「サマータイム(第三話)・セミ神様」

05. 下田歌劇団が共同生活しているアパート

 下田歌劇団は街のはずれにあるアパートで共同生活をしている。普段は一番大きな部屋に団員が集まってくだらない話をして盛り上がる。世の女性と同様にここに住む半分女達も喋るのが好きなようだ。この部屋では食事もするし、寝るのにも団員はこの部屋を使っている。このアパートに彼らが入居してきた時にはそれぞれが部屋を持っていたのだが、その部屋は今では彼らの物置になってしまった。その中の一部屋だけは女性の来客があった時のために女アレルギーの団員が避難する部屋として用意してある。

 その避難用の部屋に女アレルギーの団員が入ってきた。女性の来客がなくても彼は時々ここで一人の時間を過ごす。他の団員達と違い、彼は心も体も男なのである。女性に触れられただけで死んでしまうほどの発作を起こすために、彼は仕方なくこの男だらけの下田歌劇団に入ったのだが、時々他のメンバー達と一緒にいることにいたたまれなくなるようだ。

 彼はタンスの引き出しから一枚の写真を撮りだした。そしてそれを眺めて大きくため息をついた。写真に写っているのは一人の女性。驚いたことにその女性は宿屋の若女将アイにうり二つだ。しかし、その色褪せた写真からその写真を撮ったのが昔のことであり、その写真に写っているのがアイではないことは解る。だとすると考えられることは一つだけ。その写真の女性はアイの母親、ヒトミに違いない。

 女アレルギーの団員は写真を眺めながら無意識のうちに写真に写ったヒトミの顔を指で撫でていた。彼の目からは大粒の目が流れている。彼は21年前の公演で始めてここへやって来たヒトミに一目惚れしたのである。すっかり中年になってしまった今でも彼の想いは増すばかり。何しろ彼はヒトミに近づくことさえ出来ない。それに相手は自分のことを他の団員達と同じような半分女だと思っているのだ。他の団員達も彼のこの想いを知っていて、何とかしたいと思ってはいたのだが、彼の女アレルギーという原因不明の病気には手の打ちようがない。ヒトミの写真を撮って彼に見せることぐらいしか彼らに出来ることはなかったのである。彼はこのどうにもならない想いを何編かの詩に込めていた。今もまた新しい詩を思いついたようである。


触りたい

死んでもいいから

触りたい


詩の才能はあまりないようですが、彼の気持ちは十分に伝わってきました。それにしても宿屋の女将ヒトミさんは結構モテモテなようです。

06. 宿屋

 モオルダアが宿屋に戻ってくると入り口からすぐのロビーでスケアリーと若女将アイがなにやら楽しそうに話している。この旅館はさほど大きくもなくロビーといっても小さなスペースにソファーとテーブルを置いただけの簡単なものだったので、モオルダアが入ってきたことも二人にはすぐに解った。若女将はモオルダアの姿を見るとすぐにその場を離れてどこかへ行ってしまった。なんだかモオルダアは嫌われてしまったみたい。若女将の行動が意外だったのでモオルダアはまず最初に驚くべきことに驚くのを忘れてしまった。死んだと言われたスケアリーがそこにいるということに。

「あれ、スケアリー。キミこんなところで何やってるんだ?それにキミはあの若女将のことは嫌いなのかと思ってたけど、なんだか楽しそうだったねえ」

「あら、嫌いなことはありませんわよ。話してみたら結構素直ないい子でしたわ。それにあの子とあたくしは結構意見が合いますのよ。特にあなたのことに関しては」

「そうか、彼女もキミもボクにホの字ってことかな」

「あなたが変態だっていうことですわよ」

なんだか納得がいかない。スケアリーがモオルダアのことを変態だと思っていることは知っているが、どうして若女将のアイまでが彼を変態だなんて言うのだろう?まあ、どうでもいいか。

「ああ、そういえばキミ、死んだんじゃなかったのか?」

スケアリーは一瞬この質問の意味がわからずに口を半分開けたままモオルダアを見つめていた。

「あなた、それって生きている人間に向かって言う質問ですの?それとも、あたくしがあなたのことを変態だと言っていることへの仕返しのつもりですの?もしそうなら承知いたしませんわよ」

生きている人間にも死んでいる人間にもそんな質問はいたしませんが・・・。

「いやいや、さっきコビテ刑事から連絡があってね、キミが死んだなんて言ったんだ。キミ、さっきコビテ刑事と会ったんだろ?」

「あたくしは山奥の秘湯に行って今さっき帰ってきたんですから、コビテ刑事と会うはずはありませんわ」

「そうなのか。いったい何なんだ、あのコビテっていう刑事は。もしかしてあの電話は捜査の邪魔をするためにかけてきたのかなあ」

そうですよモオルダアさん。

「ところでモオルダア。あなたは署長の家に行って来たんでございましょう?何か解りましたの?」

「ああ、何もなかったわけではないよ。まず始めにヒトオ少年は完全にいかれてしまったみたいだ。それから署長がいうには下田歌劇団の団員の一人は宇宙人だ」

「まあ、あなたはいったいいつまでそんなバカげたことを言っているつもりなんですの?」

「いやあ、全くバカげているよ。ボクも危うく騙されかけたけどねえ。今回に限っては宇宙人は出てこない気がするよ。それから、これが重要なんだ。署長は何か妙な神様を崇拝しているみたいだ。あれはきっとセミ神様だと思うね。スケアリー。キミは山奥の秘湯でなにか解ったことはあるのか?」

セミ神様と聞いてスケアリーの顔色が変わった。

「あなた、あたくしがただの観光で秘湯まで行ったと思っていらっしゃるの?」

「そうとしか思えないけど」

「モオルダア。聞いて驚かないでくださいませ。あたくしは秘湯である老婆に出会ったのよ。その方、誰だと思います?」

「ヤマンバ!」

モオルダアがすかさず答えた。

「もう。もう少し考えてから答えてくださらないかしら。しかも、ヤマンバってどういうことなんですの。なんだかむかつきますわ」

「解ったよ。もうすこし考えるから、ちょっと待ってて」

「もういいですわよ。あたくしが合った老婆というのは署長のお母様ですのよ」

「何だって、ホントに?」

「間違いありませんわ。その証拠にあたくし達とほんの少数の方達しか知らない事実。つまり署長が下田歌劇団の元メンバーだったということも知っていましたわ。ところで、モオルダア。どこでセミ神様のことをお知りになったの?」

「ああ、そうそう。昨日ねえドドメキさんに会ってねえ。七年前の雑誌をくれたんだ。それを読んでいたらセミ神様というのがでてきたんだ。でもふざけた感じの記事だったから証拠とするには不十分なんだけどねえ。それで、セミ神様がどうかしたのか?」

その前にドドメキさんって誰なんでしょうか。スケアリーは聞きたかったが話がややこしくなりそうだったのでここはグッと我慢。

「署長の家は代々セミ神様を信仰しているんですのよ。それよりも前に署長のことを話しておいた方が良さそうですわね。署長は子供の頃この付近の山の中で両親と三人で暮らしていたそうよ。山の中の土地を切り開いて作った畑で作物を作ったり、山で焼いた炭を売って細々と暮らしていたそうですの。署長が生まれてから数年後に戦争が始まって父親は戦死したそうよ。戦争が終わって何年かして、署長は町の少年といい仲になって良く町へ遊びに行くようになったの。つまりそのころから自分が半分女だっていうことに気付いていたのね。町の派手な生活にあこがれた彼はしばらくすると母親を山に残して家を飛び出したらしいのよ。そしてそのころ隆盛期だった下田歌劇団に入って忙しい日々を送っていたのよ。署長は一度だけ歌劇団で稼いだお金を渡しに家に帰ってきたそうですけど、そのあとはずっと長い間戻ってこなかったから、その間のことは良く解らないそうですわ。まったく、ひどい話ですわ」

「まったく、ひどい話ですけど。それでそれがなんだって言うんだ?」

「まだ、話は終わっていませんわよ。それは歌劇団の署長がリーダーをしていた『枠組』が解散する寸前のことだったそうですのよ。いきなり署長が家に帰ってきて神棚をよこせと言ってきたそうですの。お母様は家を出たまま帰らない半分女の息子をもう家族とは思っていなかったものですから、家宝でもある神棚は絶対に渡さないと突き返そうとしたのですけど、相手は体だけは男ですから腕力ではかないませんのよ。署長は強引にその神棚を持ち帰ってしまったのよ」

「ああ、それってボクが署長の家で見たヤツかなあ。赤いヤツでしょ」

「きっとそうですわ。そのあと、署長はそれまでの名前を変えて警察に入ったそうですわ。そのあと異例の早さで出世してアッという間に署長の座まで上り詰めたと言うことですの。お母様が言うにはそれはセミ神様の力を悪用したんだということですわ。あたくしはそんな迷信は信じませんけども」

モオルダアは聞きながら昨日読んだ雑誌の記事を思い出していた。その記事の中にも山奥に住む老婆というのが出ていた。

「ねえ、その老婆は生け贄のこととか言ってなかった?それが解れば次のミイラ死体事件は未然に防げそうな気がするんだけど」

「言ってましたわよ。でもそれを言ったらセミ神様の祟りがあるから絶対に言わないそうですわよ。セミ神様というは普段は山の安全を守る神様で、特別な理由がない限り生け贄を捧げることはないんだそうですわ」

「特別な理由って、どんな?セミ神様に生け贄を捧げると富と権力が得られるんだろ」「そんなことまでは聞きませんでしたわ。あたくしそんな話は少しも信じていませんし。でもセミ神様の力を自分の利益のために利用した署長にはいつかセミ神様の祟りがあると言っていましたわ。それよりもモオルダア。あなたはミイラ事件の犯人がセミ神様だとおっしゃるんじゃないでしょうねえ?」

「セミ神様なんていうのが本当にいるのかどうかは疑わしいけど、間違った信仰というのは人を間違った方向へ進ませてしまうことがあると思うんだ。あの署長はセミ神様の力など利用しなくても、今の地位を得るだけの能力と狡賢さは持っていたはずだよ。でも名前を変えて警官となって、全くのゼロからスタートするには何か心のよりどころがないと不安になるはずだよ。そこで署長はセミ神様に生け贄を捧げることでその不安を払拭していたとは考えられないかなあ。山の中に若い女性を連れ込んで殺していったんだ。警察内部の人間の犯行なら何とかして証拠を消すことも出来るはずだし。それでここまで難解な事件になったんじゃないかなあ」

「じゃあ、犯人は署長ですの?」

スケアリーはあまり納得できないようだ。

「キミが納得できないのも解るけどね。問題はどうやって死体をミイラにしたかだよ」

二人は黙って考え込んでしまった。こんな時に考え込んでも何も出てこないことは二人とも良く知っている。

「ねえ、スケアリー。ここはこの事件の専門家に意見を聞いてみないか?」

「その方が良さそうね」

二人はセラビの家へ向かった。