「SCREWED」

4. 宿の外

 モオルダアが少年を追いかけて「旅の宿」の外壁沿いに走ってくると、少しひらけた裏庭のようなところに出てきた。この裏庭の周囲には木の生い茂った山の急斜面に囲まれていて、ここからはどこにも進めないような気がした。だとすると少年はこの裏庭の何処かに隠れていそうだが、もしかするとこの土地に慣れている人間なら山の中を走って何処かへ逃げることも出来るかも知れない。そんなことを思いながらモオルダアがキョロキョロと辺りを見回していると、後ろからスケアリーの声が聞こえた。

「ちょいと、モオルダア。一体何があったというんですの?」

スケアリーは下草に触れて自分の服が汚れるのがイヤそうな感じで歩いてモオルダアの方へと近づいてきた。

「キミの科学的な第六感が当たっていた、ということかな」

「何ですのそれ?」

「キミの感じていた視線というのは、この旅館の少年のものだったみたいだよ」

「まさか、そんなことは…」

「ないこともないと思うけどね。ボクはハッキリ見たんだから。両手をこうやって目の横にあてて、解りやすい感じでキミの部屋を覗いていたよ」

モオルダアがそう言いながら、さっき少年がスケアリーの部屋を覗いていたのと同じような格好をしたのだが、スケアリーはモオルダアのその姿を見て妙な生々しさを感じて鳥肌が立った。

「それで、あの少年はどこへ行ったんですの?」

「さあね。ボクらは完全なアウェイ状態だからね。見失ってしまったよ」

「そんなことをいっても、あの少年は捕まえてちゃんと叱っておかないといけませんわ!いくらあたくしのような美女に興味があったとしても覗きなんて卑劣な行為は良くないですもの」

そう言いながらスケアリーはさっき得体の知れない妙な気配を感じながら服を着替えたりしなくて良かったと思っていた。

「そうかも知れないけど、あの少年だっていつまでも隠れているワケにはいかないし、そのうち旅館に戻ってくると思うけどね。まあ、ホントにあの少年がこの旅館の人間だったらの話だけど」

モオルダアはそろそろ部屋に戻りたいと思っていたようだったが、スケアリーは違っていた。

「あたくしならあそこに隠れますわね」

そう言って、スケアリーはこの裏庭の片隅にある物置のような小屋を指さした。その小屋の開いたままになっている扉のむこうには不気味な暗闇しか見えなかった。開いているなら入るしかないという感じで二人はその扉の方へと向かった。

「いいですこと。ここにいるのならおとなしく出てきなさい。そうすれば、あなたのしたことは許してさしあげますから」

スケアリーはそう言いながら扉の中へと入っていった。モオルダアはそれを聞いてなぜかイヤな気分になっていた。それは遠い昔。まだモオルダアが小学生だった頃。「先生の机に面白いイタズラ書きしたのはだれだ?」と優しい感じで言う教師に油断して手を挙げたモオルダアはその後こっぴどく叱られたのだった。

 そんな思い出はどうでも良いのだが、二人が小屋の中に入っても中はしんと静まりかえっていた。小屋の中は暗くて何も見えなかったが、しばらくすると扉から差し込んでくるわずかな月の光で小屋の中に積まれているダンボール箱やホコリをかぶった何だか解らないものが少しずつ形を現してきた。しかし、この中に少年が姿を隠せるような場所はなさそうだった。

 二人がそう思っていると、背後でバタン!という音がして小屋の中は再び暗やみに包まれた。

「ちょいと、何なんですの!?」

スケアリーはそう言うと扉のところに行って手探りでドアノブを見付けるとそれを回して扉を開けようとしたのだが、鍵が掛けられているようで押しても引いても扉は開かなかった。

「ちょいと、なんだっていうの!?こんなイタズラは許しませんわよ!」

スケアリーは手のひらで扉を叩きながら外に向かって叫んでいる。

「ちょいと!開けなさい!あなたは何をしているのかわかっていらっしゃるの!?こんなところにあたくしを閉じこめて、それがどういうことだか解っていらっしゃるの?ここにはモオルダアがいるんですのよ!こんな所に閉じこめられたら、あの変態は何をするか解ったものじゃありませんのよ!開けてくださいな!後生ですから、どうかここを開けてくださいな!」

ほとんどパニック状態のスケアリーだったが、モオルダアは自分が彼女にどんなふうに思われているのだろうか?と思ってヘンな気分になっていた。とにかくドアを叩いてわめいているスケアリーを落ち着かせなければいけない。ただし、彼女の言っていることからすると、彼女に近づいて肩に手をかけたりしようものならどうなるか解らない。とりあえずモオルダアは今いる場所から動かずにスケアリーに声をかけた。

「ちょっと、スケアリー。そんな言い方は酷いんじゃないの?」

スケアリーを落ち着かせようとして言ったことだが、ほとんどモオルダアの本心になってしまった。

「あら、あなた。聞いていたんですの?オホホホッ!」

聞いていたも何もないのだが、モオルダアの悲しそうな声を聞いてスケアリーはちょっと悪いことをしたような感じで言っていた。なんとなく釈然としないモオルダアだったがとりあえずスケアリーが落ち着いたのでそれで良しとした。そしてポケットの中を探って小さな懐中電灯を取り出してスイッチを入れた。その懐中電灯の明かりはモオルダアの手の周り数十センチまでしか届かないようなものだったが、この暗闇の中では十分に頼りになる明かりだった。

「あの、念のために聞いておくけど。これからボクがそっちに行っても良いかな?キミはボクのことを変態だと思っているみたいだけど、ボクは自分ではまともな人間だと思ってるし、どっちにしろキミにヘンなことをしてもキミの鉄拳にはかなわないんだからね」

モオルダアの声はかなり不機嫌な感じだったのでスケアリーはちょっと悪いと思ったが、それよりもモオルダアが懐中電灯を持っていることが気になった。

「あなた、どうしてそんなものを持っているんですの?」

「いつ必要になるか解らないものは、無駄だと思っていても持ち歩いているべきなんだよ」

モオルダアの言っている意味は良く解らなかったが、彼の声に自信が戻ってきたようなのでそれはそれで良かった、ということだろう。

「それで、どうするというんですの?」

「ボクだって、こんなところに一晩中いたくはないからね。なんとかしてここから出る方法を考えないとね。まあ、イザとなったらこの古い物置小屋の壁は力ずくで壊せるかも知れないけどね」

モオルダアは、そう言ってからスケアリーのいる扉の方へと近づいてきた。またスケアリーがパニック状態にならないか少し心配だったが、懐中電灯のわずかな明かりがあるからなのか、スケアリーはいつものように落ち着いていた。

 モオルダアは扉のところにくると、懐中電灯の灯りでそこを調べながらヘンな顔をしているのがスケアリーには解った。

「どういたしましたの?イリオモテヤマネコに遭遇したニホンカワウソみたいな顔をしていますわよ」

それを聞いてモオルダアはさらにヘンな顔になっていた。しかし、ここはそんなところを気にしている場合ではないので、話を先に続けることにした。

「さっき、この扉はバタン!といって閉まったよね?」

「そうですわよ、バタン!といって閉まって、それから引いても押しても開かなくなって閉まったんですのよ。おそらくこの扉の鍵は中からは開けられない仕組みになっているんですわ」

「ボクもそう思ったんだけどね。どうやらこの扉はガラガラと開くみたいだよ」

ガラガラって何なんですの?とスケアリーが聞き返す前にモオルダアが扉を押すでもなく引くでもなく、横の方向に動かすと扉はガラガラガラという音を立てて開いた。スケアリーは唖然として開いた扉を見つめていた。

「引き戸だったんですの?」

「今のところ、そういうことになってるけどね」

確かにこの扉はバタン!といって閉まったのだ。バタン!といって閉まるからには引き戸のはずはないと思っていたのだが、この扉は引き戸だった。引き戸だったら「ピシャリ!」といって閉まるはずなのに。二人は妙な気分になっていたが、扉が開いたのでとりあえず月に照らされている裏庭に出てきた。先程の小屋に比べたらずっと明るいこの場所に出てきても二人の心の中には何か理解しがたい不思議な感覚が残っていた。