「KIMOE」

17. キモエのお屋敷

 スケアリーは一階の大広間でノートパソコンを使って庭で採取した液体の分析結果を調べ直していた。この大広間はこの屋敷の中でも一番照明が明るくスケアリーもここでなら恐ろしい幽霊屋敷の雰囲気を感じることはなかった。

 キモエは二階の自室で絵を描いている。創作中はなるべく一人になりたいということで、スケアリーは別の部屋にいなければならなかったのだが、キモエの部屋以外の二階の部屋はほとんど使われていないため電灯がつかない。一階の部屋の中でも電灯のつく部屋は限られていた。節約のために電気は限られた場所にしか引かれていないのだ。

 スケアリーの使っているノートパソコンの横には懐中電灯が置いてある。電灯のない部屋で何かが起こったらその懐中電灯を使うことになっていたのだが、スケアリーとしてはそんなことが起きないことを願っていた。

 キモエの部屋からはほとんど音が聞こえてこないし、たまにスケアリーがパソコンのキーボードを叩く以外にほとんど音はしなかった。外の通りには時折自動車などが通っているはずだが、それらの音は広い庭と庭木に全て遮られてしまう。このあまりの静けさにスケアリーはワザと独り言を言ってみたりしていたが、静けさの中でその小さな独り言があまりにも大きな音に聞こえるとさらに静けさが強調されてスケアリーは次第に心細くなっていった。

「あたくしとしたことが、何を怖がっているのかしら?」

今度は声に出さずに心の中でつぶやいてみた。

「幽霊なんているわけないんですから。それに、気持ち悪い怪物が絵から飛び出して人を襲うなんてこともあり得ませんわ!」

そう思っても、やっぱり恐いものは恐い。無害だと解っていても、虫が腕をはい上がってきたら気持ち悪いと思ってしまうのと同様に、不気味なものはどうしても不気味なのだ。それでもスケアリーは何とか目の前のパソコンに集中しようとしていた。実をいうと、この分析結果には興味深いことがいろいろありそうなのだ。

 スケアリーが心の中での独り言もやめてパソコンに集中すると再び静寂が屋敷を支配した。するとその時、スケアリーの頭上でカタカタという物音がした。スケアリーはハッとして頭上を見上げてしばらく固まっていた。そのまま天井を見ていても何も起こらなかった。

「キモエさんですの?」

スケアリーは今にも震えて裏返りそうな声で聞いてみた。それがキモエの部屋まで届いていたかは解らないが、何の反応もなかった。「きっとネズミか何かですわ」と思ってスケアリーは再びパソコンに目を向けた。パソコンの文字を読み始めたとき、今度は先ほどとは少し違う場所からカタカタという音が聞こえてきた。

 驚きでそうなったのか、それとも異常事態だと感じたのか解らないが、スケアリーは反射的に立ち上がって懐中電灯に手をかけていた。しばらくは先ほどと同じように天井の音のしたところ見上げていたスケアリーだったが、今度は懐中電灯を手に取るとドアのところに向かわざるを得なかった。

18. FBLビルディングの近所

 モオルダアは「今回の事件はまったくもって難解だなあ」と呑気な感じで考えながらFBLビルディングに向かって歩いていた。FBLビルディングに続く大通りには脇へ入る路地がいくつもあるのだが、最後の路地を通り過ぎた時にその路地の暗がりから何者かがモオルダアを呼び止めた。

「おいモオルダア!何をやっているんだ?」

突然のことだったが、それが小声だったためにモオルダアはそれほど驚かなかった。見るとそこにはスキヤナー副長官がいた。

「あれ?副長官。今回は予想外に2度目の登場ですね。残念ながら今のはそれほど驚きませんでしたけどね」

スキヤナーはモオルダアが何を言っているのか良く解らなかったが、それどころではないようだ。

「なんだか知らないが、あれは一体何なんだ?」

「あれ、って何ですか?」

「君らが事件現場から採取してきたものだよ。もの凄く臭くて私は外に避難してきたんだよ。それに化学兵器の処理班みたいなのが来てあの液体とかの証拠品を押収していってしまったんだぞ」

化学兵器と聞いてモオルダアは先ほどヌリカベ君から聞いた「殺人バクテリア」のことを思い出していた。しかし、あれがホントに殺人バクテリアだとしたら朝の現場にいた人間は全員ドロドロに溶けているはずである。

「あれは化学兵器なんかじゃないと思いますけどねえ」

「それはそうかも知れないが、でも彼らはキミ達のことも隔離したがっているんだよ」

これは明らかに何者かがFBLの捜査を妨害しているのだがモオルダアはあまり気付いていない。

「隔離するのはボクらだけでなくて、朝の現場にいた警官達とか警察署の全員とか、それからFBLの研究室にいた人とか全員を隔離しないと意味がないですよ」

「それだから私は怪しいと言っているんだ。それからスケアリーはどこにいるんだ?彼女にもこのことは伝えておかないと」

ここまできてようやくモオルダアの少女的第六感が働きだした。FBLビルディングにペケファイルの二人がいないとなれば、一番最初に調べられるのはキモエのお屋敷であることは確かである。彼らの捜査を妨害する目的が何なのかは解らない。しかし、キモエとスケアリーがあのお屋敷にいることはあまり好ましくない状況だということは何となく解ってきた。