「SCREWED」

6. スケアリーのいる部屋

 スケアリーは自分のカバンを開けて中を覗き込んだまま考え込んでいた。さっきの少年は布団は持ってきてくれたが「旅の宿」らしい浴衣などは持ってきてくれなかった。突然やってきたのでそれは仕方のないことだったが、スケアリーは「いつまでもここに来た時のスーツ姿のままでいると、なんだか窮屈な気分になって良くありませんわ!」と思っていたのである。カバンの中には遠出をする時にいつも持ってくる部屋用の服が入っている。浴衣はなくてもそれに着替えたら良いのだが、彼女はこの部屋にいるとなぜか誰かに見られているようなイヤな気配を感じるのである。

 しかし、いつまでもそんなことを考えていても仕方がない。さっき一度見付かっているのだから、また少年が外からこの部屋を覗いているなんてことは考えられない。「きっと一日中運転をして疲れているんですわ。ですから着替えてくつろいだ気分になればきっと気持ちも晴れるはずですわ」と思ってスケアリーはカバンの中から服を取りだした。

 それでも、やはり何かが気になるスケアリーは部屋を見渡して誰からも見られないような一番隅に移動して着替え始めた。一度上着のボタンに手をかけたスケアリーだったが、まだ何かが気になるようだった。そして、一度部屋の入り口に方へ行って部屋の灯りを消してからまた部屋の隅に戻ってきた。

 これなら誰が覗いていたって平気ですわ!と思って着替え始めたスケアリーの目には、窓の外から幽かに入ってくる月明かりに照らされた木々の影がゆらめいて床に映っているいるのが見えた。それを見ながらスケアリーは「都会の夜というのは明るすぎるんですわね」と少し詩的な気分に浸っていたのだが、その木々の影の中を何か別のものの影が通り過ぎた時にはそんな気分は一瞬にして消えてしまった。明らかに人間がスケアリーの部屋の外を通り過ぎて行ったのである。スケアリーは脱ぎかけた服を慌てて着るとすぐに窓のところへ行って勢いよくそれを開けた。

「ちょいと!まだ懲りないんですの?いくらあたくしが美しいからって、あなたには勝手に覗いたりする権利はないんですのよ!」

スケアリーが窓の外に向かって怒鳴るとそこには腰を抜かしそうになって驚いているモオルダアがいて、丸く見開いた目をスケアリーの方へ向けていた。

「ちょっと…。いきなり脅かすのはやめてくれよ」

モオルダアが絞り出すような声で言った。明かりの消えた部屋からいきなり怒鳴られたのだからモオルダアが驚くのも無理はない。しかし、モオルダアはそこで何をしていたのだろうか?

「モオルダア。まさかあなたはこの部屋を覗こうとか思ってなかったでしょうね?」

「まさか。そんなことをした時のキミの恐ろしさはボクが一番良く知っているからね」

「恐ろしさ、ってどういうことですの?」

そう言ってスケアリーはモオルダアを睨みつけたが、モオルダアは「それがそうなんだよ」と心の中で思っていた。

「それよりも、スケアリー。何か凄くヘンなことが起きている気がするんだけどね。ボクはどうしたら良いんだろうか?」

そう言いながら、モオルダアはスケアリーの部屋の窓のところまでやってきて窓についている鉄格子を両手で掴んだ。

「ヘン、ってどこがヘンなんですの?あなたはいつもヘンなことを言っているのだから、よっぽどヘンなことなんですの?」

「そんな冗談は抜きにしてね。これなんだよ」

モオルダアは掴んでいた鉄格子を前後に軽く揺さぶってみた。もちろん防犯のための鉄格子なのだからそんなことではずれたりはしない。

「それのどこがヘンだって言うんですの?やっぱりあなたはいつでもヘンなことを言うんですわね」

「そうじゃなくてね。ボクはさっき少年を追いかける時に窓から外に出たんだよ。それで、部屋の鍵はかけっぱなしだし、鍵は部屋の中だし、また窓から入ろうとしてここにやってきたんだけど。そうしたらボクの部屋の窓に鉄格子がついていて入れないんだよ」

スケアリーはモオルダアの言っていることを理解するのに少し時間がかかってしまった。そして理解しても納得することは出来ないということが解るまでにさらに時間がかかってしまった。

「あなた、自分の部屋を間違えているんじゃなくて?」

「ボクもはじめはそう思って、この辺りを何度も行ったり来たりしていたんだけどね。でも今ここにキミがいるということはやっぱりボクの部屋は隣のあの部屋なんだよね」

スケアリーはモオルダアが見ている「あの部屋」の方を見ようと窓から顔を出して窓と鉄格子の間から覗いてみた。隣の部屋の窓にはこの部屋と同じように鉄格子がついている。

「モオルダア。もう一度よく考えてくださらないかしら?あなたは本当に窓から外に出たんですの?あなたの言うことが本当なら、あたくし達が外にいる少しの間に、鉄格子が付けられたということになってしまいますわよ」

「そうなんだよ。だからすごくヘンなんだよ。でもキミもここはどこかヘンだって言ってたよね?」

「あたくしの言っていたのはそういう意味ではございませんわ!」

確かにそうかも知れなかったのだが、二人ともこの「旅の宿」にいることに対して何とも言えない不安な気持ちになってきていた。スケアリーはこの状況を科学的に、そして理論的に説明しようと思っていたのだが、どこにもとっかかりがないような気がしていた。そういう時にはきっとモオルダアの適当なオカルト的な思考が役に立つのだ。それを科学的に否定することによって、現在のこの状況を把握するための何かの糸口が見付かるに違いないのだ。

「それで、あなたはどう思うんですの?その鉄格子の話はどう考えても現実的ではありませんわね。あなたはどうやってこれを説明するんですの?」

この後、モオルダアの突飛な考えが聞けると思っていたのだが、予想に反してモオルダアは頭を抱えたままだった。

「さあね。この状況はボクにも理解できないよ。はじめから計画されていたことなら出来なくもないけどね。でも、今日ボクらがここに来るということがいったい誰に解るんだろう?それはボクらにだって解ってなかった事なんだよ。それに、こんなふうにボクを閉め出したところで、いったい何が…」

モオルダアがそこまでいうと、彼は突然「アッ!」といって「旅の宿」の玄関の方へと走っていってしまった。

「ちょいとモオルダア!」

スケアリーはまた窓と鉄格子の間から覗き込んでモオルダアを呼び止めたが、モオルダアの姿はすぐに見えなくなってしまった。