「サマータイム(第三話)・セミ神様」

07. 再び署長宅

 署長の書斎の窓からコビテ刑事が庭を眺めている。庭ではまだヒトオ少年が頭に短パンをかぶったまま走り回っている。あれはまるっきり以前のヒトオ少年とは違う。こうなった原因はもしかすると自分にもあるのかも知れない。コビテ刑事はそんなことを考えていた。そこへ、署長が入ってきた。

「うん、うん。コビテ君。待たせてしまったねえ」

署長が入ってくるとコビテは厳しい口調で話し始めた。

「署長!いったい何なんですか。ボクにだって出来ることと出来ないことがあるんです。無理な命令をするのはやめてください」

「うん、うん。どうしたんだね、コビテ君。キミは立派に任務を果たしてモオルダア君を追い返してくれたじゃないか。うん、うん」

そういいながら署長は椅子に腰掛けた。

「署長。ボクはもう訳も解らないまま、あなたの命令に従うことには耐えられそうにありません」

「うん、うん。そうだろうねえ。キミは今まで良く私に尽くしてくれたよ。そろそろ真相を教えても良い頃かも知れないねえ。うん、うん」

署長はニコニコしながらうなずいて先を続けた。

「コビテ君。キミには信仰心というものがあるのかね」

「信仰心ですか。特にありませんけど。でもたまには先祖の墓参りぐらいはします」

「うん、うん。そうかね。いけませんよ、そんなことじゃ。この話を聞くからにはキミにも厚い信仰心を持ってもらわないと。うん、うん。どうやらキミは神様なんてものは信じていないようだね」

「はい、署長。私は現実のみを信じています」

「それじゃあ、実際に神様の起こす奇跡を目にすれば信じるというのだね。うん、うん。面白いことじゃないか、コビテ君。キミは今まで私という奇跡を目の前にしていながら、神様は信じないというのだから。うん、うん。これは面白いことですよ」

コビテ刑事は話が怪しい方向へ進んでいることに危機感を覚えた。

「署長。その奇跡というのは、いったいどういうことなんですか」

「私はねえ、自分の力だけで今の地位を築いたとは思ってないんですよ。うん、うん。私が毎日セミ神様にお参りをして、それから七年に一度のお供え物を欠かさなかったから、これだけの生活が出来るようになったんだよ。うん、うん」

そういって署長は高そうな家具ばかりの広い書斎を見回した。

「署長。まさかそれは。そのお供え物というのはミイラになったあの死体ですか」

これまでの経過からコビテ刑事は署長がしていることがなんとなく解ってきた。コビテ刑事のおでこに脂汗が吹き出している。

「彼女たちを殺したのは署長なんですか!?」

「うん、うん。キミは私を殺人鬼扱いするのかね。それはひどいですよコビテ君。私は若い女性と山の中へドライブに行くだけなんですから。それからあとはセミ神様のなさることですよ。うん、うん。ですからあれは殺人でも何でもない事故なんだよ。コビテ君」

コビテ刑事はこの恐ろしい話を信じたくはなかった。もし本当なら自分は殺人に手を貸したことと変わりない。もしかして、署長は自分をからかっているのではないかと思った。しかし、署長は冗談なんかを言う人間ではない。署長は真実を語っている。そして何か訳の解らないセミ神様とかいう神様のために七年に一度、人を殺しているのだ。

「署長。でもどうしてあなたの成功がセミ神様のおかげだと言えるんですか?実際にセミ神様が現れて何かをしてくれたとでも?」

「キミが言うのはおとぎ話に出てくる奇跡だね。うん、うん。しかしね、実際の奇跡は目に見えないんだよ、コビテ君。でもねえ、私には解ったのだよ。全てのことが可能になるような、そんな力が自分の中にわいてくるのが。キミにもいつか解るよ。コビテ君。キミは私の後継者になってセミ神様に生け贄を捧げることになるだろう。そうなればキミにもセミ神様の力がどんなものか解るはずだよ。うん、うん」

コビテ刑事の額にたまった脂汗が頬をつたってあごまで流れてきた。

「ボクに殺人をしろと言うんですか?」

「うん、うん。キミは飲み込みが悪いねえ。コビテ君。殺人ではないと言っているだろう。キミにだって簡単に出来ることだよ。これまでの計画もキミのおかげで上手くいきそうなんだからねえ」

「そうですか。それじゃあ、セラビさんをはめたのは、そのうちあなたのしていることが彼に知れることを恐れたからですね」

「うん、うん。コビテ君解ってきたじゃないか。うん、うん」

「それじゃあ、エフ・ビー・エルは。どうして彼らを呼んだんですか?彼らを呼べば逆にあなたが不利になる」

「うん、うん。そんなことは解っているよ。コビテ君。でもねえ、この先もミイラ死体が発見されることになるんだから、黙ってても彼らはやって来るはずだね。だからその前に呼んで彼らを潰してしまう必要があったんですよ。彼らがやって来て見当違いのところを捜査しているうちに、彼らの一番近くにいた人間が被害者になる。そうなればエフ・ビー・エルの信用は丸潰れですよ。うん、うん。私が少し圧力をかければペケファイルなどは閉鎖されざるを得なくなるでしょうねえ。うん、うん」

「署長。まさか宿屋の娘さんを・・・」

「これも、まあ仕方のないことだよ。うん、うん。ときにコビテ君。きみ随分暑そうじゃないか。そんなに汗をかいて。ちょっと服を脱ぎたまえ」

署長に言われたコビテ刑事はスーツの上着を脱いだ。

「コビテ君。そうじゃないよ。私は全部脱げと言っているんだよ。うん、うん」

どうやら署長の半分女の血が騒ぎだしたようだ。

「何でですか?」

とは言ってみたが、署長の目を見て彼が何を言おうとしているのかが解った。コビテ刑事は自分が今深い井戸の底へ落とされてしまったことを悟った。

 これまでコビテ刑事は自分が大きな海で荒波にもまれながらも、署長の手引きで何とか安全な岸までたどり着くことが出来ると信じていた。しかし、現実はそうではなかったのだ。彼は署長に目をつけられた時からずっと暗い穴の中を落ち続け、今やっと深い井戸の底にたどり着いたのである。

 署長はゆっくりとコビテ刑事の方へ近づいてくる。

「私はこれだけのことをきみに話したんだ。うん、うん。ただですむとは思ってはいまい。うん、うん。さあ、黙って服を脱いだらどうなんだ。キミだってもう大人なんだから、解っているだろう?」

署長はコビテ刑事を壁際まで追いつめると彼の両腕をつかんだ。署長の脂ぎった顔がコビテ刑事の目の前に迫ってくる。コビテ刑事は「警官になって悪いヤツを捕まえる」という幼い頃の夢を思い出して涙を流していた。コビテ刑事は今、悪いヤツを目の前にしながらその悪いヤツの好きなようにもてあそばれようとしているのだ。

「うわあー」

コビテ刑事は悲鳴のような嗚咽のような声をあげて、署長の手を払いのけた。そして大急ぎでドアのところまで走っていくと一度署長の方を振り返った。

「署長。あなたは間違っています。いいですか。あなたがこれ以上間違いを犯さないよう、あなたのしたことは全てあの二人に話します。署長。ボクはあなたと違って正義とは無縁ではないんですよ」

署長はコビテがバタバタと玄関まで走っていき外に出ていく音を聞いていた。

「なかなか見込みのある男だと思ったのにねえ。命を粗末にしちゃいけませんよ。うん、うん」

署長は静かに電話の受話器を持ち上げどこかへ電話をかけた。コビテ刑事の落ちた深い井戸の底からでは、叫んでみても誰にも気付かれないだろう。気の毒なコビテ刑事。

08. (優秀な)女スパイ

 下田歌劇団が共同生活しているアパートの玄関前で宿屋の若女将アイがうろうろして中の様子をうかがっている。彼女はなぜこんなところにいるのだろう。それに彼女は真っ赤な口紅を塗り、黒いセクシードレス(女スパイ用)を着ている。-----セクシードレスって何だ?って感じですが、まあいいでしょう。セクシーなドレスです。-----

 まだ幼さの残る彼女にはそういった恰好はまったく似合っていない。それでも彼女は今、優秀な女スパイになった気分でいるので、本人はそんなことはまったく気にしていない。この優秀な女スパイは今朝、掃除をするふりをしてモオルダアの泊まっている部屋に忍び込み、机の上にモオルダアの書いたメモを見つけたのである。そこには「容疑者は下田歌劇団だ!」とはっきりと書かれてあったのだ。それを見て彼女はここまでやって来た。それにしてもこの、おてんば若女将にしてブリッコ女子高生でもあるアイは変わっている。他の女子高生達と違って彼女にとっての「ひと夏のあぶない経験」はこの女スパイごっこなのである。

 アイは鍵穴から中を覗いてみた。中には短い廊下が見え廊下に面したドアは全て閉まっている。今この中に入ってもすぐには部屋にいる団員達には見つからないようだ。アイは思い切ってドアノブを回してみた。ドアには鍵がかかっていなかった。彼女はドアを開けると静かに玄関の中へ入った。廊下の突き当たりの部屋からは団員達の話す声が聞こえてくる。この廊下からはそのほかに二つの部屋へ入ることが出来そうだ。

 優秀な女スパイが何から始めようか考えていると、奥の部屋からこの廊下へ向かって近づいてくる足音が聞こえてきた。アイは慌てて一番近くにあった部屋のドアを開け、中にはいると音がしないように注意しながら素早くドアを閉めた。奥の部屋から出てきた団員は廊下の反対側にある便所へ入っていったようだった。アイはドアノブを握ったままホッと胸をなで下ろすと、部屋の中の方へ振り返った。そこで彼女は思わずアッと小さな声をあげてしまった。

 部屋の中には別の団員がいたのである。その団員は突然現れた侵入者を凝視しながら、わなわなと震えている。アイもかなり動揺していたが、彼女は優秀な女スパイ。こんなことでたじろいでいてはいけないのだ。ここは彼女のセクシードレス(女スパイ用)が威力を発揮する場面である。

「あら、旦那。そんなに驚いた顔してどうしたの?」

優秀な女スパイが妙な口振りで話し始めた。

「ああ、そうねえ。あなた達はとってもいけないことをしているんですからねえ。でもあたしもいけないことは大好きなのよ。うふふふ」

色仕掛けのつもりらしいが、アイはこの歌劇団が半分女の歌劇団だということは知っているのだろうか。アイは上目遣いで団員を見つめながら彼に近づいていった。

「ねえ、あなたがどんないけないことしてるか教えてくれたら、あたしがもっとあなたにいけないことしてあげる。うふふふ。うふふふ」

団員は怯えた様子で後ずさっていく。これはアイの未熟な色仕掛けのためではない。ここにいた団員とは、あの女アレルギーの団員なのである。アイが近づいて来るにつれてこの団員は呼吸すら上手くできない状態になって、助けを呼ぼうにも上手く声が出せなかった。しかしこのままではこの女が彼の体に触れるのも時間の問題。そうなったら彼は生きていられるかどうかも解らない。彼は最後の力を振り絞ってギャーッと叫び声をあげた。

 この叫び声を聞いて奥の部屋から他の団員達がぞろぞろと部屋に入ってきた。アイは不覚にも団員達に囲まれてしまった。優秀な女スパイ、危うし!?

09. セラビの部屋

 セラビはエフ・ビー・エルの二人を部屋の中に招き入れた。部屋の中には書類や新聞などが散乱していた。

「すまんねえ。散らかってて。私もねえ、どうにも事件のことが諦めきれなくて。これは全部私が密かに集めていた事件の資料だよ。でも重要なものは全部警察にあるから、これが役に立つかどうかはわからないけどね」

スケアリーはこの部屋の散らかりように驚いていたが、モオルダアは何とも思わなかった。モオルダアの部屋に比べたらどんな部屋も綺麗に見える。

「それでエフ・ビー・エルさん達は私に何を聞きたいんだね」

モオルダアには聞きたいことがたくさんあったのだが何から聞いていいか解らなかった。でもとりあえず何かを言ってみることにした。

「ボクらが調べた結果、この前のグタグタ遺体事件の犯人は多分ヒトオ少年で間違いなくて、下田歌劇団の団員の一人は宇宙人で、警察署長はかなり怪しくて、それに怪しい神様を信じていて、コビテ刑事はなぜか捜査の邪魔をしているような気がするんです」

「モオルダア。それじゃあ何を言っているのか解りませんわよ」

スケアリーがモオルダアを遮った。

「あたくしがまず知りたいのは、ミイラ事件の遺体の状態ですのよ。エフ・ビー・エルの資料にはなぜか詳細なことは書かれていませんでしたのよ。あのミイラはどんな状態でしたの?」

「うーん、どうだったかなあ。そういう資料は警察のほうにあるし、きっと今頃はシュレッダーにかけられているだろうな。キミ達の言うとおり誰かが捜査を邪魔しているのかもしれんな。私の記憶では、ミイラ遺体に外傷はなかったぞ。このあいだの事件みたいに内臓を取り出すために包丁で遺体を切り刻むことなどはなかったようだ」

モオルダアはグタグタ遺体を思い出して気分が悪くなったが、なるべくあの遺体のことは思い出さないようにした。

「それじゃあ、どうやって内臓を取り出したんだろう?」

「理論的には簡単ですわ。わざわざ穴を開けなくても人間の体にはあらかじめ開いている穴はありますから」

「すると、こういうことかな。口やケツの、ああ失礼、お嬢さん。口や他の穴から内臓を抜きだしたということかな?」

セラビは興味深そうに言った。モオルダアはせっかく頭の中からグタグタ遺体の様子を消し去ることに成功していたのだが、この話で口から内臓が取り出されるところ想像してさらに気分が悪くなった。モオルダアはなるべく別の光景を思い浮かべたかった。

「それは可能だとしても、実際にやるには大がかりな装置が必要になるんじゃないのか?ボクの考えではこうだよ。犯人の目から不思議な光線が出てきて、その光に包まれた被害者は一瞬にしてミイラと化してしまうんだ」

セラビはモオルダアの意見を聞いてゲラゲラ笑っている。モオルダアは冗談で言ったわけではないのだが。スケアリーはいつものようにモオルダアを睨んでいたが、半分は彼の意見を認めざるを得なかった。

「確かにそうかも知れませんわ。内臓だけならともかく、体中の血まで抜き取るにはきっと何かの機械が必要になりますわ。それに、最初のミイラ事件は35年も前ですし、それよりもさらに七年前にも事件が起きていたとしたら当時の技術では無理かも知れませんわね。少なくとも誰にも気付かれないようにそんなことをするのは」

「やっぱり、そうだろ。あれは恐怖のミイラ化光線でミイラになったんだよ」

モオルダアが変なことを言うので話が進まなくなってくる。

「ミイラのことは後回しにして他のことにしないか?」

セラビが提案した。

「それじゃあ下田歌劇団・宇宙人説はどうだろう?ボクの考えではあの女アレルギーが宇宙人だと思うんだけど」

「モオルダア。そんな話は家に帰ってから人形相手にでもしていればいいのよ。他にも聞くべきことはたくさんありますのよ」

「そうだな。お嬢さんの言うとおり、私も宇宙人には反対だ。ところでヒトオ少年はどうなったんだ?まだ署長の家にいるという話だけど」

セラビがスケアリーの側についてしまったので宇宙人の話は出来なくなった。

「ヒトオ少年はいまだにおかしくなったままですよ。署長はすっかり良くなったなんて言ってたけど。あれは絶対に嘘だ。自分でやった人殺しのショックで・・・。あっそうだ!」

モオルダアは急に何かを思いだして話をやめた。

「どういたしましたの、モオルダア」

「スケアリー。キミは女アレルギーなんてものは存在しなくて、あれは精神的なものだと言っていたよね。考えてみればそうだよね。人間はみんな母親の体から生まれてくるんだから。女アレルギーなんてものはあるはずはない」

「そうですけど。それがどうかいたしましたの?」

「女アレルギーが精神的な問題が原因で起こるとしたら、原因は何だろう?女性からひどい目に遭わされたとか、幼児期の虐待とか?でもそれだけじゃ死ぬほどの発作を起こす女アレルギーなんかになるかなあ?」

「それは人によると思いますけども」

「この前、ヒトオ少年の様子を警察署まで見に行った時に、キミは外傷後何とかってことをいってたよね?」

「外傷後ストレス障害のことですの?」

「そう、それ。そういうのって外傷の原因となったものと、その後の障害を引き起こすものの対象が別のことがあるんだろ。たとえば自分が死ぬほどの怖い思いをした時に近くにクマの人形があったりしたら、頭の中で怖い思いとクマの人形の記憶がごちゃ混ぜになって、クマの人形に対して異常な恐怖心を抱いてしまうんだろ?」

「だいたい合っていますけど。それがどうしたというんですの?」

「もしかして、女アレルギーの団員は女性からひどい目に遭わされたんじゃなくて、女性が目の前でミイラになっていくところを目撃してしまったんじゃないかなあ」

セラビはモオルダアの思いつきの推理を聞いて感心していた。

「なかなか面白い考えだねえ。でもあの女アレルギーがその現場を目撃したというのにはどういう根拠があるんだね?」

「それは解りません。でもミイラ事件が発生した時に彼らがこの付近に公演のためにやって来たということは事実ですから、でもそんなことを言ったら昔からこの付近に住んでいる人は全員怪しくなってしまうね」

「なんだよそれ、ずっこけちゃうねえ」

セラビさんがそんなことを言うと私もずっこけちゃいそうです。

「でも調べてみる価値はありそうだね。私は三十年以上捜査をしてきたが、そんなことは一度も考えなかったよ。もしかするとキミ達はホントに優秀な捜査官なのかも知れないな」

「もしかするとじゃなくって、実際に優秀なんですのよ。失礼なことはおっしゃらないでくださいな」

スケアリーがモオルダアのようなことを言っている。でもまあ気にしないことにしよう。

「まあ、女アレルギーは後で調べるとして、キミ達の言っていた署長と怪しい神様とかいうのは、何なんだ?私はそれが一番気になっていたんだが」

「ああ、そうでした。ボクらも第一にそのことを話したかったんですけど、何しろこう話が入り組んでいると、もう何がなにやら解らなくなってきて。とにかく、結論から言うと、今のところミイラ事件の容疑者は署長以外に考えられません」

モオルダアがこう言うとセラビの表情は少し曇った。

「そうなのか。私も時々あの署長におかしなところがあるとは思っていたんだけどねえ。もし署長に変な疑いをかけて捜査なんかして、後から潔白であると解れば私は警察を追い出されることになる。だから私はあえて署長は疑わずに来たんだが。でも、まあ結局警察はクビになったがね」

セラビは自分の弱さを恥じているようだった。モオルダアは何か声をかけてセラビを元気づけるべきかとも思ったが、死体を怖がる捜査官に何を言われてもセラビの気分が悪くなるだけである。このことには触れずに話を進めた。

「でも、署長を逮捕出来るだけの証拠は何もありません。さすがは警察署長ですよ。それに、ボクらが知っている犯行の動機も、あまりに幼稚すぎる。なにせ富と権力のために若い女を生け贄としてセミ神様に捧げるというんですから。こんな動機じゃ逮捕状なんかでるわけありませんから、こうなったら現行犯で捕まえるしかないですかねえ。場所は多分セラビさんが見つけた山の上の社だと思うんですけど」

ここでセラビが顔を上げた。

「ああ、そういえば、その社を見つけた時に写真を撮っておいたんだ。最近は便利だねえ。一日で現像が出来るなんて」

セラビは散らかっている資料の山をかき分けて写真を探し出すとエフ・ビー・エルの二人に見せた。

 その写真を見てモオルダアはにんまりした。写真に写っている社はモオルダアが署長の家で見た神棚の箱宮にそっくりだったのである。実際の社は神棚の箱宮ほど豪華ではなく、しかも長い間、補修も何もされていなかったようで壁のいたるところに穴が開いていた。しかし、神棚とその社が同じ神様を祭っていることはすぐに解った。社の塗装は剥げていたが、所々に朱色の部分が残っている。この社が完成した時には全体が朱色に塗られていたのであろう。そして、何よりも特徴的なのは、社の扉に付けられた三日月型の紋章である。署長の家の神棚に飾られていたものと同じ形だ。

「セラビさん。この三日月マークですけど、この辺じゃこういうのは良くあるんですか?」

モオルダアがセラビに写真を見せながら言った。

「さあ、私は見たことがないが」

「ボクは署長の家でこれと同じ三日月マークを見ましたよ」

「まあ。つまりこのお社はセミ神様を祭っているお社だというのね」

「署長がこの場所に次の生け贄を捧げに来る可能性は高いよ。問題はそれがいつなのかということだけど」

モオルダアはこの社のある場所を張り込んで犯人がやって来るのを待つべきだと思ったが、いつ来るか解らない犯人を待つなんて、なんだか面倒な気もした。

「私なら今すぐにそこへ行って張り込みを始めるがねえ」

モオルダアが動き出さないのでセラビが彼を急かしている。

「スケアリー。キミちょっと山まで行って・・・」

「イヤです!山で張り込みなんてしたら蚊に刺されますわ。あたくしは女アレルギーの団員について調べて差し上げますから、あなたが山にいらっしゃればいいのよ」

「でも、キミは女だから女アレルギーの団員には近づけないだろう」

「心配はいらないよ。私がお嬢さんについていくから」

やっぱりモオルダアは山に行かなければいけないようだ。