08.
モオルダアは辺りを見回してスケアリーを探したがどこにも見あたらない。近くにいた警備員がそれに気付いたのかモオルダアに言った。
「あの女の人なら、帰ったみたいですよ。なんだか随分怒ってた」
警備員はモオルダアを見てまた笑いをこらえるのに必至のようだった。
「なんだ、そうなの。ありがとう」
モオルダアは早くこの場を立ち去りたかったので、急いで廊下を歩いて外へ向かった。途中、金属製のゴミ箱がグニャッと潰れているのを見つけた。きっとスケアリーがやり場のない怒りをぶつけたに違いない。恐ろしい感じだ。
外に出ると、スケアリーの車はもうそこにはなかった。本当に帰ってしまったようだ。
「なんだかもう、訳がわかんないや・・・」
モオルダアが肩を落としているとそこへ一台の車がやって来た。開いた窓からセラビ元刑事が顔をだしてモオルダアに手を振っている。
「やあ、エフ・ビー・エルさん。ここにいたか。良かった良かった。早く乗りなさい」
いきなり乗りなさいと言われても良く訳が解らなかったが、これまでのことも十分に訳が解らないので、訳が解らないついでに車に乗り込んだ。
車に乗り込んだモオルダアは先程、半分女の四人に迫られたショックでまだ青い顔をしていた。
「どうしたんだ、エフ・ビー・エルさん。顔色が悪いぞ」
「どうしたも何も、あれじゃほとんどセクハラですよ」
「なんだ、あのステージはそんなにショッキングだったのか?」
「ステージじゃありませんよ。ボクらは楽屋に行って彼らに聞き込みをしたんです」
「キミ、楽屋に行ったのか?アハハハ。それじゃあ、キミもわしと同じ目にあったんだな」
「あれ、セラビさんも彼らのことを調べたことがあるんですか」
「調べたと言うより、調べようとしただけだな。あのミュージカルの物語を知ったら誰だって怪しいと思うだろう。でもわしが楽屋に入るなり、奴らはわしにすり寄ってきやがってね、気持ちが悪くてすぐに逃げ出してきたよ。よく考えたら、あの半分女達が犯人とは思えないからそれ以来は行ってないがね」
「へえ、でも署長のことも聞いたんでしょ。それが合図で奴らはケダモのに変わるんだ」
「署長?なんのことだ?私が言った時はなんにも聞けなかったぞ。あとで調べたら、私にすり寄ってきたのはただの冗談だってことが解ったけどな。キミは何か話を聞けたのか?そうだとしたら、キミはよほど気に入られているんだな。カレ、じゃなくて彼女らに」
09. 宿屋
セラビとモオルダアは宿屋に到着して車を降りると、宿屋の中から女将が出てきた。
「あら、誰かと思ったらセラビさんとモオルダアさんじゃございませんか。セラビさん。この度は大変なことになってしまって。でも私はあなたのミスではないとちゃんと解っていますよ」
女将はモオルダアがまだ見たことのない心からの笑顔でセラビに話しかけている。
「やあ、女将さん。あれはあれで仕方のないことですよ。それよりも女将さん。食堂で一杯やりたいんだが、いいかな?」
「もちろん、いいですよ。うちはこんな観光シーズンだというのにあまりお客も入っておりませんし」
「エフ・ビー・エルさんキミもいいだろ。一杯ぐらい」
モオルダアはこれからいろいろ捜査について考えたいと思っていたが、セラビは何か面白いことを知っていそうなので、少しだけならつきあうことにした。
食堂の椅子に座った二人の前にビールが置かれた。二人はお互いのグラスをつきあわせてから、コップの中のビールを飲み干した。二人とも酒は好きなようだ。グラスを置くとセラビ刑事が話し始めた。
「キミが見つけた例の靴だがねえ、あれはやっぱり被害者が身につけていたものの可能性が高いよ」
「本当ですか、でもセラビさん今は警察には出入りできないんでしょ。良く解りましたね。コビテ刑事にでも頼んだんですか?」
「まさか、あいつほど信用できないヤツはいないからな。私にはねえ、いろいろな情報を教えてくれる影の組織がついているんだよ」
セラビはこう言うと照れ笑い浮かべた。自分で冗談を言ったことを恥ずかしがっているような感じだ。モオルダアはセラビのそんなところにどこか好感が持てるのだった。モオルダアもニコニコしている。
「それで、セラビさん。どう思います?あの靴が被害者のものだったら、やっぱり被害者はあの小山の上から降りてきたと思いますか。でもそうだとして、どうしてあの森の小山に登ったのかが謎ですよねえ」
「そうだよなあ、キミが七年前に来てくれたら靴だってすぐに発見されたろうし、山の上の捜査も出来たのになあ。今となっては山のてっぺんには何も手掛かりは残っていないしなあ」
「いや、ボクだって偶然見つけただけですから」
いつもならモオルダアは「そりゃあボクは優秀な捜査官ですからねえ」と言うはずなのだが、今回はやけに謙虚だ。どうやらこの二人は似たもの同士、気が合うのかも知れない。
「それでねえエフ・ビー・エルさん。私は靴が発見されたと聞いてね、気になって他の事件現場を調べてみたんだよ。キミも知っているかも知れないけど、事件現場の周囲の状況はどれもにているんだ。斜面を登っていったところに開けた場所があって、その先にはまた斜面が続いている、という感じでね。キミがやったように現場から上に登っていく斜面を中心に調べてみたんだがね・・・」
「何か出たんですか?」
モオルダアは少し興奮してきた。
「ほとんどダメだった」
なんだガッカリ。
「よく考えれば、キミが調べたところ以外の現場というのは事件から最低でも十四年は経っているんだからなあ。何も残っているはずはないんだが」
「それよりもこの暑い中をよく山歩きなんかしてましたねえ」
「最近の若いもんは口ばっかり動かして少しも体を動かさねえからなあ。そんな奴らに比べたら私はまだまだ若いよ。坂道を登ったぐらいで息を切らしていたんじゃ優秀な捜査官とは言えないぞ」
「それって、ボクのことですか?」
「まあ、そういうことだ。ああ、そうだ。キミが余計なことを聞くから肝心なことを言い忘れるところだったよ。これもキミに言われて試したことなんだが。現場から人の足で登れるルートを登っていくとねえ、行き着く先は全て同じ場所なんだよ。山だからそんなのは当たり前だなんて言うなよ。事件現場の辺りはちょうど小山の中腹にあたるところで、そこからどんなふうに登っていくかで、どこの頂上に着くか解らないと言うところなんだよ、それで、登った先には何があったと思う?」
「UFOの基地でしょう」
モオルダアがまじめな顔で言った後にニヤニヤ笑っている。
「惜しいねえ。そうだったらキミも大喜びだと思ったんだけどねえ。現実では喜び半分って感じかな。そこにあったのは古びた社(やしろ)だったんだ。これだけでもキミの好奇心は満たされるかな?」
「好奇心半分、ガッカリ半分ってとこですかねえ」
「まあそうだろうねえ」
「それにしても、どうして警官達は現場からの登り斜面は調べなかったんでしょうかねえ?」
「警察の中にもいろいろ派閥があってねえ。私のやることに賛同するものもあれば、全く協力的でない奴らもいたんだよ。そういう奴らが捜索をすれば、私の捜査を邪魔することがあってもおかしくはないよねえ。キミも気をつけた方がいいぞ」
「優秀な捜査官には陰謀は付き物ですからね。へへっ」
なんだかこの二人はまじめに話してるんだか、ふざけているんだか解らなくなってきました。この後二人はとりとめのない話をしていたのだが、セラビが急に真面目になってモオルダアに聞いた。
「そういえばキミ。さっき車の中で署長がどうのって言ってたよねえ。あれはいったい何なんだ?」
「ああ、そうだった。署長はねえ。実は半分女なんですよ。つまりねえ、下田歌劇団の元団員なんです」
「なんだって!?」
セラビは驚きと伴におかしさをこらえきれないといった感じだった。その様子を見てモオルダア付け加えた。
「あっ、これ絶対に秘密ですよ。署長が知ったら、あの人達捕まるって言ってたから。まあ、ボクとしては捕まってくれた方が安心なんだけど、きっとその後が怖いんだ」
モオルダアは楽屋で下田歌劇団の「半分女」達が彼らに迫ってきた時の恐怖を思い出していた。
「へえ、あの署長がねえ。私の捜査の邪魔ばっかりしてると思ったら、もしかして私に気があったのかも知れないなあ。アハハハ。きっとあの署長は私がカレ、いやカノジョの気持ちを理解しないから私をクビにしたんだな、アハハハ。でも大丈夫。私は宿屋の娘みたいに噂好きじゃないからねえ。誰にも話したりはしないよ」
ここでセラビは話をやめて女将に声をかけた。
「ところで、ここには盗み聞きの好きな女スパイはいないだろうねえ」
女将は嬉しそうにセラビの質問に答える。
「あの子はいま自分の部屋でなんだか知らないけど一生懸命勉強してますよ」
「そうか、それなら大丈夫だ。どうせキミもあの優秀な女スパイから私の話を聞いたんだろ」
優秀な女スパイと聞いてそれが若女将のアイだと言うことはモオルダアにもすぐに解った。アイはモオルダアにこう言ったのだ。セラビは捜査に夢中になるあまりに結婚式をすっぽかしたと。
「全く、あいつには困ったもんだよ。どこに行ってもあの話をしやがるんだ。でも噂は噂だよ。全部を信じてもらっちゃ困る。私はわざと結婚式には行かなかったんだよ。こんなことはキミには解らないかも知れないけどねえ、昔は結婚する当人同士が結婚を希望していないのに、周りの圧力で無理矢理結婚させられることがあったんだよ。私にはねえ、他に愛している人がいたんだよ」
「あらいやだ、セラビさんたら、またそんな話をして」
近くにいた女将が顔を真っ赤にしている。
「ああ、女将。ビールをもう一杯頼むよ」
女将はビールを取りに奥へ消えていった。
「お互い、この旅館の女性陣には気をつけた方がいいってことだな」
セラビ刑事はモオルダアに言ったが、こういう話題にはあまり敏感ではないモオルダア。女将の様子を疑問に思ってはいたが、まだ何のことだか良く解っていない。とりあえずヘヘへっ、と笑ってみせた。
「ところで、セラビさん。あなたはコビテ刑事に歌劇団のことを聞いて捜査をしたんですか」
「コビテ?あいつは私には何にも協力してくれないよ」
「おかしいなあ、コビテ刑事はあなたに歌劇団が七年ごとにここにやって来て、それがちょうどミイラ事件と同じ時期だということをあなたに教えたと言ってましたよ。それでもあなたは取り合ってくれなかったとか」
モオルダアは納得がいかない顔をしている。
「あいつが刑事になる前からそんなことには気付いていたよ。あいつはきっと自分の有能なところをキミ達に見せたかったんじゃないのか?」
そういわれてもモオルダアはまだ納得がいかない。
「あなたはあの歌劇団についてはどう思ってるんですか?」
「ん?歌劇団?まあ、怪しいと言えば、あの後から団員になったというヤツだな。知ってるだろう。あの女アレルギーとか言ってるやつだよ。あいつからは何度も話を聞いたがな、なんだかあいつは可愛そうなヤツだよ。あいつは元々、そっち方面の人間じゃないんだぜ。あのアレルギーのせいでまともな生活が出来ないから、男ばかりのあの歌劇団に入団することになったんだ。本当は女が好きらしいんだけどねえ。好きなもんでも触られると死んでしまうほどの発作を起こすんじゃ、本心を偽って生きていくしかないよねえ。本当に可愛そうなヤツだよ」
「でもそういう感情が猟奇殺人につながる可能性は大いにありますよ。その女アレルギーの団員はちょっと怪しいなあ」
モオルダアは今日のグロテスクなステージとその後の恐怖体験で、下田歌劇団をそうとう怪しい集団だと思っている。それに、女アレルギーというのは本当にあるのだろうか?もしかすると事件との関係がないことを証明するための手段かも知れない。女にさわれない人間が若い女性の血と内臓を抜き取るなんてことは出来ないのだから。しかし、問題はあの団員が他の団員に比べてかなり若いと言うこと。現在確認できているミイラ事件で一番ふるいものが起きた時、あの団員はまだ小さな子供であったはずだ。
「私の考えでは彼らは何の関係もないと思うがね」
セラビは下田歌劇団と事件の関連は否定している。
「まあ、キミがそう考えるなら、調べてみるのもいいと思うがね。私はねえ、この事件を解決できるのはキミ達しかいないような気がしてきたよ。警察はなぜかこの事件に関わりたがっていないように思えるんだ。こんなことはあまり考えたくないんだけどねえ。もしかすると警察が・・・」
これからセラビが興味深い話を始めようという時、スケアリーが食堂に入ってきた。
「あら、モオルダア。帰っていらしたの?それにまだ夕方だというのにビールなんか飲んで。いったい何を考えているんですの。あたくしが必至になって捜査をしていたというのに。許しませんわよ」
「まあまあ、お嬢さん。私が無理を言ってつきあってもらったんだ。そんなに怒らないでくれ」
スケアリーはお嬢さんと言われるとすぐに機嫌が良くなる。
「それで、スケアリー。捜査って、いったい何を捜査していたんだ?」
「あたくしは、あの半分女の団員達がどうしても気に入りませんでしたから、本当に女アレルギーなんてものがあるのかどうか調べていたんですのよ。そうしたら世界中のどこにも女アレルギーなんてものはありませんでしたのよ。もしそんな病気があるとしたら、それは精神的なものですわ。アレルギーというのは人間の体内にあるものと異なるものが体内に進入することによって起こるんですから、人間が人間にアレルギーを起こすなんて、どう考えてもあり得ませんわ」
「そうなのか、やっぱり彼らは少し怪しいところがあるね。ボクはちょっと行って調べてくるよ。セラビさん、この続きはまた今度」
食堂を飛び出していったモオルダアを見て、セラビは嬉しそうにしている。
「お嬢さん、あれは面白い男だねえ。でもねえ、私はあの男を見ていると私の若い頃を思い出すんだよ。もちろん私は死体を見て怖がったりはしなかったがね」
「あらそうですの。でもあたくしは多くの人がモオルダアを誤解していると思っていますのよ。彼は少しも優秀じゃございませんし、きっとのぞきが趣味の変態野郎ですわ」
「完璧な人間などどこにもいやしないよ」
セラビはなかなか渋い意見で話をしめくくると、女将にビール代を払って宿屋をあとにした。
「でも、あたくしは完璧ですわ」
スケアリーは密かに思っていた。