「前門の虎」

07. ネコ科の女

 モオルダアとスケアリーはここにやってくることになっている最後の一人の学生を待っていたが、なかなか現れる様子はない。

「ねえ、その学生って誰なの?」

モオルダアはだらっとした感じで椅子に座ったままスケアリーに聞いた。

「例の名刺の人ですのよ。調べてみたらこの大学の学生だと言うことが解りましたのよ。演劇部に所属しているみたいで、文化祭の公演で主役をやるとから最近はとっても忙しいとか言っていましたわ」

スケアリーがタダノの財布から抜き出してきた名刺をモオルダアに見せた。「千所麗子」と書かれている。

「これ、なんて読むんだ?センジョかな」

「センジョじゃなくてチジョと読むんですのよ。チジョレイコという名前ですわ」

なんだかアダルトビデオのタイトルみたいだ。モオルダアは思っていた。同じことを思ってしまったかたは、多分モオルダア同様に変態と呼ばれてしまうかも知れない。そんなことはどうでもいい。

 二人はしばらく黙ったままチジョレイコを待っていたが、なかなかやってこない。モオルダアはさらにだらっとした感じになってきた。すると教室の扉が開いて一人の美女が入って来た。モオルダアは慌てて姿勢を正した。

「あなたはチジョレイコさんですわね?」

スケアリーが聞くとレイコは二人を上から見下ろすような感じでうなずいた。

 モオルダアはかなり盛り上がっている。それはレイコが美人だったというだけではない。スタイルも良い上にボディコンスーツを着ているのだ。しかもヒョウ柄だ!いつもならモオルダアはにやけながらこの予想外に登場した美女を眺めるところだが、彼はレイコのどことなく恐ろしい感じのする表情に気付いて、平常心を取り戻すことが出来た。しかし、どうしてもミニスカートに目がいってしまうのが悲しいところ。レイコはモオルダアを軽く睨みつけながら椅子に座った。

「あなた、タダノとはどんな関係でしたの?」

スケアリーが聞いた。

「タダノ?誰それ?知らない、そんな人」

レイコは二人とは目を合わせずに話している。

「そんなことはありませんわ。タダノの持ち物からあなたの名刺が見つかったんですから」

「ああ、あの男。それなら昨日名刺を渡したわ。友達に飲みに来ないかって言われて言ってみたら、あいつがいてしつこく付きまとってくるから、名刺だけ渡しといたの。どうしようもなくつまらない男だったけど、お金はいっぱい持ってるみたいだし」

「あなた、哀れなタダノが昨晩亡くなったことをご存じなの?」

「あら、そうなの?驚いちゃうわ」

全然驚いた感じではない。モオルダアはレイコのミニスカートからのびている太股を眺めながら二人の会話を聞いていたが、何かを思いついたようだ。

「キミ。そのヒョウ柄のスーツだけど。それはまさか本物のヒョウの皮を使っているわけではないよね?」

「はっ?、何言ってるのおじさん。バカじゃない。本物のわけないじゃない」

「まあ、確かにそうだよねえ。本物のわけはないね」

モオルダアはバカな質問をしてバカといわれてしまったので、なんとなく決まりが悪かった。彼の「少女的第六感」は上手く働かないようだ。スケアリーはこのレイコという女が気に入らなかったので、モオルダアに味方することにした。

「そのスーツがヒョウの皮で出来ていなくてもあなたの持っているその毛の生えたフサフサのバッグはどうなんですの?それもヒョウ柄ですわね」

なるほど確かにレイコはヒョウ柄のバッグを持っている。スーツの柄と一緒なのでなかなか気付かない。せっかくのヒョウ柄も目立たなくてはしょうがない。でもそれはどうでもいいことだ。スケアリーは後を続けた。

「それが本物のヒョウの皮を使ったものだったら、あなたはこの事件の容疑者になるかも知れませんわ。何しろ被害者タダノの体には動物の毛がついていたんですから。あなたが昨日の夜、十時から一時の間にどこにいたか説明してもらえるかしら?」

スケアリーの言うことを聞いてレイコはフンと鼻で笑った。それからスケアリーの座っている前の机にバッグを放り投げた。

「そんなに言うならそのバッグを自分で調べてみればいいんだわ。どうせあなた達のような無能な捜査官にはそれが本物かどうかすら解らないでしょうけどね」

レイコは妙に挑戦的な態度で話し始めた。

「私が昨日の夜どこにいたかですって?」

彼女は何かに取り憑かれたように話している。顔つきもさっきまでとは少し違っていて、座った椅子から身を乗り出して話している。元々つり上がっていた彼女の目はさらにきつくなった感じだ。

「あなた達、私を誰だと思っているの?」

「最近では非常に珍しいイケイケ・ボディコンギャルだ」

モオルダアがまたバカなことを言ったがレイコは無視した。

「私はネコ科の女よ。狙った獲物は必ず仕留めるネコ科の女。そんな私が昨日の夜あのバカなタダノと一緒にいたなんて言うの?」

「それは、あなたが昨晩の行動をちゃんと証明してくださらないと何とも言えませんわ」

スケアリーは妙にテンションがあがっているレイコに驚いてはいたが、まだ冷静さは保っているようだ。

 スケアリーのこの言葉にレイコは少し落ち着いたようで、乗り出していた体を少し後ろに引いた。

「あなた達は何も解っていないようね。私が昨日の夜何をしていたか、おバカな捜査官達に教えてあげますね」

これを聞いてスケアリーは信じられないといった感じでモオルダアの方を見たが、モオルダアはボディコンスーツに夢中なのでスケアリーのことにはまったく気付かない。レイコは話を続けた。

「私が夜の十一時に真っ直ぐ家に帰ると思っているの?私がそんなつまらないことをするわけないでしょ。あのつまらない居酒屋を出た後、私はカレと会っていたわ。あれは確か十二時くらいでしたわね。別のカレから電話があったからそっちの方にも行ったわ。そのカレと別れたあとは、お小遣いをたくさんくれるパパのところに遊びに行って、その後はもうひとりのパパと遊んで、その後は友達とクラブに行って踊ってたわ。おバカな二人のために言っておきますけど、パパって言っても実の父親じゃありませんから」

レイコの言うことを聞いていて、モオルダアはなんだかボディコンスーツに盛り上がっている気にもなれなくなってきた。

「ねえ、キミの言っている彼達とパパ達はキミがそんなふうだということは知っているのかなあ。古典的ロマンス作品だったらそのうち死人が出るぞ」

レイコはまたフッと鼻で笑った。鼻で笑われてしまったのでモオルダアはもう何も言えない。スケアリーの方はそれでは納得がいかない。この生意気な女を何とか弱られてやりたいと思っているようだ。

「あなたのカレ達はあんたのアリバイを証明してくれるかも知れませんが、あなたのパパ達はきっとあなたのアリバイは証明してくれないでしょうねえ。どうせ、そのパパ達は奥様も子供もいるんでございましょう?」

「あの人たちは私の言いなりよ。そんなことがあるはずないわ」

レイコは少しも動じることがなかった。それを見ていたモオルダアはなにやら妙な行動を起こし始めた。彼はポケットの中で何かを探しているようなそぶりを見せた。スーツのポケットの中をそんなに探し回っても、それほどものが入っているとは思えないのだが、彼は何かを探しているようなそぶりをレイコに気付いて欲しいような感じだった。モオルダアがしばらくポケットの中をいじっているとやがてレイコはその行動に気付いてモオルダアのポケットの方に目をやった。

 モオルダアはスーツのポケットからカツオ節をとりだした。カツオ節といっても削ってあるやつではなくて、棒状になった削る前のものだ。彼はそのカツオ節をレイコに見えるようにゆっくりとポケットから取り出した。

 その瞬間、レイコの表情は一変した。目を大きく見開いて身を乗り出すと、手を上げて顔の前まで持ってきた。その手は何かをわしづかみにする時のように広げられていた。それからレイコはネコが威嚇する時のように歯をむき出しにして「シャーッ」という音を出した。モオルダアはこれを見てにんまりしている。その後、モオルダアがカツオ節をポケットの中にしまうとレイコはまた元の状態に戻った。

 スケアリーはモオルダアが何をしたいのか良く解らないながらも、レイコの反応には少なからず驚いていたようだった。この女は本当にネコなんでございましょうか?でも、そんなことよりスケアリーは何とかしてレイコを弱らせたい。

「いいですか。あなたがそのお小遣いを沢山くれるパパ達と何をしていたかによっては、あなたは・・・」

スケアリーが喋っている間にモオルダアは何度もポケットからカツオ節を出したりしまったりしていた。そのたびにレイコは爪をとがらせて「シャーッ」という声をあげていた。これではスケアリーは何も聞けない。

「ちょいと、モオルダア。あなたいったい何がしたいんですの?あんまりバカなことばかりしているとあなたひどい目に遭いますわよ」

モオルダアはニヤニヤしながらカツオ節を出し入れしていたが、ひどい目に遭わされると聞いて少し真面目な顔になった。それからレイコの方に向かっていった。

「キミが潔白なのは解ったよ。それにしてもキミはいったい何者なんだ?」

このモオルダアの質問にレイコはまた目をつり上げた。

「おバカな捜査官達。さっきから何度言えば解るの?私はネコ科の女よ!」

こう言うと、レイコは立ち上がりモオルダアが座っている前の机に軽々と登った。その様子はネコそのものだ。それから、そこにしゃがむとまたさっきのように手を顔の横に持ってきて爪を見せた。

「私がネコならあなた達は何?シャーッ!あなた達は、犬よ。ご主人様の顔色を見て尻尾を振っている犬にすぎないわ。そんなあなた達に私の何が解るというの?いいえ、何も解るはずはないわ。あなた達のような犬に私が捕まえられるはずないんですから。シャーッ!!」

 レイコは机の上にしゃがんでいるためにモオルダアの目線の先にはミニスカートの中がよく見えた。モオルダアには彼女のトラ柄のパンティーが丸見えだったのだ。

「これは前門の虎だ!」

モオルダアは思わずつぶやいた。

 レイコはモオルダアの発見には気付かずに、机の上から降りてドアの方に向かっていった。

 前門の虎パンティーのおかげで半ば放心状態のモオルダアをよそにスケアリーは立ち上がってレイコを呼び止めた。

「何か事件に関して気になることがありましたら連絡してくださるかしら」

そういってスケアリーはレイコに名刺を手渡した。

「そう、それならそうしてあげるわ。でも私があなた方のような薄汚い犬と連絡を取るようなことはないと思うわ」

そういって、すたすたとドアの方へ歩いていった。二人とも出ていくレイコの方を見ていた。するとレイコはドアの手前で振り返った。

「そこの変態のおじさんと、ポッチャリのおばさん。私を容疑者にしたらただじゃおきませんから、そのつもりでいてくださいよ」

モオルダアとスケアリーは教室から出ていくレイコを唖然として見つめていたが、しばらくしてスケアリーがモオルダアに聞いた。

「あの女、あたくしのことをポッチャリのおばさんと言いませんでした?」

モオルダアは一瞬ドキッとしてから困った顔をしている。

「さあ、ボクにはよく聞こえなかったけど・・・」

「犯人はあの女に違いありませんわ。あんなのが世の中にのさばっていてはいけませんわ。あれはきっと恐怖のヒョウ女に違いありません。そうですわ、昨日はちょうど新月でしたわね。犬とネコは正反対ですから、狼男は満月に変身してヒョウ女は新月に変身するんですのよ。早くあの女の正体を暴いて捕まえないといけませんわ」

スケアリーはどうしてもレイコが気に入らないので、何とかしてレイコを犯人にしたいようだった。しかし、モオルダアは涼しげな表情をしている。

「あれは犯人じゃないと思うよ。彼女は天才的な女優だよ。キミはボクがこれをポケットから出した時の彼女の反応を見ただろ?」

そういってモオルダアはポケットからカツオ節を取り出した。

「これがボクの考えとは反対の意味で役に立ったね」

「どういうことですの?彼女はそのカツオ節に異常な反応を見せていましたわよ。それはさっきあなたがスーパーで買ってきたものでしょう?あれを見たら誰だって彼女がヒョウ女、或いはネコ娘だということは解りますわ」

スケアリーはレイコを犯人にしたいあまりモルダアみたいな見解で物事をとらえている。なぜか今はモオルダアの方が冷静だ。モオルダアがポケットからカツオ節を顔の前に持ってきてから言った。

「彼女が本当にネコ娘ならボクがポケットからカツオ節を出す前にこれに気付いてボクに飛びかかってきたはずさ。ネコは人間よりもずっと鼻が利くからねえ。それに、タダノを襲ったのは大型の肉食動物だろ。トラとかヒョウとかがカツオ節に反応するかなあ?ボクの考えでは彼女は『ネコ科の女』になりきっているだけだと思うけどね。まさに身も心もね」

モオルダアは得意げにスケアリーを見ていた。スケアリーは理解はしていたが納得はしていない。自分のことをポッチャリと言ったあの女をどうしても犯人にしたかった。

「そうですの。あなたがそういうのなら、あなたの好きなようになさればいいわ。あたくしはあのムカツク女のことを洗いざらい調べて何とかして刑務所送りにしてやりますわ」

「それよりも、ボクにいい考えがあるんだけどねえ」

モオルダアはいやらしい笑いを浮かべた。

「問題解決の鍵はきっと演劇部にあると思うよ」

「じゃあ、そうしなさいな。あたくしはあの女のことを徹底的に調べてやりますから。どんな些細なことでも見つけだして、必ず刑務所送りですわ。それじゃあ、失礼いたしますわ」

スケアリーはモオルダアをおいてどこかへ行ってしまった。「スケアリーが元の体型に戻るまで、うかつに刺激したら危険だな」モオルダアがスケアリーの出ていった後を眺めながら思っていた。

08. ウィスキー臭い部屋

 薄暗い部屋に二人の男が向き合って座っている。薄暗いこの部屋は怪しい雰囲気。二人とも深刻な顔で何かを話し合っている。一人の男はなぜか先程からウィスキーの瓶をラッパ飲みしている。それなのに少しも酔っぱらっている様子はない。

「あの捜査官を野放しにしておくのはそろそろ危険じゃありませんか?」

男がウィスキー男に向かって言った。

「二人は何かに気付いているとでもいうのかね?」

「今のところは何も。しかしモオルダアという男は一筋縄ではいきませんよ。あれはどうしようもない間抜けです。その間抜けさが我々にとってはかえって危険なんです。いっそのこと彼らを・・・」

「彼らを消したところでどうせ後に続くものが現れるだけだ。それに主人公がいなくなったら誰が代わりをやるんだ?キミがやるかね?」

「いやあ、それはちょっと困ります」

「毒だって使い方によっては薬になることだってあるんだよ。我々が彼らを利用すればいいんだ。彼らには真実のかけらを見せてやれば良いんだよ。そうすれば彼らによって嘘の情報が広められることになる。その間に我々は、計画を遂行すればいいのだ。彼らのことは私にまかせておけば大丈夫だよ」

「それでも、万が一彼らに全てを知られてしまった場合は・・・」

「その時はその時だ。今は彼らの監視をだけをしていればいい」

ウィスキー男はそういってまた瓶を口のところに持っていった。

「ネコ女優はどうしますか?」

もう一人の男がウィスキー男に聞いた。

「彼女は十分に働いたよ。彼女にはもう何もしてもらうことはない。そのままにしておけばいい」

もう一人の男はこれで話が終わったと解ったのか、何もいわずに部屋を出ていった。その後ろ姿を見送りながらウィスキー男がまた一口飲んだ。