「サマータイム(第一話)・C'est la Vie」

15. 宿屋

 モオルダアはテレビで地元のテレビ局の流す夜のニュースを見ている。ニュースでは高校生による浮浪者惨殺事件が報じられていた。あれだけのひどい事件なんだからそのうち全国ネットでも大々的に報じられることだろう。

「高校生かあ」

モオルダアが納得できたような出来ないような感じでつぶやいた時、部屋の電話が鳴った。

「もしもし、エフ・ビー・エルさんか。いやーよかったよ、いてくれて」

「どうしたんですか、テレビじゃ凄いことになっていますよ。とりあえずお手柄じゃないですか」

「いやあ、それがちょっとまずいことになってねえ。実は捕まえたヒトオ少年なんだけどねえ。あいつは署長の甥なんだよ。それで私としては何とか目立たないように事を進めたかったんだが、コビテのヤツがなあ。あいつはまだ若いから派手好きなのかなあ。生徒が大勢見てる前でおまえは殺人犯だなんて言って無理矢理引っ張っていったもんだから、アッという間に騒ぎが広がってしまったよ」

「そうですか。でも犯人はやっぱりヒトオ少年で間違いないんでしょ。だったら仕方ありませんよ」

「まあ、そうだけどなあ。それよりももっと困ってることがあるんだが、ちょっとこっちへ来てもらえないかね、あの無免許医師のお嬢さんも一緒に」

「スケアリーのことですか。良いですけど、何があったんですか?」

「電話じゃちょっと言えないよ。多分これは盗聴されてるぞ」

「何だって?盗聴?誰がそんなことをするんですか」

「それもここでは言えないけどな。まあ、すぐに解るさ」

モオルダアは受話器を置くとすぐにスケアリーの部屋へ電話をかけて彼女を呼びだした。「盗聴って、誰がそんなことをしてるんだろう?」モオルダアは考えながら部屋のドアを開けるとそこにはおてんば若女将アイが立っていた。

「モオルダアさん。どこへ行くの?いいえ、私は聞かなくても優秀な女スパイだからちゃんと解っているわ。モオルダアさんは警察に行くんでしょ。それはきっと凶悪犯ヒトオ・サシタに関することね」

モオルダアはどうして知っているのかちょっと不思議に思ったが、すぐに理解した。

「キミだな、盗聴してるっていうのは。そんなことをしてると捕まえるぞ」

「あら、盗聴なんてしてませんよ。フロントで電話の受話器を取ったら勝手に知らない会話が聞こえてきただけです」

「それだって同じことだよ」

「ねえ、モオルダアさん。私も一緒に連れて行ってください」

「どうしてキミを連れて行かなきゃいけないんだ」

「だって、私はヒトオ君と同じ学校に通っているのよ。だから私を連れて行けばきっと役に立つと思うんだけど。それに、ヒトオ君ってあんなことするひとじゃないんだから。きっと何かの間違いだと思うの。だってあの人成績優秀でスポーツも出来て陸上部のキャプテンもやるぐらいで責任感の強いヒトなの。学校でもチョー人気なのよ。特に女子生徒から。でも残念ながら私の好みではなかったのよねえ。ウフッ」

「キミの言いたいことは解ったけど、もう夜だしキミはここにいなさい。それにキミを連れて行っても何の役にも立たないよ」

おてんばな女子高生アイはモオルダアに一歩近づき上着をつかんだ。

「連れて行ってくれないと放さないからね」

「ちょっと、キミ何するんだ。やめなさい」

モオルダアが弱り果てていると、廊下の向こうからスケアリーが歩いてくるのが見えた。

「ちょいと、あなた達!何をやっているの?」

「スケアリー、助けてくれよ。若女将が一緒に連れていけって、聞かないんだ」

スケアリーは恐ろしい形相でブリッコ若女将を睨んだ。

「子供が大人のすることに手出しするんじゃありません!あなたは自分の部屋に行って勉強でもしていらっしゃい」

スケアリーの怖い顔をみてさすがのおてんば若女将も少し小さくなってしまった。

「モオルダア、行きますわよ」

スケアリーはつかつかと先に歩いていった。

 優秀な女スパイにあこがれる若女将にしておてんばな女子高生、ヤドヤ・アイは廊下の向こうに消えていく二人の姿を口をふくらませて見送った。

「もう、チョームカツク!」

16. 警察署

 ヒトオ少年は取調室の椅子座っている。部屋には誰もいないが、隣の部屋からこの部屋は監視できるようになっている。ヒトオ少年は先程まで「間違えた・・・間違えた・・・」とつぶやきながら時々何かに怯えてガタガタ震えたりしていた。今では気味の悪い薄笑いを浮かべている。うつろな瞳で何かを見つめるでもなく見つめて、手をこすり合わせたり、両手で何かをこねるような仕草をしている。「へヘヘッ」という笑い声が時々隣の部屋まで聞こえてきた。

「これをどう思うかね?」

隣の部屋にいたセラビ刑事はエフ・ビー・エルの二人に意見を求めた。

「これが本当に責任感が強くてスポーツ万能で成績優秀な人気者何ですの?これでは完全に・・・」

スケアリーは最後まで言うのをためらったがモオルダアが後を続けた。

「壊れてしまっているねえ。彼に最近何かおかしなところはなかったんですか」

「それは私も学校の教師や生徒達に聞いてみたんだがな、特におかしなところもなかったみたいだ。少なくとも昨日までは成績優秀なモテモテさんだったってことだ。それに、大学への推薦入学も決まっていたらしいぞ。そんなヤツがどうしてあんなことをするかねえ。しかし、あらゆる証拠が彼の犯罪であることを示しているのだからねえ」

「証拠ってどんなものがあったんですか」

「まず昨日見つかった包丁だな。あれを調べてみたら昨日高校の近所の店で購入されていたことが解ったんだよ。それでそこの店の主人に聞いたら買ったのはヒトオという高校生だって言うんだ。なにせ人気者だから学校の近くでは顔を知っている人間も多いんだろうな。それで、ヒトオ少年を調べてみたら包丁についていた指紋は彼のものと一致するし、現場の足跡は彼の履いている靴のものと同じだし。しかし、どうしてあんなことをしたんだろうなあ。ちょっとお嬢さん。あんたの無免許医師としての意見はどうだ?」

「あたくしでございますか?」

お嬢さんといわれたスケアリーは嬉しそうだ。

「そうですわねえ。人格が豹変してしまうことの原因としては、脳に何らかの障害があることが考えられますわ。腫瘍が出来ていたりすることはあの歳でも考えられますから。或いは薬物の使用が原因とも考えられますわねえ。そういう検査はもうお済みになったの?」

「脳はまだだが、薬物検査は陰性だったよ」

「あれは殺人によるショックが原因だな」

モオルダアが喋り始めた。少女的第六感が働いたのだろうか。

「ふつう猟奇殺人ていうのは元々狂った人がやるもんだよねえ。狂った人が殺人によって満足してその後はしばらく普通になれるんだ。それからまたおかしくなってきて殺人を繰り返す。でもヒトオ少年の場合は殺人の後におかしくなってしまったんだから、これは殺人によるショックで心神喪失状態になったとしか思えないねえ」

「PTSDみたいなものかしら?」

「なんだそれ?」

スケアリーは時々難しい言葉を使う。

「外傷後ストレス障害というやつですわ。でも普通は被害者がなるものですのよ」

「もしかすると、ヒトオ少年も被害者なのかも知れないよ」

セラビ刑事はモオルダアの言うことを興味深く聞いていた。

「キミはどうしてそんなことを言うのかね」

「彼は人を殺したくなんかなかったのに、そうせざるを得ない状況に陥ってしまったんだと思うよ」

「でも、どんな理由で?」

モオルダアは少女的第六感だけでしゃべっているので、理由を聞かれても上手く応えられない。

「まあ、彼がちゃんとしゃべれる状態になるのを待つしかありませんかねえ」

「昼間っからずっとあんな感じだ。もしかするとずっと元には戻らないんじゃないのか。まったく、困ったもんだ」

セラビ刑事はこう言って大きくため息をもらした。

 モオルダア達はとりあえず引き返すことにした。警察署を出る時モオルダアは何か思いだしたように振り返るとセラビ刑事に聞いた。

「そういえば、セラビさん。チケットをくれたのあなたですか?」

「ん?何のことだ?私は何にもあげた覚えはないぞ」

「モオルダア、チケットって何のことですの?」

モオルダアはポケットから昼間届けられた二枚の下田歌劇団公演チケットをスケアリーに見せた。

「これだよ。キミの分もあるぞ。ボクら宛に旅館に届いていたんだけど、差出人が解らないんだ」

そのチケットを見たセラビ刑事が声をあげて笑った。

「あっはっは。下田歌劇団か。そりゃいいなあ。滅多に見られない貴重な舞台だぞ。そんなもん誰にもらったんだ?だれにもらったのでもいいが、ここに来たついでに見に行けば、きっといい記念になるぞ。あっはっは」

セラビ刑事は妙にうけている。いったい下田歌劇団って・・・

「歌劇団って、ミュージカルでもやるのかしら。でもその下田歌劇団っていう名前に、なんだか気味の悪い胸騒ぎを覚えますのよ」

「そうだろ。ボクもなんだよ。どうしようか。見に行く?」

「でもセラビ刑事があんなに勧めていますから、少しだけでも見てみる価値はありそうですわ」

モオルダアは言いしれぬ不安を感じながらチケットをポケットにしまった。

17. 宿屋・翌朝

 モオルダアは朝食を取るために宿屋の食堂へとやって来た。スケアリーはとっくに朝食を済ませて今は朝風呂に浸かっている。モオルダアがここへ入ってきた時からずっと若女将アイはニコニコしながら彼のことを見つめている。どうやらよっぽどモオルダアのことが気に入ったらしい。物好きな人もいるものだ。モオルダアはそんなに見つめられると、気になって自分が何を食べているのかすら解らない。彼の前には、この旅館の主人でありまた板長でもあるヤドヤ・メダマの特製目玉焼きがある。こんな面白いネタにも彼は気付いていない。若女将の視線がどうにも気になるのでモオルダアは辺りを見回してみると近くに新聞を見つけた。これを見ながら食べれば少しは気がまぎれるかも知れない。モオルダアが新聞に手を伸ばし広げると、真っ先に眼に飛び込んできたのがヒトオ・サシタに関する記事だった。

「あっ!」

モオルダアが思わず声をあげた。見ていた若女将もモオルダアにつられてビクッとした。彼女が気になってモオルダアの方へ近づいてくる。

「アイさん。大変だよ。セラビ刑事が・・・」

新聞には昨夜のヒトオ少年逮捕が誤認逮捕であったということが書いてあったのである。そんなはずはない。モオルダアはヒトオ少年の逮捕が間違いではないことは確信していた。それがどうして誤認逮捕なんてことになったのだろうか。新聞にはヒトオ少年が誤って逮捕され、不当な取り調べを受けたストレスで心神喪失状態になったとまで書かれている。警察はこの事件を担当したセラビ刑事を懲戒解雇にしたらしい。

「モオルダアさん、セラビ刑事がクビになったの?どうして?これってチョームカツク!」

「そうらしいねえ。どう考えてもチョーおかしなことだけど。あらゆる証拠がヒトオ少年の犯罪を・・・」

モオルダアは途中まで言いかけたが若女将にあまり詳しいことを話すとやっかいなことになりそうなので口を閉じた。

 食堂で二人が話しているのを聞きつけて奥から女将のヒトミが出てきた。

「ちょっと、あなたは向こうへ行っていなさい」

彼女は若女将向かってきつい口調で命令した。女将の様子がいつもとどこか違うので若女将も口答えせずに食堂を出ていった。女将はモオルダアの手から新聞を取り上げて読み始めた。

「まあ、なんてことでしょう。モオルダアさん、これは本当のことなんですか。セラビ刑事はこんなヘマをするような人じゃないはずです」

モオルダアはどうしてこの女将がのことをセラビ刑事のことをここまで心配するのか少し疑問に思っていた。

「私もこれは何かの間違いだと思いますよ。ところでマダム、フロントの電話を借りてもいいですか」

「はあ、いいですけど。どうぞ使ってください」

女将はどうしてモオルダアが自分のことをマダムと呼んだのか少し疑問に思っていた。

 モオルダアはフロントへ行くと一度辺りを見回してから電話をかけた。

「もしもし、セラビ刑事。いったいどうしたんですか。あの新聞記事は本当なんですか」

「やあ、エフ・ビー・エルさんか。やられてしまったよ」

セラビ刑事の声に元気がない。まあ、当然といえば当然である。

「私もこんなことは初めてだったんだが。ヒトオ少年にはねえ、アリバイがあったんだよ」

「アリバイがあった!?」

「キミ、この電話は旅館からか?」

「そうですよ。でもフロントの電話だから盗聴の心配はありませんよ。チョーオッケーっす!」

「なんだそれ。フロントの電話でも盗聴はされると思うけどな。まあいいか」

「そうなんですか?でもまあ、いいですよ。続けてください」

「事件の前日からヒトオの伯父の家に親戚一同が集まっていてねえ。そこにヒトオもいたんだそうだ。ヒトオは一度も外出しなかったみたいだし、逮捕した日も伯父の家から直接高校へ向かったそうだ。親戚全員がそう証言してる」

「ちょっと待ってください。伯父というのは署長のことですね。もしかして署長がヒトオ少年をかばっているんじゃないでしょうね」

「いやあいくら何でも、あれだけの殺人をやらかした犯人をかばう人はいないだろう。それに親戚といっても署長とは直接血のつながりは無いみたいだしねえ。ハー・・・。私もこんなことでクビになるなんて思ってもみなかったがね」

「本当にやめちゃうんですか。ボクはどこか我々の見えないところに真実を隠している人たちがいるように思えるんですけど。それにミイラ事件の方はどうするんですか。ここでやめたら、あなたの苦労が水の泡ですよ」

「まあ、これも人生ってヤツだよ。クビになってしまったもんは仕方がない。私はもう警察の人間じゃないんだから、何も出来ないよ。そうそう、ミイラ事件ならコビテのヤツが引き継ぐことになったぞ。まあ、あいつにはあんまり期待できないけどな。私はこれから署にいって自分の荷物の片付けをしてこなくちゃいかんから、この辺で失礼するよ」

受話器を置いたモオルダアはしばらく黙って考えていたが、最後に一度首をかしげてからこうつぶやいた。

「なんかチョーワケワカンネー、ってかんじだな」

18.

 グタグタ遺体事件にヒトオ少年の釈放にミイラ死体事件。これらは全て別個に起きたことなのか、或いはこれらの出来事の背景には共通の人物が暗躍しているのか。モオルダアはもう一度全てを一から考え直す必要があるように思えてきた。かれは例のボイスレコーダーに彼の考えを録音しようと思ったが、あいにく部屋に置きっぱなしにしてある。彼はまだフロントの電話のところにいたのである。そこに若女将アイがやって来た。

「モオルダアさん。これから署長のところに行って事情を聞いてくるんでしょ?」

「なんだキミ。また電話を盗聴してたな」

「盗聴じゃありませんよ。調理場で電話の受話器を取ったら・・・」

「勝手に知らない話が聞こえてきたんだろ。でも残念でした、署長のところには行かないよ」

「どうして?いま一番怪しいのは署長でしょ。私は優秀な女スパイだからそんなことはすぐに解るんだから。でも署長のところへ行かないならどこへ行くの?私もついていく」

「それは、教えられないよ」

「もー、チョーいじわる。私は本当に優秀な女スパイになりたいんだから、少しぐらい勉強させてよ」

「よし解った。キミを優秀な女スパイの卵として、任務を命じよう」

「ホントに!?キャ、嬉しい」

「女風呂に行って、スケアリーに事情を話してここに来るように伝えてくれ」

「なにそれ、どういうこと?そんなの女スパイじゃないよ」

「さあ、早く。こんな任務も果たせないようじゃ優秀な女スパイにはなれないぞ」

若女将アイは渋々女風呂へ向かっていった。

 しばらくすると、スケアリーが若女将に連れられてやって来た。

「モオルダア、いったいどうしたと言うんですの?せっかくゆっくり温泉に入っていたというのに。どうしてヒトオは釈放されたんですの?」

「スケアリー、どうやらゆっくりしている暇はなくなりそうだよ。すぐに出かけなくちゃ」

「出かけるってどこにですの?」

モオルダアは若女将の方をチラッとみてから言う。

「ここではちょっと言えないけど」

「そうですの。まあいいですわ。温泉ばかりじゃ飽きてしまいますし」

エフ・ビー・エルの二人は車に乗ってどこかへ消えてしまった。若女将アイが二人の後を見送っていた。「私が本当に優秀な女スパイだってことが解ればきっとモオルダアさんは私に興味を持つに違いないわ。優秀な捜査官と優秀な女スパイ。こんな理想的なカップルって素晴らしいわ」夢見る少女アイは憧れの生活を思い描いていたが、彼女はまだモオルダアが優秀な捜査官ではない、ということに気付いていないようだ。


to be continued...

2004-08-04
the Peke Files #006
「サマータイム(第一話)・C'est la Vie」