「サマータイム(第二話)・下田歌劇団」

05. 「セミ女」

 今この公民館で上演されているのは「セミ女」というミュージカル。7年間土の中で過ごし地上に出てからはほんの数日しか生きないセミと、七年に一度公演のために下田に戻ってくる下田歌劇団のイメージをだぶらせているのか、ここではいつもこの演目しか上演されないようである。また、「セミ」とは「半分」という意味の接頭辞でもある。セミ女とは半分女という意味になる。それもまたオカマ・ミュージカル歌劇団の演目として意識されたことなのだろうか。

 話には多くの人間が登場するが、団員は五人しかいないので各団員がいくつもの役をこなさなくてはいけない。ある有名な歌劇団では男役女役は完全分業制で、男役になるのはかなり難しいとも聞いているが、下田歌劇団ではそんなことはない。どの団員も男と女の両方を演じている。女を演じる時には鳥肌の立つような裏声で、男役の時には腹に響くような低い声で喋り、歌う。面白いことに、男役を演じる時も女装した上に男の衣装を付けることである。やはり基本は女、ということなのだろう。

 セミ女の物語は歌と踊りを中心に進められていく。この歌と踊りは、華やかで明るく楽しげなものが多かった。それに各団員の歌と踊りの腕はかなりのものであった。おじさん、或いは中にはおじいさんといった方がいいようなオカマさん達によるものとは思えない身のこなしである。遠くから見るぶんには、これはこれで結構楽しめるものだ。

 しかし、その歌と踊りに反して、物語の内容は陰惨でグロテスクなものだった。

 昔あるところに、愛し合う男女がいた。女性はある時偶然に男の不倫現場を目撃する。女は男の不倫相手に激しく嫉妬し、やがてその女への復讐心を胸に秘めたまま山へ入って自らの命を絶った。浮かばれない女の霊はやがて恐怖のセミ女となってこの世に甦る。そして、七年に一度山の中から現れて村の若い娘の命を奪っていくのだった。

 この出来すぎた話の内容に、モオルダアもスケアリーも興味を持ったのは言うまでもない。見事にミイラ事件を暗示している内容だ。

 公演が終わると二人はすぐに会場の外にやってきた。

「なんだか、いろんな意味で驚くべき内容だったねえ」

「そうですわね。それよりも、あの音楽と物語のミスマッチが良くありませんわ。なんだか胸にイヤなものがつかえているような、後味の悪さがありますわね」

「それを意識してやっているとしたら、たいしたもんだけどね。それよりも、あの物語が何を意味しているのか。ちゃんと聞いてこないとね」

二人は、楽屋の方へ向かっていった。

06. 警察署

 先程から警察署内では一人の警官が人目を気にしながらこそこそと部屋から部屋へと歩き回り何かを探している。この警官は昨日の遺体発見現場で包丁と内臓を発見した男だ。警官はやっとのことで目的のものを見つけたらしい。それはシュレッダーにかけるために山積みにされた資料の中にあった。資料の中から一枚抜き出すと、それをさっと畳みポケットの中にしまった。この警官はこそ泥に転職してもそれなりに仕事をこなすだろう。彼は誰にも気付かれずに資料のあった部屋から出ていくと、どこかへ電話をかけた。

「もしもし、ありやしたぜ。もう少しのところでシュレッダーでバラバラにされるとこでしたよ。刑事の言ったとおり、靴の片方は見つかっていやせんよ」

警官が小声で話している相手はセラビ刑事であった。

「良くやってくれた。助かったよ。でも私はもう刑事ではないよ。刑事と呼ぶのはやめてくれ」

警察をクビになって一度は事件の捜査を諦めていたセラビだったが、エフ・ビー・エルの二人が七年前の現場で靴を発見したということを彼に連絡すると、いてもたってもいられなくなったようだ。密かに彼が一番信頼していた警官に連絡を取って当時の資料を調べてもらうことにしたようだ。それにしてもシュレッダーにかけられそうだったとは、どういうことだろう。どんなものであれ捜査ファイルはそう簡単に処分できないはずだが、誰かが何かを隠そうとしているのだろうか。セラビは考え込んだまましばらく動かなくなってしまった。モオルダアと同じように少女的第六感が働いているのだろうか。いや、年齢で言えばセラビの方がモオルダアよりずっと上だから、セラビの少女的第六感と同じものをモオルダアが持っていると言った方が正確だ。まあ、そんなことはどうでもいい。セラビはもう警察をクビになっている。ここはエフ・ビー・エルの二人に活躍してもらうしかないかも知れない、とセラビは考えた。

07. 楽屋

 楽屋の前には警備員が一人いた。モオルダアがエフ・ビー・エルの身分証を見せて中に入りたいというと、警備員が許可を取るからと言って楽屋の中に入っていった。

「ずいぶん待たせるんだねえ」

「そりゃあ、あの方達の心はレディーですから着替えをしていたりお化粧を落としていたりしているところを見られたくないんですわ」

「そこまで気にするかねえ」

モオルダアも彼らも同じ男であるが、モオルダアには彼らの気持ちは理解できない。当たり前と言えば、当たり前。

 しばらくして警備員が出てきて彼らを中に通した。二人が楽屋の入り口に現れると、団員の視線は一斉にモオルダアに注がれた。モオルダアはたじろいだ。

「あらまあ、いい男じゃないの」

「あらホント。あなたあたし達の公演を見に来てくれたの。まあ、嬉しいわ。それに楽屋にまでやって来てくれるなんて」

団員たちは目を輝かせて、モオルダアを見ている。年を重ねてしわだらけになった顔に女性用の化粧品をねりたくっている。そんなオカマのおじさん達に見つめられるのは、さすがのモオルダアも恐ろしい気がした。

「あの、始めに言っておきますけど、ボクはあなた方のファンでもないし、そういう趣味もありませんからね。我々はエフ・ビー・エル。ある事件に関する捜査であなた方の話を聞きにやってきました」

「あら、そうなの残念ねえ。でも男前の捜査官になら何でも話してよくってよ。なんなら夜までつきあってあげてもいいわよ」

「あんた、ちょっと何言ってるのよ。この坊やが怖がってるじゃないのよ。オホホホホ」

「あら、怖がらせてしまったかしら。ごめん遊ばせ。オホホホホ」

どうやら、聞き込みは手こずりそうな気がしてきます。完全にペースを奪われてしまったモオルダアに変わってスケアリーが先に質問した。

「あの、団員の方が一人少ないようですけど。今どこにいらっしゃるのかしら?」

「ああ、あのコ。あのコなら女性がくるって聞いて逃げていきましたわ。あのコ、女アレルギーだから、女と同じ部屋にいるだけでじんましんが出るそうよ。もし触られたりしようもんなら、大変よ。一度ひどい発作を起こして命が危なかったんだから。あたしも気取った女をみると鳥肌が立ちますけどねえ」

団員達は女性に対しては素っ気ない感じで話すようだ。スケアリーはもちろんこの状況を気に入らない。それに、団員達の喋り方はスケアリーとそっくりだから、私もうまくやらないと誰が喋っているのか解らなくなってしまいます。

「ちょいと待ってくださいな。女アレルギーなんて聞いたことがございませんわ。もしかして我々に話を聞かれるとまずいことがあるので、逃げたということじゃございませんの?」

「まあ、生意気な女ね。嘘だと思うならあなたが捕まえてあのコに触ってみればいいのよ。それでもしあのコが死んでしまったら、あなたを訴えますからね。覚悟しておきなさい」

女と半分女の恐ろしい戦いが始まってしまいそうだ。この状況に危機感を覚えたモオルダアが割って入った。

「まあまあ、いいじゃないか。あの人の話はボクが後で聞くから」

「さすが、いい男は物わかりもいいのね」

また団員達がモオルダアに熱い視線を送った。モオルダアは言葉を失ってしまったが、スケアリーはもう助けてくれそうにないので、何とか聞くべきことだけは聞こうとがんばった。

「我々が聞きたいのは、あの『セミ女』の物語についてです。あの話はいったい誰が考えたものですか」

「誰ってこともないけどねえ。自然にできあがっていったのよ」

「あなたそれじゃあ、何言ってるか解らないわよ」

もう一人の団員が横から口をだした。

「若い娘が山の中で襲われる話ってのはたくさんあるでしょ。あるって言っても山賊なんかがいたような、大昔のことよ。昔はそんな事件は妖怪の仕業ってことになってたのよ。そういう各地に残ってる妖怪伝説をあたしたちが下田歌劇団風にロマンティックなアレンジにしたのよ」

「セミのアイディアはあたしよ」

また別の団員が話しに加わった。

「私たち7年ごとにここで公演するでしょ。だからセミにしたらどうかっていって、脚本を変えてみたら意外と受けが良かったのよ」

「あら、始めは全然受けなかったのにあなたが強引に続けさせたんじゃない」

「何言ってるのよ。セミは始めっから台本に書いてあったのよ」

団員達が好きなように話し始めたので、もうモオルダアは誰がどの話をしていたのか解らなくなってきた。

「解りましたよ。セミ女の話はもういいです。それで、どうして公演が七年おきなんですか。日本中を回るとしても七年はちょっと長すぎませんかねえ」

「あなた、あたし達の生活がどんなに大変か解っていないようねえ。こんな小さな歌劇団じゃ、公演の上がりだけじゃとても生活なんて出来ないのよ。だから一ヶ月公演して次の一ヶ月はバーでアルバイトをしてお金を貯めるのよ。アレルギーのあのコをスカウトしたのもそのバイト先でしたわねえ。あのコ、若くて可愛いかったからその時はちょっとだけ客の入りも増えて助かったわねえ。それも、しばらくすると元に戻ってしまったけれど」

「昔は良かったのにねえ」

「ホント、今じゃ考えられない盛況ぶりだったのよ」

「昔っていつのことですか?」

「戦後まもなくの頃よ。まだ初代の団員が活躍していた頃ねえ。懐かしいわ。初代の団員というのは実はあたし達の父親なのよ。あなた気付いてた?あたくしたちみんな兄弟なのよ。ここにいないあのコ以外はね。びっくりでしょう?」

びっくりはびっくりですが、まあ遺伝でこうなったと考えたら、それほどでもない。

「下田歌劇団は、あたくし達のお父様が兄弟で旗揚げしたのよ。人気が出ると新しいメンバーがどんどん増えていったわ」

黙って聞いていたスケアリーが一つ疑問に感じた。

「ちょっとまってくださらない、あなた方のお父様もあなた方と同じように・・・その女性のようにしていらしたんでしょう?それなのに女性と結婚してあなた方が生まれたと言うことですの?」

スケアリーが話し出すと団員達は不機嫌な顔になる。

「この女は何も解ってないのねえ。昔は今ほどこういう類の問題に関してオープンじゃなかったのよ。あたくし達のような人にとって世間の目は冷たかったの。お父様はそれを気にして、好きでもない女と結婚してあたくし達を生んでくださったんですからねえ。そんなことも解らないで偉そうに捜査なんかしてるんじゃないわよ、まったく」

こんな風に言われてスケアリーは爆発寸前だ。女と半分女達の間で激しく火花が散っているのをモオルダアは見た。

「ねえ、スケアリー。キミは外で待っていた方がいいんじゃないかな」

モオルダアはスケアリーを無理矢理ドアの方へ引っ張っていった。その間も、彼女たち(?)のにらみ合いは続いていた。モオルダアがドアを閉めるとようやく楽屋内に平安が訪れたようだった。それと同時にまたモオルダアに熱い視線が注がれていた。モオルダアは背筋に冷たいものを感じて身震いした。早く話を聞いて引き上げよう。

「それで、それからどうしたんです?」

「ああ、そうでしたわねえ。当時は観光地と言ったらこういう温泉場が一番の人気だったでしょう。それでねえ、下田歌劇団も随分と儲かったのよ。あたくし達の代になる頃には団員の数も増えて、とうとう二つの組に分かれるまでになったのよ。一つが『骨組』一つが『枠組」と呼ばれていたわ。でもねえ、いい時と言うものは続かないもので、次第に下田歌劇団の人気も落ちていってね。すぐに経営難になってしまったのよ。それでねえ、私たちの『骨組』は一大決心をして、各地を巡業して回ることにしたのよ。それからすぐに『枠組』の方は解散してしまったわ」

「どうして「枠組』は『骨組」と同じように巡業に出なかったのかなあ?」

「リーダーがねえ、意地をはって絶対に下田を離れないなんて言ってたからよ。あれはきっと始めっから『枠組』を潰すつもりだったのよ。『枠組』が解散して沢山の団員が路頭に迷う中、あのリーダーだけは上手いこと世渡りして、今じゃ警察署長をしてるって話よ」

これは驚き!あのあやしい警察署長は半分女だったのです。

「本当ですか。なんだか凄いことを聞いちゃった気がするなあ。そんなこと言って大丈夫なんですか」

「そんなことありませんわよ。リスクは承知の上ですのよ。警察があることないこと理由をつけてあたくし達のような人間を捕まえるのはたやすいことですから、あの署長もあたくし達を脅して口止めしているのよ」

「それをあたくし達が危険を顧みず教えたってことが、どういうことか解ってるでしょう?坊や」

モオルダアはこの雰囲気にただならぬ恐怖を感じた。団員の一人が立ち上がってモオルダアに近寄っていく。それを合図にしたようにほかの団員達も立ち上がってゆっくりとモオルダアの方に近寄ってくる。彼らの目には明らかに先程までと違う妖しい輝きがあった。

「ねえ坊や、まだ時間はあるんでしょう。あたし達と一緒にいてくれたら、もっと凄いこと教えてあげるわ」

「そうよ、坊や。とっても凄くて、とっても楽しいこと」

モオルダアがじわじわと壁際に追いつめられていく。

「知らない。知らない。ボク、何も聞いてないから、許して!」

「あら、そんなこと言ったってダメよ。もう聞いちゃったものは仕方がありませんわよ。黙って言うことを聞きなさい。坊や」

団員の一人のごつごつした手がモオルダアの頬を優しくなでた。その瞬間、モオルダアはキャアと悲鳴をあげ団員達の間を通り抜けドアのところまで走っていった。

「ボク、何も聞いてませんからね。さよなら!」

楽屋の外に出るとモオルダアは凄い勢いでドアを閉めた。中からは団員達が大声で笑う声が聞こえてきた。大汗をかいて髪を振り乱しているモオルダアの姿をみた警備員は必至で笑いをこらえていた。