「RIDDLE」

12. DODOMEKI

 スケアリーはレイコの部屋から出ると何も考えられずに十メートルほど歩いた。鞄はさっき彼女が受け止めた状態のまま彼女の胸のところに抱えられている。本来なら彼女の車があるところへ向かうべきなのだが、彼女が進んでいる方向に果たして彼女の車があるのか、そんなことすら解っていなかった。それからふと彼女は立ち止まった。

「これって、絶対にあり得ないことなんですけども、今のあたくしってすごく惨めじゃございません?いいえ、そんなことはありませんわ!こんなことがあってもあたくしの才能でなんとかこの窮地を乗り越えられるはずですわ!…でも、どうすればいいのでしょう?いくら才能と能力に恵まれたあたくしといえども、この状況は厳しすぎますわ。だって、そうでございましょう?あたくしは事件の始めから完璧な捜査をしてきたはずなんですのよ。それなのに、それなのにこのざまはなんでございますの?…これって、もしかして…いや、そんなことはあり得ませんわ!…でも、もしかすると、あたくしのこの状況って、負け犬状態なのかしら?そんなことはあり得ませんわよね。あたくしが負け犬なんて…。でもあたくしは謹慎処分中の上に変な女子大生と危うく恋に落ちそうになって、しかもその女子大生の部屋を夜中に追い出されて…。これじゃあまるであたくしが負け犬じゃあございませんか!もう、いいですわ。あたくしは負け犬かもしれませんわ!どうせだったらここで雨でも降ってくればいいんですわ!そうすれば、認めてあげますわよ。あたくしが負け犬だってことを!さあ、土砂降りの雨を降らせられるものなら降らせてみなさい!」

 でも雨は降らなかった。その代わりに彼女の後ろから声がした。

「おい、いったい何をしてるんだね?」

一人でネガティブに盛り上がっていたスケアリーは驚いて振り返った。そこには昨晩スケアリーに接触してきた謎の男、ドドメキがいた。この男は密かにペケファイルの二人に情報を提供してくれる人なのだが、スケアリーはそんなことを知らない。多分彼女はこの男をストーカーだと思っている。

 振り返った先に怪しい男を見つけたスケアリーはネガティブな感傷に浸っているどころではなくなった。きっとさっきバスルームを覗いたいたのはこの男に違いない、と確信した。スケアリーは銃を取り出すとドドメキに向けた。

「この変態オヤジ!覗きの現行犯で逮捕いたしますわ!」

スケアリーがもの凄い剣幕でこう言った。相手がモオルダアならビビってなんにも出来ないのだろうが、さすがは謎の男ドドメキ。少しも動じずに勝手に話し始めた。

「きみは何をしているのかね?大学の研究室でまったりしたり、女子大生と仲良くなったり。ちょっとはモオルダアのことを心配したらどうなんだ」

銃を向けられても冷静に喋るドドメキを見たスケアリーはこの男がただの覗き趣味の変態ではないということが解ったのか、彼に向けていた銃をしまった。

「あたくしは女子大生と仲良くなってなんかいませんわ!あたくしはノーマルなんですから!」

スケアリーがムキになっているのでドドメキはそこには触れないようにした。

「まあ、それはどうでもいいとして、キミはモオルダアを助けたくはないのかね?」

「そりゃ、あたくしだってあんな変態モオルダアでも助けたいとは思いますのわよ。でもそうしているうちになんだか訳の解らないことになってしまって…このざまですわ」

「まあ、そんなに悲嘆することはないよ」

ドドメキは妙に自身に満ちた感じでスケアリーに言った。

「モオルダアはまだ生きているよ。それにキミは切り札を持っている。彼らと取り引きしてみるのはどうだね?」

切り札って何?彼らってどなた達?

「なぞめいた話方をしないではっきり言ったらどうなんですの?」

スケアリーはドドメキのもったいぶった話し方にいらついてきたのでまた銃を取り出して彼に向けた。

「おっと、そうカッカしなさんなって。キミは事件現場で見つけた薬品を持っているんだろ?それと誘拐されたモオルダアを交換しないかってことだよ」

「ああ、そういうことでしたの」

スケアリーは銃をしまってあとを続けた。

「でも、あの薬品ならもうないですわよ。分析のためにほとんど使ってしまいましたし。それに、あんな麻酔薬なんかちょっと頑張ればどこでも手に入りますわ」

「えっ?そうなの?」

謎の男ドドメキが珍しく焦っている。

「それじゃあ、私の立場がないじゃないか。それに、きみはなんであんな重要な薬品を簡単になくしてしまうんだ?」

スケアリーにはあの麻酔薬のどこがそんなに重要かは解らなかったが、ドドメキの動揺の仕方からなんとなくあの麻酔薬がなにか重大なことに関わっていることが解ってきた。

「だったら、こうすればいいんですのよ。どうせあれは普通の麻酔薬と変わらないものなんですから、あたくし達が普通の麻酔薬を用意してモオルダアと引き替えに犯人に渡せばいいんですのよ」

「そんなことで大丈夫かなあ?」

全てを知っているはずだった謎の男ドドメキはなぜか自信なさげにスケアリーに聞いた。

「もうなんでもオッケーですわよ。負け犬女に怖いものはありませんわ!」

スケアリーの良く解らない自信にドドメキは半信半疑で頷いていた。

13. 薄暗すぎる部屋

 男はウィスキーの瓶を片手にテレビで深夜のニュースを見ていた。

「いいねえ。その明らかに作っている深刻な表情がたまらないよ」

男はテレビでニュースを読み上げている中堅女子アナに向かって独り言を言っていた。それからウィスキーの瓶を口元まで持ってきた時、彼の座っているソファの横の電話が鳴った。男はだるそうにウィスキーを少し口に入れてから受話器を持ち上げた。

「大変です。モオルダアが逃げました!」

電話の相手がこう言うのを聞いた男は黙ってまたウィスキーの瓶を口元に運んだ。そして一口飲むとこう言った。

「そうか、解った。あとはこちらで対処するからキミ達は私の指示があるまでよけいなことをするんじゃないぞ」

こう言うと男は受話器を置いた。

「いいねえ、意味も解らずに使っているその難しい単語がたまらないよ」

男はまたテレビに向かって話し始めた。

14. 真っ暗な大学の研究室

 ヌリカベ君が部屋のドアを開けると持っていた紙を差し出して言った。

「出ました、DNA」

明かりのついていない研究室には誰もいるはずはない。ヌリカベ君の声が虚しく部屋にこだました。ヌリカベ君はしばらく持っていた紙を誰もいない研究室の中に向けて差し出していたが、そこに誰もいないと解ると黙ってドアを閉めてどこかへ向かって歩き始めた。それから小さな声でつぶやいた。

「あれ、もう帰っちゃったのか?」

ちょっと行動の順番が違うけど、ヌリカベ君だからまあいいか。


to be continued...

2005-09-30
the Peke Files #011
「RIDDLE」