05. 大学内の食堂
モオルダアは食堂で昼食をとっていた。学食は安くて助かる。モオルダアは久しぶりにまともな昼食にありつけて満足そうである。いったいエフ・ビー・エルがどれだけの給料を彼に支払っているのかは知らないが、モオルダアは普段はろくに昼食にもありつけないほどに貧窮しているようだ。
モオルダアが満足そうに豚カツ定食を頬張っているところへスケアリーがやって来た。
「あら、あなたもここにいらしたの。捜査の方はちゃんと進んでいますの?」
スケアリーは手にトレーを持っていた。その上にはたっぷりと食事がのっている。
「あれ、キミいつの間にここに来てたんだ?まあ、捜査の方は順調に・・・へへっ」
モオルダアは捜査などしていなかったのだが、いつもどおり適当にごまかしている。それよりもスケアリーの持っているトレーの方が気になる。
「キミ、それ全部一人で食べるの?そんなに食べたら、また・・・」
「また、捜査への活力が沸いてくるってことですわよ。あたくしは今朝からたっぷり体を動かしてきましたから、これくらいは食べても平気ですわよ」
体を動かしたからって、そんなに食べたらどんどん太っていくに決まっている。モオルダアは注意しようと思ったが、そんなことを言ったら今のスケアリーはブチ切れるはずである。彼女は自分がちょっと太ってきたことを気にしている、ということを人に知られたくないみたいだから。
モオルダアはスケアリーがトレーの上に並んだ数々の料理をたいらげていくのを眺めながら彼女に聞いた。
「それで、警察の方では何か解ったの?」
スケアリーが食べながらとぎれとぎれに答える。
「特にこれといったものはありませんでしたけれど。何しろ相手は猛獣ですから。・・・被害者のタダノは何かの動物に襲われて死亡した可能性が強いんですのよ。ですから彼の持ち物などを調べても特に事件に関係があると思われるものは出てきませんでしたわ。・・・でもあなたにはそんなことは通用しないでしょうから、あたくしが気を利かせて彼の持ち物リストを用意してきましたのよ。持ち物といってもタダノは手ぶらで歩いていたんですから、あったのは財布と携帯電話くらいですけど。・・・それでも財布の中にもらったばかりだと思われる名刺がありましたわ」
「名刺かあ。それが何かこの事件と関係があるのかなあ?今回も前回のコウモンの狼と同じように人間に寄生している猛獣が起こしたものだとしたら、関係がないとは言えないけどね。コウモンの狼は宿主の知人ばかりを襲っていたんだから。でもボクはもう他人のコウモンから猛獣を引っ張り出すなんてことはしたくないんだよねえ。今回は別の路線で捜査を進めたらどうだろう?」
「ちょいと、人がものを食べている時にコウモンの話なんかしないでくださるかしら」
スケアリーはモオルダアを睨みつけてからまた食べ始めた。モオルダアは仕方なく黙っていたら、先にスケアリーが話し始めた。
「ところで、別の路線って、どんなのですの?」
「たとえば狼男みたいな・・・。もしかして昨日の夜は満月じゃなかった?」
「昨日は月が出ていませんでしたわよ。それに今回は狼は出てきませんのよ」
スケアリーはそう言って、ポケットから小さなビニール袋を取り出してモオルダアに渡した。モオルダアがそれを見ると中には毛が一本入っていた。
「何これ?」
「それは、動物の毛ですのよ。それも狼ではなくてネコ科の動物のものですわ。多分トラかなんかじゃないかしら。遺体に付着していましたのよ。でもこの辺りの動物園でトラが逃げたという話は聞きませんし・・・」
モオルダアは袋の中の毛をしばらく眺めていた。
「ネコ科の動物かあ。これはネコ娘の仕業かも知れないな」
スケアリーはこれを聞くと、料理を口へ運ぶ手を止めてモオルダアの方を見た。また変なことを言い出しましたわ。
06.
スケアリーは大学の空き教室を使って聞き込み捜査をしていた。被害者のタダノに関する情報を集めるために彼のクラスメートや同じサークルの生徒などを招集したらしい。学生の方も捜査に協力すると言えば欠席にならずに講義をさぼれるので喜んでやって来る。聞き込み捜査はまるで個人面談のように行われた。教室の中にスケアリーがいて、外から一人ずつ学生が入ってきてスケアリーにいろいろ聞かれるのである。
ところでモオルダアはどこへ行ったのだろうか?彼は学食を出ると「ちょっと必要なものがある」とか言ってどこかへ行ってしまった。スケアリーとしてはモオルダアが居ないほうが捜査がはかどるからいいのだが、学生の数があまりに多い上に特にこれといったことも聞き出せないので次第にいらついてきた。彼女はほとんどの学生から話を聞き終わって残すところ一人と言うところまで来た。次にやって来るのはタダノが持っていた名刺の人物である。
「どうぞ、次の方入っていらして」
スケアリーが教室のドアに向かって声をかけたが、誰も入ってくる様子がない。スケアリーはさらにイライラしてきた。「まったく、最近の若い方達は時間にルーズでいけませんわ」スケアリーが眉間にしわを寄せて怒っていると、ドアの開く音がした。
入ってきたのはモオルダアだった。彼はスケアリーの怖い顔をみて、また自分が悪いタイミングでここにやってきたんだということを悟った。
「ちょいとモオルダア。今まで何をやっていたんですの?もう聞き込みはほとんど終わりですのよ」
「まあ、いいじゃないか」モオルダアは多少びびり気味に答えた。「そうは言ってもたいしたことは聞き出せなかったんだろ。ボクはそれよりも重要なものを手に入れるためにスーパーまで買い物に行ってたんだから」
「スーパーなんかに何を買いに行っていらしたの?まあ、聞いてもあたくしの気分が悪くなるだけですから、聞かない方がいいですわね」
スケアリーは机の上にある聞き込みの資料を見つめていた。
「なんだかあたくし、タダノのことが可愛そうになってきましたわ」
「あれ、なんだかキミらしくないねえ。被害者に同情するなんて」
「そうじゃないんですのよ。学生達の言ってることをまとめると、こんな感じになるんですの」
スケアリーはモオルダアに資料を見せた。それにはだいたい次のように書かれている。
クラスメートの話によると、ほとんどの学生が彼とあまり関わりたくないと思っていた。原因は彼が周りの空気を読めないから、ということだった。それから、サークルのメンバーも同様だった。合コンの人数あわせで仕方なく彼を呼び出すことはあっても、それ以外では彼と飲みに行くようなことはなかったようだ。何よりも彼はサークルの女子メンバーから嫌われていたのだ。そんなやつとは仲良くしたくない、というサークルの男子メンバーの意見にもうなずける。どうして、女子メンバーが彼のことを嫌いかというと、喋ってばかりいるくせにその話が少しも面白くないから、ということだ。
モオルダアは資料から目を上げると納得したといった感じでスケアリーを見た。
「タダノはある意味ではボク以上に寂しい学生だったんだねえ」
「そうでしょう。悲しくなるでしょう。あたくし、途中で聞き込みをやめようかとも思ったんですのよ。それより、今あなた『ボク以上に』とか言いませんでした?あなたの学生時代がどうだったのか、まあだいたい想像はつきますけど、あなたもこんな可愛そうな学生でしたの?」
「そんなことはないよ。第一ボクがテニスサークルなんかには入るわけないだろ。ボクがどんな学生だったか、それはまたいつか解ると思うよ。それよりも捜査の続きはどうなったんだ。まったく、この話は始めだけ緊張感があって、それから後は関係のないことばかりだ。作者は最近集中力がなくなってきてるんじゃないのか?」
そうでした。そろそろ、話を展開させなくてはいけませんね。殺人事件なんですから。