0. まえがき
この話は前回のエピソードの続きなのだが、いきなり遠い過去の場面から始まろうとしていたり、しかもこれまでの話とあまり関係ないように思えるかも知れないのは、この話が本物の方（つまり「the X-Files」）のパロディであるものの、本物の方では４話分の話を無理矢理２話にまとめようとしているからそうなるのである。そして、前回のエピソード同様にネタバレも含むので注意が必要ということでもある。
1. 1953年 ８月：大きな病院
蒸し暑い病室の中にいくつも並んだベッドの一つを子供達が囲んでそこに横たわっている男の話を聞いていた。男の全身には包帯が巻かれていたが、その隙間から見え隠れする皮膚は赤く爛れめくれ上がり腫れ上がって、それはまるで前回の話で登場したパイパイ丸の乗組員達の症状にそっくりであったので、ここでもう一度書くのが面倒だとも思ってしまった。
パイパイ丸の乗組員が放射線による火傷を負っていたことを考えると、ここにいる男も放射能にやられたということに違いない。時代的にはもしかすると原爆の被害者ということもあり得るのだが、私にはそんな重要な問題をここに書くような度胸はないので、それは違うということだろう。
男は苦しそうな声を絞り出すようにしながら子供達に話していた。ベッドのかたわらには当時は一般の人間が決して持つことが出来ないような高価な録音機が置いてあり、男の会話をテープに録音していた。一体誰がこんなものをこの病室に持ち込んだだろう？ということになるのだが、この高価な機械を持ち込んできたのはベッドのまわりに立っている子供達だった。彼らは10才から15才ぐらいに見える。どこから見ても子供なのだが、この蒸し暑い中、スーツを着込んでいた。しかもスーツ姿がいたについて、暑そうな素振りすら見せない。
彼らは政府がこの病院の男の元へと派遣してきた「子供捜査官」である。子供捜査官とは一体何なのだ？ということにもなるのだが、戦後の混乱期で政府の仕事は大忙しであったため、さほど重要でないと思われる仕事はなぜかこの子供捜査官達がしていたということである。（まあ、これは表向きの理由なのだが「the Peke-Files」の主役の二人の活躍の場が私が今これを書いているのと同じ「現在」であるということを考えると、どうしても彼らは子供でなくてはちょっと辻褄が会わない感じなのだ。）
それはそうと、ここに横たわっている男の話はだいたい以下のような感じである。
終戦間際、日本軍が撃墜した米軍の爆撃機にヤバイもの（おそらくは原子爆弾）が搭載されていたのでは、という極秘情報を元に、男のいた部隊はその回収の任務にあたった。そこが太平洋のどの辺りだったのかは知らされず、命令に従うだけの男には知るよしもなかったのだが、とにかく上官の命令どおりに行動し部隊は何かを見付け日本に戻るはずだったのだ。
しかし、船内で異常なことが起き始めた。部隊の隊員達の何人かが謎の火傷の症状に苦しみ始め、何人かは瀕死の状態にあった。このままでは部隊が全滅しかねないと、まだ症状の出ていない健康な隊員は上官に一刻も早い帰還を訴えたのだが、上官は聞こうとしなかった。
米軍の潜水艦が付近を潜行中という情報もあり、彼らにとってはいつ攻撃を受けてもおかしくない状態のまま数日間が海の上ですぎていった。そして事件が起きた。船の中にいた比較的症状の軽い隊員が上官を脅そうとしたのか、あるいは暗殺しようとしたのか、とにかく事件が起きたのだ。
このままでは全員死んでしまうと、隊員は銃を持って上官につかみかかった。上官には絶対服従という当時の軍隊には珍しい行為だったのだが、それ以前に上官の態度が普通ではなかったのだ。本来ならば見付けた何かを持ち帰るのが最優先されるべきなのだが、上官はそうしなかった。上官よりもさらに上の命令に従うために隊員は上官に銃を向けたのかも知れなかったが、それは今ではどうなのか解らない。
とにかく上官を襲った隊員の試みは失敗に終わったのだが、その時に誤って発砲した音を聞きつけた他の隊員が部屋にやって来た。ここ数日間の上官の態度には誰しもが不審を抱いていた。そして、その事件をきっかけにその不信感が隊員達の団結に変わったようだった。
事件の起きた船室の外に来た隊員は、中の様子を見るなり扉を閉めて外から掛け金のようなものを掛けてドアをロックした。中からは上官が叫きながらドアを叩く音が聞こえてきたが、軍艦の分厚い扉の向こうからは何を言っているのか解らなかった。船室の中にいた隊員達は上官とともに船室に閉じこめられたのだが、そこで彼らはこの作戦がどういうものだったのかを知ることになった。
そこにいた上官は、もうすでに彼らの知っている上官ではなくなっていた。部下に銃を向けられたことによる憤りがそうさせているのではないことも明らかであった。上官はすでに数日前から上官ではない何者かに変わっていたのだった。その様子を見ていた隊員達は真っ直ぐに彼らを見る上官の瞳の中に黒い影がスープに浮かぶ油のように動いているのが解った。油のように見えるのならそれは影ではなくて油だ、というのはどこかで書いたような気がするが、それよりもこの上官ではない上官はこれから何か恐ろしいことを始めるに違いない！と感じた隊員達は覚悟を決めたようにして上官の姿を見守っていた。
しかし、上官が何か恐ろしいことを始めそうな感じになった時に、密かに彼の後ろに回り込んでいた隊員が上官の後頭部をバールのようなもので強打した。上官は気を失ったか、あるいはすでに息絶えていたのか解らないが力無く倒れた。それでも隊員達はまだ上官を見つめたままだった。上官は死んだかも知れないがまだ何かがあるに違いないと、そこにいた誰もが思っていたようだ。
隊員達が見つめる中、倒れた上官に異変が起きた。彼の半分開いたままの口や鼻や耳、目など、体内の器官とつながっている穴からドロドロした黒い液体が流れ出てきたのである。その液体は意識を持っているかのように床の上を流れていき、部屋の中央にある排水口の中へと流れ込んでいった。
それを見ていた隊員達は、この数日間自分たちを苦しめてきたのが上官ではなくその黒い液体のような何かであることを確信した。そして、それこそ彼らが今回の任務で持ち帰るべき「何か」だったに違いなかった。
ベッドの上の男はここまで話すと、一度息を整えるかのようにして話を中断した。
「キミのいっている『何か』というのは、生き物ということなのかね？意志を持っていると言っていたが」
ベッドのまわりに立っていた子供捜査官の一人が男に聞いた。ミョーに大人びた話し方だが、当時の子供はこういうのがカッコイイと思っていたに違いない。
「元指揮官達は原子爆弾の回収と言ってるらしいがね。それは全くのウソなんだよ。アレは私らに放射能を浴びせ私らを苦しめて、そして海底に戻っていったんだ。いっそのこと潜水艦に船ごと沈められていたら良かったとも思うよ。軍はあいつを捕まえたかったんだ。そんなことは始めから自殺行為だってことも知っていたはずだが、知ってとおりあのころ兵隊は弾薬や爆弾と同じだっただろ？命なんか二の次だったんだよ。魚雷を操縦して特攻するよりはマシだと思ったんだが、それと全く変わりはなかったということだな」
先程男に質問した子供捜査官は、謎の物体や軍隊の話を聞いて恐ろしくなると同時に、自分じゃなくて良かったと心のどこかで罪悪感の入り交じった安心を感じながら、もうこの男から聞くべきことはないだろうと思って録音機を止めようと手をのばした。するとその時、苦しそうに横たわっていた男の手がのびてきて子供捜査官が録音機を止めようとするのを妨げた。思いもしなかったこの行動に子供捜査官は思わずキョァ！とヘンな悲鳴をあげていた。
「彼らはあくまでも原子爆弾の回収だと言い張るはずだがな。でも今話したのは全て真実なんだよ。アレは海底に潜って今でもあの場所にいるはずなんだ。我々の犠牲を無駄にしないためにも、絶対に真実を暴いて欲しいんだ。モオルダア君！」
男に手を掴まれて録音機を止めるのを妨げられたのは、モオルダアの父親であるモオルダアだったようだ。これまで息子のモオルダアがどんな人間かはさんざん書いてきたので、父親もだいたい同じような人間であることは解ると思うが、男にいきなり手を掴まれた若き（というか10才ぐらいの子供の）モオルダアの父はビビって言葉が出てこなかった。
まわりにいた子供捜査官達もこの男の話に驚きと恐怖を感じていたのか、誰も言葉を口にできない感じだったが、その中にいたウィスキーのビンを持ったこれまた10才ぐらいの子供捜査官がウィスキーを一口ラッパ飲みすると言った。
「我々にまかせておきたまえ」
そして、もう一度ウィスキーを一口ラッパ飲みした。10才ぐらいなのだが。