「SCREWED」

9. 洞穴の中

 モオルダアが洞穴の中に入るとスケアリーの持っている懐中電灯が慌ただしくあちこちを照らしているのが見えた。それほど広くないこの洞穴の中に大量の首なし死体があるのなら簡単に見付けられそうなのだが、スケアリーの持った懐中電灯は何もない地面を照らしては別の場所へと動いていった。

 モオルダアはスケアリーが懐中電灯をせわしなく動かしているのを眺めながら、彼女が首なし死体を探しているのとは反対側へ行って持っていた懐中電灯のスイッチを入れた。明かりが点くと、そこには大量の手が山積みになっているはずだったので、モオルダアは多少嫌な感じがしたのだが、灯りの先に見えた光景にモオルダアもスケアリー同様に懐中電灯の灯りを色々なところに向けなければいけなくなった。

 大量の手があるはずの場所には何もなくて、懐中電灯に照らされた楕円の光の中には洞穴の地面しかなかったのだ。

「ちょいと、モオルダア!これはどういうことなんですの?」

モオルダアの背後でスケアリーの声がしたのだが、モオルダアも「これはどういうことだ?」と思っていたので、振り返らずに懐中電灯を振り回してあたりを照らしていた。するとその光の中にモオルダアの予期しなかったものが映し出されたのだ。

「アゥ!」

驚きと恐怖の中に新しい発見!という感じのモオルダアのヘンな悲鳴を聞いたスケアリーは、そこに何かがあるに違いないと思ってモオルダアの方へと歩み寄った。

「こっ、これは…。スケアリー!これはカッパのミイラじゃないか?」

そう言われたスケアリーはモオルダアを睨みつけたのだが、懐中電灯の灯りが届かない場所はほとんど見えない状態なのでそれはあまり効果がなかった。

 スケアリーはモオルダアが懐中電灯で照らしている場所に自分の持っている懐中電灯の灯りを向けてみた。そこには確かにカッパのミイラと言ってもおかしくないような、人間よりも少し小さな人間型の動物の干からびた死体が数体横たわっていた。ただしそれを一目見ただけで「カッパのミイラ」と判断するほどスケアリーはモオルダアっぽくはなかった。

「どうしてあなたはいつもカッパとか言うんですの?」

「でも、これはどう考えてもカッパじゃないか?それに、これはボクがあの冷凍車のなかで見たものとそっくりなんだよ!」

あの冷凍車、というのはおそらくシーズン2の最終回に出てきたあの冷凍車であろう。(気になる人は読んでも良いし、読まなくても良いですが。)興奮気味に喋っているモオルダアの声は少し震えているようだった。スケアリーはモオルダアのそういう状態に巻き込まれないように冷静さを保つことは忘れなかった。しかし、彼女が見ている死体は本当にカッパのような姿をしていたのだ。しかし、本物のカッパとは今のところ作り話の中にしか存在しないので、いったい誰がそれを本物と言えるのだろうか?

「モオルダア。この辺りには野生のサルだって沢山いるはずですわ。きっと、これはこの洞穴で息絶えたニホンザルですわ。あなたは自分の妄想に影響されて物事を冷静に判断できなくなっているんですのよ!」

スケアリーの語気が強まってきているのを感じてモオルダアは冷静にならざるを得なかった。しかし、目の前にある死体はどう見てもニホンザルには見えない。ニホンザル以外にこのような姿形をした動物がこの辺りにいるかと言われたら、それは人間か、もしいるのならカッパしかあり得ないのだが。

「それはそうだけどね。でも、これが人間でもカッパでもないとして、キミの見た首なし死体はどこにあるんだ?」

スケアリーもそれが知りたい、という感じだったので何も答えられなかった。

「それにボクがさっき見た手もなくなっているんだよ」

「それはどういうことですの?」

そんなことを言われてもモオルダアには説明ができない。二人はただ頭を抱えながら目の前に新たに現れたミイラ化した遺体を眺めるしかなかった。


 洞穴から出てきてもしばらくは何も言えないままモオルダアとスケアリーは木々の間の暗がりをボンヤリ眺めながら自分たちが見たものは何だったのか?と言うことを考えていた。

「それで、どうするんですの?」

長い沈黙の後、これ以上考えても何も解らないという結論に達したスケアリーが先に口を開いた。

「さあねえ。さっきまではとにかく警察に連絡すべきだと思っていたんだけど、さっきのアレを見て警察に連絡すべきかどうかは迷ってしまうよねえ。それに、もしも…」

モオルダアはここで一度スケアリーの顔色をうかがった。モオルダアはヘンなことを言い出す前にはなるべくスケアリーが不機嫌になっていないかを確かめた方が良いと言うことを解ってきたらしい。

「もしも、あのミイラがカッパだとするとね。またいつものように銃を持った特殊部隊が現れて…という展開になりかねないよね」

スケアリーはそれを聞いて何か言い返したいような感じだったが、これはここで口論しても意味がないと思ったので何も言わなかった。

「あたくし、納得がいきませんからもう一度調べてきますわ!確かにこの中には首なし死体があったんですから!」

モオルダアはこのスケアリーの行動によってまたおかしなことが起こるような気がしていたのだが、勢いよく洞穴へと入って行くスケアリーを止めるにはもう遅すぎたようだった。今度は何がこの中に転がっているのだろうか?そんなことを考えながら洞穴のなかを眺めていたモオルダアだったが、突然後ろから声をかけられると、驚いて飛び上がりながら振り返った。

「ここには入っちゃダメだよ!」

そうモオルダアに声をかけたのは「旅の宿」の少年だった。少年は先程のように怯えた感じではなかったが、洞穴のなかを覗き込むその瞳はどこか不安げに潤んでいた。

「ど、どうして、ここには入っちゃいけないんだ?」

モオルダアは驚いて動悸が収まらない感じだったが何とか少年に聞いた。少年は一度モオルダアを見たが何も言わずにまた洞穴の方を見つめ始めた。

「なあキミ。何か知ってるなら教えてくれよ。ボクはこの中で大量の手を見付けて、スケアリーはこのなかで首なし死体を見たんだ。だけどさっき入ったらヘンな動物のミイラがあったんだよ。何でも良いから知ってることがあったら教えてくれないか?エンソケイ星人のことだってボクはちゃんと話を聞くよ」

モオルダアがエンソケイ星人というと少年はにわかに反応してモオルダアと目を合わせた。その目を見て少年が何かを言おうと心の準備をしているに違いないと思ったのだが、その時に洞穴の中からスケアリーの声が聞こえてきた。

「モオルダア!モオルダアー!ありましたわよ!早く入って来なさいな!」

少年はスケアリーの声を聞くと首を横に振ってモオルダアに行ってはダメだ!と訴えかけていたのだが、モオルダアは洞穴の中に何があったのかが気になっていた。

 少年の無言の制止は気にせずにモオルダアは洞穴の中へ向かって行った。それを見ていた少年は一瞬戸惑った後にモオルダアに続いて洞穴へと向かった。

「スケアリー。何があったんだ?またヘンなものがあったとかいうことだと、これはかなり…」

いきなり洞穴の奥に進んで首なし死体を見るのは嫌だったのでモオルダアは洞穴の入り口に近いところでスケアリーに声をかけたのだが、その時彼らの持っていた懐中電灯の灯りが消えてあたりは真っ暗になった。それはちょうど少年がこの洞穴に入ったのと同じ時だった。

「ちょいと!何なんですの!早く灯りを点けないさいな!」

「そんなこと言っても、ボクは何もしてないけど」

懐中電灯を持っている二人のこの会話にはほとんど意味が無かったが突然あたりが真っ暗になったので多少のパニックに陥っているようだった。

「早くここから出てください」

洞穴の入り口のところから少年の声が聞こえてきた。外の月明かりのために少年のシルエットが洞穴の入り口の円の中に幽かに浮かんでいた。

「早くしないと!」

少年の声はほとんど泣きそうな感じになっていた。それを聞いたモオルダアとスケアリーは「これはただごとではない(ですわ)」と思って少年が言うとおりに洞穴の外へ出た。