「503」

15. F.B.L.の研究室

 F.B.L.の研究室にはいつもの技術者の他にスキヤナー副長官襲撃事件の捜査をしている二人のエキストラ捜査官がいて、スライドを使って事件の犯人のことを説明していた。

「犯人の顔と名前が判明しました。名前は瑠椅子加治也(ルイス・カジナリ)といって、日本生まれだがニカラグアで育って傭兵の訓練を受けていたそうだ。普段はスペイン語を話すということだが犯行時の関西弁は両親の影響ということだ。射撃の腕は素晴らしいのだが、なにしろ銃を持っているだけで捕まってしまう日本だからナイフで副長官を襲ったのだと思われる」

エキストラ捜査官の一人が言った。

「そうなんですの…。それで、どういうことになるんですの?」

「どういうことと、言われても。今のところそれだけなんですが」

「それではここに来た意味がありませんわ!」

「それはそうですけど、彼に関する記録がどこにもないんですよ」

今度はカライーカという名前のエキストラ捜査官が説明を始めた。

「彼の住所や銀行口座や、その他の役所に届けなければいけないような記録も何も見付からないんでよ。ダネエさん」

ダネエとはスケアリーの姉の名前である。どうやらスケアリーはまだ帰っていなくて、また代わりとしてスケアリーの姉がF.B.L.ビルディングにやって来ているということらしい。


 それで、スケアリーは何をしているのかというと、行く時にはスムーズだった道も、帰りには夕方のラッシュやタイミング悪く起きた交通事故による渋滞などに巻き込まれて、ただ今イライラしながら移動中ということだ。


「そうですか。それならダナアにそう伝えておきますが。…でも、それだけでは意味がないと思いませんこと?」

「そうですね。犯人はすでに海外に逃げた可能性もあります」

それを聞いてスケアリーの姉はどこか納得のいかないような感じで表情を曇らせていた。

「あたくしがこんなことを言うのも差し出がましいことですけれども、でもこの犯人はあたくしのひき逃げ事件にも関わっている方でございましょう?それなのに、そんな感じではちょっと納得がいきませんわね。ダナアはいつもこう言っているんですのよ。F.B.L.には最高の人材が集まっていて、どんな犯罪だってちょっとした証拠からでも解決してしまうんですのよ!って」

「それはそうですが、今はこれ以上捜査のしようがないですし…」

名前の解らない方のエキストラ捜査官が言った。その後をカライーカ・エキストラ捜査官が続けた。

「今の状況ですと、超能力者に頼るしかないという感じですから」

カライーカ捜査官としては比喩的に打つ手がないということを伝えたかったのだが、スケアリーの姉は妹のスケアリーと違ってオカルトっぽいことが大好きで、信じている部分もあるので真に受けていた。

「そうですの。それならそうしていただけると助かりますわ!」

スケアリーの姉はスケアリーに比べたら数段穏やかな性格なのだが、エキストラ捜査官達の説明を聞いていると、何か失望させられたような気がして、多少腹が立っていたようだった。

「それではダナアにはそう伝えておきますわね。ダナアなら超能力は否定するでしょうけれど、あたくしは出来ることならなんでもやってみるべきだと思いますわよ!それでは今日は夕食当番なので、もう行きますわね。アデュー!」

エキストラ捜査官達はなんかヘンな感じだと思いながらスケアリーの姉が出ていくのを見ていた。このやりとりを黙ってみていた技術者は「お姉さんも良いなあ…」と思っていた。

(気になる人のために書いておくと、スケアリーの姉のダネエは実家に住んでいて、母親と交代で夕食を作っているのである。今日は彼女の番ということらしい。)

16. 夜の日比谷公園

 モオルダアはマシュマロ男の指示どおりに日比谷公園の噴水の所にやって来た。マシュマロ男はどうせ車で来るのだろうけど、基本的に電車移動のモオルダアは移動が面倒なので良い迷惑である。まあ、ここからならF.B.L.ビルディングも近いし、今日は家に帰らずに技術者の所に言ってヒマ潰しすればイイや、とかどうでも良いことを考えながらモオルダアはマシュマロ男を待っていた。

 そんな感じでモオルダアが待ていると、一人の男が彼の方に近づいてくるのが解った。先程から何人も怪しい男がモオルダアの周りを歩いていたりもしたのだが、今度は知っている顔だし、その手の人間というのは他の人間とはどこか違う雰囲気があるものだ。

 モオルダアが男に気付いて彼からも近づいていくと、そこにいたのは以前に見たことのあるマシュマロ男だった。二人が話の出来る距離まで近づくとマシュマロ男は何かを言う前にマシュマロの袋を取り出して中のマシュマロを一つ口の中に入れて、話し始めた。

「これはモオルダア君…」

マシュマロのせいでくぐもった声になっている。近づくとマシュマロの甘ったるいニオイもしてきた。

「もちろん一人でやって来たよねえ?」

「一人でいるのは得意ですからね」

マシュマロ男はこのモオルダアの返事の意味が良く解らなかったので、逆に言い返した。

「都会では誰でも孤独だ、とかそんなことを言うほうが格好いいと思うんだがね…」

マシュマロ男がそう言うのを聞いてモオルダアは「しまった…」と思っていた。そんなことはどうでもいいが、マシュマロ男がさらに続けた。

「キミはクライチ君を捜しているんじゃないのね?恐らくキミは仕返しがしたいということに違いないな。そうだろ?」

「始めはそんな感じでしたけどね、よく考えたらボクはクライチ君に何かされたとか、そういうことがあまりないことに気がついたりして。それよりもボクが知りたいのは海底から引き上げられた何かに関してなんだけど」

マシュマロ男はモオルダアがなかなかの策士だと思っていたが、モオルダアはただその場の雰囲気で喋っているようなモノなので、これはただの偶然であった。しかしマシュマロ男はモオルダアが持ちかけてきたと思っている暗黙の取り引きのようなものに応じることにした。

「あれは、空飛ぶ謎の円盤。あるいは未確認飛行物体。米国ではフー・ファイターという呼び名もあるが、コッチではあまり流行らんな。先の大戦中にゼロ戦に撃墜されたんだが」

「それが今までずっと海底に沈んだままだったということですか?」

「もちろん我が国も回収を試みたということだったがね。思わぬ事態でそれどころではなくなったとかで…。当時の記録では原爆の回収ということになっているんだがね。どう考えても原爆だけではあんなひどい症状にはならんからね。原因はいまだに不明なんだよ」

マシュマロ男はモオルダアがすでにパイパイ丸の事件などを知っていると思って話しているようだ。モオルダアもマシュマロ男が何を話しているのか解っていた。

「原因ならボクが知っているかも知れませんよ」

「知ってるとな?」

「クライチ君の居場所を教えてくれるのなら…」

「モオルダア君」

マシュマロ男がモオルダアの言葉を遮ると一度間をおいてマシュマロを一つ口に入れてから、またモフモフした感じで話し始めた。

「私はキミに多くを話したと思うんだがね。今度はキミが話す番だと思わないかね?」

そんなことを言われてもモオルダアには特に話すこともなかった。

「そんなことを言われても、ボクには特に話すこともないですが」

モオルダアは私が書いたこととほぼ同じこと言った。

「そうかね。でも一つ気にかかるのだがね。キミはどうしてクライチ君を監獄送りにはしなかったのかね?キミも彼が悪人だということぐらいは知っているだろうし、そうした方がイロイロとやりやすいと思うんだがね」

「そうかも知れませんが、そうするとメモリーカードがね…」

そのモオルダアの一言を聞いたとたんにマシュマロ男の顔色が変わった。その一言によって、それまで彼の中でモヤモヤしていた様々な疑問や謎が明確な形となって彼の頭の中に描かれた、という感じだった。ウィスキー男の不可解な行動や、なぜフランスの船が例の物を探して見付けられたのか?ということなど、全てはクライチ君の持っているメモリーカードが原因だったということが解ったのだ。ウィスキー男は自分がそれを持っていると言っていたのだが、それは全てウソだったのだ。(正確に言うと今はウィスキー男がそのメモリーカードを持っているのだが。)

「クライチ君があのメモリーカードの内容を売買したりして…」

モオルダアはまだ話していたが、マシュマロ男の妙な反応に気付いて別のことを話し始めた。

「そうか、あなたもクライチ君の居場所は知らないんでしょ。あなたもボクと同じ状態だってことでしょ?」

確かにマシュマロ男はクライチ君の居場所を知らなかったが、モオルダアの考えは的外れでもあった。マシュマロ男はまたマシュマロを一つ口に放り込むと、モゴモゴしながら話し始めた。

「モオルダア君。だれも我々からは逃げられはしないのだよ。キミ達もそれは解っているよねえ」

そう言うとマシュマロ男は薄気味の悪い笑みをモオルダアに向けたのだが、モオルダアは何だか良く解らなかった。ただし目の前にある気味の悪い微笑みに反応してモオルダアの少女的第六感は激しくモオルダアに何かを伝えようとしていた。

 一方のマシュマロ男には、もうだいたいのことが片付いたも同然だった。クライチ君がメモリーカードを持っていることやウィスキー男がウソをついていたことなど。彼が以前からモオルダアやスケアリーに接触していたことも功を奏して、後は全てを闇に葬ればまた彼らの計画を秘密裏に実行することが可能になるのだ。

 似たような考えをモオルダアの少女的第六感が彼に伝えたのかどうかは解らないが、モオルダアは「ヤバい!」という表情を一瞬見せた後に、ほとんど反射的に携帯電話を取り出しながらマシュマロ男の元を去っていった。この人達は何かを知っていたりする都合の悪い人間を簡単に殺すこともできてしまうのだ。

「ちょっとモオルダア君?」

マシュマロ男は一度モオルダアを止めようとしたのだが、モオルダアにはその声は聞こえていないようだった。