6.
スケアリーはレイコと伴に事件現場へと向かっていた。スケアリーに事件現場へ案内して欲しいと頼まれた時に、レイコはあの恐ろしい経験をした事件現場へ戻るのは気が進まなかった。でもスケアリーの振る舞いを見ているとなんとなく安心できるのだ。大学にいる恰好だけで中身は女みたいな男達なんかよりもずっと頼りになる。「知性の中に普通の女性にはまねのできない強さをもっている」と、レイコはそんなふうに思っていた。
現場に近づくにつれてレイコは次第にスケアリーのほうへ近づいて歩くようになった。
「ちょいと、あなた。そんなに近くに来られては歩きづらいですわ」
そう言いながらスケアリーは少しずつレイコから離れようとした。
「ごめんなさい。でもさっきの事を思い出したら怖くなっちゃって」
スケアリーは立ち止まって少し迷惑そうな顔をしていたが、確かに普通の人は恐ろしい思いをした事件のすぐあとにまた同じところへ戻るなんてことはしない。ここは我慢するしかなさそうだ。再び歩き出すとレイコはスケアリーの上着の袖をつかんでいたがスケアリーは黙っていることにした。
二人が事件現場が見えるところまで歩いてくると、そこには二人組の男がいて何かを探しているようだった。その場所は明らかに事件の起きた場所。
「おい、あったか?」
「ないよ。もうここ以外にはあり得ないんだけどなあ」
「まったくなんなんだよ、あの男は。よりによってあんな大事な作戦の時にやって来やがって。あと一つ見つければオレ達の仕事は終わりなんだけどなあ」
二人はこんなことを話しながら何かを捜していたが、スケアリー達にはこの会話は聞こえていない。それでも事件現場で何かを必死に探しているこの二人は怪しすぎる。スケアリーの全身に緊張がみなぎるのを感じたレイコは少し驚いてつかんでいた袖を放した。スケアリは走って二人組に近づくと、銃を抜いて二人に言った。
「エフ・ビー・エルですのよ!そこの二人。両手を上げて…」
スケアリーが最後まで言う前に、二人は一目散に走り出した。スケアリーも慌ててあとを追ったが、逃げる二人の前に車が止まると二人はその車に乗って行ってしまった。スケアリーはまだ諦めきれずに車のあとを追いかけたが車との距離は広がっていくばかり。狭い路地にもかかわらず車はかなりのスピードを出して広い通りまで出るとあとはさらにスピードをあげて夜の街へと消えていった。まだ路地を走っていたスケアリーには遠くで車のタイヤがきしむ音だけが聞こえていた。
7. 朝の事件現場
昨晩、謎の捕獲部隊によって捕獲作戦が行われた現場にはスケアリーが招集した警察官や鑑識課の人間が辺りを調べていた。しかし、これといって手掛かりとなるようなものは残っていなかった。きっと昨晩スケアリーが追いかけた二人組が現場の後片付けをしていったのだろう。
スケアリーは携帯電話を取り出してモオルダアに電話をかけてみた。また、いつものように事件とはまったく関係のないところで、どうでもいいことに熱中しているのではないか、という気がしたからである。でも電話は応答のないまま留守番電話に切り替わった。スケアリーは電話を切るとモオルダアの自宅の番号にもかけてみた。呼び出し音を何度も聞いたあとスケアリーは電話を切った。スケアリーはモオルダアに関してだけは何の心配もいらないと思っていた。何が起こっても、モオルダアはそこで何が起こったのかも気付かないまま涼しい顔をして現れる。モオルダアは今までそんな感じだったのだ。しかし、今度はそんな感じにはいかないようだ。携帯電話をしまいながらスケアリーは嫌な胸騒ぎを感じて眉間にしわを寄せていた。
そこへスキヤナーの車がやってきた。車から降りた彼もまた神妙な面もちでスケアリーのほうへやって来た。
「いったいどういう事なんだ?モオルダアが誘拐されたって?」
スキヤナーは周りに聞こえないように小さな声でスケアリーに言った。
「私にも何がなんだか解りませんわ。きっと鍵を握るのはモオルダアと一緒に連れ去られた『得体の知れない何か』だと思いますわ」
それが聞こえたのかどうかは知らないが、スキヤナーは先程から少し困った感じで辺りを見回している。
「ここにいる警官達はキミが呼んだのか?」
「そうですけど、それが何か?」
「いや、それはいいんだが。証拠は何も出なかったんだろ?じゃあそろそろ私たちはこの事件から手を引かないと」
スケアリーは始めスキヤナーが何を言っているのか良く解らなかったようで、すこし間を空けて彼の言ったことを理解しなくてはいけなかった。それからスキヤナーを睨みつけながら言った。
「手を引くって、どういう事ですの?エフ・ビー・エルの捜査官が誘拐されたっていうのに、どうして手を引かなくてはいけないんですの?」
スケアリーの剣幕に予想どおりあたふたしているスキヤナーだったが、ぎこちない感じでこう答えた。
「そりゃあ、私だってモオルダアのことは心配だよ。でもねえ、私の『副長官』という微妙な立場も考えてくれないかな。これは上からの命令でね。この事件は普通の誘拐事件だから、ペケファイル担当のキミよりも他の捜査官が捜査をするべきだ、ということなんだよ」
やっぱりエフ・ビー・エルにはモオルダアとスケアリー以外にも捜査官はいたんですね。まあ、そこは今考えるべきところではないので、話を続けましょう。
スケアリーはこれに納得がいかない。
「まあ、あなたはなんて事をおっしゃるの?これはどう考えても普通じゃなくて、異常な誘拐事件ですわ!もしあたくしがこの事件の捜査を担当しなくて、助かるはずのモオルダアが遺体で発見されたとしたら、その時は是非ともあたくしがモオルダアの検死解剖をやらせていただきますわ。そして、切り取ったモオルダアの首をあなたの家の前に飾ってさし上げますわ!」
スキヤナーは驚いて目をグルグルさせながらスケアリーを見ている。スケアリーがまだ続ける。
「モオルダアのような方がすることは凡人に解るはずがありませんわ。この事件だって同じですわよ。モオルダアが被害者だとしても、あのモオルダアが相手では予想もつかない行動に出るはずですから。だからこの事件は私のような優秀な捜査官が担当しなくてはいけないんですのよ。おわかり?」
スキヤナーはかなり弱っている。
「おわかり?とかいわれても…」
スキヤナーが最後まで言う前にスケアリーは彼に背を向けて歩いていた。そして、現場を調べている警官達に言った。
「みなさん聞いてくださいまし!エフ・ビー・エルのお偉いさん方たちは私のような無能な捜査官にはこの事件はまかせられないそうですのよ!ですからあたくしが呼んだあなた達のような無能な警官達ももう用無しってことですのよ。あなた達はこれから家に帰って息子や娘達の運動会のビデオの編集でもしてればいいんですわ!それでは、無能な警官達は解散!」
なんだかスケアリーはそうとう頭に来ているようだ。
現場にいた警官達は驚いてスケアリーの方を見ていたが、彼女の妙な気迫に押されてなんとなく現場の捜査をやめて帰っていった。
少し離れた場所で、すまなそうにしてスキヤナーがこの様子を見ていた。
8. ウィスキー臭い怪しい部屋
この薄暗い部屋に数名のスーツを着た男達が集まっている。あまりに薄暗いためにそこはホテルの一室のようにも見えるし、どこかのオフィスの一室のようにも見える。その部屋にある椅子の一つにウィスキーをラッパ飲みする男が座っている。他の男達はウィスキー男に向かって冷たい視線を投げかけている。
「いったいどういうことかね?あの薬が見付からないということは」
一人がウィスキー男に言った。ウィスキー男は一度口元まで持ってきた瓶を止めたが、それを聞くと、口元まで持ってきた瓶をさらに傾けて一口飲んでから答えた。
「そんなものはとるに足らんことだよ。あの女があれを見つけるわけはないだろ。もうスケアリーに関しては手を打ってある。それに我々には切り札があるじゃないか」
聞いていた男達は、まだウィスキー男の言うことを信用できないといった感じで眉間にしわを寄せている。
「あの男が切り札になるというのか?いっそのこと始末してしまった方がいいんじゃないか?あの男は知らなすぎる。そこが一番やっかいなんだよ」
別の男がウィスキー男に言った。ウィスキー男はその男を見ながらイヤらしい微笑みを浮かべている。そして一口飲むとこう言った。
「キミはまだあの捜査官の妙な特性を理解していないようだね。あれは簡単に始末してしまうにはもったいない男だよ。使いようによっては我々に利益をもたらしてくれるかも知れない男だ」
「それなら、キミは麻酔薬を取り戻せると言うんだな。しかし、それができない場合は我々の計画どおりあの捜査官には消えてもらうしかない。それから、どうして女の方は放っておいたんだ?目撃者を残して置いては面倒なことになるぞ」
ウィスキー男はその言葉には反応せずにまたウィスキーの瓶を静かに口まで持っていった。一口飲み終わると、ウィスキー男は静かに答えた。
「あの天才女優には私の書いた脚本どおりに演じてもらわなくてはならないんだよ。それに一般人が行方不明になれば、警察が本気になって捜査を始めるはずだ。そっちの方が面倒じゃないかね?」
ウィスキー男の自信に満ちた語り口に周りの男達は特に返す言葉も見付からないようだった。
9. スケアリーの高級アパートメント
スケアリーはソファに座って頭を抱えている。先程の事件現場からエフ・ビー・エルのオフィスに戻ると、彼女はなぜか謹慎処分を言い渡されたのである。これも副長官という微妙な立場のスキヤナーが彼女にすまなそうに言い渡したのであるが、その時の彼女はさすがにスキヤナーに八つ当たりする気分ではなかったようだ。彼女はあっけにとられたまま、ここまで帰ってきた。「どうしてあたくしが謹慎処分なんですの?あたくしのしたことは全て完璧な捜査法なはずですわ。こんなことを考えるのはまるでモオルダアのようですけど、どこかに闇の組織があって、その方達があたくしの捜査の邪魔をしているとしか考えられませんわ!」スケアリーは抱えていた両手から頭を放すと私を睨んだ。…私って、私のこと?
「そうですわよ、作者様!どうしてあたくしがこんな目に遭わなくちゃいけないんですの?だいいちシーズン2で誘拐されるのはあたくしじゃありませんの?それなのに、モオルダアが誘拐されて。これじゃあ、あたくしが休む時間がないじゃありませんか!」
そんなことを言われても仕方がありませんよ。まあ、本物のエックスファイルは女の捜査官の方が誘拐されるんですけど、モオルダアのすることは私にも予想不可能なんですから。でも、今回はなんとか頑張ってくださいよ。いずれスケアリーが誘拐されるドキドキのコケティッシュなエピソードがあるはずですから。とりあえず今回はスケアリーの大活躍でモオルダアを助けてあげてくださいよ。
スケアリーはソファの前にあるテーブルに今彼女が持っている手掛かりを並べてみた。彼女はこれまでに手に入れた証拠品をまだエフ・ビー・エルに提出していなかったのだ。本来ならば規則を重んじる彼女だが、今回はいろいろエフ・ビー・エルに腹の立つことが重なったので規則無視で重要な証拠品もそのまま持ち帰ってしまったのである。
テーブルの上にあるのはレイコが持っていた注射器とその中身。それから、可愛そうな大学生、多惰野凡太(タダノ・ボンタ)が何者かに襲われて殺された事件の証拠品であるネコ科の動物の毛が一本。それだけで何が解るというのだろうか?それでもスケアリーはなんとか事件解決の糸口を見つけようとしている。しかし、この部屋では何もできるわけがない。ここには科学的な捜査をするための機材は何もないのだから。それでもスケアリーは自前の高級ルーペを取り出して注射器を除いてみた。注射器の中の液体が大きく見えた。ただそれだけ。スケアリーはまた頭を抱えてしまった。ホントに腹が立ちますわ!
しばらくしてスケアリーは近くにある電話に目を移した。もしかするとモオルダアからとぼけた感じで電話がかかって来るかも知れない、とでも思ったのであろうか?それでも、彼女からモオルダアに電話をかけることはしなかった。ついさっきもモオルダアに電話をかけたのだが、その時もモオルダアは電話にでなかった。いつもなら捜査に行き詰まったこんな時にはモオルダアのおバカな意見が事件を意外な方向に発展させるものなのだが、彼がいなくてはどうにもならない。スケアリ−はモオルダアがいなくなった今、彼のどうにも説明のできない不思議な才能を認めてしまいそうになっていた。
スケアリーが電話を見つめていると電話が鳴り出した。スケアリーは慌てて受話器を持ち上げて電話に応対した。しかし、それはモオルダアではなかった。
「スケアリーさん、私です」
電話はレイコからであった。
「さっきスケアリーさんがいると思って、事件現場に行ってみたんですけど、聞いてみたらスケアリ−さんが事件を担当してないって言われて。おかしいと思って電話してみたんです」
スケアリーはどうしてレイコがそんなところをおかしいと思うのかが疑問だったが、今はそんなことを気にしている場合ではないのだ。なるべく話がややこしくならないようにしたかった。
「おっしゃるとおり、あたくしは捜査を担当しておりませんけど、あれは他の捜査官にお任せいたしましたからじきに解決いたしますわ。あんなものは普通の事件ですし。それよりも、あなたはあたくしに何か用がおありなの?」
「スケアリーさん。ウソを言わないでください。あれが普通の事件なわけはありません。それなのに現場捜査していたのは、どう見ても役に立ちそうにない捜査官ばかりでした。それから現場にいた人に聞いたんですけど、どうしてだかは知りませんがスケアリーさんはいま謹慎中なんでしょう?きっとスケアリーさんが困ってるに違いないと思って電話したんです。謹慎中でエフ・ビー・エルの捜査官として行動できないんだったら私みたいな学生でも、いないより居たほうが何かと役に立てるはずですから」
レイコはスケアリーが思っていたよりもいろいろ知っていた。
「どうでもいいですけど、あなたはどうしてそんなことをおっしゃるんですの?場合によってはあなたも十分に怪しい人間として容疑者にしてしまいますわよ。謹慎中だってあたくしがエフ・ビー・エルに連絡すればあなたを捕まえることは簡単なことですのよ」
スケアリーにそう言われるとレイコの声が急に小さくなった。
「ごめんなさい。私そんなつもりじゃなかったんです。ただ、昨日の夜助けていただいたお礼がしたくて…」
レイコはここで言葉を詰まらせた。このまま放っておいたらきっと泣き出すに違いない。そんな感じの喋り方だ。スケアリーは慌てて何かを言わなくてはいけなくなった。
「あら、あたくしは何もあなたを疑っているわけではありませんのよ。これは、何て言うのかしら、あれですわ。ほら、疑うのが仕事ってやつですわ。捜査官というのは本能で全てを疑ってしまうんですのよ。ですから、必ずしも本心からあなたのことを疑っているわけではございませんから」
スケアリーはこれでなんとかなると思ったが、電話の向こうのレイコはまだ泣き出しそうな声をしている。
「いいんです。私が余計なことを言っただけなんですから。気にしないでください」
「ですから、そうではなくって。ああ、例えばどんなことを協力していただけるのかしら?実を言うとあたくし、とっても弱っていたところなんですのよ」
それを聞いてレイコの声に元の元気が戻ってきた。なぜかスケアリーはレイコに翻弄され始めている。
「例えば、大学の施設を使えばそれなりの捜査ができますよ。エフ・ビー・エルほどではありませんが、科学的な捜査もできますよ。もちろん、口うるさい教授達に見付からなければの話ですけど。私はいろんな学部に友達がいるからそのくらいはなんとかできます」
それを聞いてスケアリーは彼女の前に一筋の、本当に細いものであったが光が差してきたように感じた。彼女の手にしている二つの証拠品を厳密に調べることができるかも知れないのだ。注射器と一本の毛でモオルダアが見付かるのかは知らないが、何か一つでも解るかも知れない。
「レイコ様。あなたのしようとしていることは本当はいけないことなんですけれども、この際ですからあたくしもちょっといけないことを頼んでしまいますわ」
むふふふ。スケアリーとレイコがいけないことをしようとしてるぞ〜。
「ちょいと、作者様!真面目にやってくださらないかしら!」
あっ、ごめんなさい。ということで、スケアリーはレイコに捜査を協力してもらうことにした。