「祈祷」

16. ボロアパートへ

 スケアリーはスキヤナーの運転する車の助手席でスキヤナーの様子をうかがっていた。少しでもおかしな行動をしたら、ハンドバッグの中に隠してある拳銃を使おうと、いつでも取り出せる準備はしてあった。

 二人とも、緊張で顔が固まっていた。お互いに相手の態度が不審だと思っていることはなるべく表に出さないように自然に振る舞おうとしていたのだが、ほとんど会話もないまま目的地に着いた。そこはモオルダアのボロアパートだった。

 モオルダアは死んだと思われているので、ここは怪しい人物が監視したりすることもないだろう。スケアリーはモオルダアの部屋の合い鍵を使ってドアを開けた。そしてドアを開けるとスキヤナーを中へ入るように促した。

 部屋に入った瞬間にスキヤナーは「なんだこの部屋は!?」と思って辺りを見回してしまった。部屋中に紙くずが散乱しているし、窓ガラスは割れたままになっているし「これじゃあまるで廃墟だ!」と唖然としていた。しかし、この部屋の様子に驚いてスケアリーに隙を見せたことをすぐに後悔しなければならなかった。彼の背後でスケアリーが銃を構えて彼に警告したのだ。

「振り向かないで!そのまま部屋の中に進むんですのよ!」

スキヤナーはゆっくりと両手を挙げながら、少しだけ顔を横に向けてスケアリーに言った。

「なんか、キミは勘違いをしているんじゃないのか?」

「黙りなさい、このエロ爺ぃ!つべこべ言っていると頭を吹っ飛ばしますわよ!」

エロ爺ぃと聞いてスキヤナーはカチンときたのだが、スケアリーがこのような汚い言葉と使うということはかなり本気だということに違いない。スキヤナーは言われたとおりに部屋の中へと入っていった。

「両手をお尻の下においてその座椅子に座るんですのよ」

スケアリーに言われたスキヤナーはそうせずに彼女に説明しようかとも考えたが、下手な真似すれば本当に頭を吹っ飛ばされそうな感じがしたので、そのままゆっくりと振り返って言われたとおり座椅子に座った。手のひらは上を向けるか下を向けるか迷ったのだが、下に向けた方が楽だったのでそうしてみた。しかし、その手の上に自分の尻をのせると体が上手く動かせないので不思議な気分だった。まあ、今はそんなことを考えている場合ではないのだが。

 スケアリーは相変わらずスキヤナーに銃を向けて彼の正面に立っていた。彼女はスキヤナーが不審な動きをしたら彼を射殺しても正当防衛になるとさえ思っていた。

「いったい誰に命令されて来たんですの?」

「私は誰の命令も受けていないよ」

「ウソを言うのはおやめなさい!あたくしは、あたくしが信頼している人に暗殺されると警告されたんですのよ!そんなウソが通じると思ったら大間違いですわ!」

「キミは大変な間違いをしているぞ。もしも私を殺したりしたら全てが終わってしまうんだぞ」

「そんなことをしなくても、あなたがあたくしを殺すんでございましょ?」

「私はキミに例のメモリーカードを渡そうとしただけだ」

「適当なことを言わないでくれるかしら?あなたはあたくしにメモリーカードを持ってこいとか言っていませんでした?あたくしを怒らせるとうっかり引き金を引いてしまいますわよ!」

いつも突発的にモオルダアにパンチを喰らわせるスケアリーならやりかねない。スキヤナーはたいそう弱っていた。スケアリーがこのようなことをするとは少しも思っていなかったのだ。しかし、スケアリーに一瞬の隙が出来たのを彼は見逃さなかった。ちょうどその時、モオルダアの部屋の外に誰かがやってきて、その足音を気にしたスケアリーはスキヤナーから目を離してドアの方を見たのだった。

 スキヤナーはスケアリーよりもずっと歳をとっていたが、いつでも必要以上に体を鍛えているため動きは俊敏である。スケアリーがスキヤナーから目をそらした一瞬の隙を見逃さず彼は立ち上がり銃を取り出すとスケアリーに向けて構えた。

 スケアリーが慌ててスキヤナーの方に向き直った時には、もうすでに二人の持った銃の銃口がお互いの頭に向けられていた。

「スケアリー、銃を降ろすんだ」

「嫌ですわ!あなたが降ろしなさい!」

このままでは埒があきそうにない。どちらかが引き金を引くか、或いは二人同時か。いずれにしても、このままでは二人はいつまでたっても身動きがとれない。睨み合う二人にとってこの沈黙の時間はこれまで生きてきた全ての時間よりも長く感じられた。