「SCREWED」

13. (また?)山の中

 マジかよ、ホントに夢オチかよ!とか思ってはいけない。まだもう少し先があるのだから。


 目を開けたスケアリーはニコラス刑事がいるはずの目の前にモオルダアの姿を見て悲鳴をあげそうになったのだが、何とかこらえた。そして、口の端から流れ出そうになっているヨダレをモオルダアに気付かれないように指先で拭いていた。あたりを見回すと、そこは国道から脇にそれた山道の途中だった。

「あら、あたくしどうしたのかしら?…そうですわ、この道に入ってきてあなたが寝始めたのに気付くと、あたくしも眠くなってしまって、それで路肩に駐車して一眠りしていたんでしたわ。失礼いたしましたわね。もう目が覚めましたから、早く現場へ向かわないといけませんわね」

ホントに目が覚めたのかどうか怪しかったが、スケアリーの目はまだ半分閉じられたままだった。モオルダアはそんなところはどうでもイイという感じだった。モオルダアがスケアリーを無理に起こしたのにはそれなりの理由があったのだ。

「そんなことよりもスケアリー。アレを見てよ」

モオルダアはそう言いながら前方を指さした。スケアリーはその光景をどこかで見たような気がして嫌な予感がしたが、モオルダアの指さしているアレを見て身震いせずにはいられなかった。

 モオルダアの指さした先には「旅の宿 この先500メートル」と書かれた看板が立っていたのだ。

「モオルダア!これは一体…」

「面白いよねえ。キミもあの看板には見覚えがあるでしょ。というより何度も見ているよね。やっぱりボクらは同じ…」

「そんなことより、あの少年が心配じゃありませんこと?」

スケアリーは車のエンジンをかけて「旅の宿」の方へと向かった。

「何でそんなに急ぐんだ?」

「何で、って。あなたが言っていらしたでしょ。あの少年が危険な目に合っているかも知れないって」

「ああ、そうか」

モオルダアは二人が同じ夢を見ていたかも知れないことに盛り上がっていたので少年のことなどほとんど忘れていた。もしもあの少年が存在するのなら、あの少年はモオルダアとスケアリーに何かを訴えようとしていたのだ。しかし、モオルダアにはそれとは別の嫌な考えもあった。

 もしかするとあの少年はモオルダアの無意識が具体化された姿だとしたら。雑誌のイヤラシイ記事を読んでいたり、スケアリーの部屋を覗いてみたり、それからスケアリーを恐れて逃げ出したり。それだと凄く惨めな感じがするのだが、スケアリーはその辺にはまだ気付いていないようなので、モオルダアは真剣な表情で車を運転している彼女と同じように、引き締まった表情を作って少年を心配しているようなフリをしてみた。


 車は夢で見たのとほとんど同じ感じで「旅の宿 入り口」と書かれた看板のところまでやってきた。そして、夢と同じように「旅の宿」までは舗装されていない私道を通るようになっていた。夢と違うのは、その道が木々に太陽の光を遮られていても、その間から漏れる光が強くそれほど暗くないということだった。

 この私道に入るまで、あまりにも夢とそっくりな光景が繰り返されていたためにスケアリーはずっと緊張した感じだったのだが、この私道ののどかな雰囲気に少しだけ気を緩めることが出来たようだった。

「ねえモオルダア。あたくし思うんですけれど、あの少年ってホントにいるのかしら?あたくし、あの少年がしていたことを考えると、何だかあなたの…」

「そうかも知れないけどね。でも、あの少年がいなければ、どうやってここまでの道のりを夢の中で再現できるんだ?」

モオルダアが怒っているような悲しんでいるような不思議な感じで答えたので、スケアリーはこのことについては聞くのはやめることにした。しかし、あの少年がモオルダアだったとしたら、と考えるとどうしても笑ってしまいそうになるのをこらえなければならなかった。


 車は私道を抜けて「旅の宿」の前までやってきた。目の前にある建物は夢で見たものとほとんど同じだったが、そこにはどこか決定的な違いがあるように感じられた。空気が動いているというのか、時間が流れているというのか、良く解らない感じだが、とにかくここは夢の中とは違う現実の世界であることがハッキリと解った。

「どうします?ホントにあの少年がいて、あたくし達に助けを求めていると思います?」

スケアリーにはここで少年が誘拐されたり監禁されたりしているとは思えなかった。傾きかけた太陽に柔らかく照らされるこの「旅の宿」が廃墟のような建物ならまだしも、ここは見る限りいたって普通の旅館である。何か恐ろしいことが行われているような気配は少しも感じられなかった。

「まあ、挨拶ぐらいしていったら良いんじゃないか?もしも少年がいたらきっとボクらのことだって解ると思うし」

モオルダアもなんとなく緊張感のない返事だった。しかし、その時だった。「旅の宿」の入り口の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。それは声というよりも悲鳴に近いものだったが。

「嫌だ!やめろ!行くもんか!ヤダー!誰か!助けて!」

これを聞くとモオルダアとスケアリーはゆるみきっていた緊張感を一気に高めてお互いに目を合わせた。

「ちょいと、モオルダア!」

モオルダアが黙って頷くと、二人はすぐに車を降りて「旅の宿」の入り口の方へと向かった。モオルダアの手にはモデルガンが。スケアリーの手には本物の銃も握られていた。

 入り口からはずっと少年がわめいているのが聞こえていた。そして、それに合わせて何かから逃れようと必死にもがいて足をばたつかせるような音も聞こえてくる。少年は入り口のすぐ内側にいるようだった。モオルダアとスケアリーは走って入り口の前まで行くと銃(とモデルガン)を中に向けて構えた。

「エフ・ビー・エルですのよ!今すぐにその子を放しなさい!」

スケアリーが言うと、それまで慌ただしい感じだった入り口付近は一気に静まりかえった。そこには夢で見たのと同じ少年がいた。そしてその腕を中年の女性が掴んでいた。

「何ですか、あなた達は!?」

女性は予想外の出来事に驚いていたようだった。

「我々はエフ・ビー・エルの優秀な捜査官だ!すぐにその子を放すんだ」

モオルダアが言うと女性は唖然とした感じで掴んでいた少年の手を放した。すると少年は走ってモオルダアとスケアリーの立っている後ろまで逃げてきた。

「やっぱり来てくれたんだ!」

少年は涙ぐみながら二人の後ろでつぶやいていた。二人はまだ銃(とモデルガン)を女性に向けたまま構えていた。

「一体ここで何が起きているのか、説明してくださるかしら?」

スケアリーに聞かれた女性はまだ状況を理解できない感じだったが、それでも何とか落ち着きを取り戻すと逆に聞き返してきた。

「あなた達はいったい何なんですか?私が自分の息子を叱ったからって、それが何か罪になるんですか?」

それを聞いたモオルダアは振り向いて少年の方を見た。少年はビクッとしてモオルダアから目をそらした。それを見てモオルダアは構えていたモデルガンを下に向けた。スケアリーもなんとなく様子が変なのでモオルダアにならって銃を降ろした。

「あの…、あたくし達もしかすると何かを勘違いしていたのかも知れませんが、もしよろしかったら、どうしてあなたの息子さんがあんなに泣き叫んでいたのか聞かせてもらえないかしら?」

二人が銃(とモデルガン)をしまったので、一安心した女性はホッとした様子で話し始めた。

「その子はねえ、普段は良い子なんですよ。でも中学校でプールの授業が始まると学校に行かなくなってしまうんですよ。プールに入ると目が痛いとか鼻にしみるとか、ヘンな理由を付けて学校をサボるもんだから、出席日数とかで卒業できないなんてことになったら、それは大変ですから。それで先生に相談したら、プール開きの前に特別に特訓してくれるって言うのよ。だから無理にでも連れて行こうとしてたんですけど。…まさか、それで児童虐待なんてことになるんじゃないでしょうね?」

モオルダアとスケアリーはあきれた感じで目を合わせてから、ほぼ同時に少年の方に目を向けた。少年は怯えた感じで二人を交互に見つめていた。(どうでも良いことだが、この少年は中学生だったので、始めの方でモオルダアのやったプロファイリングは間違いである。)

「大丈夫ですよ、お母さん。やっぱりボクらは勘違いをしていたみたいです」

モオルダアが言うと、後ろにいた少年がまたわめきだした。

「ウソつけ!おじさんもおばさんもプールが嫌いだってことは解ってるんだ!だからボクを助けてくれると思ったのに!どうしてそんなことを言うんだよ!」

それを聞いたスケアリーが見る見るうちに不機嫌な顔になっていくのがモオルダアには解った。スケアリーは「おばさん」と言われたことに腹を立てたのではない。プールに行きたくないがためにヘンな夢に付き合わされたことに腹が立っているようだった。スケアリーはさっと振り返ると少年の腕を掴んだ。

「あなたは一体何を考えているんですの?あなたがプールに行きたくないってだけで、あたくし達があなたを助けると思っていらっしゃるの?」

横でスケアリーを見ていたモオルダアは自分が怒られているわけでもないのに、謝りたくなるほどスケアリーの表情は怒りに満ちていた。

「あなたのおっしゃったとおり、あたくしも昔はプールが苦手でしたのよ!でも、あたくしは頑張ってそれを克服してちゃんと泳げるようになったんですのよ!それなのに、あなたはなんだって言うの?目が痛いですの?鼻がしみるですの?男のくせに良くそんなことが言えますわね。この先にもっと辛いことは沢山あるんですのよ!そんなことではいけませんわ!あたくしがあなたをプールに連れて行きますわ!良いでございましょう?お母様」

そう言うと、スケアリーは少年を車のところまで引きずっていった。

「ヤダ!やめて!助けて、おじさん!助けてー!」

少年はモオルダアに助けを求めていたが、あんなに恐ろしいスケアリーを止めることは無理なのは解っていたので、そのまま黙って連れて行かれる少年を見つめていた。

「あの…あの子大丈夫でしょうか?」

少年の母親もスケアリーの凄い剣幕に驚いているようだった。

「エンソケイ星人に連れて行かれてしまったなあ…」

モオルダアはなんとなく子供時代のプールが苦手だった頃のことを思い出していた。彼の経験によれば、あんなふうに強制されなくても、そのうちプール嫌いは治るものだとは思っていたが。

「まあ、大丈夫だと思いますよ。プールはふもとの集落にあるんでしょ?」

「はあ…、まあそうですが」

なんとなく釈然としない母親をよそに、スケアリーと少年を乗せた車は砂煙を巻き上げて私道の方へと走り去っていった。モオルダアと母親は車が見えなくなるまでボンヤリと私道の方を眺めていたが、モオルダアがふとあることを思いだして母親に聞いた。

「そう言えば、このむこうの山の中に小さな洞穴みたいなのがありますか?」

「洞穴ですか?…ああ、そう言えば道具置き場にしていた洞穴がありますけどね。今では裏庭の倉庫を使っていますが、昔はあの洞穴にナタだとかノコギリだとか、そう言ったものをしまっていましたねえ。どうして、そんなことを知っているんですか?」

「いや、まあ。なんとなくそんな気がしたんで。それで、その洞穴ですが、見てきても良いですか?」

「良いですけど。場所はあの私道の脇の…」

「道ならだいたい解ります」

「はあ…」

モオルダア達がやってきたおかげで、この母親までもヘンな話しに巻き込まれてしまった感じである。