5. 薄暗い部屋
日本風にいうと二十畳以上もありそうな広い部屋には革張りのソファがいくつも置かれ、周りに置かれたヨーロッパ風の家具や調度品はこの部屋を一般人の生活とは切り離された空間にしていた。それでも、この部屋が誰もがあこがれる豪華な部屋に見えないのは、多くの人がいるにも関わらず窓のブラインドが全て降ろされて、電灯もほとんど灯さずに薄暗くされているからである。
ここに集まった人間は自分たちの仕事を人に知られてはいけないし、ここに集まっていることも、これからここで話されることも、誰にも知られたくはないのだ。何人かはタバコを吸っていたのだが、閉め切られて空気の逃げ場のないこの部屋にこもったタバコの煙が、ここにいる人間の表情を余計に陰湿な感じに見せている。
「あやうく面倒なことになるところだったじゃないか」
「いや、もう面倒なことになっているだろう。そうじゃないのかね?」
このやりとりを聞いていた一人が持っていたウィスキーを一口ラッパ飲みすると話に入ってきた。
「全ては元の通りになるのだよ。盗まれたファイルは取り返したし、犯人も解っている。FBLに関してもいずれ片は付くだろう。何人かの登場人物が誰にも知られずに降板するだけだ」
「モオルダア捜査官はどうなったんだ?」
ある種の自信のようなもの感じさせながら話すウィスキー男だったが、モオルダアの話が出ると一瞬とまどいの表情を見せた。それがここにいる者達に気付かれたかどうかは解らない。とにかくウィスキー男は先を続けた。
「モオルダア捜査官は死んだのだよ。元々それほどの影響力のない人間なのだし、しばらくすれば誰も彼のことは思い出さないだろう」
「例のメモリー何とかも回収したんだろうな?」
メモリー何とかとは盗まれたファイルの記録されたメモリーカードのことをいっているはずだが、ウィスキー男はとにかく頷いていた。
「それならば計画を再開させるとしよう」
ウィスキー男の様子を見てここにいる中の一人が言った。
ウィスキー男は自分の言ったことをここにいた全員が信じていると思っていた。そして、ただ一人の例外を除けばそれは正しかった。ソファに深く腰掛けた一人の白髪の男がマシュマロを食べながらウィスキー男に疑惑の視線を向けていることにウィスキー男は気付いていなかったようである。
6. 祈祷
ゴンノショウの孫ゴンタが採石場跡でおかしな遺体を見付け、そのあとモオルダアとスケアリーがやってきて、そしてアメ玉をくれる特殊部隊のような人間たちがやってきた。その間、土井那珂村は普段ではあり得ない賑わいようだったのだが、モオルダアが消え、アメ玉をくれる特殊部隊のような人たちが去り、そして最後にスケアリーが村を後にすると土井那珂村はまたいつもの退屈で寂しい村に戻った。
ゴンノショウは村に再び訪れたゆっくりとした時間を感じつつも、真実を追い求める人間がまた一人いなくなったことに多少の悲しみを抱いていた。真実は地面の下から顔を出し、そしてそれを隠そうとする者達によって踏みつけられて、そしてまた地面の下に埋められたのだ。それでもゴンノショウはそれらの陰謀がいつの日か白日の下にさらされることを信じていた。それ故にナバホ家では代々変な訛りが受け継がれているのである。そして、数々の伝説は変な訛りで彼らの記憶に刻み込まれていくのだ。
土井那珂村に再び訪れた退屈な時間はそう長くは続かなかった。スケアリーが村を去った翌日、村の少年達が採石場跡の上空にトンビが舞うのを見たと言ってゴンノショウの元を訪れた。
トンビは鷹のような見た目とは裏腹に狩りは得意ではない。それ故に死肉をあさることもあれば生ゴミを食べに来ることもある。食べられそうなものは何でも食べてみようと狙っているのである。トンビが舞っているということは、その下にエサになりそうな死骸か生ゴミか動きの鈍い小動物がいるということを意味している。
ゴンノショウは数人の村の大人達と彼の元にやってきた少年達とともに採石場跡に向かった。採石場跡に着いたゴンノショウは上空を舞うトンビを見て過去の記憶を甦らせた。それはゴンノショウがまだ若い頃であった。彼は孫のゴンタが遺体を見付けたのと同じようにこの採石場のあった場所でおかしな遺体を見付けたことがあるのだ。ゴンノショウはその時の記憶を頼りに、彼がおかしな遺体を見付けた場所へ行ってみた。
ゴンノショウの直感は当たっていた。彼が歩いていった先には大小の岩のかたまりがゴロゴロしていたのだが、その岩の隙間から人間の手が見えていたのだ。ゴンノショウの後について来た大人達はそれを見て、数人がかりで岩をどけていった。
見ていた者の中には、その岩の下に押しつぶされてグチャッとなった遺体が横たわっているのではないかと、顔をしかめたり、或いは期待に胸を躍らせていた者もいたのだが、そういった予想は当たっていなかった。岩をどけるとその下には大きな溝があり、そこには意識を失ったモオルダアが横たわっていた。
このまま数日、もしかすると数時間でもこのまま放置されていれば命はなかったと思われるほどモオルダアは衰弱していた。そんな状態の人間を見付けたら第一にすることは救急車を呼ぶことなのだが、彼らは携帯電話を持っていない。それにこの山の中から誰かの家に戻って電話をかけて、さらに救急ヘリを呼ぶとしたら余計な時間がかかりすぎる。もしもこの場で救急ヘリを呼べたとしても、それではきっとモオルダアは助からないだろう。しかし、彼らには彼らなりのやり方があった。ホントにそれで良いのか知らないが、彼らなりの救済措置というものがあるのだ。彼らは意識のないモオルダアを村の社(やしろ)に運んでいった。そこで彼らの伝統に従ってモオルダアを助けるための祈祷をあげることになった。
ゴンノショウをはじめとする、村の変な訛りの人たちが社に集まり、伝統に従って変な訛りによる祈祷が始まった。たきぎの火の中に怪しげな粉末状の何かをまいたりして、辺りには鼻につく嫌なニオイがたちこめ始めた。ここの空気をたくさん吸い込んでしまうと、脳の機能が正常に働かなくなりそうな雰囲気の中で祈祷は続いた。モオルダアの魂はこれからココでもなければアソコでもないドコデモナイ場所へ行って、もう登場しないことが決まっている過去の登場人物や私と対話して、ココにとどまるのか、それともアソコへ旅立つのかを決めなければいけない。
(というか「私」って私のこと?!)
と、思っている間もなくゴンノショウ達の祈祷の声が高まるとモオルダアの魂が私や過去の登場人物の元へとやってきた。
ここは精神、別の呼び方でいうと魂だけがたどり着ける場所。その人間の思いこみによってここは無数の星がきらめく宇宙空間のように見えたり、雲の上のように見えたりする場所。(そして私にとって、ここは私の部屋である。)
ここに来ても力無く横たわったままのモオルダアの周りのボンヤリとした靄のようなものを透かして過去の登場人物達の姿が見えてきた。その中の一人がモオルダアの方へと近づくとその顔があきらかになった。それは以前にモオルダアやスケアリーに極秘の情報を提供していたドドメキさんであった。ドドメキは横たわるモオルダアを優しく見つめながらモオルダアに語りかけた。
「モオルダア君。私は作者の配慮によって暗殺されずに降板ということになったのだが、私が降板して一番驚いたのは、降板後というのは意外とノンビリ出来ないということだ。生きているとまたいつか登場の機会が与えられて本編に登場しなければいけないということになりそうで、いつでもソワソワしていないといけないんだよ。私がここに現れたのは降板後の南国のノンビリ生活にキミをいざなうためではない。それにキミは降板するにはまだ若すぎるんだよ。キミの誰にも理解できない強運を使えばきっと何かが出来るかも知れないんだ。だからキミはもう少し元の世界でダラダラしているべきなんだよ。降板したって何も良いことはないのだから」
そういってドドメキは私を睨んでからモオルダアの横から遠ざかっていった。
ドドメキの後にモオルダアの横に近づいてきたのはモオルダアの父だった。
「おい、モオルダア!何やってるんだ!」
モオルダアの父がそう言うとモオルダアは慌てて目を開けた。そして横たわったまま自分の父親の姿を確認すると少しウンザリしたように上空を見上げていた。モオルダアの父は相変わらず臆病な自分の息子に多少の憂いを感じていた。子供の頃からずっと同じように父にビクッとさせられてしまうモオルダアだったが、あることに気付いて父に聞いてみた。
「ここにボクの兄さんはいるの?」
そう言われてモオルダアの父は少し困ったような顔をしていた。
「そう言われてもねえ。本当なら私には長男とその妹しかいないはずなんだが。ここではお前とその兄がいることになっているから、何だか良く解らないのだよ。もしもお前に兄がいるとしても、ここで私に向かって『お父さん!』って言ってくる人はいないからおそらくここにはお前の兄はいないよ。とにかく、お前は真実を追い求めなければいけないんだ。それによって私の名誉は大いに傷つけられるかも知れないが、その辺は作者に掛け合ってみるから心配することはない。お前はこれまでどおりダメな感じでやっていれば、そのうち何かが起こって何かが解明されるんだよ。それに私に名前がつけられることもあるかも知れないしな」
そう言うと、モオルダアの父も私を睨んでからモオルダアから離れていった。せっかく殺さずにいてあげたのにみんな私を目の敵にしている。
私がそんな風に思っているとモオルダアが私に向かって話しかけてきた。
「ちょっと作者さん。ここはいったいどこなんですか?」
ん!?ここ?ここは生きとし生けるもの誰もが一度はとおる場所。或いは私の部屋。ここから先に進むとキミは降板、或いは死亡説によって死んだことにされるのでこの話はここでお終いなんだけどね。キミはどうしたいの?私はこの先キミが大活躍するような話を考えられる自信がないんだけどね。
「何ですかそれは?ボクは優秀な捜査官なんでしょ?というか、優秀な捜査官なんだよ。だからこんなところで降板はあり得ないんだから。それから優秀な捜査官にふさわしい絶世の美女もまだボクの前に現れてないし」
まだそんなことを言ってるのか?キミの言う美女というのは現実世界では概念でしかないんだよ。現実世界のいろんなややこしいことを考慮するとキミの言う美女というのはビジョンがビショビショな程度なんだよ。
「何を言っているのか解らないけど」
私も何を書いているのか解らなくなっているけどね。とにかく、これから元の世界に戻ったら私にも予期できないミラクルをたくさん起こしてこのthe Peke-Files を盛り上げる意志はあるのですか?
「意志があるかということよりも、ボクは生まれついての優秀な捜査官だからね。ボクがいるだけで盛り上がるんだよ」
ということなので、モオルダア捜査官を元の世界へ戻してあげることにしました。