13. パーティー会場
スケアリーはあまり活気のない商店街にある食堂を貸し切られて行われているパーティーへとやってきた。今の状況でスケアリーがパーティーに行くなど考えられないのだが、そのパーティーは普通のものではなかった。
食堂の入り口には「モオルダアの父降板記念パーティー会場」と書かれたボードが置かれていた。スケアリーが中に入ると、中ではモオルダアの父の友人らしき人物がスピーチをしている最中だった。昼間だというのに相当酒を飲んだらしく、何を喋っているのか良く解らなかった。スケアリーには「降板記念パーティー」なんてものがあるということ自体理解できないことだったのだが。
スケアリーが入り口から入ったすぐのところから会場を見渡すと、モオルダアの母親と思われる女性が他の参加者と楽しそうに談笑していた。モオルダアの父の降板記念パーティーなので主役はモオルダアの母親ということにもなるのだが、彼女が一番主役っぽい場所にいたのだ。
モオルダアの母親も少し酒が入っているようだ。赤らんだ顔に潤んだ瞳でニコニコしているモオルダアの母親を見てスケアリーは少し不思議な気持ちになっていた。もしかするとモオルダアの母親はモオルダアのことについて何も知らされていないのだろうか?
先程から誰も聞いていないのに長々と続いていたモオルダアの父の友人らしき人物のスピーチが終わると、そろそろこのパーティーも終わりという雰囲気になって、会場にいた者達は自分の荷物を取りに行ったり、上着を着たりし始めた。
先程までモオルダアの母親の周りにいた者達が彼女から離れていくとスケアリーはモオルダアの母親に近づいて行って声をかけた。
「あの、あたくしFBLのスケアリーともうしますけど…」
「あら、あなたエフ・ビー・エルのかた?いつも息子がお世話になってますぅ。わざわざ来ていただいて、すいませんわねえ。うちの子はせっかくの降板記念パーティなのに、どこをほっつき歩いてるんだか。最近は何の連絡もしてこなくて、困った子ですよ、ホントに」
やっぱりモオルダアの母親はモオルダアのことについて何も知らされていないようだった。本当はモオルダアに関する良くない知らせを聞いて落胆しているはずの母親に「モオルダアはきっと生きている」ということを伝えようとしてここに来たスケアリーだったのだが、これでは何をしに来たのか解らなくなってしまう。
「あの子、昔から空想ばかりしていて、いつも変な話ばかりしてましたが、エフ・ビー・エルではちゃんとやってますか?最近は、自分には兄がいるはずだ!なんてことまで言うから困ってしまいますよ」
「それじゃあ、モオルダアにお兄さんはいないんですの?!」
「それも、あの子なりのユーモアかも知れないですけど」
ユーモアって何なんですの!?と思っていたスケアリーだったが、ここでモオルダアの母親に会ったことで、さらに理解できないことがたくさん出てきてしまった。
スケアリーから離れてこの会場を提供してくれた食堂の店主に挨拶したり帰り支度をしているモオルダアの母親を見つめながら、スケアリーは頭の中に湧いてくる様々な疑問を整理しようと必死になっていた。しかし、スケアリーを混乱させる出来事はまだ終わっていなかった。
先程から、スケアリーとモオルダアの母親が話しているのを、離れたところからマシュマロを頬張りながらずっと見守っていた老紳士風の男がスケアリーの元へと近寄ってきた。彼はウィスキー男が今回の機密ファイル漏洩については片が付いている、と言っていることに唯一疑問を抱いている男であった。
「キミはモオルダア家と親交があるようだねえ。実は私もなんだよねえ」
歳のせいなのか、妙にマッタリした話し方をする男だが、どこかに油断できない狡猾さを感じさせる雰囲気もあった。スケアリーはひとまずこれまでの疑問は忘れてこの男が何を言いたいのかを考えなければいけなかった。この男はきっと何かを知っているということが、その人物の持つ雰囲気から感じられた。
「あなたはどちら様ですの?」
「出来れば、二人きりで話がしたいんだがねえ」
これはスケアリーの質問の答えになっていないが、この男から話を聞くためには彼の言うことに従うしかなさそうだった。スケアリーと謎の男は会場の隅に移動した。隅に移動しても二人きりになったとは言えないのだが、男はこの場所で満足なようだった。そして、そこでまたマシュマロを一つ口の中に入れて口をモゴモゴと動かしていた。
「マシュマロは美味しいよねえ」
マシュマロを飲み込んだ男は言ったが、スケアリーは「そんなことはどうでもいいですわ!」と思っていた。
「それで、何なんですの?」
「さっきキミ達が話しているのが聞こえてしまったんだけどねえ。キミはモオルダアに兄がいると思うのかねえ?」
スケアリーはさらに「そんなこともどうでも良いことですわ!」と思った。それよりも他人の話を盗み聞きすることに腹が立った。
「あなたはいったい何者なんですの?」
「私は世界的なゴチャゴチャした事柄を扱う組織のメンバーなんだけどねえ」
「事柄って、どんな事柄なんですの?」
「例のファイルが公になってしまうとヒジョーにヤバイことになるような事柄なんだがねえ」
スケアリーはこの男が信用ならない男だと感じていたが、それを聞いてその直感が正しかったと確信した。そして、半分睨みつけるように男の方に向き直って聞いてみた。
「それじゃあ、ヤバイことにならないように人を殺したりもするんですの?」
「もちろんだよねえ」
男は平気で殺人を認めた。それはおそらく例のファイルを盗み出した男の殺害のことを言っているのだろう。この男が直接手を下したのではないにしろ、そんなことが言えるのはこの男がそうとうな権力を持った組織に属していることを示している。或いは、スケアリーが現在停職中でFBLの捜査官としての権限を持っていないことを知っているからかも知れないが、いずれにしてもこの男は要注意人物には違いないのだ。
「あなたはいったいあたくしに何を言いたいんですの?」
男は質問に答える前にまたマシュマロを一つ口の中に入れた。それをゆっくり味わうように口をモゴモゴさせているのを見て、スケアリーはかなり苛立ったが、やっと男がマシュマロを飲み込んで話し始めた。
「キミの命も狙われているんだよねえ。これはヤバイよねえ」
スケアリーの「何なんですの!?」という言葉が実際に彼女の口からでたのか、それとも頭の中だけで発せられた言葉だったのか解らなかったが、彼女は命が狙われているという男の言葉にあきらかに動揺していた。
「やり方は二つだよぉ。二人組のヤバイ殺し屋がキミのところにこっそりやって来る。それから仕事を済ませると、二人はヤバイことにならないようにすぐに偽のパスポートで海外へ逃げてしまうんだよぉ。恐いよねえ。恐いんだよぉ」
スケアリーはこれを聞いてもう一度、声になったかどうか解らないかんじで「何なんですの!?」と言ってから聞き返した。
「やり方は二つなんじゃございませんの?」
「そうなんだよねえ。その場合、その人はもしかするとキミの親しい人とか、友人とか、信頼している人とか、そんな人かも知れないよぉ。その人がなぜか突然キミに会いたいとか言って連絡してくるかも知れないよねぇ。なんでここが解ったのか?とか思うような場所にキミがいてもねぇ…」
「ちょいと、なんなんですの?なんであたくしが狙われるんですの?」
それを聞くと男はもう一つのマシュマロを食べようとしていた手を止めて言った。
「キミは自分でも気付かずに正義を行おうとしているんだよねえ。モオルダアも同様だけどねえ。彼らはそういうミラクルを望んではいないんだよねえ。それに、キミは例のメモリーカードのありかも知らないんだよねえ。そんなヤバイ人間は生かしておくわけにはいかないんだよねぇ」
男の言うことを聞いてスケアリーはまたゾッとしていた。
「それじゃあ、なんであなたはそんな情報をあたくしに教えるんですの?」
男は答える前に止めていた手を動かしてマシュマロを一つ口の中に入れた。それから、美味しそうに口をモゴモゴさせていたのだが、ちゃんと飲み込む前に話し始めた。
「なんというか、最近私の仲間はちょっと焦ってるんじゃなかと思うんだよねぇ。なんというか、あれなんだよ。もしもキミが殺されるようなことになったら、これまで一部の変人達の間でしか信じられていなかった陰謀説が真実味をおびてきてしまうんだよねぇ」
「それはつまり、あたくしが殺されたら、あなたに都合が悪いということなんですのね」
「それは、そうだよ。それでなかったらわざわざキミに会ったりしないよねぇ」
そう言ってから男はまたもう一つマシュマロを口に入れた。本当はこの後に決めゼリフがあったのだが、マシュマロが美味しいので言いそびれてしまった。スケアリーはまだこの男に言うことが残っているはずだと思って男を睨むようにして見つめていたのだが、男は「ごきげんよう、お嬢さん」と言って立ち去ってしまった。
スケアリーは自分が何かとてつもない窮地に立たされているような気がして「なんなんですの!?」と思うことも忘れていた。