11. 公園
スケアリーは仕事を済ませた後、近所の公園でジョギングをしていた。この広い公園では彼女の他にも何人かの人間が運動のためにやってくる。ある人は体を鍛えるため、ある人は太りすぎを気にしているため。
スケアリーはかなりのスピードで走っているので途中何人もの人を抜かしていった。その後ろから彼女に迫ってくる人影があった。その男がもう少しでスケアリーに追いつこうというところで、彼女はそれに気付いてさらにスピードをあげた。どうしても抜かされるのイヤなようだ。スケアリーと後ろの男の差が少し開くと、後ろの男もスピードをあげてまたスケアリーに近づいた。するとスケアリーもそれに気付いて、また差を広げた。二人の差が広がったり縮まったりしているうちに、いつしか二人はもの凄い速さで走っていた。しかし、さすがのスケアリーもこれ以上速く走ることは無理なようで、立ち止まると後ろから来た男にきつい口調で言った。
「ちょいと、あなたはいったいなんだって言うんですの?誰であろうとあたくしを追い抜くことは許されませんのよ!」
男は膝に手をついて息を切らしている。スケアリーは知らないが、それは謎の男ドドメキだった。ドドメキはジョギング中を装って密かにスケアリーに接触する予定だったらしいが、上手くいかなかった。彼は苦しそうにスケアリーに封筒を差し出している。
「何ですのこれは。もしかしてファンレターかしら?それならそうとおっしゃってくれればいいのに」
スケアリーが封筒を受け取ると、ドドメキは苦しそうな呼吸の合間に声を振り絞るように話し始めた。
「事件は、事件はまだ終わっていないよ。ヤツらの、手にのっては・・・ダメだ」
スケアリーは何のことだか解らずに封筒を眺めていた。
「これはいったい何なんですの?」
スケアリーが封筒から目を上げて聞いたが、もうそこにはドドメキはいなかった。どんなに息を切らしていても、謎の男は煙のように消えてしまう。さすがはドドメキ。
スケアリーは辺りを見回して謎の男を捜したが、どこにも彼の姿はなかった。彼女はその封筒をその場に捨てようとも思ったが事件がどうの、とか言っていたことも気になったのでとりあえず持ち帰ることにした。
12. 路地
暗い路地をモオルダアとレイコが歩いてくる。
「ねえ、モオルダアさん。この事件の犯人はどんな人だと思います?」
「そうだなあ。こういう事件の犯人は普通の人では予想もつかないところにいることが多いんだよ。ボクのような優秀な捜査官にはそれが良く解るんだ。でもこれだけは言えるねえ。犯人は血も涙もない冷酷なやつだよ。それから、犯人は頭の切れるヤツだね。犯人とボクとの頭脳の勝負と言ったところだな」
モオルダアはいる訳のない犯人のことを勝手に想像して話している。
「犯人はまた人殺しをするのかしら?」
「そうだねえ。きっと連続殺人になるだろうね。それはボクが許さないけどね。でもキミみたいに綺麗な人は気を付けた方がいいね」
それを聞いてレイコはつかんでいたモオルダアの腕に体をすり寄せて来た。
「モオルダアさん。こんなお願い、無理なのは解っていますけど。今夜はうちに泊まってくれませんか?私、一人暮らしだし、他に頼れる人がいないんです」
最高だ。モオルダアは喜びのあまり言葉を失っている。モオルダアが何も言わないでいるとレイコはまだ先を続けた。
「それに、あんなひどい事件があったっていうのに、この辺には少しも警備の警官がいないし。だから、お願いです」
警察がいないのは当たり前だ。トラが捕まって捜査は終了なのだから。
「も、もちろんだとも」
歓喜に言葉を失っていたモオルダアが何とか答えた。それにしても、モオルダアはどうしてしまったのか?彼のやることがこんなに上手くいくなんて。まあ、ここはどうなるか成り行きを見守ることにしよう。
モオルダアはまるで夢の中にいるような気分で歩いていたが、しばらくしてふと立ち止まった。レイコが少し驚いてモオルダアの顔を見上げる。
「ねえ、レイコさん。今、何か言った?」
「いいえ、何も」
気のせいだったのだろうか?モオルダアは辺りを見回してからまた歩き始めようとしたが、またすぐに立ち止まった。レイコの顔が次第に不安で曇っていく。
「やっぱり、また声がしたよ。キミには聞こえなかった?ちょいと、旦那。とか言ってたでしょ」
「いいえ。私には何も聞こえませんでした」
モオルダアの様子が次第におかしくなっていくことにレイコは怖くなってつかんでいた彼の腕から放れた。
モオルダアはいったい何を言っているのだろうか?この静かな路地で誰かの声がすれば二人とも気付くはずなのだが。聞こえない声を探して辺りを見回しているモオルダアを見てレイコは気味が悪くなってきた。もしかするとこのモオルダアという男が殺人犯なのではないか、という気にさえなった。モオルダアは時に精神に異常をきたして、聞こえないはずの声に従って猟奇的な殺人を犯すのかも知れない。レイコはそんなことを考えてその場に立ちすくんでしまった。
モオルダアはゆっくりと辺りを見回して次第に道の隅の暗い場所に近づいて行った。
「そこにいるんでしょ?暗くてよく見えないけど・・・」
レイコはモオルダアが何をやっているのかまったく解らなかったが、恐怖のあまりただ成り行きを見守るしかなかった。モオルダアは暗がりの方に体を向けていたが、目はうつろで焦点が合っていない。半分開いた口からはよだれが流れていた。こんな光景は誰が見ても怖い。
レイコはモオルダアが進んでいく先に目をやって、叫ぶ間もなく息をのんだ。レイコにはそこに大きな目が二つきらりと光ったように思えたのである。モオルダアはふらふらとその暗がりへと近づいていった。まるで何かが彼に乗り移ったように。
13. スケアリーの高級アパートメント
公園でのジョギングを終えたスケアリーは自分の部屋へ帰ってくるとドドメキに渡された謎の封筒を机の上に放り投げた。なんだかまるで興味を持っていないようだ。それよりも彼女は先にTシャツを不快に彼女の体にまとわりつかせている汗を洗い流したかった。
彼女はバスルームに入るとバスタブの蛇口をひねった。それから上着を脱いで鏡の前に立った。彼女は始め自分の顔を眺めていたがしばらくして、鏡から少し下がってなるべくからだが多く映る位置まできた。彼女は他の何をしている時よりも真剣な表情になっている。そこで彼女は体を左右にひねって、自分の前から見た姿と横から見た姿を確認した。それから鏡の中の自分に対して軽く挨拶をするような感じで微笑んだ。
「やっぱり、あたくしはスリムでしたわ!」
驚いたことにスケアリーは朝、ブティックの鏡に姿を映した時よりも数段にやせていた。たったの一日でこれだけやせるほど脂肪を燃焼したというのであろうか。これは、もの凄いミステリーである。しかし、こんなことに驚いていては話がわき道にそれていってしまうので、彼女の驚異のダイエット術について考えるのはよそう。スケアリーとはそういう人、なのである。
スケアリーはしばらく満足げに自分の体を鏡に映して眺めていた。彼女は自分の姿に見とれて、今にも雑誌のグラビアに載っているセクシーな写真のようなポーズをとったりするんじゃないかという勢いだったが、電話の音が鳴って彼女の楽しい時間は終わった。彼女は電話に出るために上着を羽織って今の方へ向かった。
スケアリーが電話に出ると、彼女がどこかで聞いたような声が聞こえてきた。相手はかなり取り乱しているようで、彼女が電話に出た時には何を話しているのか解らなかった。
「もしもし、失礼ですけど、どなた様でいらっしゃいますの?」
「スケアリーさん。私、私です。大変です。大変なんです。モオルダアさんが!大変なことに!」
スケアリーにはよく意味が解らなかったが、話している相手がレイコであることに気付いた。
「ちょいと、あなた。もしかしてあなたはあたくしをバカにしてこんな電話をかけているんじゃないでしょうね?イタズラ電話は犯罪ですのよ」
スケアリーは昼間に彼女にあった時のことを思い出してかなりきつい口調になっている。しかし、レイコはもう「ネコ科の女レイコ」ではない。「恋する大学生レイコ」になっているのである。スケアリーもなんとなく声の調子などから、これはイタズラではないことが解っていた。それにレイコはかなり怯えているようだ。
「違うんです。モオルダアさんが。助けてください。お願いです!」
何が起きたのか解らなかったが、とにかく大変なようだ。
果たしてモオルダアの身に何が起こったのか?盛り上がってきたところで、この話は次回に続く・・・。
to be continued...