「祈祷」

17. その頃、高級アパートメントでは

 スケアリーが自分の部屋を出た後、灯りを消した部屋に耳障りな音が聞こえてきた。硬い物をさらに硬い物で引っかくようなその音が消えるとベランダのに出入りする大きな窓が開いて二人の怪しい人物が部屋に入ってきた。体格から察するにそれは男のようだったが、目出し帽をかぶっているので顔は解らない。

 彼らはスケアリーの高級アパートメントの部屋のなかでなにかを探していたようだが、寝室に入るととうとう目的の物を見付けたようだった。その目的の物を見た一人が目だし帽を脱ぐと、それはクライチ君だった。彼は悪巧みをする人物に特有の恐ろしげな笑みを浮かべて見つけたものを見ていた。そして、ポケットから透明の筒状の容器を取り出すと、フタを開けて中の液体を床に垂らしていった。

 ネバネバした感じの液体の落ちていった先にはモオルダアのゲロの入った洗面器があった。液体の大半はそのまま洗面器の中に落ちていったのだが、上手く洗面器の中に入らなかった液体はしばらくすると、まるで意志を持っているかのように床を這っていき、そして重力に逆らって洗面器の側面をはい上がって、モオルダアのゲロのところまでやってきた。

 その様子を見届けたクライチ君はもう一人の男と目を合わせて「作戦完了!」とでも言うような表情を見せた。それから、二人はタンスの影に身を潜めた。二人がしばらくタンスの影から見守っていると、洗面器の中のゲロに異変が起き始めた。

 洗面器の中に残っていたモオルダアの吐いたゲロは、ドロドロの液体を注がれたあと火にかけられたシチューのようにグツグツと泡を立て始めた。そして洗面器の中で焼いているパンがふくらんでいく時のような感じで盛り上がって来た。しかし、しばらくすると、それはパンを焼くようなのどかな光景ではなくなっていった。膨張して洗面器を飛び出したゲロは次第に膨張の速度を速めていってアッという間に1メートルほどの高さの柱状になった。

 柱状になったゲロはしばらくクネクネとした感じで左右に波打つように動いていたのだが、その動きが収まりかけた時に、ゲロの両脇から人間の腕のようなものが勢いよく飛び出してきた。その腕に吹き飛ばされたゲロの固まりが壁に音を立ててへばり付いた。ゲロから飛び出してきた腕はその先にある手を力強く握りしめて、腕の筋肉を隆起させながら小刻みに震えていた。すると1メートルほどだったゲロの柱が倍ぐらいの高さになっていった。

 その腕の震えが遠くからでも解るぐらいに大きくなるぐらいになった時、今度はゲロの柱から足が出てきた。その筋肉質な足は力強く床を踏みしめた。その後間もなくゲロから頭が生えてきて、先程までゲロの柱だったものは人間そっくりの姿になったのだ。

 ゲロから出てきたばかりの謎の生き物はしばらくじっとしてその場に立っていた。それはまるで、サナギから成虫になったばかりの昆虫が、まだ不完全な状態の各器官に体液が来届くのを待っているようでもあった。


 じっとしたまま動かなかった謎の生き物が動いたのは、誰かがこのスケアリーの部屋にやってきた音が聞こえた時だった。

「あら?どういたしましたの?もしかして寝てしまったの、ダナア?」

そういいながら入ってきたのはスケアリーの姉だった。彼女は灯りの消えた部屋を見回して誰もいないことが解ると、寝室の扉を開けた。そこにはさっき生まれたばかりの謎の生き物がいたのだが、スケアリーの姉がその存在に気付くまでもなく、彼女が扉を開けた瞬間に謎の生き物はスケアリーの姉に襲いかかった。謎の生き物はスケアリーの姉の首のした辺りにタックルするような形で襲いかかったのだが、スケアリーよりも数段華奢な姉は、それだけで脳しんとうを起こして意識を失っていた。謎の生き物はグッタリとしたスケアリーの姉を抱えるとそのままもの凄い勢いで部屋の外へと飛び出していった。


 この光景を見ていたクライチ君はなぜか青ざめていた。隣にいた男はどうしてクライチ君がそんな状態なのか良く理解できなかった。

「どうしたんだ?」

「ヤバイよ。今の違う人だよ」

「それってどういうこと?」

「どうでも良いけどさ。とにかくずらかるぞ」

クライチ君がそういうと、隣にいた男も目出し帽を脱いでクライチ君と一緒に謎の生き物が飛び出していったのと同じドアから出ていった。


to be continued...

2009-03-20 (Fri)
the Peke Files #021
「祈祷」