01. 夢
モオルダアは夢を見ていた。彼は今太陽が照りつける白砂のビーチにいる。彼の隣にはあの雑誌に載っていた「お宝ビキニ写真」の巨乳の元アイドルがその写真の姿のまま立っている。二人は並んで眩しそうに水平線を眺めていた。
「美しい。キミと二人で見る世界は全てが完璧だよ」
モオルダアは隣のお宝ビキニに話しかけた。
「さすがは優秀な捜査官ね。それで私の洋服は見つけてくれたの?」
「キミの洋服?」
モオルダアは相手の変な質問を真面目に考えていた。
「そういえばボクはキミが服を着ているところを見たことがなかったね」
「それじゃあ、あなたは私の服をまだ見つけていないのね。ひどい、ひどいわモオルダア」
お宝ビキニが目に涙をいっぱいにためてモオルダアに言った。モオルダアは困っている。彼が何を言っていいのやら、冷や汗をかきながらいろいろ考えていると、やがて夢の舞台は公民館に移った。そこは昨日、モオルダアが「下田歌劇団」の舞台を見た場所である。隣の席にはお宝ビキニがやはりビキニ姿のまま座っている。もう先程のように泣きそうな顔はしていない。
モオルダアが舞台上を見つめている、そこにモオルダアの隣にいるはずのお宝ビキニが現れて演技を始めた。モオルダアは横の席を確認してみたが、そこにもやはり舞台の上にいるのと同じお宝ビキニが座っている。モオルダアは気にせずに舞台を眺めていた。
舞台の上ではお宝ビキニが昨日彼の見た「セミ女」の物語を演じている。やがて、舞台の上にもう一人の登場人物が現れた。それもまたお宝ビキニであった。話が進んでいくと舞台の上には何人ものお宝ビキニが同じ姿形で登場してきて、舞台はお宝ビキニであふれそうになっている。
モオルダアは嬉しそうにしながら会場全体を見渡してみた。すると舞台の上だけでなく、この公民館の全ての人間がお宝ビキニの巨乳の元アイドルなのである。大量のお宝ビキニに囲まれたモオルダアは嬉しくてたまらない。モオルダアは横に座っているお宝ビキニの肩に手を回した。モオルダアの手がお宝ビキニの肩に触れると、彼は指先にごつごつした筋肉を感じた。モオルダアがびっくりして手を引っ込めた。それは明らかに女性の肩の感触ではなかった。彼は言い知れぬ恐怖を感じて辺りを見回してみた。するとそれまで会場中を埋め尽くしていたお宝ビキニが全員スキヤナー副長官に変わっていた。会場を埋め尽くした大量のスキヤナー副長官は一斉にモオルダアに視線を向けると、全員同時に口を開いた。
「おい、モオルダア!何やってるんだ!」
会場にこの言葉が大音量で響き渡った。ここでモオルダアはハッとして目を覚ました。
02. 朝
モオルダアがこの奇妙な夢から覚めると彼は自分の顔の下に昨日ドドメキにもらったお宝ビキニ写真の雑誌があるのに気付いた。モオルダアは昨晩うつぶせに寝ころんでお宝ビキニ写真を眺めているうちにそのまま眠ってしまったのだ。お宝ビキニ写真のページはモオルダアが流したよだれで濡れていた。
「あっ、しまった!」
モオルダアは慌ててちり紙を何枚か取り出すとそのよだれを注意深くふき取った。しかし、もう時すでに遅くお宝ビキニのページはよだれでふやけてしわしわになっていた。彼はしばらく肩を落としてそのしわしわになった雑誌を眺めていたが、やがてこんなことをしている場合ではない、と言うことを思い出して時計に目をやった。もう午前十時を過ぎている。モオルダアは慌てて服を着替えて捜査に出る準備をした。どうやら食堂に行ってメダマさん特製の目玉焼きを食べている時間はなさそうだ。モオルダアはスケアリーの部屋に電話をかけてみたが彼女はもうどこかへ行ってしまったようである。仕方がないので一人で捜査に出かけることにした。
モオルダアが部屋を出ると廊下に掃除機を持った若女将アイの姿があった。若女将は真面目に旅館を手伝って部屋の掃除でもしているのであろうか。若女将はモオルダアに気付いたがあまり彼の方を見ようとはしなかった。モオルダアは彼女の方に近寄っていき声をかけた。
「やあ、おはよう。キミ、スケアリーを見なかった?」
「スケアリーさんなら、山奥に秘湯を見つけて出かけていきました」
少しむくれた感じで話す若女将をモオルダアは不思議に思った。
「そうなのか、全く困ったなあ。今日は忙しくなりそうなのに」
若女将はその言葉には全く反応しなかった。
「モオルダアさん。あなたは今日食堂に降りてきませんでしたね。それってあたくしと顔を合わせるのがイヤだったからなの?モオルダアさん、私のこともう嫌いになっちゃったの?」
「何を言ってるんだよ。嫌いになるもなにも、ボクはまだキミのことを・・・」
そう、その通り。若女将の質問はおかしいのです。モオルダアはまだ若女将を好きになってもいないので、嫌いになっちゃうこともないのです。でもモオルダアはなんとなく悪い気がしたので最後まで言わずにいた。
「今日はただ寝坊しただけだよ」
「そうなの、それじゃあ私を捜査に連れっていってくれるわね。スケアリーさんがいなくて困っているんでしょ。だからあたしが一緒に行ってあげる」
アイはニコニコしながら言った。スケアリーがいないと困ることは困るのだが、若女将が来たらもっと困る。モオルダアは逃げ出すようにしながら言った。
「いや、キミを連れて行くわけにはいかないよ。今日の捜査は特別なものなんだ。キミがいくら優秀な女スパイだと言っても、キミには無理だよ」
モオルダアは後ずさりしながら適当なことを言って、何とかその場を逃げ出した。
若女将アイはしつこくモオルダアを追いかけるようなことはしなかった。今日はそのために旅館の部屋の掃除をかってでたのである。
「もう、こうなったら実力行使よ」
若女将は何かたくらんでいるようだ。
03. 署長宅
モオルダアは署長宅の玄関先で呼び鈴を鳴らすと中から目つきの悪い女性が顔をだした。どうやら彼女は署長夫人のようだ。署長が半分女であることを密かに知っているモオルダアは、署長夫人の上品ではあるが疲れ切ったその顔つきの理由が解るような気がした。夫人が署長と一緒にこの家に長いこと暮らしていられるのは夫婦の絆があるからではない。彼女は夫である署長の妻として暮らすことで得られる高級で安定した生活のために長いこと夫人の役割を演じてきたに違いない。
そういう結びつきはある局面では夫婦の結びつきよりも強い結束力を生むことがある。もし署長が何か悪いことをしているのなら、それをあばこうとやって来たモオルダアをこの夫人が中に入れてくれるはずはない。モオルダアは少し心配だったが、予想に反して夫人はモオルダアを見るとすんなり中へ彼を通した。
モオルダアは庭に面した縁側へ案内された。そこには署長が座って庭を眺めていた。
「ああ、キミはエフ・ビー・エルのモオルダア君だったね。うん、うん。よく来てくれたね。まあ座りなさい。うん、うん」
ゆっくりと喋る署長にはどこか人を引きつける魅力があったが、その魅力はなんとなく冷たくて薄暗い感じのするものであった。モオルダアは言われるまま縁側に腰をかけた。
モオルダアは庭に目をやった。そこにはグタグタ遺体事件の容疑者として一度警察に捕まったヒトオ少年の姿があった。モオルダアの視線はヒトオ少年に釘付けになった。ヒトオ少年は陸上部の試合用の上着を身につけている。そして短パンは履かずに頭の上にかぶっていた。陸上部のランニングシャツの下はブリーフだけだった。靴も履かずに庭を駆け回っている。ニヤニヤしながら庭を走り回るヒトオ少年をみて、モオルダアは彼の精神状態が少しも回復していないことが解った。モオルダアの様子を見た署長はニコニコしている。
「あの子、面白いでしょう?うん、うん。昔からひょうきんなところがある子でねえ、よくあんな風にして遊んでいるんですよ。うん、うん。逮捕された時にはかなりまいっていたようですけどねえ、今ではすっかり良くなったようですよ。うん、うん、うん」
あれでどこが良くなったというのだ?この署長はもの凄い嘘を平気でついている。モオルダアにだってそれくらいは解る。短パンを頭にかぶって走り回る少年が女子生徒にモテモテの陸上部部長なわけはない。パンツ丸出しでニヤニヤしている少年が大学に推薦入学出来るはずもない。
「それじゃあ、ヒトオ君に話を聞くことも出来るんですね」
モオルダアが試しに聞いてみた。
「いやいや、それは無理ですよ。モオルダアさん。あの子にはもうすぐ陸上の大会が控えているのでねえ。うん、うん。それに、また逮捕されるんじゃないかって最近とっても怯えているのだよ。うん、うん。あの子のことは私が良く知っているから、私に聞けば何でも教えてあげますよ。うん、うん。もしあの子に余計なことを聞いて、またあの子がおかしくなってしまったら、あなたも何かしら責任を取らなくてはいけなくなってしまいますよ。モオルダアさん。解ってますね。うん、うん、うん」
署長に聞いても嘘しか喋らないに決まっている。しかし、署長から何かを聞き出さないとここに来た意味がない。ここはとりあえず騙されてみることにしよう。
「そうですか。それは残念でした。いや、でもボクはヒトオ君が犯人だとは思っていませんよ。きっと何かに巻き込まれただけなんです。もしかするとそれがミイラ事件と何か関わりがあるんじゃないかと思いまして。それでですねえ、今日ここに来たのはそっちの事件ことなんですよ。実はどうにも捜査が先に進まなくて、それで署長から何か助言はいただけないかと思いましてね」
「おっほっほっほ。これはおかしな話だね。うん、うん。我々があなた方に協力を求めたというのに、あなた方が私に助言を求めてくるとは。モオルダアさん。あなたはおかしな人ですよ。おっほっほっほ」
腹の立つ笑い方だったがモオルダアは黙って聞いていた。
「うん、うん。聞くところによれば、キミは今あの何とか歌劇団を調べているそうだね。私もそれで正解だと思うがね。うん、うん。あの歌劇団のメンバーは私も怪しいと思っているのですよ。でもねえ、モオルダアさん。あいつらもなかなか賢い連中でねえ、いくら調べても尻尾を見せないのだよ。うん、うん」
署長は「何とか歌劇団」などとわざと名前を知らないふりをしている。自分が所属していたところの名前を忘れるわけはない。モオルダアは自分の知っていることを署長に話して彼を弱らせたいと思ったが、それはまだ早い。署長が半分女であることをネタに署長を問いつめても何も解りそうにはないし、その事実が署長と事件との関連を示している訳ではないのだ。それに、こういうネタは相手が開き直ってそれを認めてしまったらおしまいなのである。
「うん、うん。モオルダア君。捜査は忍耐だよ。あの何とか歌劇団を徹底的に調べたまえ。私も出来る限り協力はするよ。うん、うん。犯人はきっとあの歌劇団の中にいるよ」
署長は歌劇団を犯人にしたがっているような気がする。歌劇団を潰して自分の過去を葬り去ろうという魂胆なのだろうか?
「でも署長さん。もし『下田歌劇団』が潔白だったとしたら、他に怪しいのはあなたの甥のヒトオ君になりますよ。もしかしてあなたはヒトオ君をかばおうとはしていませんか」
モオルダアのこの質問に対して署長は彼より先に切り札を出した。
「うん、うん。さすがに優秀な捜査官だねえ。でも私は身内をかばうために嘘をついたりはしないよ。それにわざわざキミ達を呼ぶようなこともしない。うん、うん。でもやはりこれは言っておかなければいけないねえ。あの歌劇団の中には人間でない者が一人混ざっているのだよ。キミなら解るね。モオルダア君。うん、うん」
そういって署長は空を指さした。
「宇宙人!?」
署長はモオルダアが地球外生命体のこととなると半ば本能的に食い付いてくるということを知っていたようだ。
「うん、うん。そういうことだよ。モオルダア君。こんなところでぐずぐずしていないで、早く捜査に戻りたまえ。うん、うん」
モオルダアはいとも簡単に騙された。ここにスケアリーがいないのはかなりの痛手である。モオルダアがここまで来たのは、雑誌に載っていた「セミ神様」と署長との関連を調べるためであったが、そんなことは宇宙人の話で彼の頭から消えようとしている。
立ち上がるモオルダアを署長のいやらしい微笑みが見守っている。モオルダアは玄関にむっかって一歩足を踏み出したが、彼は後ろ髪を引かれるような感じがしていた。幸運にも少女的第六感がその力を発揮し始めたのだろうか。
04.
モオルダアは縁側から立ち去る前に一度振り返り部屋の中を覗き込んだ。部屋の中には大きな神棚があった。モオルダアの好奇心は取り憑く対象を宇宙人からこの神棚に乗り換えた。遠くにある大きな謎より、近くにある小さな謎。そういうことなのかどうかは解らないが、モオルダアはこの神棚に興味を示している。それと同時に彼はセミ神様の記事と、彼が署長宅に来た目的を思い出していた。
神棚というのはいろいろなスタイルがあり、また地域によって変わった形のものがあるかも知れない。しかし、モオルダアが今見ている神棚は彼が始めて見るものだった。外見は箱宮の神棚と変わりはないのだが、そのお宮が中国の寺院のように朱色で塗られている。そこに置かれている神具なども彼が見たことのないものばかり。どれもぴかぴかに磨かれている。
「うわあ、すごいなあ。あれ、見てもいいですか?」
モオルダアは返事も聞かずに部屋の中へ入っていこうとしていた。
「こらっ。なにやってる!この罰当たりめ!」
署長はこれまでの口調からは考えられないような勢いでモオルダアを怒鳴りつけた。モオルダアは驚いて足を止めた。
「署長さん、何もそんなに怒らなくても。署長さんは随分と信心深いようですねえ」
「うん、うん。すまんねえ。何しろ私は古い人間だからねえ。うん、うん」
署長の口調はまた元に戻った。モオルダアは注意深く神棚を眺めていた。しかし、見ただけではそれがセミ神様を祭っている神棚だと解るところはない。それでもあらゆる点で興味深いことは確かである。モオルダアは特に真ん中に飾られた神具が気になっている。本来ならそこには丸い鏡が置かれているはずだが、そこにあるのは欠けて三日月のような形をした鏡だった。
「それにしてもこの神棚、随分珍しいですねえ。この地域独自のものなんですか?」
「いや、その、この地域と言うよりも私の家独自と言うことかな。うん、うん」
署長の喋り方からは多少落ち着きが無くなったように感じられる。
奥では先程の署長の怒鳴り声を聞いた夫人がそっと彼らの様子をうかがっていたが、しばらくすると急いで電話のところへ向かった。夫人が電話で誰かと小声で話している。
「ちょっと、あの変な捜査官が来て面倒なことになりそうなんですよ。あなたがなんとか言ってすぐにここから帰るようにしてちょうだい」
「そんなことを言ったって。ボクは何て言えばいいんですか」
「そんなことは自分で考えなさい。計画が失敗すればあなただって終わりなんですからね。いまあの捜査官に替わりますから、頼みますよ!」
夫人は受話器を置くと縁側の方へ歩いていった。そこではまだモオルダアと署長が神棚について話していた。
「それにしても、署長。あの神棚ピカピカですねえ」
「それはそうだよ。毎日磨いているからねえ。うん、うん。最近の若者はこういうものを大切にしないから困るよ。うん、うん。キミも早く宇宙人に会えるようにお願いしてみたらどうかね。うん、うん、うん」
モオルダアはニヤリとして返した。
「それよりも、お金持ちになれるようにお願いしたいなあ。署長さんも毎日神様に願をかけてたからお金持ちになれたんでしょう?ああ、それから何かお供え物をしなくちゃいけないのかな?」
そう言ってモオルダアは署長の顔を密かに覗き込んだ。明らかに顔色を変えている。モオルダアは確かな手応えを感じてきた。このまま行けば署長から何かを聞き出せるかも知れなかったが、そこへ夫人がやって来て二人の話を止めた。
「モオルダアさん。コビテ刑事から電話が入っております」
「コビテ刑事!?どうしてここが解ったんだろう?」
疑問に思うのも当然ですが、実際には夫人がコビテに電話をかけたのです。コビテはモオルダアがここにいることを知っていません。コビテ刑事は何とかしてモオルダアをこの家から追い出すように命じられたのですが、彼には上手い手が考えられません。彼は予定にないことにはうまく対処できないようです。今風に言えばアドリブが利かない人なのです。モオルダアが電話のところまで来て受話器を取った。
「もしもし、コビテ刑事。どうしてボクがここにいると解ったんですか?」
「いやあ、あのそれは、スケアリーさんに聞いたんだよ」
「ああ、そうなの。あれ?でもボクはスケアリーにもここへ来ることは言ってないぞ」
「ああ、そうそう、そうだった。彼女も知らないって言ってたけど、多分署長のところじゃないかって、そんな感じ」
「そう、それで何か用事ですか?」
「ああ、そうだ。モオルダアさん大変ですよ。すぐに宿屋へ来てください!」
「大変って何が?」
「とにかく凄いんです。あのあれが、とっても大変なんですよ」
「あれじゃあ、わかんないよ。それにボクは今とっても重要なことを聞き出せそうなんだよ」
「そんなこと言ってないで。モオルダアさん。大変です。スケアリーが死にました!」
「???」
コビテ刑事の嘘はもうボロボロ。
「死んだって!?だってキミはスケアリーに聞いてここに電話したって言ってたじゃないか」
「いや、違うんです。そのあとです。大変なんです。きゃーたすけてー!」
ここで電話はぷつりと切れてしまった。もちろん電話の向こうでは何も起きていなかったのだが、どうにもならなくなったコビテ刑事が自分で電話を切ったのである。モオルダアは訳が解らなかったが、訳の解らないまま神棚の話の続きは忘れて署長宅をあとにした。コビテ刑事の追いだし作戦は一応成功したようだ。