もダラダラ続く。地獄のようにダラダラ、ダラダラ。あまり気は進まないが、少しだけホントのことを書いてみよう。

 実はセミ男は死んでいない。そしてあのウィルスも生きたままどこかの施設に保管されている。そして、謎の団体がセミ男とウィルスについて研究している。何のために?それは知らない。

 こうしてしまうと、この話は終わらない。面白いか面白くないかは関係なく、いつまでもダラダラ続く。もしかすると地獄よりもダラダラ続くかもしれない。この話に運命は通用しない。そんな感じ。でも今回はここでおしまい。運命も地獄も関係なく私の意志で終わらせる。私の運命がこの話を終わらせるのだ。

(ホントに意味が解らない、という点でこの話はBlack-holic史上最高の出来栄えと言える?)

「あなた!」

「うわあ。なんだキミか?」

「また居眠りですの?」

「居眠りというか、もう眠いから寝ようよ」

「またそんなことをおっしゃって。それだからタイツみたいって言われるんですのよ」

「えっ?そんなこと誰が言ってたの?」

「それはどうでもいいことですのよ、あなた」

「そうなの?」

「それよりもあなた。悲しい話じゃありませんこと?」

「なにが?」

「もうセミは鳴いていないんですのよ」

「ああ。もう秋だからねえ」

「そういうことではございませんの。セミが鳴いていないから悲しいのですよ」

「だから秋になったということだろ?」

「まあ!あなたったら、またそんなことを言って」

「違うのか?」

「もういいですわよ」

「はあ…」

「…あなた。あのセミはどうなったと思います?」

「あのセミって?」

「セミ男は死んでコオロギ男に生まれ変わるんですのよ。あなた」

「コオロギ男?」

「そう。そして秋の夜長に悲しい歌を歌うのよ」

「…。そうかも知れないねえ…」