9. 仮の捜査本部となっている教室
「それで、何が解ったんだい?」
モルダアが改めてスケアリーに聞いた。
「色々、面白いことが解りましたのよ」
いいながらスケアリーは上着を脱いだ。どうやらスケアリーは服を着替えてきたようだ。その服装にモルダアは唖然とした。スケアリーは体のラインがはっきりと解る細身のシャツを着ている。そのシャツの胸元は大きく開いている。そして何よりも驚いたのはスケアリーの胸が普段より大きくなっていることだ。開いた胸元から谷間が顔をのぞかせている。「あらゆるものを寄せて、集めて、持ち上げている」モルダアにはそれが解っていた。解っていても、目はそこに釘付けにならざるをえない。
「色々って、どんなこどだ?」
モルダアが谷間に向かって話しかける。
「あなたの家の前にUFOが飛んできて、中からあなたのお兄さまが出てきたそうよ」
「へえ、それで」
モルダアはスケアリーがこんな悪い冗談を言っても全く気付いていない。今日のモルダアは谷間のおかげで全く調子を狂わされてしまったようだ。
「モルダア。話は人の目を見てするものですわよ!」
スケアリーにこう言われてモルダアはやっと我に返った。「しまった!」モルダアは思ったが、もう後の祭り。スケアリーは勝ち誇ったような顔をしてモルダアを見ている。そして、もう気が済んだのか、また上着に袖を通した。
「それで、いったい何が解ったっていうんだ。もしかして、あの遺体は元から生きてないから、死んでいても死んだことにならない、とか言うんじゃないだろうね」
モルダアはさっき少年から聞いた話が少し気になっていたようだ。それを聞いてスケアリーが驚いている。
「まあ、あなたどなたからそれをお聞きになったの?」
「いやあ、ただ、そんな風に思っただけだけど・・・」
スケアリーの反応にモルダアの方が驚いている。もしかして、本当の花子さんだったのか?それだと凄く怖いんだけど。
「あの少女は人間ではなかったんですのよ。とは言っても半分の半分ぐらいは人間だったんですけど、人間として活動するには足りないものが多すぎますわ」
「それは興味深いねえ。人間のように活動できないはずの人間が、人間のように足跡を残して学校のトイレまでやってきてそこで息絶えたと言うことだね。人間と言うよりは人造人間という方がいいかな?」
谷間が目の前になくなって、やっとモルダアの少女的第六感が働きだしたようだ。
「あなたの趣味で言うなら人造人間ですわね」
「それで、何が足りなかったんだ?」
「足りないものよりも、あるものの方を言った方が早いくらいですわ。彼女の体で人間と同じものは筋肉と皮下脂肪ぐらいのものでしたわ。何しろ、消化器官が全くありませんでしたのよ。口から食道まではあったんですけど、食道はゴムで出来ていましたのよ。なんだかあたくしガッカリでしたわ。胃の内容物を見るのが解剖のクライマックスでもありますでしょう?それなのに胃がないなんて・・・」
胃の話を聞いてモルダアは嫌な顔をしていた。
「そうなのか。そんな解剖だったら、ボクも見に行けば良かった」
「でも、血は出てきましたわよ。一応血管はありましたし」
「げっ、それじゃあダメだ」
「あっ、そうそう。これはあなたに言っておかないと。またあなたの機嫌を損ねてしまうところでしたわ」
スケアリーは他にモルダアの喜びそうなものを発見しているようだ。
「遺体の背中に穴が開いていましたのよ。その穴は一本の太い血管につながっていましたの。人間で言うなら大動脈に当たる部分ですわ」
「穴だって!?それは何かを差し込むような感じに出来ていなかった?」
モルダアの少女的第六感がいよいよ活発に働きだした。
「そうねえ、あれに似ていましたわ。自転車とかのタイヤに空気を入れる、空気入れの先の部分に」
スケアリーの答えを聞いてモルダアはすぐにピンと来た。
「ランドセルだ!遺体発見現場で見つかったランドセルがそこにつながるんだよ、きっと」
モルダアの興奮した表情に相反するようにスケアリーの表情は曇っていった。
「そのランドセルなんですけもど。あなたに悪いお知らせですのよ。あのランドセルは爆発して木っ端微塵ですの」
「へっ、なんで?」
とたんにモルダアが情けない表情になる。
「さあ、良く解りませんわ。何しろものすごい爆発だったそうですのよ。それで爆発があった時のランドセルの様子を知っている人はみなさん重傷で意識がありませんのよ。警察では爆弾テロの可能性があるとして容疑者の逮捕に向かったそうですのよ」
「容疑者ってだれ?」
「あのランドセルに山ほど指紋を残していった人物ですの。名前は三世田・陀気夫(ミセタ・ダケオ)といって、以前未成年に対するわいせつ行為で逮捕されていますわ。その後の精神鑑定の結果、その方は統合失調症の兆候があるとされて治療を受けていたそうですけど」
「見せただけで逮捕とはねえ。もしかしてそれは見せたのではなくて、出てただけだったのかも知れないよ。泥酔してたりしたら出しっぱなしということもあり得なくもないからね」
「どちらにしても、出てたものは出ていたのよ。あなたも十分に気を付けた方がいいですわよ。もし捕まったなら、あなたはデテタ・モルダアになってしまいますけども」
この二人はいったい何を話しているのだろうか?まじめにやらないとどんどん話が長くなっていきます。
「そんなことより、警察は間違った犯人を追っているよ。確かにその男は事件に関係があるはずだけど、爆発とは関係がないと思うよ。出しっぱなしの男に爆弾テロは出来ないだろうし」
「それじゃあ、他に犯人が居るとおっしゃるの?」
「爆発が事件なのか事故なのかにもよるけどね。あの少女の遺体は始めは小学校にあったんだ。しかも、ほとんど人のこない日曜日にね。あれは爆発させることを目的に作られたとは思えないけどねえ」
「へえ、そうですの」
どうでもいいようなスケアリーの返事である。
「もう一度あの遺体を調べてみた方が良さそうだな」
モルダアはなんだかやる気が出てきたようだ。教室を出て車へと向かうモルダアの後をスケアリーが納得のいかない表情で追いかけていく。
10.
モルダアが車のところまでくると、そこにはまだ先ほどの少年がいて、一人で遊んでいる。スケアリーはまだ校舎の入り口で靴を履きかえるのに手間取っている。事件現場といえども、学校内では靴を脱ぐのが決まり。モルダアはスケアリーがまだ来ないようだと解ると少年に話しかけた。
「やあ、少年。キミの言ったとおり死体はトイレの花子さんだったよ」
「やっぱりな。ボクの推理が間違ってたことはないんだ」
嬉しそうに言う少年を見て、モルダアも笑みをもらした。
「キミも将来ボクのような優秀な捜査官になれるかも知れないぞ」
ボクのようなとは少し間違っている。
「ところで、キミにもう一つ謎を解き明かして欲しいんだけど。引き受けてくれるかなあ?」
「うん、いいよおじさん」
モルダアがスケアリーの方をちらっと見てから少年の耳に顔を近づけて何かを話している。モルダアが話し終わると、今度は少年がモルダアに何かを言った。
「よし、交渉成立だな」
二人が顔を見合わせて何か薄気味悪い微笑みを浮かべている。そこへスケアリーがやってきた。
「あら、モルダア。もう新しいお友達が出来ましたの?」
スケアリーがからかうようにモルダアに話しかける。
「この子はキミよりもずっと話がわかるぞ」
モルダアがにやにやしながら言い返した。
「おじさん、その人誰?とっても優しそうな綺麗な声だね。きっと顔も綺麗なんだろうなあ?」
スケアリーは少年が盲目であることに気付いた。しかし、そんなことより少年の言葉がよっぽど嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべている。
「お姉さん。ボク、お姉さんの顔に触っていいかなあ?」
「この子は手で触ってものを見ることが出来るんだ」
モルダアが説明した。もちろんご機嫌なスケアリーは喜んで少年の前に顔を出した。
「どうそ。あたくしの美しいお顔をごらんになってあそばせ」
少年はタニマダ先生にした時と同じようにスケアリーの顔をなで回し始めた。そして今回も同じようにその手は次第に顔から下の方へと下がっていく。スケアリーは少し怪訝そうな顔をしていたがそのまま少年の好きなようにさせていた。しかし、その手がスケアリーの胸をタッチするとスケアリーはあわてて体を後ろに弾いた。スケアリーは何が起きたのか解らないような顔でモルダアを見ていたが、次の少年の言葉で全てを理解した。
「おじさん。さすがだね。おじさんの予想どおり、このおばさんの胸はインチキだよ。寄せて集めて持ち上げてるんだ」
おばさん!?インチキ!?この後何が起こるのかは火を見るよりも明らか。
「やっぱりそうだったか。さすがは優秀な・・・」
モルダアの言葉をスケアリーの鉄拳が遮った。これをまともに喰らったモルダアはそのまま仰向けに倒れてしまった。
「今度やったらただじゃおきませんからね。良く気を付けるんですのよ!」
スケアリーは車に乗り込むと、もの凄い勢いでドアを閉めてそのまま一人で行ってしまった。
「おじさん大丈夫?」
少年が仰向けになったままのモルダアの顔を覗き込んでいる。
「いやあ、大したことはないよ」
モルダアは少年の差し出した手に捕まって起きあがった。
「あれ、スケアリーは?」
「車に乗ってどこかに行っちゃったみたいだよ」
「なんだ、またかあ。困ったなあタクシーでも呼ぶか」
「それよりもおじさん、約束だよ」
少年がモルダアに手のひらをさしだして何かを要求している。モルダアは納得がいかなかったが仕方なくポケットから財布を出した。どうやら、モルダアはスケアリーの胸の秘密を探るのに少年を金銭で雇ったらしい。
「なんだか、損ばっかりしてる気がするなあ」
それは自分が悪いんだ、モルダア。
「キミは五千円ももらって何に使うんだ?」
「テレビゲームのソフトを買うんだ」
「そうか、まったく最近の子供は贅沢だ・・・」
少年に五千円札を渡そうとしていたモルダアの手が止まった。
「キミは目が見えないのにテレビゲームなんかするのか?」
モルダアが不思議そうに少年を見ている。
「おじさん、あまいな。それじゃあ出世できないぜ」
少年はモルダアの手から五千円札をもぎ取ると、全力で走ってモルダアから離れていった。
「あいつ、目が見えてたのか!?」
少年にしてやられたモルダアはあまりに悔しくて追いかける気にもならなかった。おまけにモルダアの財布の中はほとんど空っぽ。仕方なくバスと電車を乗り継いでスケアリーの後を追うことにした。