「HANAKO」

22.

 モルダアの手にしている雑誌は、たいした内容もないゴシップネタ中心の女性雑誌である。その雑誌の最後の方に広告欄があって、片隅の小さなスペースにバンデイ研究所の文字があった。


「夢のセクシーボディーをあなたの物に。当研究所が開発した細胞ダプリケーション技術があなたの体に足りない部分を補ってくれます。簡単な治療を受けるだけで見違えるようなプロポーションを手に入れることが出来ます。今なら抽選で一名様に完全コースを無料でプレゼント!ただし、健康な若い女性に限ります」


こんなことが書いてあった。そして、その連絡先がまさしくタニマダ先生に教えられた番号なのである。運がいいのか悪いのか、タニマダ先生は抽選で選ばれた一人というわけだ。

 細胞ダプリケーション技術・・・。きっと、バンデイ研究所は若い女性の細胞が必要だったに違いない。あの写真に写っていたズボンを見れば解る。あそこにいた研究員はおそらくみんなオッサンだ。人造人間を作るのには活力にあふれた細胞が必要だったのだろう。かといって子供から細胞を取ったりしたら、後々問題が生じた時にやっかいなことになる。そこで若い女性のコンプレックスにつけ込むという方法をとったのだろう。整形手術を受けた人はその事実を隠したがるはずである。細胞と引き換えに見違えるようなプロポーション。・・・なにもあんな巨乳にすることはなかったのに。

 モルダアはまたタニマダ先生の胸を思い出していた。それから別れ際に見たあの笑顔とその前の涙をいっぱいにためた顔と。どうして気になるのかモルダア自身解っていない。あの巨大な胸のせいでモルダアの少女的第六感は鈍っているようだ。

「ねえ、モルダアさん」

警官が声をかけた。

「あのロコって言う教授はどうなるんでしょうねえ?」

「ああ、そんな人もいたよなあ。ボクの考えじゃロコ教授はバンデイの証拠隠滅に利用されたんじゃないかと思うよ。バンデイは人造人間がまだ一体生き残っていることを知っていたはず。その一体がバンデイ以外の者、たとえば警察とかに発見された場合、そのうちバンデイに疑いがかかることになる。そうなる前に人造人間の架空の開発者をでっち上げる必要があったんだよ。人造人間を作っていそうなイメージのロコ教授は、恰好の人材だったんだよ。実験室での爆発は事故ではなくて、本当はバンデイに殺されたんだな。ゴムの発注書なんか後からでも作れるしね。証拠を隠すためには人殺しも平気でする。恐ろしい会社だねえ・・・」

モルダアはしみじみと独り言のように話していたが、何かを思いだしたのか急に顔色を変えた。

「あっ!しまった!ということはタニマダ先生も!」

モルダアの少女的第六感がやっと本来の機能を始めたらしい。モルダアが部屋を飛び出していった。

23.

 警察署の廊下を足早に歩きながら、モルダアはスケアリーに連絡を取るためにポケットから携帯電話を取り出した。するとちょうどその時、その電話が鳴った。スケアリーからである。

「ああ、スケアリーか。ちょうどよかった。まだタニマダ先生のところにいるのか?」

「それが、モルダア聞いてくださいな。大変なことになってしまったのよ」

モルダアの表情が曇る。なんとしても最悪の事態だけは避けたい。

「タニマダ先生に何かあったのか?」

「そうなんですの。タニマダ先生がひき逃げにあったんですのよ」

「それで、大丈夫だったの?まだ生きてる?」

「まだ生きていますわよ。でも本当なら死んでいてもおかしくない事故だったんですのよ。でもあの胸がクッションの代わりになって一命をとりとめたそうですのよ。ところでモルダア、随分焦っているようですけど何か解りましたの?あたくし結局タニマダ先生とは何にもお話しできませんでしたのよ。それに今もまだ意識がない状態ですし」

「色々解ってしまったよ。その前に、タニマダ先生のひき逃げはただの事故じゃないよ。彼女は命を狙われているんだ」

「あらまあ、それは大変ですわ!」

「例の人造少女はタニマダ先生なんだ。というよりタニマダ先生の細胞を使って作られているんだ」

「あなた、随分と自信がおありのようですけど、そんなことは不可能ですわ」

「細胞ダプリケーション技術を使えば可能だよ。タニマダ先生の胸だってそれで大きくなったんだから」

「ダプリケーション?複製するってこと?あたくしはそれが不可能だって言っているんですのよ」

「でも人の細胞を取り出して培養するぐらいは出来るでしょ?実際に人造少女にも複雑な器官は付いてなかった訳だし。皮下脂肪と筋肉だけでしょ、人造少女に付いていたのは。それがタニマダ先生の細胞から作ったダプリケート細胞というわけだよ。DNAとか調べたら解るんじゃないの?あの人造少女からだってDNAとれるんでしょ?」

「まあ出来ますけども。でもどうして人造少女がタニマダ先生だとおっしゃるの?細胞なら他の人からもとれるはずですわ」

「タニマダ先生はバンデイ研究所に行ったことがあるんだ。そこで細胞を取られてるはずだ」

「でも人造少女の細胞とタニマダ先生の細胞が同じ物だとする根拠が解りませんわ」

「意志の共有だよ」

「???」

「キミは双生児が感情や意志を共有することがあるのを知ってるだろ?それと同じことがタニマダ先生と人造少女の間にも起こったんだよ。人造少女が女子トイレにいて、タニマダ先生が第一発見者になったのにもちゃんと理屈があるんだ。キミはどうしてタニマダ先生が昔勤めていたあの学校へ行くか知ってる?」

「懐かしくなって、といっていましたけど」

「懐かしいとは少し弱い言い方かも知れないな。本当はタニマダ先生はあの学校ではなくてあの女子トイレに行くのが目的だったんだと思うよ。タニマダ先生はただの転勤で学校を変わったんじゃなくて、あの女子トイレで起こった事件が原因で半ば追い出されるような感じで転勤したんだ。それだけにタニマダ先生のあのトイレに対する感情は強いものなんだ。それも元をたどればあの巨乳が原因だし、その元はバンデイになるんだけど。そういう強い感情が同じ細胞を持ったあの人造少女に伝わったと考えてもおかしくはないだろ。そして、タニマダ先生が学校に着く何時間か前に人造少女が先にトイレにたどり着いて、そこで燃料供給が絶たれたんだろうなあ。そういえば、あの部品に付いていた繊維だけど、どうなった?」

「面倒だから調べていませんわ。それよりもそのトイレで起きた事件って誰から聞いた話ですの?」

「それは・・・あの少年から」

「まあ、あなたはあんな詐欺師みたいな少年の言うことを信じているの?せっかく聞いてあげたというのに損をしてしまいましたわ」

そういわれるとモルダアも自信がなくなってくる。スケアリーが怒って電話を切ると思ったのか、モルダアが慌てて付け加えた。

「ああ、まだ切らないで!タニマダ先生が狙われていることは確かなんだから。警察に頼んで護衛を付けてもらってくれ。ボクはこれからバンデイの社長の蛮泥(バンデイ)氏に会ってみるよ」

「それってあたくしにも来てもらいたいってことかしら?それならお断りですわ。まあ護衛の件ぐらいなら頼んであげてもよろしいですけどね」

スケアリーが電話を切った。スケアリーは肝心な時に限って動いてくれない。

24. 千葉県、蛮泥邸

 モルダアが蛮泥邸に着く頃にはだいぶ日も傾いてきていた。蛮泥氏の豪邸は郊外にある住宅もまばらな地域にある。坂の一番上に建っていて、遠くからでもよく見える建物だ。自宅の裏にはバレーボールのコートが二面はとれそうな広さの倉庫がある。その向こうは崖になっているらしい。倉庫の裏に見えるのは薄暗くなった空だけで、なんだか倉庫が空に浮かんでいるかのような錯覚に陥りそうである。バンデイが事件の黒幕と考えているモルダアにはこの豪邸が悪魔の棲む城にさえ思われた。

 モルダアが蛮泥邸の玄関の前に建ってインターホンのボタンを押した。家の中でチャイムの鳴る音が聞こえるが、誰も出てこない。もう一度ボタンを押してからモルダアは辺りを見回した。この玄関前からは裏の倉庫がよく見える。それにしても、どうして自宅に倉庫なんか作るんだろう?きっと何か怪しい者を隠しているに違いない。巨乳が目の前にないとモルダアの少女的第六感はよく働くようだ。

 しばらくすると化粧の濃い中年の女性がドアを開けた。

「F.B.l.の者ですが、バンデイ社社長の蛮泥さんはご在宅でしょうか?質問したいことがあるんですが」

「ご主人様はご在宅ではありません」

「ご在宅ではありませんて、なんか変じゃない?」

化粧の濃い女性は眉間にしわを寄せてモルダアをにらんでいる。この顔はスケアリーよりずっと怖い。

「ああ、失礼しました。あなたは蛮泥婦人ですか?」

「私は使用人です。ご主人様に用事があるなら、また明日いらしてください」

「そうなの?でもボクここまで電車で来たんですよ。車で来ればすぐだったのに。それでねえ、電車賃でボクは有り金をほとんど使い果たしちゃったんですよ。だから、これから帰ったとしたら、もう明日の分の電車賃はなくなっちゃうんですよ」

「それが、どうしましたか?」

「蛮泥さんが帰ってくるまでここで待たしてもらえないかなあ、ということですけど」

「お帰りください!」

そう言う使用人の顔を見てモルダアは怖じ気づいた。鬼の形相とはこのようなものをいうのだろう。スケアリーとは比べものにならないほど恐ろしく、また醜い表情をしている。

「わ、解りましたよ」

モルダアは恐怖のあまり大事な捜査のことを忘れて引き返そうとした。だが最後にもう一度、振り返って倉庫の方を見てみることにした。特に何を見るという訳ではなかったのだが、あの怪しい雰囲気をもう一度味わっておこうと思ったのである。モルダアが振り返ると、誰かが倉庫の中に入って行くような気がした。しかし、もう日はほとんど沈みかけているため、それが人の影なのか目の錯覚なのか良く解らなかった。それでもモルダアの少女的第六感はモルダアを倉庫の方へ走らせた。

 倉庫のシャッターは人が少しかがんで入れるくらいの高さまで空いていた。モルダアは中の様子をうかがってみたが、人の姿は見えなかった。どこかに隠れているのだろうか。モルダアは胸のホルスターからモデルガンを取りだして、倉庫の中に入っていった。

 倉庫の中にはダンボールが規則正しく積み重ねられている。きっと中に入っているいる商品ごとに分けられているのだろう。モルダアはそのダンボールの合間ををモデルガンを構えて奥へと進んでいく。倉庫の中には蛍光灯がつけられていたが、倉庫の中では物が見えればそれで十分であるために、蛍光灯がついていても薄暗い。普段のモルダアなら尻込みをして奥へは入っていかないのだが、モデルガンを持っているため多少、気持ちが大きくなっているのだろう。でも、所詮モデルガン。大丈夫なのだろうか?

 モルダアは奥へ奥へと進みとうとう倉庫の一番奥までたどり着いた。そこまで来てもモルダアには人の姿は確認できなかった。

「あれ、やっぱり見間違いだったのかなあ?」

モルダアがモデルガンを降ろして、辺りを見回している。

「これは、これは、モルダアさん。ようこそおいでくださいました」

突然、モルダアの背後から声がした。彼は慌ててモデルガンの銃口を声のした方に向けた。

「そんな物騒な物を向けるのはよしてくださいよ。私は丸腰ですよ」

ダンボールの積み重なった後ろから男が手を上げてモルダアの前に姿を現した。モルダアはその姿を見てモデルガンを降ろした。その男はモルダアの二倍以上の年齢がありそうな紳士であった。細身ではあったが少しもみすぼらしい感じはしない。白髪の交じった口ひげは上品に整えられている。「この人なら大丈夫だ」モルダアはそう思ったのだろう。モルダアがモデルガンの銃口を下げるのを見て、男は不敵な笑みを浮かべながら上げていた両手を下げた。

「あなたはバンデイ社社長の蛮泥さんですね」

「いかにも、そうだが。キミはF.B.lのモルダア特別捜査官だね」

特別捜査官?モルダアは今まで自分でも気付いていなかったが、彼はただの捜査官ではなくて特別捜査官だったらしい。

「キミは私の作った癒し系美少女、花子のことを聞きに来たんだろう?」

蛮泥氏はモルダアの聞きたいことを全て知っているような口振りで話している。

「そうですけど、そんなこと言っていいんですか?あなたのしたことは犯罪なんですよ」

「フッフッフ・・・。キミは私がそんなことも解らない人間だと思っているのかね。大丈夫だよ。私は自分の身を守ることぐらいは心得ているよ。それより、キミは私がどうやってあの人造少女を作ったか知りたくないかね?それを聞きにここまでやってきたはずだが、違うかね?」

モルダアはここで返す言葉を失った。知りたいのは山々だが、ここでこの男の言うことを聞いていたらこの男は自分に都合のいい嘘ばかりを言うに違いない。モルダアが黙っていると男が後を続けた。

「あの人造少女はなかなかの出来だったのだが、何しろまだ試作の段階だったんでな。欠陥もたくさんあったんだよ。我々は二体の試作品を作るところまで研究を進めていたんだ。最初に作ったのものは動きもぎこちなくてな、とても人間のようには見えなかった。それで、使う細胞に改良を加えてみたところ人間そっくりの動きをするようになった二号機が完成したんだよ。それが君達の見つけたものだよ。あれが人間ではないなんて誰も思わないだろうね。キミにもあれが動いているところを見せたかったよ。ところが、二号機にも欠陥があってな。あいつは自分の意志があるかのようによく動き回るんだ。知っていると思うが、あれにはまだ頭脳が組み込まれていなかったんだよ。頭脳になる電子回路の製作と、完璧な燃料の開発が出来ればほぼ完成だったんだ」

「その燃料は、やっぱりメタンガスなんですか?」

「あの臭いを嗅いだら誰でも思うだろうな。でもあれはただのメタンガスではない。ハイパーメタンを生成できる、ハイパー牛糞から作られた特別なガスだ。ただし、生成の仕方が問題でね。ハイパー牛糞を直接ランドセルの中に入れるしかなかったんだよ。キミは確かガスの吸入口に繊維を見つけたはずだねえ。あれはハイパー牛糞の中に残っていた干し草の繊維だよ。正確にはハイパー干し草だがね」

「そうですか。・・・でもあなたは何でぼくらの捜査のことを知っているんですか?」

「私は色々な情報を教えてくれる地下の組織とつながりがあるんだよ」

「地下?それってもしかして地底人ですか!?」

モルダアの思考は地下という言葉を聞いて一気に飛躍してしまった。宇宙からやってきて地底にすんでいる宇宙人は、モルダアにとっては永遠の捜査対象なのである。

「地底人?キミは面白い男だな」

蛮泥氏に笑われてモルダアは少し恥ずかしくなった。完全に蛮泥氏のペースである。

「それよりも、人造少女のことをもっと教えてくださいよ」

「そうだな、あれはランドセルから送られるエネルギーと微量の電流に反応して筋肉が動くようになっていたんだが、それだけで動いているとは思えないほど人間らしかったな。それだけじゃないぞ、時には人に笑いかけたりもしたんだ。研究員達はその二号機の出来栄えに大喜びだったな。それで、二号機は研究所のマスコットとして建物の中を自由に歩き回らせることにしたんだよ。それが逃げ出すとは誰も思わなかったからな。それも、あの大爆発の直前にね」

「あなたは、細胞に宿る記憶や意志というものの存在に気付いていませんでしたね」

「フッフッフッフ。キミもそんなことを言うのかね。研究員の中にもそんなことを言っている人間がいたなあ。まあ、二号機を探す時にはその説も参考にさせてもらったよ。向かう先はあの先生のところだと推測して、先生の住んでいたところは全て探し回ったよ」

「それでも、見つからなかった。人造少女は異常者の家に軟禁されていたんですからねえ」

「そこは私にも読めなかったよ」

「それで、あなたはロコ教授を利用しましたね」

「ふん、あんな男は生きている価値もない。社会のゴミだよ。客としては気前がよかったがね」

蛮泥氏はあっさりロコ教授殺害を認めてしまった。モルダアはどうして蛮泥氏がこれほど正直なのか不思議に思っていたが、このまま行けばモルダアが蛮泥氏を逮捕してモルダアのお手柄、ということになるのでそのまま蛮泥氏に喋らせておいた。

「でもどうして人造人間なんです?あなたのメーカーならロボットだって作れるでしょう。それにわざわざ犯罪になるようなことをしてまで人造人間を作るなんて」

「フッフッフ。バンデイはただの玩具屋とは違うのだよ」

「知ってますよ。ゴムとかも作ってるんでしょ」

「そう言うことじゃないよ!」

「まだ他にも製品があるんですか?食品とか?」

蛮泥氏は明らかにイライラし始めていたが、何とか表情には表さないようにしている。

「リアリティーだよ。モルダア君。リアリティーこそ我々が求めるものなのだよ。もし、理想のタイプの女性がデパートで買えるとしたら、素晴らしいことだとは思わないか?」

やっぱりそうなるのか。モルダアの頭の中には人造美女を購入した自分の姿がある。

「ああ、いいなあ、いいなあ・・・」

一人でつぶやくモルダアはかなり危険な感じである。モルダアの妄想はまだ続く。モルダアは人造美女にそっと近づいて行き、その体に触った。そのとたん人造美女はモルダアにパンチを浴びせた。ハッとして、モルダアが現実に帰ってくる。

「蛮泥さん!それは嘘だ!あなたの目的はそれだけではありませんね」

妄想の中で何かに気付いたのだろうか?モルダアが続ける。

「モデルガンに人造人間。ボクは何だだか恐ろしい感じがするんですよ。あなたはもしかして・・・」

「さすがはモルダア君。理解が早いね。私の軍隊を使えば大陸にある日本の領土を取り返すことは簡単だよ」

「大陸は元から日本じゃありませんよ」

「キミには解らないだろうけどな。途上国の繁栄には我々の力が必要なのだよ」

「蛮泥さん。やっぱりあなたを逮捕しなくてはいけませんね」

「そうか、それは残念だな。ところでモルダア君。キミはなかなかいい物を持っているじゃないか。そのモデルガンは私のデザインなんだ」

モルダアは持っていたモデルガンを見て、このモデルガンもバンデイの製品だと言うことを思い出した。

「でも、それはちょっとキミには大きすぎるんじゃないかな。それに、そのモデルは射程距離が短いし、弾もまっすぐ飛ばないぞ。もしよければ、キミの後ろにある新製品を持っていかないか?せっかく来た記念だ。タダでいいぞ」

タダと聞いてモルダアは大喜び。しかも最新型が手にはいるなんて。モルダアは興奮して振り帰ると自分の後ろに積まれていた箱の一つを開けてみた。

「うわー、凄いなあ。これ買ったら五万円はするヤツばっかりだよ!ホントにいいんですか?」

「遠慮はいらないぞ。どうせキミがそれで遊ぶことは出来ないんだからな」

興奮しているモルダアは蛮泥氏の意味深げな言葉には全く気付いていない。蛮泥氏はそっと横に手を伸ばして、鉄パイプを取った。こんな倉庫に鉄パイプがあるのはおかしい。きっと蛮泥氏はあらかじめこの鉄パイプを用意しておいたに違いない。蛮泥氏はモルダアを殺害することを前提にこれだけの秘密を彼に明かしたのである。

「その横の箱には小型のもあるぞ。ズボンの裾の下に隠しておいたら優秀な捜査官らしくていいんじゃないか。専用のホルスターも用意してあるぞ」

そう言いながら蛮泥氏はモルダアに近づいていく。

「凄いよこれ。アルミの削りだしだ!」

モルダアは後ろで蛮泥氏が鉄パイプを振りかざしていることには全く気付いていない。

「天国に行ったら、それで気の済むまで遊ぶがいいさ。モルダア君」

蛮泥氏はここまで言ったらさすがのモルダアも気付くだろうと思ったが、モルダアはまだモデルガンに夢中である。蛮泥氏はモルダアの恐れおののく姿を見たかったのだが、仕方がないのそのまま後ろから襲うことにした。モルダア危うし!

「F.B.l.ですのよ!動くんじゃありません!」

鉄パイプが振り下ろされようとしたその瞬間、倉庫の入り口からスケアリーと何人かの警官が入ってきた。彼らの銃は蛮泥氏に向けられていた。蛮泥氏は鉄パイプを投げ捨てて倉庫の奥へと一目散に走っていった。そこに裏口があったらしい。

 モルダアは何が起こったのか良く解らずに、スケアリー達の方を見ている。

「こら!モルダア。早く追いかけなさい!」

「は、はい!」

スケアリーに怒鳴られたモルダアは蛮泥氏の後を追いかけた。警官達はこのやりとりをあきれた顔をして見ていた。その中には昨日モルダアと一緒にバンデイのことを調べた警官もいた。彼はモルダアをちょっと尊敬していたが、ここでモデルガンの入った箱を前にしゃがんでいたモルダアの姿を見て心底ガッカリだった。

25.

 倉庫の裏ではモルダアが辺りをきょろきょろ見回している。そこへスケアリー達がやってきた。

「スケアリー。消えちゃったよ。あの人」

「そんなはずありませんわ」

スケアリーが崖の下を覗いてみる。

「ほら、やっぱり消えてなんかいませんわ」

崖の下には頭から血を流して倒れている蛮泥氏の姿があった。この倉庫の裏は崖になっているにもかかわらず柵がなかった。夕闇の中を慌てて走って来た蛮泥氏は、おそらく足を滑らせて崖の下に転落したのだろう。

「歳なのに無理するから、足を滑らしたに違いありませんわ」

「或いは、秘密を守るために自分で落ちたのかも知れないぜ」

「そんなことするような人だとは思えませんわ。あなた、自分が殺されそうだったってことにお気づきになっていらしたの?」

「ん?何が?」

「あたくしの到着がもう少し遅ければ今頃あなたがあんな風になっていたところですのよ」

スケアリーが崖下の蛮泥氏をあごで指した。

「ところで、どうして君たちはここへやってきたの?」

「タニマダ先生の意識が戻って全部話してくれましたのよ。あたくし、あの方が少し気の毒になってしまいましたわ」

「手術を受けたことが?それならいいんじゃないか?あの胸がなかったら命はなかったんだから」

「あたくしは、そういう意味で言ったんじゃございません!あなた、もう少し女心を理解する努力をしてみてはどうなの」

ムッとした表情のスケアリーはそう言いながら持っていた銃をしまった。

「なんだ、キミもモデルガンなんか持ってたんだ」

「これは本物ですわよ」

崖下の蛮泥氏を見つめたままスケアリーが答えた。

「えっ!?まさか、そんな・・・」

26. モルダアの報告書

 という訳で、蛮泥氏が死んでしまったので今回も真相は闇に葬り去られてしまいました。私が蛮泥氏から聞いた話を裏付けるような証拠はまだ発見されないまま。蛮泥氏の倉庫からはスーパーコンピューターに匹敵する処理能力を持つ小型のコンピューターが発見されたが、それが人造人間を動かすための物であるかどうかは不明。

 蛮泥氏に産直牛乳を配送している千葉県の牧場の存在が明らかになりハイパー牛糞に関する調査を試みたが、物的証拠は得られなかった。しかしこの調査の結果、牧場が戦時中の化学兵器工場の跡地にあることが解り、安全が確認されるまで牧場は操業停止になっている。私のせいでこの牧場は廃業せざるを得なくなるかも知れない。私の家には牧場関係者と見られる人物からの嫌がらせの電話が絶えない。

 蛮泥邸の倉庫から証拠品として押収したモデルガン二丁とステルス戦闘機のプラモデルは私が保管、使用することにした。バンデイはやっぱりモデルガンや精巧なプラモデルを作っているのが一番いいのだ。プラモデルは私が自宅に帰るとすぐに作ったが、なかなかの出来栄えだ。少し接着剤がはみ出してしまったのが悔やまれる。モデルガンの方は文句のない性能だ。近所のモデルガンショップで試し打ちをしたところ、ほとんどが的の真ん中に命中した。私に嫌がらせの電話をかけるヤツはこのモデルガンで脅してやることにする。

 それと、スケアリーだけ銃を持っているなんてずるい。私の見たところあれはワルサーPPKだ。あれはずる過ぎる!えこひいきだ!

27. スケアリーの報告書

 あたくしって、捜査官として、人間として、それから女としても完璧すぎますでしょう。それだから今まで女の方が自分の容姿のことで悩むなんてことは考えられなかったんですのよ。でもあたくしは今回の事件でタニマダ先生から話を聞いて少し考えさせられてしまいましたわ。

 幸せになるために手に入れた理想のボディーがタニマダ先生の人生を大きく狂わせてしまったなんて、悲しい話ですわ。タニマダ先生は人間としてはとっても素敵な方でしたのよ。それはあの胸の治療から生まれた悲劇が元でタニマダ先生の性格が変わったのか、それとも元からタニマダ先生が良いかただったのかは知りませんが、教師としては最高の人材ですわ。あの変態モルダアの言っていた意志の共有というのが本当にあり得るのなら、ミセタの病気を治したのは人造少女ということになりますわ。タニマダ先生は人の心の苦しみを理解できる心の広い方ですから。そういう人の協力があって心の病気というのは完治するものなんですのよ。

 ところで、あの巨大な胸ですけれども、医師の診断によれば、あれは整形手術によって作られた物ではないそうですのよ。詳しいことは解らないけどもホルモン注射かなにかであそこまで大きくなったのだろう、ということでしたわ。でも、物には限度というのがございますわ。あの異常なまでに巨大な胸はきっとスケベな蛮泥氏の趣味ですわね。

 それから、盲目を装っていたあのクソガキの消息は未だにわかりませんわ。ああいう子供はとっ捕まえて懲らしめてやりませんと。いずれきっとモルダアのような変態になってしまいますわ。

28. 警察署裏口

 警察署の裏口に特殊なコンテナの搭載されたトラックが止まっている。数人の作業員が手際よく動いて警察署の中から何かを持ち出してトラックの中に積み込んでいる。その様子を一人の男が見守っていた。男はウィスキーの瓶を手に持ち先ほどから何度もそれを口に運んでいる。積み込みが終わると一人の作業員がその男に近づいてきた。

「遺体の積み込みが完了しました」

男はうなずくと、静かにトラックに乗り込んだ。トラックが夜の闇の中へと消えていく。コンテナの後ろには「防衛庁」と書かれてあった。

29. F.B.l.ビルディング13階

スキヤナーがモルダアとスケアリーの前で彼らの報告書を読んでいる。読み終わると軽くため息をついてから、二人に言った。

「私が思うには、一番の謎は盲目のふりをしていた少年じゃないか?」

言われた二人は「確かに」といった感じでうなずいている。

2004-05-16
the Peke Files #004
「HANAKO」